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2013.03.06 Wednesday

[chapter 49] 霞ヶ関界隈 NOW & THEN (1850-2007)/ パスカルズ@初台DOORS/ 空也の最中/ アマリリス/ カッコいいローファー/ ムーの樹に花の咲く頃 ほか


 霞ヶ関 Now & Then

 一八五〇年当時の古地図に現在の霞ヶ関1丁目付近を薄く重ねた地図を発見した。
裁判所合同庁舎(東京地方裁判所、東京高等裁判所)と合同庁舎6号館のある場所には、上総佐貫藩藩主阿部因幡守、御側衆大久保駿河守、三河大平藩藩主大岡越前守の屋敷が建ち並んでいた。
 大久保駿河守は講談でお馴染みの大久保彦左衛門の末裔と思われる。同様に大岡越前守は享保年間、吉宗の時代に江戸町奉行を勤めた大岡忠相と同じ家系だと思われる。つまり、大久保彦左衛門と大岡越前はお隣りさんだったってことなのか?




 パスカルズ@初台DOORS

  1月24日の横浜サムズアップに続き、またまたパスカルズのライブを観に行きました。聴けば聴くほど、味わいの出てくるよい楽団です。
弦楽器はヴァイオリン×4、チェロ×2。バンジョ−、ギタ−、ウクレレ各1。トランペット&サキソフォン1。ドラムス、パーカッション各1。ピアニカ&トイピアノ1。そしてバンドマスタ−(ピアニカ&エレピ)1。
14人編成からなる音像は、かなりの迫力です。でもメンバーは複数の楽器を受け持ち、ピアニカやカズ−、トイピアノ、リコ−ダ−など、耳に優しい可愛い楽器の音も聴こえています。ホ−ルにpppからfffまで響きわたります。
ミクシィで親しくさせていただいている元たまの石川浩司さんがパ−カッションで参加しています。平均年齢が40代のアダルティ−な楽団です。でもバンマスのロケット・マツさんはじめ、皆年齢よりはるかに若く見えます。
美熟女好きな私としては、弦楽器の女性に目移りしっぱなしです。
というわけで、次回もきっと追いかけて観に行くことでしょう。(二〇〇七年三月九日)





 空也の最中

 並木通りにある空也の最中。久々にいただきました。予約必須の老舗の有名店ですね。
「なんでこんなに美味しいのだろう!」と舌鼓を打ちました。つぶ餡の上品な甘さと焦がし皮の絶妙なハ−モニーが口の中に入るとみずみずしく広がります。
 明治17年上野池之端で創業、漱石の「吾輩は猫である」に空也の生菓子として登場したり、古今の文人、役者など多くの人びとに愛されてきました。戦災で焼失後の昭和24年、銀座六丁目に移転、現在に至ります。店名は創業者の初代店主が空也念仏の関東空也衆の一員であった事に由来しています(しおりより)。

 主人はまたやられたと思いながら何も云わずに空也餅を頬張って口をもごもご云わしている。(「吾輩は猫である」二)





アマリリス(2006年3月3日〜21日)











3月4日開花。10日ほど咲き、萎れていった。
花の命は短くて、苦しきことのみ多かりき。(林芙美子)




カッコいいローファー

ヒッチコックの「泥棒成金」でケーリー・グラントが履いていたローファーがカッコイイと感じていた。グレース・ケリーが運転するロードスターが急ブレーキをかけるシ−ンで、助手席に乗っているケーリーの靴が一瞬映る。






ムーの木に花の咲く頃

 久世光彦が亡くなった。合掌。

 一九八〇年代のある日、久世に話を聞きに行った。
 当時、映像作家志望のチンピラ大学生だった私が、熱烈に希望してあらゆるコネを使って、会う機会を作ったのであった。久世ははるか年下の未熟な若者の質問にも、同じ目の高さで真摯に答えてくれたのを覚えている。
 さまざまな話をした。ほとんど忘れてしまったが。その中で、断片的に覚えていること。

ドラマ「ムー」は三部作になる予定だった。
「ムー」「ムー一族」と製作され、第三弾として「ムーの樹に花の咲く頃」というタイトルで構想されていたというのだ。「なんか山本周五郎みたいですね」と私が言うと、「『ムー』ってタイトルは、もともと荒木一郎がつけたんだよ」と久世は答えた。

「ムー」の音楽は荒木一郎が担当している。シタールを使ったインド音楽みたいな曲がオープニングタイトルで流れる。映像は横尾忠則。
 築地明石町の老舗の足袋屋が舞台のドラマに、まったく馴染まない世界を導入することで、強烈な異化効果で視聴者を惹き込んで行く。
 劇中歌をドラマの中で歌わせるのは『時間ですよ』以来のルティーンであるが、「ムー」ではさらにこの路線が進み、ドラマの中にフリ−ト−クのコ−ナ−を設けたり、ドラマの原点に帰り生放送をしたり、究極は何で行くのか説明のないままエジプトロケまで敢行したりした!(何故かある回はエジプトが舞台でホームドラマしちゃってるの!)
 ケレンと悪趣味のぎりぎり境目を狙う手さばきは超かっこよく、久世は子どものころからの私のアイドルだった。

「森繁、荒木一郎、樹木希林、この3人は(私が仕事した中の)キチガイですね」と久世は言った。
「キチガイ」とはもちろん「天才」の意味に他ならないが、「ムー」では、その3人のうち2人までが関わっている。私は、久世こそが「キチガイ」であると思うのだが。

私が特に凄いと思うのは、TBSという放送局の社員ディレクタ−だった久世が、あれだけの企画を商業放送の電波に乗せ、発信したという事実だ。七〇年代の後半までは、TVはまだ映画と同じようなアウトローな世界にあったということか。保守的な現代では企画段階で潰されるような過激な企画を、次から次へと発表していった。

 「悪魔のようなあいつ」
当時時効寸前の「三億円事件」を扱った沢田研二主演のサスペンスドラマ。日本のドラマ史上初めて、ハードゲイの世界をドラマに登場させた。放送後25年以上経つも再放送請求が叶ったことはない。(*最近DVDでBOXセットが発売されました)

 「寺内貫太郎一家」
 ご存知、現在も舞台・ドラマ・CM等でリメークされているホームドラマの傑作である。このドラマの知られていないエピソードを久世は話してくれた。
 原作者の向田邦子は、主人公の貫太郎役は二子山勝治(先代・若乃花、故人)をイメージしていた。頑固で鬼のように怖い存在感は向田の亡父がモデルで、二子山親方がそれにいちばん近い線だったという。できれば二子山にやってほしかったそうだ。
ところが、久世がキャスティングしたのは、小林亜星だった。当時は髪を長髪にしてチャラチャラした軽佻浮薄なイメージで売っていた文化人作曲家であった。
激怒したのは向田。小林亜星にだけは貫太郎はやらせないでくれ、と久世に詰め寄ったという。大モメにモメる会議。
「いやあ、すごかったですよ。あの向田邦子があんなに怒ったのそれまで見たことないですからねぇ。しまいには加藤治子さんといっしょになって、毎日私のところに押しかけてくるわけですよ。あれには参りました」笑って語る久世。しかし、結局は向田、加藤ともに折れて、貫太郎役は小林亜星におちついたというわけである。背景にはそんな小競り合いがあった。

 「8時ダヨ!全員集合」
当時TBSが土曜の夜に誇る不敗のお化け番組の演出を数回、久世は望んで担当したことがあるらしい。同年輩のいかりや長介とはギャグのセンスが合い、番組終了後もつきあいは続いた。

 ほかにもたくさん面白ネタがあったような気がするが、今は思い出せない。とにかくとても刺激的な時間であった。

 最後に、近年富に小説家として円熟味を増し、ディレクター同様評価されている執筆業についてであるが、東大美学科出身の久世は、学生時代、大江健三郎と一緒に同人誌を作っていた文学青年だったという。『遅れてきた青年』のテレビディレクターは自分がモデルだと言っていた。多くは語らなかったが、ごく身近に大江健三郎がいて、どのような心理的道程をもってTVマンになったのか、想像に難くない。このあたりの人物評伝を読んでみたい気もする。(二〇〇六年三月三日)





(作業用BGM) かっこいいジャンパー/ 電気グルーヴ
2017.05.20 Saturday

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