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2016.12.24 Saturday

[chapter 241] PASSENGERS / 今年びっくりしたこと=TVで自分のHN連呼される/ 三遊亭円朝「名人競(めいじんくらべ)」/ 茶室の構造にシンメトリーを好まぬ理由 / 縄は生きている / ラーメンクリスマス/ 滝田樗陰(ちょいん)/ プラープダー・ユンほか


(近況)「PASSENGERS」鑑賞しました。(2016年12月22日)


2016年12月22日(木) バンコク 54歳

PASSENGERS

2016年12月19日(月) バンコク 54歳

今日買った本


2016年12月20日(火) バンコク 54歳

今年びっくりしたこと=TV番組でマツコデラックスさんに自分のハンドルネーム連呼された(5月26日 アウトXデラックス)









(参照)「石川浩司のひとりでアッハッハー」
1999〜2011年 クリスマス前後の日記

1999年12月24日(金) 横浜 37歳

風邪で寝込んでおり終日養生。だいぶん快復。
夜中、横浜キャバ嬢送りの仕事で復活。
Kの家から姉のJ子の家へ段ボール箱5箱運ぶのを手伝う。
その帰り、ラーメンをご馳走になる。今年の俺のクリスマスはキャバ嬢とアフターでラーメンだったー(チャンチャン!)。

2004年12月24日(木) 東京 42歳

プラープダー・ユン/ バーラミー(新潮2005年1月号)

「新潮」創刊1200記念特別号の特集「文学アジア」に掲載されていたのを読む。とても面白かった。
プラープダー・ユンって浅野忠信が出たタイ映画「地球で最後のふたり」の脚本を書いた人だったような記憶がある。名前は聞いたことある。
検索してみるとはたしてその通りで、現代タイの若者の知的カリスマなのだそうだ。

面白かったが、理解したとは思わない。表層の部分に露出している小説のうわっつらを撫でたに過ぎないと思っている。この先タイ語を学習していき翻訳ではなく原語でこの小説で読んでも、作品を味わうのはまだまだ先だろう。とりあえず今はイマジネーションを働かせて、行間に流れているタイの空気や上座部仏教の国に生きる人たちの考えを見てみることにしよう。
この作品は短編なのでこれから少しずつ、プラープダー・ユンを読んでいこうと思います。

2006年12月23日(土) 東京 44歳

緊縛有末流一門会「夜の学校」 

「夜の学校」を受講しました。
10月29日、歌舞伎町のシャングリラで有末さんに初めて吊るされて以来、ずっと次の機会を求めていたような気がするのですが、そのときは唐突に訪れました。「縄は生きている」という有末さんの言葉は、知性と経験に裏打ちされており、重厚な響きをもって聞こえてきました。
時間内に2度縛られ吊り上げられたのですが、それぞれに言葉にならない様々な感興・情緒が現われては消えていきました。それどころか毎瞬毎瞬変化し、直面する縄の緊縛状況に心がいっぱいいっぱいになっています。そして有末さんのめくるめく縄技(もちろん自分では今どういう状況にあるかは見ることができません。デジカメで撮影されて初めてわかります)が続き、やがて下ろされました。これはいったいどういう体験なのだろう。まだうまく言葉にできません。これから探究していこうと思います。

そのあと「夜の学校」を終えた先生・生徒の皆さん(通称・ネコネコ団w)と次の場所、六本木のTREBIAN TOKYOというクラブに移動しました。有末さんと卯月さんの「ラスト・クリスマス」という緊縛ショーを観に行ったのでした。
ショーの内容は衝撃的なものでした。音楽と照明と観客を加えた上でのお二人のパフォーマンスが織り成す風景の効果に圧倒されました。私は「生身」ということについてずっと考えながら、目の前のパフォーマンスと一緒にいました。お二人にとって重要な意味をもつショウと聞いていたので、その場に居合わせられて幸せでした。


2008年12月22日(月) チェンマイ 46歳

ちょっと早いですがメリークリスマス。
2008年もあと9日と押し迫ってきました。それと帰国まであと5日です。8ヶ月ぶりの日本、待ち遠しいです。

チェンマイで過ごす初めてのクリスマスです。
熱帯モンスーン気候のクリスマスは高緯度地方に住んでいた者には違和感がとてもあります。
デパートではノースリーブ&ミニスカートにマフラーをしてサンタ帽をかぶった売り子さんが声を上げていました。


カードスアンケーオのクリスマスツリーの横の「2009」の文字って間違いではないんですよ、こちらの常識では。こちらではもうすでに「クリスマス&新年おめでとう!」って同時に書いてある看板が多いんですけど。わたしの住むマンションでも新年の飾りつけをしてあります。


ポインセチアでも買おうかな、とカムティアン花市場に行ってきました。写真を撮っただけで満足してしまい、買わずに帰ってきました。

夜はリバーサイドのバーレストランでタイ語学校の先生と同級生とささやかなパーティーを開きました。

2011年12月24日(土) チェンマイ 49歳

またしても夜中に目が覚めた。最近は夜8時頃には眠くなって寝てしまふ。。。
posted at 04:20:15

鏑木清方は「円朝の人情噺には、いくつかの翻案もあるけれども、それは悉くこの人の創案と融け合っているので、話を聴いていても翻訳臭などを気振にも感じさせることではなかった」と書いている。「名人競(めいじんくらべ)」に出てくる坂東お須賀は、サルドゥの「トスカ」からもってきているらしい。プッチーニのオペラ「トスカ」、声楽レッスンで歌ったことあるよ。難しかった。
posted at 06:33:16

同じ翻案という点では川口松太郎の「鶴八鶴次郎」は1938年に長谷川一夫と山田五十鈴で映画化されているが、当時の観客はその直前に公開された元の映画「ボレロ」をほとんどの人が観ていたので換骨奪胎の鮮やかさという風には作品をとらえず、パロディー映画としてゲラゲラ笑いながらこの映画を観ていたという記事を読んだことがある。やはり松太郎と円朝では比較するまでもないほど円朝のほうが偉大ということか。
posted at 06:42:10

茶室の構造にシンメトリーを好まぬのは、やわらぎの心から来ているのではなかろうか。直線や直角の組み合わせだけでなくて、その間に自然の曲線を入れて、全体の上になだらかな気分を出すと、その中にいる人間も自らその気を吸うものである。やわらぎは硬直の反対で曲線または弧線である。(鈴木大拙)
posted at 17:49:08

「中央公論」の滝田樗陰(ちょいん)は本願寺系の宗教雑誌だった同誌を抜本的に改革し文芸作品や政治欄を充実させ明治・大正期を代表する総合雑誌に育てた名物編集者で多数の作家を世に送り出した。ロシア人と日本人のハーフとして生まれた特異な半生を綴った「俺の自叙伝」でデビューした大泉黒石もその一人である。
posted at 18:04:35

しかしデビュー作が「俺の自叙伝」というのは狂っていてかっこいい。今の世だったらさしずめ「大泉黒石グレーテスト・ヒッツ」みたいな感じだろうか。ちなみに黒石の息子である大泉滉が生前ロシア皇帝のご落胤説が流れていたのもあながちガセネタではなく黒石の父はロシア皇帝の侍従であったらしい。
posted at 18:12:37




(今週のおまけ)

「ローグワン」2回目鑑賞しました。(2016年12月23日)
2017.10.21 Saturday

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