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2017.03.11 Saturday

[chapter 251] 国家の矛盾− 高村正彦 三浦瑠麗 / 天皇と性− 原武史(随筆)〜群像2006年4月号/ Les Baxter - space vernacular music / カントの「物自体」を考えることを始めるほか


通勤途中にて出会った猫(バンコク都トンブリ区)


2017年3月6日(月) バンコク 54歳

国家の矛盾



2006年3月9日(木) 東京 43歳

[読書メモ]天皇と性/ 原武史(随筆)〜群像2006年4月号

原氏が昨年上梓した『天皇・皇室辞典』(共著)に入れなかったことを後悔している項目として「天皇と性」の問題があるという。
過去、十代八人の女性天皇はいずれも生涯独身か未亡人であり、天皇になってから結婚や出産をした例はない。弓削道鏡との関係がささやかれる孝謙=称徳天皇も正式な婚姻関係にはなく、子どももいなかった。
しかるに女系・女性天皇推進論者が、もし単に前例を持ち出して愛子内親王が天皇になっても構わないと主張するならば、彼女には一生独身のままでいてもらうか、天皇になるときまでに夫と死別していなければ、このような前例に反することになる。
男性天皇は大正時代までは複数の女性と性行為ができる制度が残り、子どもが数多くつくることができたのに対して、女性天皇は結婚も出産もできなかったのだ。

この男女の非対称な関係は、けして過去のしきたりと切り捨てることはできず、宮中ではいまも掌典職に残っているという。掌典職とは宮内庁とは別個の組織で、宮中祭祀をつかさどっている。その職員は国家公務員ではなく、天皇の私的使用人という処遇である。掌典長の統括のもとに、男性職員である掌典、女性職員である内掌典などが仕えている。
男性職員である掌典は自宅から宮中に通うことができるが、女性職員である内掌典は宮中に住み込まなければならない。宮中では生理が「まけ」といい、「最も穢れ」とみなされる。もし内掌典が生理になると、着物や食器類は一週間続けて「まけ」専用のものを使い、八日目に初めて潔斎してようやく平常のものに戻る。宮中祭祀では天皇や皇太子とともに宮中三殿に上がらなければならない皇后や皇太子妃が、生理になったり妊娠した場合、祭祀に出席できないという慣習は現在も保たれている。
もし愛子内親王が皇太子になり、天皇になるとしたら、一体どういうことになるのだろうか。女性であるが故の束縛が彼女に襲いかかることは目に見えている。

皇位の継承のために女性・女系天皇を認めようとするなら、宮中から血のケガレを一掃し、男女を完全に対等な関係にしなければならない、という。だが果たしてそれができるのか。宮中祭祀に踏み込んでいくこと。

また愛子内親王が、宮中の非対称な関係に耐え抜き、天皇としての生涯をまっとうしたとして、その場合には、とてつもなく神がかった天皇になるのではないか、と。
原氏は言及はしなかったがこれほど非人間的で人間の尊厳に触れる人生もないと思った。天皇制はどうなっていくのか?

秋篠宮妃のご懐妊がこのシナリオを回避する最後の切り札になるか、原氏は注目しているという。


個人的には土曜の午前中はこんな音楽(↓)が頭の中に鳴っているのがのぞましいでやんす。
(日記作業用BGM)
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2017.03.04 Saturday

[chapter 250] Afternoon Tea / Guardians/ Logan/ Ghost in the shell / Colossal/ 2011年3月(月記)ほか




2017年3月4日(土) バンコク 54歳

Afternoon Tea@ Dusit Thani Bangkok



2017年3月2日(木) バンコク 54歳

Logan



Ghost in the shell


Clossal



2011年3月 月記 チェンマイ 48歳

2011年3月1日(火)
700年記念スタジアムの50mプールで泳ぐ。

2011年3月2日(水)
最後に残った友人2人が朝夕、別々の飛行機で帰国。

2011年3月3日(木)
暑くなってきた。

2011年3月4日(金)
雨は止んだが夕方の渋滞が始まったので出歩くのが億劫

2011年3月5日(土)
体調不良(下痢)で気持ちが沈み気味だったので少し水分と固形物を口に入れたらだいぶんよくなった。2月は暴飲暴食な日々だったので3月は自重します

2011年3月6日(日)
チェンマイは結局37℃まであがったか。でも表示ほどは暑く感じない。
日なたの気温が35℃を超えると必然的に公共施設の冷房も最大限あげて冷やそうとするのだけれどそうすると今度はこちらのお腹が冷えて急激にトイレに行きたくなることを今日1年ぶりに思い出した。こんな季節だからこそ薄着は禁物だ。腹巻したいくらい。
そう、あと思うのは暑いと両脚もまんべんなく汗をかいてずぼんがぴちゃぴちゃになるので、かえってこの季節、モモヒキをはいたほうが汗を吸ってよいのではないか、と思うのである。モモヒキどこかで売ってないか探そう。

2011年3月7日(月)
知り合いに会うと「暑いですねー」という言葉が自然に出てくる季節になってきた。外出時の服装も以前はTシャツ+半袖シャツ+ウィンドブレーカーだったのが、半袖シャツを着ないで2枚で出歩くことが多い。ヨットパーカーはさすがにもう暑いので着ないかな。あとマフラーも。

2011年3月8日(火)
というわけで、近所のデパートの映画館で「Space Battleship ヤマト(日本語版)」がかかっていたので思わず観てしまったのである。想像していたよりはるかによい出来で驚いた。別に悪くはなかった。しかしあれだな。黒木メイサは役得だな。棚ボタで役にありつけておいしかったな。

2011年3月9日(水)
「ここが運命の分かれ道。億万長者になるか、貧乏農場へ行くか。。。」初期のタカラの人生ゲームのCMの台詞。でもいつのまにか「貧乏農場」が「一文無し」に替わっていた記憶がある。差別だと糾弾されて変えさせられたのだろうな、と子ども心に思ったのであった。

2011年3月10日(木)
大学時代、吉増剛造先生がショルダーバッグのほかにトートバッグにも本をたくさん入れて通勤している姿を見て、好きな本を移動させて自宅以外の場所で接することの重要性を勝手に合点し、社会人になってからも実践していたのだが、「旅に行くんですか」と私の荷物の多さに同僚にはいつも呆れられていた

2011年3月11日(金)
アルジャジーラ、FOXニュースともに、NHKの国際映像を共用して地震関連のニュースをぶっ通しで放送している。津波映像、ショックで言葉が出ない。。。

2011年3月12日(土)
所用で外出。何も変わらない街の喧騒。しかしそれを見ている私のフィルターは明らかに変質しているので景色が違って見える。20110311は19950117や19950320と同じような一生忘れられない日付になることは間違いないだろう。

2011年3月13日(日)
昼間はKeyHoleTVで文化放送の災害特番を聴いていた。それまでTV画面の上下左右に貼ってある細かい文字情報の洪水に視神経が磨耗していたからか、聴覚を通じて想像力を働かすラジオというメディアの特性を再認識できてよかった。何より吉田照美さんの声で癒されている自分がいたことに驚いた

2011年3月14日(月)
ここ数日チェンマイは曇りがちの天候で気温も高くなくしのぎやすい。日に数回、雨が降るようになった。
亡き母の誕生日。生きていれば74歳。

2011年3月15日(火)
イミグレーション出頭。

2011年3月16日(水)
雨。底冷えのチェンマイ。気温18℃。室内ではTシャツにパンツが当たり前なのだが、さすがに今日は寒いのでジャージにトレーナーのいでたち。もちろん扇風機もまわしていない。
なんか急に冷えてタオルケット1枚では寒くなったのでしまっておいた毛布を出してみた。

2011年3月17日(木)
今日もずっと雨。気温17℃。寒い。

2011年3月18日(金)
3月に入ってから半月で3kgくらい体重が落ちた。特に意識はしてないのだがちょっと粗食を心がけたら自然と落ちていた。2月は毎日毎晩美味しいものをいたのでその反動かなと思っている。このサイクルで運動して健康的にダイエットできれば。。

2011年3月19日(土)
今日は発熱と下痢で日中ずっと寝ていた。まだ本調子にはほど遠い。

2011年3月20日(日)
日本から友人女性とその息子(2歳)が1ヶ月半ぶりにチェンマイにやって来た。1ヶ月逗留する由。

2011年3月21日(月)
今住んでいるところはわりと小ぶりな地方都市なのだが、街を歩いて人とすれ違ったとき「あれ?どこかで会った人だが誰だっけ?」ということがよくある。向こうもどうやらそうらしく怪訝そうな顔をして通り過ぎる。そして相手が通り過ぎてだいぶん経ってからどこで会ったか思い出すということが多い。

2011年3月22日(火)
東京メトロ銀座線の表参道駅を発車して渋谷の宮益坂のところから地上に出たときにまわりの景色が田園風景になっていて驚愕した夢を10年くらい前に見た。列車が到着した渋谷駅は東横百貨店ではなく普通の駅舎であった。駅名表示板には「霊・渋谷(れい・しぶや)」と表記されていた。

2011年3月23日(水)
34℃。しかしながらまだ100%からだが復調してないのでパーカーを着て外出中。薄着で出かけられないのは極端な不安症なのかも。

2011年3月24日(木)
チェンマイで地震。(震源はタイ最北端メーサイと接するミャンマーのシャン州、M6.8)

2011年3月25日(金)
夜行寝台列車でバンコクへ。

2011年3月26日(土)
バンコクで所用。





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2017.02.25 Saturday

[chapter 249] 「暗夜行路」の冒頭シーンの想い出/ 岡本かの子「鮨」/ ヴェネチア映画祭の塚本晋也/ 天国/ 梅開花(2006年2月24日)/ 訃報 鈴木清順93歳/ 御徒町うざぎやのどら焼きほか


チェンマイのナイトバザールにて(2009年2月)


2017年2月23日(木) バンコク 54歳

今日買った本



のどと咳の風邪


2006年2月21日(火) 東京 43歳

有名人 NOW and THEN




鈴木清順、61歳と82歳で同じ顔してるー!!
2017年2月13日逝去(満93歳)。日活時代の出鱈目なアクションつなぎが最高に好きだった。「殺しの烙印」また観たいなー。合掌。
2017年2月11日(土) チェンマイ 54歳

天国



(参考記事)「天国前」 「天国まで4km」
2006年2月24日(金) 東京 43歳

[時候雑記] 梅開花



昨日くらい自宅の梅が開花した。例年に較べかなり遅いです。
梅は咲いたか、桃屋はまだかいな by のり平 ってCMを思い出しちゃいました。
2002年2月21日(木) バンコク〜成田 39歳

バンコクから帰国。成田空港にて旅行最大の事件発生!!

夜中にバンコクを離陸したTG642便は、朝7時過ぎ無事成田に着陸した。
想いとしてはさんざんな旅であった。発熱でダウンしたのはバンコクの暑さに油断していたからかもしれない。でも多くのことを学ばせてもらった。健康がいかに大切か、ふだんの生活がいかに身体に負荷をかけているか思い知らされた。なんとか変えていかなくちゃね。そんなことを反芻しながら通路を歩き、入国審査に向かった。

入国審査を問題なく通過すると、エスカレーターを下り、預けた手荷物(スーツケース、リュックサック)の引き取りへ向かう。帰りは荷物が増えてスーツケースのほかにもう1個リュックサックも買って荷物を詰めこんだのである。買い物をし過ぎたためである。体調が超バッドでも物欲だけは変わらないことが判明した。ベルトコンベアで荷物が流れてきてそれらを受け取る。
税関もノーチェックで通過。法律に触れるものは持ちこんでないので当然鼻高だかである。しかし何故税関吏っていけすかない奴が多いのかね。人を疑う仕事だから心が荒むのかな。

ゲートを出る。次に荷物の詰め替えをしようとロビーの端のデッドスペースへ行った。荷物が多いので半分は宅急便で送ろうと思ったのだ。そして荷解きをした。リュックサックの中身を取り出す。そのとき予想もしなかったことが起こった。

なんじゃー、こりゃぁ!?

リュックサックの中が水浸しで激しく濡れていたのだ!!それからプーンと甘い匂いがする!!なんだ、この匂いは??
ひとつひとつリュックから出してみた。トムヤンクンラーメン、タイ版カップヌードル、ミロ、シャンプー、ボディーソープ、中国式足ツボ刺激健康サンダル、小物雑貨、袋に入った衣類などなど。


思わぬ展開にあぜん。



タオルで拭いても拭いても水分は取れずぐちゃぐちゃになるほど悲惨なありさまだった。

そしてついに原因がわかった。
原因はこれだ↓



甘だれの瓶が割れていたのであった。タイではフライにつけて美味しいたれなの。家族に食べさせてあげようと思ってお土産に買ったのに。
あー、どうしてワレモノなのに機内に持ち込まなかったんだろう!!タオルをぐるぐるまきにしただけでは駄目だったんだ。後悔先に立たず。

・・・しばし呆然としていると、なんか可笑しくなってきた。今回の旅のエピローグにふさわしい落ちだなぁ、と思ったらへらへら笑いがこみ上げてきた。
2005年2月26日(土) 東京 42歳

うざぎやのどら焼き



社長からの指示で御徒町のうさぎやにどら焼きを買いにきた。その数40個。紙袋に入れてもらったが、重たくて手がちぎれそう〜(泣)。
2017年2月25日(土) バンコク 54歳

無題

ちょっと空きスペースができたので何か書いてみる。今年4月のタイ旧正月休暇は今のところ積極的理由がないので帰国はしないと思われる。今年も友人とどこかリゾート旅行するか。それとも今年はひとり旅してもいいか。こないだチェンライで目撃した国際バスでラオスに行きたい気持ちがむくむく。

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