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2014.10.04 Saturday

[chapter 131] 1982年10月日記/ サンカンペーン温泉へ/ 脱出(1972)/ 林家三平真打披露での古今亭志ん生の口上/ 大島渚特集@池袋文芸地下/ Zelda/ 出光真子「Shadow」/ 虹/ Rotterdam Termination Source/ 近藤譲「線の音楽」ほか

[近況] ニヒル牛マガジン水曜日連載のtamaxさんにリクエストして、映画「脱出」(1972)の映画評を書いてもらいました。ありがとうございました。



2014年9月に食べたもの、二品紹介。


遼寧館の韮入り水餃子


洋々亭のチーズ入りメンチカツ



2008年10月4日(土)サンカンぺーン 45歳

サンカンペーン温泉へ
























バイクでチェンマイ郊外のサンカンペーン温泉に行ってきました。
帰り際、日本からメールがあり、友人の某さんの訃報を知りショックを受けました。ちょうどそのとき、空に虹が見えました。わたしは小さな符合を感じました。以前友人のお葬式に行った帰りに、やはり虹を見たことがあるのです。今日は彼女の冥福を祈り、想い出と一緒にいることにしました。
1982年10月日記 東京 19〜20歳

1982年9月30日(木)

「ザ・ベストテン」
(1)「待つわ」あみん (2)「NINJIN娘」田原俊彦 (3)「小麦色のマーメード」松田聖子 (4)「けんかはやめて」河合奈保子 (5)「ダンスはうまく踊れない」高樹澪 (6)「哀愁のカサブランカ」郷ひろみ (7)「ハイティーンブギ」近藤真彦 (8)「六番目のユ・ウ・ウ・ツ」沢田研二 (9)「少女A」中森明菜 (10)「100%So・・・かもね」シブガキ隊
「今週のスポットライト」のコーナーは「OKマリアンヌ」ビートたけし


1982年10月1日(金)

12時フジ「笑ってる場合ですよ」最終回。西川のりおの「からだで示せ」(ジェスチャーゲーム)の「〜馬力のある」だけはマンネリ関係なく、腹を抱えて笑い転げた。

20時フジ「七人の侍」(1954年 黒澤明)


1982年10月2日(土)

大学で赤瀬川原平、講演。
山本周五郎「正雪記」読了。プロット的に偶然が重なりすぎるところが作り物すぎて鼻白むのだがツボはおさえてあるので読んでいて涙が出てくる。


1982年10月3日(日)

玉川高島屋のスミヤでフリクション「Skin Deep」、林家三平「ザ・三平グラフィティ」購入。1958年の三平真打披露口上での志ん生のくすぐりの言葉に爆笑。真打というのは師匠であり弟子を取れる身分である、と。「『おう、師匠ォ』 『へえ』 『下駄ァとってくれ』 」とか。それにしても、1958年の三平のしゃべりのスピードの速いこと!驚異的である。




1982年10月4日(月)

南青山のOVERART(画廊)で横山忠正展。ドロッピング主体の作品。どうみてもポロックやサム・フランシスのパクり。こういうの発表して恥ずかしくないのかね。
記帳しようと入り口近くのノートを見たら、Eちゃんの名前が最後のところにあった! 数十分前に来ていたらしい。時間差で会えず、行き違いがとても悔しかった。


1982年10月5日(火)

夜「テレビ祭り 10月だヨ!全員集合」(生放送)。たけしがアシスタント司会者の宮崎美子のお尻を触る瞬間のイムパクトったら。映っていると分かっていて、笑いとヒンシュクのぎりぎりキワまでやる。

裏のフジテレビでは「第20回オールスター秋の大運動会」がOAされていた。野口五郎が解説ってほとんど意味わからむ。落ち目だがキャスティングしてしまい扱いに困ってこの席に座ってもらった感がありありとわかった。最高殊勲選手は当然のことながら田原俊彦。新聞のラテ欄での序列は「田原俊彦、ツービート、松田聖子・・・」の順番だったことも記しておこう。


1982年10月6日(水)

戸村浩先生の授業。わたしがもっていた三平のテープをなぜか皆で聴くことになり聴いた。
戸村先生、しきりに「昭和58年、1983年は、ごわさん(ご破算)の年だ」と危機感を強調していたが、彼の言葉はまったく響いてこなかった。


1982年10月7日(木)

20時テレビ朝日「野菊の墓」。松田聖子のおでこが可愛い。演技下手すぎ。「怒った」っていう台詞が好き。


1982年10月8日(金)

(メモ)秋の観たい展覧会
日本の美術1945年以前(近代美術館)〜31日/ クリスト(原美術館)15日〜11月21日/ ルイス・ベネディクト(ストライプハウス美術館)〜30日/ クロード・モネ展(西洋美術館)〜11月28日/ フォトグラフ・ド・ラ・ベルエポック(県立近代美術館)〜24日/ デ・キリコ展(船橋西武美術館)〜27日/ 彦坂・小清水・最上グループ展(新川ウェアハウス)〜30日/ メープルソープ展(ギャラリーワタリ)〜14日/ ロシアンアバンギャルド映画(西武美術館)23〜24日


1982年10月9日(土)

20歳の誕生日。
NHK横浜「ヨコエフ」公開生放送でZELDA。全体的にアンサンブルは下手でアマチュアっぽい。
そのあとACBに友人のパンクバンド、VICIOUSを観に行く。(高校同期のH、Mが参加していた)
帰り、Aと渋谷の焼き鳥屋で飲んでいると、隣にGo-Go Boysというロックバンドの人がいて話しかけられ意気投合する。ストーンズのライブアルバム「ゲット・ヤー・ヤ・ヤズアウト」に山口冨士夫の声が偶然収録されている話などめちゃ面白いと思った。


1982年10月12日(火)

午前は大学。午後から池袋文芸地下で大島渚監督作品「太陽の墓場」と「青春残酷物語」。
帰り、図書館でエリック・サティー5枚、佐藤忠男「大島渚の世界」、武満徹対談集、近藤譲「線の音楽」、本多勝一「貧困なる精神」を借りる。


1982年10月14日(木)

池袋文芸地下で大島渚監督作品、「少年」と「愛と希望の街」。どちらも傑作。ともに衝撃を受けた。
帰り、渋谷で偶然Aに会った。


1982年10月15日(金)

萩原朔美先生の授業でビデオアート作品を鑑賞。5本観たうち、出光真子の「Shadow」がよく出来ていると思った。


1982年10月16日(土)

公開授業、彫刻家の堀内正和さん講演。


1982年10月17日(日)

鈴木善幸首相、辞任記者会見。能力のない宰相だったな。

21時NHK教育「ストラビンスキー」。高橋悠治(pf) + (cl) + (v) の「兵士の物語」良かった。室内楽いいな。クラリネット買いたい。バイオリン奏者の女性は山口小夜子さんみたいな髪型の美女。


1982年10月18日(月)

渋谷ヤマハにクラリネットを見に行こうと思ったら休みだった。隣の古本屋で美術手帖とニューミュージックマガジンと楽典を2000円で購入。そのあとブラックホークへ。

中日ドラゴンズ優勝でテレビ中継延長のため、「欽ドン」が放送時間繰り下げの30分間のみ初の生放送。出演者陣のアドリブが新鮮で爆笑。相変わらず山口良一が面白い。そういえば松居直美が出てなかったのは中学生で夜9時以降の生番組出演ができない理由からか。特に何の説明もなかったけど。眼鏡を取った小柳みゆきはスクーターズのボーカルに似ていた。なんか黒人のゴスペルシンガーみたいな風格で良かった。
2014年10月4日(土)バンコク 51歳

ウィルス性急性腰痛症で入院

先週から今週にかけ、ウィルス性の急性腰痛症で3日間入院+自宅療養していました。だいぶんよくなりましたが、先週の今頃は歩くこともママならず、悶絶していました。


今週のおまけ

TBSラジオ「たまむすび」ポッドキャストを聴いていたら、石野卓球が紹介していた「おバカ」テクノ。


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2017.05.20 Saturday

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