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2016.01.16 Saturday

[chapter 197] 2991219/ 沖縄料理金城で酩酊/ 石川浩司のひとりでアッハッハー/ 空中遊園からの眺望/ 日常の時間と旅の時間とのあいだ/ ねじまき鳥クロニクル(村上春樹)/ 赤っ恥電話/ ペストコントロールほか


スクムビットの某新築コンドミニアム屋上プールからの眺望(2016年1月12日)



2016年1月4日(月) バンコク 53歳

沖縄料理金城





2016年1月6日(水) バンコク 53歳

石川浩司のひとりでアッハッハー


こちら→http://ukyup.sr44.info/
2016年1月8日(金) バンコク 53歳

2991219

2016年1月12日(火) バンコク 53歳

空中遊園からの眺望


2016年1月15日(金) バンコク 53歳

ペストコントロール

2009年1月6日(火) チェンマイ 46歳

日常の時間と旅の時間とのあいだ

日常の時間と旅の時間とのあいだには、計量できない「重さ」の違いが確かにあるような気がする。

タイで8ヶ月生活して、この年末年始に1週間だけ、生まれ故郷の日本に帰国した。
帰国した12月27日から29日ころまでは、自分の心と身体がふわふわしていて、「日本」という国への無意識的帰属に対してどこか違和感を覚えていたが、30日に自動車を運転して親戚宅を訪ねたあたりから「日本」との一体感覚を心身が思い出し、31日にはほぼ渡航以前のメンタリティーが復活したように思った(あくまで個人的感覚であるが)。

そんな状態で新年を迎えた。新しい年になって、昨年までのもろもろな懸案や心配事がすべてリセットされて、あらためて新たに計をたてられてよかった。この独特な「日本の新春の気分」 を味わった。元日の日本の雰囲気は、初詣などの正月的儀礼と同じく、日本的な気持ちの切り替えのできる機会として、とても重要な事柄であると思った。この雰囲気を体験するために毎年帰国してもよいとさえ、思った。

さて、1月3日にはもうタイへの帰国の途についたのだが、とても不思議に感じたことがある。

1月4日、チェンマイの自宅に帰宅したときに、まったく違和感なく、日常時間から日常時間への接続ができたと感じたのだ。つまり日本での日常生活時間での心持ちを保ったまま、タイでの日常生活時間への心持ちへスムーズに移行できた。これが以前のように日本からタイに旅をして日本に戻ってきたときは、これほど感覚の移行はスムーズではなく、深いため息と疲労とともに、旅の時間の終わりを認識したのだが、今回は本当に不思議に、それはまったくなかった。日本とタイの2つの日常生活が、50%50%で均等なバランスで並行して存在していて、自分はただ物理的に移動しただけだったので疲労が少なくて済んだのかもしれない。

部屋に着いて10分後くらいに日本の友人から電話があって会話したのもそう感じた理由だ。日本から何千キロも移動しているのに、まったくギャップを感じずに会話できた。まるで国境などないかのように、くだらない話題を話せたことが、私に何かを気づかせてくれた気がする。
(以上、メモ)

2009年1月7日(水) チェンマイ 46歳

ねじまき鳥クロニクル(村上春樹)


「ねじまき鳥クロニクル」読了。

今までこの小説は読んだことがなかった。実家の書棚に誰かが買った(たぶん末弟かな)文庫本があって、タイにもってきたというわけである。ところが、どういうわけか「第1部 泥棒かささぎ編」しか持ってこなかった。「第2部 予言する鳥編」と「第3部 鳥刺し男」は日本に置き忘れてきたのであった。
第1部を読んだのが去年の9月頃。読み終わるとつづきがただちに読みたくなった。ところがタイでこの本を見つけることは難しかった。チェンマイ中の書店をまわったが見つからなかった。

実は年末年始に日本に帰国した真の動機は、

この本のつづきを読むため

というと大げさに過ぎようか。はたして、日本に帰国して、第2部と第3部を無事入手した。

そして寝る間を惜しんで、読書に没頭、夕べ読了したというわけである。
2009年1月8日(木) チェンマイ 46歳

赤っ恥電話


実家から携帯に電話があった。かかってきたときはわからなかったのだが、実家の固定電話の番号の着信履歴が残っていて気がついた。

日本から電話がかかってくることは滅多にないので、もしかして緊急事態かもしらんと思い、日本時間で夜10時を過ぎていたが、母の携帯に電話をかけてみた。留守電になっていた。

メッセージを入れた。

「もしもし、○○(私のファーストネーム)ですが。昼間電話があったみたいで電話しました。また電話しまーす」

15分後、念のためもう一度、電話をかけてみた。今度は電話に出た。

「もしもし」と私。
「もしもし?」
「あれ、母さん?」
「えっ??」

なにやらおかしい。間違えてダイヤルしたか?

「もしもし。すいませんが、××の携帯ではないですか?」
「違います」
「あ、すいません」
「○○さん?(私の名字を呼ばれた)」
「あれ、どちら様でしょうか?」
「Sです!」
「おーーー、すいませーん!!間違えてSさんに電話しちゃいましたー!!お久しぶりですー!!」

電話の相手は、以前勤めていた会社の同僚で、カラオケなど遊びに行っていた女ともだちSさんだったのだ!!
その人の番号は母の番号と酷似していて、間違えて登録してしまっていたのだとわかった。

「もしかして、さっき入れた留守電も聞きましたか?」
「はい、だれかと思いましたよ。○○さんだったんですねー」

そうとうに恥ずかしかった。

久々だったのでお互いに近況を話しあって電話を終えたが、留守電に残したメッセージがまぁまぁ無難だったのが救われた。これが普段の親子の会話、言葉遣いだったらと思うと、恥ずかしくて、穴があったら入りたいくらいの心境だっただろう。

翌朝、あらためて実家に電話をした。要件はさして重要なことではなかったのでがっかりした。

というわけで、赤っ恥電話の一幕でした〜♪
2016年1月13日(水) バンコク 53歳

在タイ国日本大使館



所用で日本大使館に行ってきました。
2018.11.17 Saturday

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