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2015.05.16 Saturday

[chapter 163] 2010年5月 タイ反政府デモ武力鎮圧事件当時のつぶやき(2010年5月14〜22日)/ インドシナ半島をチェンマイからシンガポールまで陸路で往復する旅/ Mad Max Fury Road


(近況)「Mad Max Fury Road」を鑑賞しました。



以前(Chapter 10)で紹介した下記の画像をご覧ください。今から5年前、2010年5月にタイ国内で反政府デモが沸騰し、政府軍がデモを鎮圧、多数の市民が死傷する事件がありました。これは政府軍が武力鎮圧する直前、2010年5月11日の反政府団体UDDがBTSサイアム駅周辺を占拠している図です。




ラマ1世通りのサイアム交差点からチットロム交差点まで1kmくらいの間、完全に占拠されています。



バリケードとして古タイヤや工事車両などが並んでいます。












2010年5月 タイ国市民デモ武力鎮圧事件当時のつぶやき(2010年5月14〜22日)  *インドシナ半島を旅行中でした
2010年5月14日(金) バンコク〜夜行バス 47歳

15時半発の夜行バスでハジャイへ。同時刻、バンコク中心部では銃撃戦が。
2010年5月15日(土) ハジャイ〜バタワース〜ペナン島 47歳



マレー鉄道で国境越え。4年ぶりのペナン。
2010年5月16日(日) ペナン島〜ジョホールバル 47歳

日中長距離バスで移動。初めてのJB。

2010年5月17日(月) ジョホールバル〜シンガポール 47歳

約3年ぶりのシンガポール。高校時代からの親友で某企業シンガポール駐在員のHさんと飲む。シンガポールの状況をいろいろ教えてもらった。
2010年5月18日(火) シンガポール〜マラッカ〜夜行バス 47歳

物価高のシンガポールを後にしてマレーシア再入国。
2010年5月19日(水) ハジャイ〜プーケット 47歳
2010年5月20日(木) プーケット 47歳


2010年5月21日(金) プーケット〜夜行バス 47歳


2010年5月22日(土) バンコク〜チェンマイ 47歳


2010年5月13日(日) 東京〜バンコク 47歳

弾丸ツアー@ジャパン

5月10日(バンコク):
夜行バスで朝、チェンマイからバンコクに到着。BTSサイアム駅の赤服の砦を見物に行く。

5月11日(バンコク〜東京):
朝一の飛行機でバンコク発。15時過ぎ東京着。そのまま杉並方面直行。チェンマイコミュの皆さんと会食。

5月12日(東京):
プラスチックス再結成ライブを見る。

5月13日(東京〜バンコク):
飛行機の離陸が3時間半遅れ、夜中3時にバンコク着。
2010年5月18日(日) マラッカ 47歳

マレーシアとタイの長距離バスのグレードの比較

マレーシアの普通バス=タイのVIPバス
マレーシアのVIPバス=タイのSUPER VIPバス
マレーシアのSUPER VIPバス=タイにはそんなものは存在しないww

マレーシアの長距離バスはタイよりも何倍も快適です。タイはVIPと称しているのにただ2階建てというだけで、シート間ピッチも短いし、隣の席とも切迫しているし、まったくVIPではない!

という悲愴な現実があります。
2010年5月19日(水) ハジャイ〜プーケット 52歳

戒厳令発令

激しい市街戦の末、文字通り「バンコクが燃えてしまっ」た5月19日は、前夜マラッカから乗った夜行バスがハジャイに早朝着。今度は朝11時のバスに乗ってプーケットに向かうという強行スケジュールでした。
午後6時半に着き、バスステーション近くのクリスタルGHにチェックイン。夕食をとりネットをしたらもう22時になり疲れも溜まっていたので早々に宿に戻りバタンキューという1日でした。
夜間外出禁止令(戒厳令)は食事中レストランのテレビで放送しているのを見て知りました。「とうとう来たかー」って感じですね。
2010年5月20日(木) プーケット 47歳

パトンビーチへ

バンコクの状況がまだ安定しなさそうなので、プーケットにとどまることしました。(陸路だとどうしてもバンコクに通ってからチェンマイに帰らなくてはならないので)お昼にGHをチェックアウトして、今度はパトンビーチにやってきました。2004年のスマトラ沖大地震のときは津波で大きな被害が出たビーチです。
タイでもっともウェスタナイズされたビーチに初めて来ました。第一印象は「やっぱり、たいしたことないな」です。当然のことながら、観光客は少ないですねー。
2010年5月23日(日) チェンマイ 47歳

インドシナ陸路縦断(銃弾)旅行、大団円

昨日無事にチェンマイの自宅に着きました。長距離バスの乗り継ぎで。かなりハードな旅でした。

5月21日午後4時プーケットタウン出発
5月22日午前4時バンコク南方面バスターミナル着。

5月22日午後6時バンコクモーチットバスターミナル発
5月22日午後4時チェンマイバスステーション着

24時間で1500kmあまりの移動でした。さすがに腰に来ました。

バンコクでは未明で外出禁止令が出ていたので、車のほとんど通っていないゴーストタウンというのを初めて体験しました。不気味でした。









2015年5月16日(土) バンコク 52歳

2010年5月インドシナ半島縦断旅行を振り返る

あれから5年経ちました。もともとは5月10日期限の日本への復路の航空チケットが余っていたのでそれを消化するためだけに日本に帰国し、タイへ再入国したのでした。そのついでに、シンガポールまで陸路で往復してみようと思ったのが旅のきっかけでした。もちろん綿密な計画はいっさいない、行き当たりばったりの旅です。タイに住むようになってからとみにこういうスタイルの旅行が多くなりました。

日本ではプラスチックスの再結成ライブを見たのがよい思い出です。プラスチックスは1979年頃から大好きでよく見に行っていたので、まさか2010年代に再結成して見られるとは思いませんでした。2014年に鬼籍に入った佐久間正英さんを生前最後に見ることができたライブです。1980年頃のプラスチックスでは、左手でシンセベースのフレーズを弾き、右手でエーストーンの電気オルガンを弾く姿にはかっこよくてシビレマシタねー。四人囃子という日本でいちばんテクニックをもつバンドのメンバーがこういう音楽を同時にやることも非情に刺激的でした。

バンコクに戻ってきて、南バスターミナルに足が向いたのはほとんど偶然です。最終目的地のシンガポールへ行こうという気持ちはハジャイ行きのバスに乗るときにはまったくありませんでした。ハジャイに着いて、駅の時刻表を見ると、マレーシアのバタワース行きの国際列車が1時間くらいで来ることがわかったのでさらに「南進」することをその場で決めたのです。久々にペナン島にでも行くか、と。そしてペナンに着いたら、今度はシンガポールへ行って、友人のHくんと飲みたい気持ちが大きくなり、メールしてアポをとって、陸路でペナンからシンガポールへ行くことにしました。シンガポールも10回くらい行ってますが、行くたびに街の表情は変化していました。たまに遊びにいくにはよい国です。そしてまたシンガポールから陸路でチェンマイを目指しました。

プーケットへは2泊しました。いろいろな発見がありました。まず、島なのに本土と陸続きで乗り換えなしに行けるということが、大陸から島の気候へ自然と身体が移項するという驚きがありました。これはガイドブックやインターネットのサイトにはけして出ていない不思議な感覚です。また、空港からパトンビーチまで40kmも離れているのも不思議です。島だったら10分、20分でホテルに着いてもいいくらいなのに、街まで1時間はゆうにかかってしまう。それくらい大きな島なのです。あと、このときは気がつきませんでしたが、このあとたびたび訪れるようになって、日本料理屋が少なくて不満をもったりしたことも感想としてあげられます。でも、第40回でも書きましたが、プーケットタウンからパトンビーチへ行く峠は、まさにルイス・ブニュエルの「昇天峠」を想起してしまう急坂ぶりで好きでした。

そんなさなか、タイでは反政府デモ闘争が激化の途をたどり、当時のアビシット政権は国軍を使って、反政府デモ勢力の強制排除に乗り出しました。最終的に多くのタイ国民が死傷し、さらにはバンコクの中心部に火が放たれ、ビルが黒こげになりました。

あれから5年。政権は民主党からタクシン派のタイ貢献党に変わり、さらには2014年の軍事クーデターにより、現在軍事政権がタイを統治しています。近い将来民政に委譲されることが予定されていますが、これからまた政治的混乱があるのかはわかりません。

わたしはこの先どれくらいこの国に住むのでしょうか。まったくわかりません。でも、住み始めて8年経って特に心身的に変調はないのでまぁ相性はよい国なのだとは思います。もう日本には住めないだろうなー。寒いの苦手だからな。

自分の死期がある程度わかったら仕事をやめて財産をすべて処分して現金・有価証券化して、死に場所を求めて旅をして野垂れ死にたいというのが最近の人生の終焉のイメージです。








(今週のおまけ)
2010年5月23日(日) チェンマイ 47歳

チャットルームに登場した超生意気で下品なクソガキ坊や














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2020.04.04 Saturday

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