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2016.01.09 Saturday

[chapter 196] 記憶ビルディング(1)渋谷東急文化会館

はてさて、ここで唐突に 2016年新企画をスタートします。

今は存在しない建物を召還して、思いつくままその建物について書き出してみようという企画を思いつきました。
(思い出したら追記する「ひとりwiki」方式で書き足していきます) 「記憶の中だけで生きるビルディング」。

第1回目は
「東急文化会館」 を取り上げます。皆さん、このビルディングを覚えていますか? 私は1975〜77年の中学3年間、ここの裏の学習塾に通っていたのでよーく覚えています。また時代はくだり、1991〜95年頃は金王坂に勤め先がありましたのでこのエリア一帯は通勤途中にありました。


渋谷東急文化会館(とうきゅうぶんかかいかん)は、かつて東京都渋谷区渋谷にあった複合施設である。東急百貨店が所有・運営し、渋谷駅前(東口)を代表する文化施設として知られた。
2003年(平成15年)に閉館、建物も取り壊された。跡地には2012年(平成24年)、新たな複合ビル「渋谷ヒカリエ」が開業した。


↓外観はこのような感じ。渋谷駅東口バスターミナルの前にあり屋上のプラネタリウムのドームが目立つビルでした。




ビルディング名:東急文化会館 住所:東京都渋谷区渋谷2-21-12
開店日:1956年12月1日/ 閉店日:2003年6月30日 設計:坂倉準三 
最終更新日:2016年1月9日
8階

 
五島プラネタリウム小学校の社会見学で何度か行った。ナレーターが天球図の説明をするときに火星をより以上に赤く見せて「実際はこれほど赤くありません」とその場で色合いを補正したり、木星の大赤斑も同様に肉眼で見せたりする見せ方に子供ながら感心した。(同級生のあいだでは天体観測が流行し、天体望遠鏡を買ってもらう友人が何人もいたが、私は天文少年にはならなかった)
7階
東急ゴールデンホール結婚式場
6階
東急名画座1977年(中3)の夏休み、部活の友人10人ほどで「宇宙戦艦ヤマト」を観に行った。調べてみると幻の「スターシャ死亡編」を観たらしい。異常に混雑していてビルの非常階段の横側の戸隠そば屋の通路まで列が及んだ。普段は名画座のプログラムを上映していた。
翌1978年8月に「さらば宇宙戦艦ヤマト」を鑑賞したときには激しい怒りを呼び起こされ、以来このシリーズは2010年の木村拓哉主演の「Space Battleship Yamato」を観るまで自分の中でモチベーションが再燃することはいっさいなかった。
5階
渋谷東急/三省堂書店
三省堂書店では高校受験と大学受験の両方参考書を購入した。後者のときは赤本など。
渋谷東急では何を観たか記憶がおぼろげだ。キアヌ・リーブスの「スピード」(1994)はなんとなく観たような気がするのだが。。
4階

3階

2階
文化特選街
東急東横線渋谷駅改札口から屋内歩道橋が宮益坂に向かってあり、2階からビルに入ることができた。2階は小売店舗がたくさん軒を連ねていたが、島田結いのカツラ屋さんが印象に残っている。
1階
渋谷パンテオン/ユーハイム東急文化会館内映画館でもっとも多い席数(1101席)を誇る映画館。1970年代半ばから2000年代前半まで都内でもっとも多く劇場公開映画を鑑賞した映画館。いちばん最後に観た映画は「ハンニバル」(2001)
地下1階

東急レックス1977年4月(中学3年)、「家」というホラーサスペンス映画を観に行ったとき、入り口付近で芸能事務所の某氏にスカウトされた。某氏は「ケンちゃん」シリーズでお父さん役をやっていた前田昌明氏に容姿がそっくりだったことが印象に残っている。


(覚書き)
わたしにとって渋谷と言えば、中学時代は「東急文化会館」だった。週4日通っていた学習塾が文化会館の裏にあったのである。東急東横線渋谷駅を下りて改札口を出て右側に向かうとそこはすぐに屋内歩道橋になっている。橋を50mほど渡ると文化会館の2階の入り口にぶつかる。すぐ左側にあるエレベーターに乗って5階の三省堂書店に行くのが習慣だった。渋谷には大きな書店がいくつもあって私のホームグラウンドは東急新玉川線渋谷駅地下改札口近くの旭屋書店で、そこから大盛堂書店、東急プラザにあった紀伊国屋書店、渋谷古書センター、ヤマハ楽器横の古書店等々…、本屋さんをめぐる散歩コースができている街だったのだが、(高校、大学時代にはこれに輸入レコード、中古レコード屋さんが加わる)三省堂書店はその最初に訪れる本屋さんであった。
大岡昇平の「少年」ではないけれども、1970年代の渋谷を思い出しながら書いてみるのもよいかもしれないな、と思う。
でも、あまりにも身近にありすぎたので建物の写真は残ってないですねー。今度実家の家族のアルバムから掘り起こしてみよう。あ、そうだ、思い出した。ロバート・ロドリゲスの「フロム・ダスク・ティル・ドーン」(1996)は渋谷パンテオンで鑑賞したな。タランティーノの顔の看板の映像が想起された。
2018.09.23 Sunday

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