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2016.07.16 Saturday

[chapter 220] KAIENTAI-DOJO@Differ Ariake(2002) / バンコク旅日記2 (2001年7月)/ Night of The Living Dead (1968) / ブルーベリー収穫 / メコン川をフェリーボートで渡河(2011年7月11日)ほか


KAIENTAI-DOJO@ DIFFER 有明(2002年7月頃、団体旗揚げ直後)友人の某レスラーを応援に。



2001年7月15日(日) バンコク 38歳

2001年7月14日(土) バンコク 38歳

2回目のバンコク旅行


2001年3月に続いてわずか3ヶ月のインターバルをおいての2回目のバンコク旅行である。もともとバンコクを訪れたのは、当時よく遊んでいた友人のKさんと突然連絡がとれなくなり、しばらくして「今小学校の同級生が経営するバンコクの会社で働いています」という手紙が来たのでKさんの暮らしぶりを見に来たというのがきっかけであった。そこで私が見事にハマッてしまい、以来年3〜5度ほど訪れるようになった。2008年4月からは移住し仕事までしている次第である。

このときは羽田発台北経由のチャイナエア便でバンコクに赴いた。まだビッグバードが完成前で国際線の発着ターミナルは羽田空港の母屋から離れているおんぼろの掘っ立て小屋のような平屋の建物だったことが記憶に残っている。台北では行き帰りともに3時間以上待ち合わせに時間をとられ空港内でぶらぶら時間をつぶした。

バンコクではくだんの友人Kさんと会ったほかは王宮地区から中華街、チャオプラヤ川沿岸地区などを徘徊した。まだ2度目の訪問なのでバンコクのおおまかな地勢は把握してなかったように思う。
1985年7月13日(土) 東京 22歳

Night of The Living Dead (1968) George A. Romero


いかなる映画でもオープニングシーンからエンディングシーンに向って時間は進行する。誰もがスクリーンの前に座っていれば自動的に映画の終了を体験することができる。観客はスクリーンに映し出されている映像と音響装置の連続視聴体験により、スリルやサスペンスを味わう。それがたとえばホラー映画というジャンルだと、居心地の悪い現在の不安な状態から早く解放され、闇の中の世界から光の世界に戻って安心したいと願う。そして多くの人は、「The End」と現在との距離(時間)を、意識的に、また無意識的に計っているような気がする。それはゴールを目指して現在を走る競技ランナーに似ていると思う。また、能動的にページをめくり結末に向かって読み進めていく「読書」という行為にも似ていると思う。本の厚さから残り時間を計測して、今書かれていることを読みながら、これから本が終わるまでの間に何が起きるのか想像しながら読み進めていくこと。

モノクロームの映像が作劇上のマッチング上において素晴らしい効果を放っていると思った。



メコン川をフェリーボートで渡河@プノンペンからホーチミン行きの国際バスにて(2011年7月11日)


2007年7月18日(水) 東京 44歳
ブルーベリー収穫


2008年7月14日(月)  チェンマイ 45歳

チェンマイ生活そろそろ3ヶ月経ちいろいろ思うこと

昨夜は10日ぶりくらいで雨が降りました。おかげで今日はいくぶんか涼しかったです。こちらは雨季ですが、じめじめじとじとした日本の梅雨と違い、降るときは豪快に降ります。

数日前「スタジオパークからこんにちは」に堺正章が出演しているのを観ました。還暦を過ぎ15年ぶりに歌手活動再開ですって。歌手活動にははっきり言ってそれほど興味はありませんが(笑)、マチャアキの家庭教師を父の同級生がやっていた話をふと思い出しました。
父は大学時代、鎌倉にある大学の寮にいましたが、友人が堺正章少年の家庭教師をしていたそうです(当時堺駿二一家は松竹大船撮影所の近くに住んでいた)。喜劇役者の息子ということでひどいイジメを受けていたそうで、父は不憫そうにそのエピソードを話してくれました。スパイダーズ時代からソロ、そして役者になってからも、マチャアキの表情に宿る寂しさ・哀愁は、少年期の鬱屈がベースにあるのだろうと、あれこれ想像したものでした。一時期業界で働いていた弟も、堺正章の武勇伝はいろいろ見聞きしていたようで(怖くてとてもここには書けないww)、私にとって表と裏の顔のギャップのある「コワモテ」芸能人の代表格です。
2019.07.21 Sunday

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