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2014.12.27 Saturday

[chapter 143] 鶴川街道を走りながら思ったこと/ 1999年12月後半日記/ 九段坂五月夜 九段馬かけ (小林清親)/ 999- High Energy Plan/ The Right Stuff/ 六本木随筆(村上元三)ほか


2014年最後のエントリです。今年も1年間、読んでいただきありがとうございました。
皆様、良いお年をお迎えください。
波照間エロマンガ島@スワンナプーム空港(2014年12月28日)



(1年前の記事)
[chapter 92] 焚き火/ 年の瀬



(2年前の記事)
[Chapter 39] ホーチミン・チョロンのビンタン市場/ ある年の瀬の事件/ トム・クルーズの全力疾走/ 李禹煥先生のことほか



2006年12月28日(木) 東京 44歳

鶴川街道を走りながら思ったこと


ある日、町田市の友人宅に所用があって出かけた。電車は使わず、車で行くことにした。通称「鶴川街道」(東京都道・神奈川県道3号世田谷町田線)を通ることにする。


多摩川にかかる多摩水道橋。東京都狛江市側より撮影。三島由紀夫がこのあたりから多摩川対岸の登戸の三業地を描写した作品がどうしても思い出せない。「美しい星」だったような気もする。


この橋は映画「NANA」のロケーションに使われていた。多摩川沿いのマンションに主人公のナナ(中島美嘉)とハチ(宮崎あおい)が住んでいる設定だったような。


二子橋が「Futagobashi」と表記されているが「Futakobashi」の間違いではないのか。


所用が済んで帰りの道すがら。これは小田急玉川学園前駅。


界隈は閑静な住宅街である。




読売ランド前駅のホームと鶴川街道が金網フェンス1枚で近接している。ここを通るたび、大型自動車が暴走して金網を突き破り、大惨事が起きた映像が必ず脳裏に浮かぶ(実際には起こっていないのだが)。よみうりランド開業の1964年以前は「西生田」という駅名だった。あと日本女子大付属高校が近くにあって、高校の時文化祭に行ったことがある。ナンパは大失敗に終わった。


雨が降ってきた。




雨が強くなってきた。


(落ち、特になし)
2004年12月26日(日) 東京 42歳

九段坂五月夜/ 九段馬かけ (小林清親)


1999年12月後半日記 東京 37歳

1999年12月15日(水)

夜勤明け、ojさんと銀座7丁目のwendy'sへ。朝食を採りながら馬鹿話。
ojさんと別れ、新橋方面をうろうろしつつお昼過ぎ帰宅。ほとんど寝てないのでバタンキュー。

深夜、横浜キャバクラ嬢送りの仕事。もう一人のドライバーのMさんが寝坊したので方向の違う6人を送ることになり、所要時間がいつもの倍。帰宅が朝6時近くなってしまう。ほとんど眠れず。


1999年12月16日(木)

午前中、実家へいったん帰宅。
「生きものの記録」のビデオテープの後の空きスペースに1982〜3年のTVバラエティーを録画したものが偶然発見されて見る。その中に「アメリカ横断ウルトラクイズ」があったのが懐かしかった。

夕方出宅、会社へ。深夜、仕事の合間、休憩室で「ライト・スタッフ」をビデオにて観る。映画館で観て以来だから20年近くぶりか。



その他、母に渡すナポリ民謡の歌詞カードのコピーなど。


1999年12月17日(金)

青山やきもの教室。
帰宅後、仮眠して深夜、車で移動。福生のS宅に車を置き合流。さらに移動。


1999年12月18日(土)


朝からSくんと谷川岳、天神平スキー場。スノーボード(2回目)。
転びまくりで臀部が痛く散々な目に遭う。


1999年12月19日(日)

朝から休日出勤。昨日のスノボの筋肉痛がつらい。


1999年12月20日(月)

夜勤明け、有楽町で大島渚の新作「御法度」を鑑賞。ちょっとシンドかった。




1999年12月21日(火)

すき間時間、年賀状作成作業に明け暮れる。
夜、上野のじゅらくだいでSさんと食事を兼ね、イベントの打ち合わせ。
Sさんにクリスマスカードをもらう。私の写真が貼り付けてあったが、大江健三郎のご子息の大江光氏に面影が似ているような気がした。


1999年12月22日(水)

すきま時間、虎ノ門ベローチェで年賀状宛名書き。銀座のネット喫茶でメールマガジン33号配信。


1999年12月23日(木)


ビデオ「菊次郎の夏」、ドラマ「ハッピーマニア」等々。


1999年12月24日(金)

発熱悪寒のクリスマスイブ。夕方帰宅すると同時にぶっ倒れる。数回吐き気で目が覚める。胃腸系の風邪か。
キャバ送りの仕事、電話かけて休みにしてもらう。


1999年12月25日(土)

終日養生。だいぶん快復。夜中、横浜キャバ送りの仕事で復活。Kの家から姉のJ子の家へ段ボール箱5箱運ぶのを手伝う。その帰り、ラーメンをご馳走になる。今年の俺のクリスマスはキャバ嬢とアフターでラーメンだったー(チャンチャン!)。


1999年12月26日(日)

読書「憂国呆談」(田中康夫&浅田彰)「妻と私」(江藤淳)


1999年12月27日(月)


Docomo F502i 購入。

Uさんから借りた大島渚監督の「日本映画の100年」を観る。
大島渚のナレーションは味があっていいね。確か「絞死刑」もそうだった。


1999年12月28日(火)

昼間、表参道P店でヘヤカット&カラー。その足で夜勤出勤。


1999年12月29日(水)

夜勤明け、大森駅でA社長と待ち合わせ。ラブホテルの大人のおもちゃ集金の仕事、12月分精算。
小石川のYさん(やきもの教室生徒さん)宅に年末の挨拶に伺う。


1999年12月30日(木)

夕方出勤。(1月1日朝9時まで連続勤務)


1999年12月31日(金)

終日会社。西暦1000年代最期の日。あんまり感慨は沸かない。子供の頃は1999年に世界は滅亡する、なんていうデマゴギーにかなり踊らされたんだけど。


















































(参考)「六本木随筆」村上元三

小林清親の「九段坂五月雨図」を表紙に使っているところがこの随筆の「江戸の微香」をほんのりただよわせて気持ちよい読書時空間を創り出してくれた。題名に「六本木」とあるのは六本木鳥居坂に村上が住んでいたことに由来する。母屋の2階の書斎に編集者が来ると、きまって隣の東洋英和女学院をのぞこうとしたエピソードは笑える。六本木・麻布界隈の伝奇譚、歌舞伎など芝居の話も多数あり、大好きな一冊である。実は大学生のときわたしはすぐ近くの国際文化会館でウェイターのアルバイトをしていたので鳥居坂には尚更愛着がある。21世紀に入り森ビルが付近の再開発をし、六本木は最先鋭なアーバンインテリジェントシティーとして生まれ変わった。それがよいことか悪いことかは分からねども、そこに起こるビル風を受けながら「六本木随筆」の世界に浸るのも、また風雅な境地と言えるのかも知らん。



(今週のおまけ)

1980年9月、高校の文化祭でカバーした曲、999の「High Energy Plan」。懐かしすぎて涙が出そう。。


(今週のおまけ2)









年末年始休暇を過ごしに某所へ出発!久々に奮発してビジネスクラス搭乗につき、ロイヤルシルクラウンジ利用。只今まったりとしています。



(どーでもいい追記)
ポン女の文化祭の思い出:軽音楽部のライブで見た女子バンドがブロンディーの「Heart Of Glass」を演奏していた。ベースの女の子のオクターブ奏法上手かったと感心した。なぜか高校同期ののちに俳優になったYくんがいた(もしかしたら当時のカノジョがいたバンドだったのかも、という想いを持っている。確かめてないですけどw)あと中3で二子玉川の塾に通っていた時、同じクラスだった女の子がいたので声をかけると、見事にシカトされました(爆)。これは堪えましたねー。トラウマかもw。ごめんね青春!!!
2017.03.27 Monday

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