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2016.09.03 Saturday

[chapter 226] トンブリー駅/ 疲労困憊 / 小澤征爾=大江健三郎対談/ 距離がないということが「夢の世界」の特徴(柄谷行人) / 子母澤寛「大岡越前守」/ ハングマン/ in case of emergency shirt/ レディーメイドの誕生/ 風船/ あの頃ペニー・レインとほか


トンブリー駅にて(2016年8月27日)



2016年8月27日(土) バンコク 53歳

トンブリー駅



(参考リンク)斎藤彦四郎 / テツトヒト 27号車 泰緬鉄道の旅・3終 【業務用車両でバンコクへ】
2016年8月30日(火) バンコク 53歳

疲労困憊

2016年9月2日(金) バンコク 53歳

今日買った本
2016年9月3日(土) バンコク 53歳

バス通勤なう
2011年8月の主なTweets チェンマイ 48歳

2011年8月1日(月)

雨で気温が下がったせいか気がつくと毛布にくるまって寝ていた。24℃か。寒いと感じるわけだ。頭痛。気温がちょっと下がっただけで身体がついていかない。気が滅入る。非常に肌寒いのでTシャツの上にトレーナーを着、そしていつものウィンドブレーカーを羽織り外出。暑くも寒くも感じず、自分的にはベストチョイスであった。
以前のように台所と電子レンジのある部屋にまた引っ越したいナ。

観察とはすべて事後の観察である。観察によつて知る代りに、生きて知るといふ心掛けで眺めるなら、人生には在りさうもない事だけが起こつてゐる。(小林秀雄『ペスト』1950)

そういえば今の部屋に住むようになってちょうど1年経った。最初はすぐに引っ越すための腰掛けのつもりだったのだが、ずるずるとこんなに長居してしまった。しかも驚くべきは、現在まで1年間のあいだにのべ13人もの友人がやってきて宿泊していったこと。これは凄いことだと勝手に思うのだが。

(・・・)われわれは夢を見るという。こういう表現は正しくないので、われわれは夢のなかでは何も見ていない。見るとは「距離」をおくことだが、距離がないということが「夢の世界」の特徴なのである。しかし、われわれは眼ざめたとたん距離をおいて「夢の世界」を見る、つまり外側からそれを見る。重要なことは、この見るというあり方は生きるというあり方とはまったく異なっているということである。(柄谷行人「意味という病」夢の世界−島尾敏雄と庄野潤三)

2011年8月3日(水)

山本陽子が主演した「ハングマン后廚むしょうに観たくなった8月3日の朝。

先月行ったベトナムだが、2002年に「水曜どうでしょう」一行がハノイ〜ホーチミン間を原付で走っているのだが、同じ場所を走っていないかを確認するために、あのシリーズを再度観始めた。私はホーチミンからドンハまでをバスで北上しているのでちょうど逆コースになるわけだが。

「風船」(1956年 川島雄三監督)大好きな映画。芦川いづみが純真可憐な主人公の妹役を好演。芦川は松竹歌劇団在籍中に川島に発掘され日活に入社、大ブレイクし北原三枝とともに日活黄金時代を牽引した。のちに6歳年下の藤竜也と結婚、引退した。

「風船」(1956年 川島雄三監督)で、自殺未遂する新珠三千代を介抱をする二本柳寛のクールな演技に強い印象を受けた。これは川島の演出というよりも原作の大佛次郎のキャラクター造型を忠実に再現しているように見えなくない。

本郷三丁目西南の角店に「かねやす」と云う大きな小間物屋があった。兼康某と云う医家の後らしいが「本郷もかねやすまでは江戸のうち」赤門前は中山道で、森川町は森川宿、追分も町名に窺われ、その時から三十年も前までは、駒込村の百姓が名物の茄子を遠く下町にまで売りに来たものだそうである。「こしかたの記」鏑木清方(1961)

三波伸介が「徹子の部屋」に出演したとき、「本郷生まれ、ぎりぎりの江戸っ子でして」と自嘲とも自慢ともとれる言い方をしていたことを思い出した。鏑木清方の言を借りると、江戸末期〜明治初期は本郷三丁目の角の小間物屋、かねやすのところまでが江戸市中だったということになる。

2011年8月7日(日)

《レディー・メイド》という言葉はデュシャンがアメリカに渡った1915年以降にできた言葉であり、デュシャンは「レディー・メイド」と言われる作品はもともと単なる気晴らしでつくったに過ぎなかった。「自転車の車輪」は1913年の作。(to be continued)

2011年8月8日(月)



小倉遊亀「浴女」(1938年)。2002年に東京国立近代美術館での展覧会で観て強い印象を受けた。以前から図版等でその存在は知っていたが、実際観てまず感じたのは、女性の美しさとエメラルドグリーンを基調に透明感あふれる湯と浴槽底のタイル目地の揺らぎ。色彩と構図が完璧な調和をもっていた

阿川佐和子が週刊文春「あの人に会いたい」で日本画家の小倉遊亀(1895−2000)と対談した時、小倉画伯をお婆ちゃん扱いしたら、女子師範学校出の気位の高い小倉が激昂し対談がすぐに終わるという展開になったらしい。資料をよく調べればそうなることくらい分かりそうなものだと思うが。

子母澤寛「大岡越前守」(「オール読物」1939年12月号初出)読了。江戸町奉行として勤続三十余年の月日を短編の枠内で鮮やかな筆さばきで凝縮、過不足なく点描していく。場面場面ごとの大岡忠相の心中がまるでその場所にいるかのようにありありと目に浮かんだ。

多和田葉子「U.S. + S.R. 極東欧のサウナ」(「新潮」2005年10月号)読了。以前読んだかもしれないが或は読んでないかもしれない。サハリンに渡る船の中での人物描写と人との交流はなぜか幻の名盤解放同盟の「ディープコリア」の釜山へ向かう船中の描写とダブった。頭の中ゆらゆら。

昨夜寝る前に観た「第9地区」(2009)、あれよあれよというまに劇に没入し食い入るように観てしまった。たぶん駄作だと早合点して今まで食わず嫌いだったことを恥じる。

2011年8月27日(土)

今「あの頃ペニー・レインと」(2000)を観直している。心が泣けてくる青春映画だ。ロックが世の中を変えられると信じられた時代の共同幻想がよく映像に定着されている。ピーター・フランプトンが演奏シーンの監修をしているけどほんとよいんだな。バックステージの様子もさもありなんな感じ。余韻がすごくいい。



(今週のおまけ)

ハングマン

(今週のおまけ2)

この石野卓球の着ている「in case of emergency」の同じTシャツ持ってた!
たぶん、当時渋谷の公園通りにあった東京堂で売っていたのと同じものではないかと思われる。

(今週のおまけ3)
2011年8月6日(土) チェンマイ 48歳

人に知られてはじめて芸術家は存在することになるという、芸術家の《メディア》としての側面について語るマルセル・デュシャン



2019.07.21 Sunday

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