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2024.01.13 Saturday

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2016.12.31 Saturday

[chapter 242] パタヤ近郊のラーン島 / 大晦日雪景色の東京(2004年12月31日)/ 声楽レッスン〜歌い納め(2006年12月28日)/ 根本敬「ミクロの精子圏」が二幕物のオペラブッファのように加速すること/ 「土曜デポルテ」の山本文郎/ カントがいう「享楽の延期」についてほか


読者の皆様
今年最後の更新になります。1年間拙ブログにアクセスいただきありがとうございました。
タイから好き勝手なことを発信し続けていますが、まだしばらく続けていきたいと存じます。
また来年もよろしくお願いいたします。
波照間エロマンガ島 拝




(近況)パタヤから船で40分ほどのラーン島にて大晦日を過ごしています。


2016年12月31日(土) ラーン島 54歳

ナウルビーチ


出航

2016年12月30日(金) パタヤ 54歳

スターバックスコーヒーにて
2016年12月29日(木) パタヤ 54歳

年末年始休暇はパタヤで過ごしています

2004年12月31日(金) 東京 42歳

大雪@銀座


2004年12月31日13時48分


2004年12月31日14時34分

わー、積もってるよ!! なんちゅー大晦日なんだー!!(年越しで仕事ですー)

(追記)
休憩時間に銀座の今春湯で地元のオジイチャンが話しているのを聞いたら大晦日に雪が降ったのって記憶にない、とのこと。そういえばそうですねぇ。
2006年12月28日(木) 東京 44歳

歌い納め〜声楽レッスン

今日は今年最後の声楽のレッスンだった。歌い納めということで、今年印象に残った好きな曲を7〜8曲選んで、歌わせてもらった。

今年レッスンで歌った曲は以下の通り―――

MON COEUR EST UN VIOLON (私の心はヴァイオリン)
DARK EYES (黒い瞳)
TOSCA (トスカ) 第三幕 星は輝きぬ
'A vucchella (かわいい口もと)
Dicitencello vuie (彼女に告げてよ)
アカシヤの花
蝶々夫人〜さらば愛の家
Amore perduto (失われた愛)
MARTHA マルタ M'appari tutt'amor 第3幕 夢のごとく
Memory〜ミュージカルCATSより
Limelight ライムライト
Serenade From "Student Prince" (学生王子のセレナード)
Piscatore 'e Pusilleco (プジレコの漁師)
Senza nisciuno (孤独)
Love Is A Many-Splendored Thing (慕情)
Auf Flugeln des Gesanges (歌のつばさに)
イヨマンテの夜
MAMMA MIA, CHE VO' SAPE?! (お母さん、何が知りたいの?)
Parlami d'amore, Mariu! (マリウ愛の言葉を)
PECHEURS DE PERLES (真珠採り)


*ジャンルはオペラのアリアからナポリ民謡、カンツォーネ、シャンソン、映画音楽、ミュージカルナンバー、日本の歌謡曲など、多岐に渡ります。

来年も楽しみながらレパートリーを増やしていこうと思います。


今年の発表会にて
2008年12月31日(水) 東京 46歳

日本帰省中、忘年会2本

28日はリアル友達としゃぶしゃぶ忘年会@ 自由ヶ丘。
29日はチェンマイつながりの友達と食事会@ 西荻窪。

どちらも久々に会う友達ばかりでとても楽しいひと時を過ごしました。
でもなんかふわふわして、まだ自分自身しっかり地に足がついてない感じがします。現実感に乏しく夢を見ているみたい。
タイに本拠地が移動しているので旅行の時間が流れているようです。1週間後にタイに戻ったとき夢が覚めて現実の続きが始まるみたいな感じなのかな。

(自分メモ)
・実家の隣がさら地になっていてびっくりした。
・電車の液晶テレビのベルリッツ学校のCMの女の先生が替わっていた。
・チェンマイには歩行者用信号がほとんどない、あるいはあっても守らない癖がついているので、赤信号でも無意識にすぐに横断しようとする自分を見た。
・自宅のテレビ画面の右上に「アナログ」表示が。初めて見た。
・石川浩司さんが痩せていてびっくり!
2010年12月29日(水) 東京 48歳

主なTweets

昭和40年代後半、「土曜デポルテ」(毎週土曜日朝7時TBSテレビ)という番組で司会の山本文郎を初めて観たとき、なんて軽薄なタレントだろう、と思った。あとからTBSのアナウンサーだと知った。

シャンプーをハーヴァルエッセンスに替えたらなんだか髪がサラサラになった気がする。ちと幸せでアル。

根本敬「ミクロの精子圏」を初めて読んだとき、第1部から第2部にかけて超高速でたたみかける構成は、2幕物のオペラ・ブッファ、たとえばロッシーニの「セヴィリアの理髪師」などを想起した。第2部のスピード感の凄さよ!漫画の中で時間の流れが加速するというのは奇跡ではないかと思ったりした。



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2016.12.24 Saturday

[chapter 241] PASSENGERS / 今年びっくりしたこと=TVで自分のHN連呼される/ 三遊亭円朝「名人競(めいじんくらべ)」/ 茶室の構造にシンメトリーを好まぬ理由 / 縄は生きている / ラーメンクリスマス/ 滝田樗陰(ちょいん)/ プラープダー・ユンほか


(近況)「PASSENGERS」鑑賞しました。(2016年12月22日)


2016年12月22日(木) バンコク 54歳

PASSENGERS

2016年12月19日(月) バンコク 54歳

今日買った本


2016年12月20日(火) バンコク 54歳

今年びっくりしたこと=TV番組でマツコデラックスさんに自分のハンドルネーム連呼された(5月26日 アウトXデラックス)









(参照)「石川浩司のひとりでアッハッハー」
1999〜2011年 クリスマス前後の日記

1999年12月24日(金) 横浜 37歳

風邪で寝込んでおり終日養生。だいぶん快復。
夜中、横浜キャバ嬢送りの仕事で復活。
Kの家から姉のJ子の家へ段ボール箱5箱運ぶのを手伝う。
その帰り、ラーメンをご馳走になる。今年の俺のクリスマスはキャバ嬢とアフターでラーメンだったー(チャンチャン!)。

2004年12月24日(木) 東京 42歳

プラープダー・ユン/ バーラミー(新潮2005年1月号)

「新潮」創刊1200記念特別号の特集「文学アジア」に掲載されていたのを読む。とても面白かった。
プラープダー・ユンって浅野忠信が出たタイ映画「地球で最後のふたり」の脚本を書いた人だったような記憶がある。名前は聞いたことある。
検索してみるとはたしてその通りで、現代タイの若者の知的カリスマなのだそうだ。

面白かったが、理解したとは思わない。表層の部分に露出している小説のうわっつらを撫でたに過ぎないと思っている。この先タイ語を学習していき翻訳ではなく原語でこの小説で読んでも、作品を味わうのはまだまだ先だろう。とりあえず今はイマジネーションを働かせて、行間に流れているタイの空気や上座部仏教の国に生きる人たちの考えを見てみることにしよう。
この作品は短編なのでこれから少しずつ、プラープダー・ユンを読んでいこうと思います。

2006年12月23日(土) 東京 44歳

緊縛有末流一門会「夜の学校」 

「夜の学校」を受講しました。
10月29日、歌舞伎町のシャングリラで有末さんに初めて吊るされて以来、ずっと次の機会を求めていたような気がするのですが、そのときは唐突に訪れました。「縄は生きている」という有末さんの言葉は、知性と経験に裏打ちされており、重厚な響きをもって聞こえてきました。
時間内に2度縛られ吊り上げられたのですが、それぞれに言葉にならない様々な感興・情緒が現われては消えていきました。それどころか毎瞬毎瞬変化し、直面する縄の緊縛状況に心がいっぱいいっぱいになっています。そして有末さんのめくるめく縄技(もちろん自分では今どういう状況にあるかは見ることができません。デジカメで撮影されて初めてわかります)が続き、やがて下ろされました。これはいったいどういう体験なのだろう。まだうまく言葉にできません。これから探究していこうと思います。

そのあと「夜の学校」を終えた先生・生徒の皆さん(通称・ネコネコ団w)と次の場所、六本木のTREBIAN TOKYOというクラブに移動しました。有末さんと卯月さんの「ラスト・クリスマス」という緊縛ショーを観に行ったのでした。
ショーの内容は衝撃的なものでした。音楽と照明と観客を加えた上でのお二人のパフォーマンスが織り成す風景の効果に圧倒されました。私は「生身」ということについてずっと考えながら、目の前のパフォーマンスと一緒にいました。お二人にとって重要な意味をもつショウと聞いていたので、その場に居合わせられて幸せでした。


2008年12月22日(月) チェンマイ 46歳

ちょっと早いですがメリークリスマス。
2008年もあと9日と押し迫ってきました。それと帰国まであと5日です。8ヶ月ぶりの日本、待ち遠しいです。

チェンマイで過ごす初めてのクリスマスです。
熱帯モンスーン気候のクリスマスは高緯度地方に住んでいた者には違和感がとてもあります。
デパートではノースリーブ&ミニスカートにマフラーをしてサンタ帽をかぶった売り子さんが声を上げていました。


カードスアンケーオのクリスマスツリーの横の「2009」の文字って間違いではないんですよ、こちらの常識では。こちらではもうすでに「クリスマス&新年おめでとう!」って同時に書いてある看板が多いんですけど。わたしの住むマンションでも新年の飾りつけをしてあります。


ポインセチアでも買おうかな、とカムティアン花市場に行ってきました。写真を撮っただけで満足してしまい、買わずに帰ってきました。

夜はリバーサイドのバーレストランでタイ語学校の先生と同級生とささやかなパーティーを開きました。

2011年12月24日(土) チェンマイ 49歳

またしても夜中に目が覚めた。最近は夜8時頃には眠くなって寝てしまふ。。。
posted at 04:20:15

鏑木清方は「円朝の人情噺には、いくつかの翻案もあるけれども、それは悉くこの人の創案と融け合っているので、話を聴いていても翻訳臭などを気振にも感じさせることではなかった」と書いている。「名人競(めいじんくらべ)」に出てくる坂東お須賀は、サルドゥの「トスカ」からもってきているらしい。プッチーニのオペラ「トスカ」、声楽レッスンで歌ったことあるよ。難しかった。
posted at 06:33:16

同じ翻案という点では川口松太郎の「鶴八鶴次郎」は1938年に長谷川一夫と山田五十鈴で映画化されているが、当時の観客はその直前に公開された元の映画「ボレロ」をほとんどの人が観ていたので換骨奪胎の鮮やかさという風には作品をとらえず、パロディー映画としてゲラゲラ笑いながらこの映画を観ていたという記事を読んだことがある。やはり松太郎と円朝では比較するまでもないほど円朝のほうが偉大ということか。
posted at 06:42:10

茶室の構造にシンメトリーを好まぬのは、やわらぎの心から来ているのではなかろうか。直線や直角の組み合わせだけでなくて、その間に自然の曲線を入れて、全体の上になだらかな気分を出すと、その中にいる人間も自らその気を吸うものである。やわらぎは硬直の反対で曲線または弧線である。(鈴木大拙)
posted at 17:49:08

「中央公論」の滝田樗陰(ちょいん)は本願寺系の宗教雑誌だった同誌を抜本的に改革し文芸作品や政治欄を充実させ明治・大正期を代表する総合雑誌に育てた名物編集者で多数の作家を世に送り出した。ロシア人と日本人のハーフとして生まれた特異な半生を綴った「俺の自叙伝」でデビューした大泉黒石もその一人である。
posted at 18:04:35

しかしデビュー作が「俺の自叙伝」というのは狂っていてかっこいい。今の世だったらさしずめ「大泉黒石グレーテスト・ヒッツ」みたいな感じだろうか。ちなみに黒石の息子である大泉滉が生前ロシア皇帝のご落胤説が流れていたのもあながちガセネタではなく黒石の父はロシア皇帝の侍従であったらしい。
posted at 18:12:37




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2016.12.17 Saturday

[chapter 240] ROGUE ONE: Star Wars Story / 2003年12月第3週日記 / 高田延彦 / 山田優の身体計測 / ジャワ島 / 現在位置確認 / 師走の銀座点描 / キャパ「崩れ落ちる兵士」/ 鎌倉河岸から神田駅にかけての界隈 ほか


(近況)「ROGUE ONE: Star Wars Story」鑑賞しました。(2016年12月16日)


2003年12月16日(火) 東京 41歳

プロレス入門当時の高田延彦エピソード

2003年12月17日(水) 東京 41歳

山田優の身体計測

2003年12月18日(木) 東京 41歳

ジャワ島について

2003年12月18日(木) 東京 41歳

現在位置確認

2003年12月19日(金) 東京 41歳

師走の銀座点描



2011年12月第3週のつぶやき
チェンマイ 49歳

2011年12月17日(土)

午前中は曇っていたので気温23℃だったが、お昼過ぎようやく陽が差してきたので26℃くらいまで上昇した。でもまだ寒いのでヨットパーカーのフードをかぶりマフラーをして外出。異常なまでの寒がりな自分。
posted at 15:17:03

そんなに熱心に読んでいたわけではないが漫画「ナニワ金融道」で主人公灰原の先輩の桑田がよく言う「どうやってうまいこと金返すか、いい絵描かんかいボケ!」という台詞から「絵を描く」という表現が自分の中に妙に入ってしまい、物事を行うのにどれくらい具体的にイメージできるか腐心する癖がついた
posted at 15:45:29

2011年12月18日(日)

朝。日の出とともに目覚めよい気分。気温19℃。
posted at 09:16:12


ニマンへミン・ソイ17の「OISHIらーめん」、つぶれてた。2年くらいか。
posted at 09:17:42

「元気ラーメン」に行ったら、客としてきていた妙齢の婦人に挨拶された。「はて、誰だろう」とポカンとしていると、よく行くタイマッサージ屋の施術師の女性ということを思い出した。いつもと違う場所だと知ってる人でも思い出すのに時間がかかることがわかった。老化現象だろうか
posted at 09:18:43

「元気いいぞう」ラーメンではない。
posted at 09:20:24

プーカム交差点の近くに「つなみ」という日本料理屋がある。強烈なネーミングだ。人気のある店で夜行くと行列ができていたりする。
posted at 09:26:08


スペイン内戦時撮影したロバート・キャパの「崩れ落ちる兵士」。あの史上名高い写真はロバートの弟のコーネル・キャパがプリントしたという説を発見。コーネルはファインプリント志向が強く実際より綺麗に印画したお陰で歴史に残ったのではないか、と。http://t.co/FJ0Iskm
posted at 13:12:16

手元に本がないのでうろ覚えなのだが山田宏一の「友よ映画よ わがヌーヴェル・ヴァーグ誌」だったか、当時パリ留学中の山田がゴダールの「アルファヴィル」(1965)の室内撮影を現場のホテルに見学に行くくだりがあって、ジャン=ピエール・レオがサード助監督で現場にいたという記述を思い出した
posted at 13:22:30

洗いたての香料入り洗剤の匂いでいっぱいのタオルケットにくるまって、胸焼けが通り過ぎるのをやり過ごす
posted at 17:54:35

調子わる
posted at 18:04:17

2011年12月19日(月)

体調不良で休んでいたらそのまま夕方から午後11時近くまで眠ってしまった。夕食をとるタイミングを逸してしまう。具合のほうはだいぶんよくなった。あ、「俺の日常クイズ」解答し忘れた。
posted at 01:12:19

North Korea state TV says Kim Jong il has died 金正日死去の第一報が入る
http://t.co/qjlaytH via @reuters
posted at 12:17:59

食欲も性欲も物欲も少なくなってきた。年相応なのかどうかはよくわからない。
posted at 19:22:34

私が初めてプロ野球を意識して観だした昭和40年代半ばころ(1970年前後)は読売巨人軍が連覇の記録を塗り替えていた時期と重なるが、最初に気になったのはホームのユニフォームの「GIANTS」の「S」の文字がタイポグラフィーの装飾文字の見栄えで「8」に見えて仕方なかったことだった。
posted at 19:24:15

2011年12月20日(火)

夕食後、志ん生の「粗忽長屋」を聴きながら眠りに落ちてしまった。さっき目が覚めた。落語の夢は見なかったようだが何の夢を見たかは忘れてしまった。
posted at 01:56:17

増田みず子「手術」(「群像」2005年1月号)読了。家族の病気・介護・葬儀などがテーマの小説は我が身に起こった出来事だったのでここ数年読める心理状態ではなかったが、何故か読めた。やはり時間はもろもろのことを忘れさせてくれたり結論の出ない感情を整理してくれたりするのだなと実感した
posted at 05:16:02

耳鳴りが
posted at 07:40:52

シャンプーを変えたら髪の毛がさらさらになりちょっと気分がいい。思えばタイに移り住んでから水とシャンプーの相性が悪いせいで前にも増してくせっ毛がひどくなり、髪の毛を短くしブローもしなくなった。ドライヤーは買ったけどほとんど使ってないです。
posted at 15:28:15

美術館は近代の制度である。それは第一に、それまで特権階級によって独占されてきた「知」を公共化する。第二に、それは時間的な順序を空間的に提示する、逆に言えば、空間的な排列が時間的な発展を示すことになる。この意味で、ヘーゲルの哲学=世界史の体系とは一種の美術館である(柄谷行人「美術館としての日本」 批評空間1994年)
posted at 15:40:46

楳図かずお「14歳」で、22世紀の世界のすべての経済界のトップに君臨するグランドマスターのローズ氏が不老不死の薬を手に入れたいという設定は幾度となく見聞きしたことのある話だが、超国籍企業が国民国家の依存によらず国家の存在を超えた力をもち国家と対峙する日ははたしてくるのだろうか
posted at 16:03:33

日野啓三は読売新聞社外報部の記者時代、仕事が終わると大手町の会社を出てそのまま地下鉄には乗らずにふらふらと神田方面によく歩いていき徘徊していたという。鎌倉河岸から神田駅にかけての界隈はなぜか方向感覚が微妙に狂い、迷路に迷い込むような錯覚を覚えるので好きだったという記述を読んだことがあり共感した
posted at 22:46:01

夕食を終え部屋に戻ってきたらすぐに眠くなり、ベッドに倒れこむように寝てしまった。4時間くらい睡眠し目が覚めた。最近多いパターン。
posted at 04:06:48



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2016.12.10 Saturday

[chapter 239] Cats on the notebook / コームーヤーン(ブタの肩肉焼き)コーンソムタムサラダ / 支那麺はしごを想起 / 亀倉雄策 / Sailors Bar &Restaurant / 第三の新人の作品群 / Sheryl Crow - Soak Up The Sunほか


チェンマイ・シリマンカラジャーン通りソイ11からドーイステープ方面を臨む(2016年12月4日)


2016年12月5日(月) チェンマイ 54歳

Cats on the notebook

2016年12月6日(火) バンコク 54歳

コームーヤーン(ブタの肩肉焼き)コーンソムタムサラダ

2016年12月8日(木) バンコク 54歳

今日買った本

2016年12月8日(木)
バンコク 54歳

支那麺はしごを想起



ソイ23の中華めん屋で坦々麺セットなう。2008年3月まで働いていた銀座の会社の裏にあった支那麺はしごを思い出した。よく行ったなー。今もあるのかな?

(コメント欄)
高校同期Kくん
あるよ。まだ。この前の日本出張の時に行ったよ。

高校同期Fくん
酸っぱ辛いやつ(^^)
2016年12月10日(土)
バンコク 54歳

亀倉雄策





エカマイのGATEWAYなう。
パタヤ行きのバスの発車時間までのあいだ涼んでいる。先日購入した横尾さんの「死なないつもり」を読んでいたらいきなりSNSに投稿したくなるネタ発見!
亀倉雄策さんの「雄策」に紙が貼ってある!これ誤植を印刷後に気づいて紙を貼ったのかな? それともワザと?
さすが横尾さんって感じだ。
というわけで2週連続でタイでは土日月三連休です。今週は海に行きます。
2016年12月10日(土)
パタヤ 54歳

Sailors Bar & Restaurant







ABBAがガンガンにかかる熟女prostituteのいるバービヤ、パタヤビーチサイドソイ8のsailor bar & restaurant、牛フィレステーキ130バーツ、何だこの価格破壊! パタヤの新しい溜まり場見っけた。しかもここは8月に日本の友人kさんと来て宿泊したホテルの目の前ときている! なんでそのとき来なかったのだろう。こんなに美味しいのに! 残念無念。でも安いだけあってお腹いっぱいにならず、チーズバーガーを追加して満腹になった。




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2016.12.03 Saturday

[chapter 238] 夜行バスにてチェンマイへ/ クンタン峠にて/ チェンマイ到着 / ゲストハウスにチェックイン / 昼ごはんは生ラープ / Sista Golden Hair / ドーイサケット温泉 / 「道に迷う」ことも旅の醍醐味ほか


タイは12月3〜5日まで3連休なのでチェンマイに静養に来ました。


2016年12月2日(金) バンコク〜チェンマイ 54歳

夜行バスにてチェンマイへ

2016年12月3日(土) チェンマイ 54歳

クンタン峠にて


チェンマイ到着


ゲストハウスにチェックイン


昼ごはんは生ラープ

2016年12月4日(日) チェンマイ 54歳

ドイサケット温泉にて



2016年12月4日(日)
チェンマイ 54歳

Sista Golden Hair







ゲストハウスの犬と遊んでいたら宿泊客の女の子が走って犬を触りにきた。子供は無邪気でいいな。
バイクに乗りながら心に去来した想い(覚え書き)

朝食後シャワーを浴びて部屋でごろごろしているとあっという間に9時半近くなったので「やべっ」と焦り、出かけることにした。本当は終日ごろごろしてもいいのだが、バイクもあることだし久々にチェンマイ郊外でも行ってみるかと思ったしだい。先月1ヶ月間友人がチェンマイに長逗留していてFBに情報をアップデートしてくれていたので、気になったところに行ってみよう、と。まずはドーイサケット温泉に行くことにした。国道11号線をセントラルフェスティバルのところを左折、国道118号線に入りチェンライ方面へ向かう。

ドーイサケット交差点まで約15キロ、快調に進む。ここで以前行ったことのあるメークワーンダムに寄っていこうと思いついた。確かドーイサケットを左折していけば着くはずだ。そう思い、適当にそこらのソイを左折した。

ところが、いくら走ってもメークワーンダムには着かなかった。念のためGP機能付きの地図を出したのだがそれでも地図上に見えるダム湖には近づくことができなかった。結局まぁ行かなくてもいいか、と目的地へ行くのをあきらめ、温泉にストレートに行くことにした。

「道に迷う」ことも旅の醍醐味ではないか、ということを思いついた。そうだ、私の旅はいつも行き当たりばったりで、何処かへ行こうと思いついたり、何かをしようと思いついたりしても、準備はまったくしていないのでうまく行かないことが多かったのだ。タイ人はホテルも決めずに旅行をするが、一時期、旅行者時分の私も、往復航空券だけを買うだけでホテルは予約しないでタイに来ていたものだ。運を天に任せるというか、トラブルを期待するというか、まぁなんとかなるでしょう、そんなところがあったと思う。面倒くさがりということもあるのだけれども。1年前にスマートフォンを買うまではそんな旅を続けていた。

スマフォを買ってアプリをあれこれインストールするようになってから変わった。現代の最先端のツールをもつと、それに依存してしまう自分がいる、それは間違いなく。というわけでホテルは予約サイトで予約するようになった。

便利になると、こういったやりたいことが手軽に実現してしまい、「ものごとがうまく成就しない」というある意味、もうひとつの旅の醍醐味が失われるということに思い当たったのだ!ちょっと前までは個人旅行なんてトラブルが当たり前で、1回海外旅行するだけでその体験は一冊本が書けるほどだったよね、というのはちと大げさだけど。

2泊3日などの短いスパンの旅行だと失敗したくない思いがあるじゃん。以前は下調べをよくしたけれども、最近はまったくしなくなったなー。時間を失う恐怖があっても、その反応を手放すことで面白い旅ができる気がするんだけれども。でも先月行ったルアンパバーンではあまり下調べしなかったから動きづらかったかな。まだウォーミングアップの段階で終わってしまった。月曜日の奥山商店のルアンパバーン旅行記なんて、よく動いているって感心した。OQ山さんのブログは面白いよ。

あと、旅の時間って過去のいろいろな体験を思い出す、それも大事な要素だと思った。
最初にサンカンペーン温泉に行ったとき、当時もっていたガラケーのメールに、日本でよく遊んでいた女性が急死したという訃報がとどいて呆然としたことがあったんだけど、そのとき雨も降ってないのに、虹が見えたことがあったの。あの虹は彼女が見せてくれたんじゃないか、って確信したことを今日思い出した。

サンカンペーン温泉へはたいていレンタルバイクで行くんだけども、最初の頃はよく道に迷っていたなー。そしてあちこちでタイ人に道を尋ねてやっと着いたときのヨロコビ。あるいは帰りにスコールに遭って、ふだんはバナナとか売るあずまやに雨宿りに入ったら先客のタイ人のおばちゃんたちがいて、お菓子もらって雨が止むまで馬鹿話したりとか、懐かしい思い出がいろいろ出てくるもんだ。わずか8年ほどのあいだの出来事なんだけども。
ウィチアンブリー・ガイヤーン


シリマンカラジャーン通りソイ11にある。


天下一品のガイヤーンとカオニャオ


ソムタムタイ


「ここいいですか」と若い女性が合い席を求めてきた。断る理由はまったくない。

温泉で足湯に浸ったあとはバイクで小一時間かけチェンマイ市街へ戻る。元住んでいたアパートのすぐ裏にある、チェンマイでいちばん美味しいと個人的に思うガイヤーン屋「ウィチアンブリー・ガイヤーン」(シリマンカラジャーン通りソイ11)で焼き鶏ハーフ、ソムタムタイ、カオニャオ。これも食べたかった!4ヶ月ぶりに食べられてシアワセ(安上がりな男ですw)。

ニマンへミン通りのソイの中は中国人観光客でごった返していた。これはもうちょっと行く気にはならんなぁ。。。
Starbucks Coffee にて



食後は御堀通り沿いに新しくできたスターバックスコーヒーへ来てコーヒーとココナッツケーキをいただきながら、PCとアイフォンの充電がてらこれを書いています。




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