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2014.09.20 Saturday

[chapter 130] 紅の拳銃 (赤木圭一郎・遺作)/ 菅木志雄 もの派の精神的支柱/ 中森明菜「少女A」/ 三原順子「だってフォーリンラブ突然」/ 中高年ニート=年金パラサイト/ Sunset in Pattaya Beach/ ヒッチコック「泥棒成金」/ You lady boy?/ 洋装光沢系緊縛ほか


(初めて来られた方へ)
「圧縮並行日記」というコンセプトで週1回記事をアップロードしています。過去35年間くらいのさまざまな時期の今日(9月20日)前後1週間くらいに書いた日記を恣意的に取り出してきて並べています。瑣末なこと、人の記憶からこぼれおちるどうでもいいことが好きです。書店で売っている「○年連用日記帳」にインスパイアされて2012年4月4日に始めました。筆者はタイのバンコク在住です。





1982年9月22日(水) 東京 19歳

「紅の拳銃」(1961年日活)

今日は京橋のフィルムセンターで「紅の拳銃」(1961年 日活 牛原陽一監督)を観た。赤木圭一郎最後の主演作。保存状態が良く、カラーが異様なまでに鮮明だった。これはつまり、現在の日活ロマンポルノと同じ撮影スタジオで撮影され、美術、照明、撮影、編集などの技術部が現在とつながる地続きであることが可視化されているわけだ。これは貴重な作品だと思う。中原弓彦は赤木を「大根役者」と痛罵していたけれど、俺はそうは思わなかった。なかなかどうして演出家の指示通りかそれ以上に画面を演技で塗りつぶすまともな演技をしていた。(好みで言うと、裕次郎の自然体っぽい演技よりも、多少芝居くさいトニーのほうが好きかもしれない)
あと相手役の笹森礼子、これがいいんだナ。浅丘ルリ子に似ているんだけど、笹森礼子のほうがよりフォトジェニックだと思う。そんな日活黄金期の代表的娯楽作品。

そのあと、かねこアートギャラリーで菅木志雄展を観た。画廊に菅さんが居たので、少し話す。(2014年メモ…当時、菅木志雄のクラスで美術を習っていた。私の人生において最も大きな影響を受けたアーチストの一人)

(参考リンク)菅木志雄インタビュー

帰り、地下鉄を明治神宮前で下車し、Nのアパートへ。今夜レッドシューズのRude Flowerのライブに誘われる。返事は後ですると答えバイバイし、渋谷から電車で帰宅。(結局行かず)

(読書)山本周五郎「正雪記」。これでもかと偶然(シンクロ)を積み重ねるプロット、作為のあざとさが気になるものの、その切れ味に「ほだされ」るように涙腺を刺激する。これは卑怯だ、でも凄みを感じる。最近、周五郎づいていて、「五瓣の椿」、「月の松山」と連続して読んでいる。

(買物)都立大学のHUNTERで中古レコード。ドリフターズ「ほんとにほんとにほんとにご苦労さん」、ずうとるび「恋のぱぴぷぺぽ」、レモンパイ「友だちブギ」、川崎麻世「青いシンボル」、異邦人「太っ腹ブギ」、カーペンターズ「ジャンバラヤ」。6枚500円
1982年9月23日(木) 東京 19歳

「ザ・ベストテン」中森明菜「少女A」初登場9位!

1位 あみん「待つわ」
2位 田原俊彦「NINJIN娘」
3位 松田聖子「小麦色のマーメード」
4位 郷ひろみ「哀愁のカサブランカ」
5位 近藤真彦「ハイティーン・ブギ」
6位 高樹澪「ダンスはうまく踊れない」
7位 しぶガキ隊「100%そうかもね」
8位 河合奈保子「けんかはやめて」
9位 中森明菜「少女A」
10位 嶋大輔「暗闇をぶっとばせ」

中森明菜、このアイドルのプロモーション、存在のあり方等々、理解に苦しむ。これからもっと売れて、大衆的な人気を得られるのだろうか。今のところ判断停止状態。
今週のスポットライト、一風堂「すみれSeptember Love」。メンバーの見岳章と藤井章司がロンドンに行って、Japanのワールドツアーのリハーサル中の土屋昌巳と合流、ロンドンで収録していた。

(2014年メモ…この日は中森明菜と「邂逅」した日でした。けっこうイムパクトはあったようです。その後30余年の活躍と衰退はご存知のとおり。しかしチャートを見るとアイドル全盛時代ということがわかりますね)
先週日曜日お昼の「NHKのど自慢」のゲスト歌手は三原順子だった。新曲「だって・フォーリンラブ突然」を歌ったのだが、これが凄かった。伴奏がのど自慢と同じくアコーディオン、ピアノ、ベースギター、エレキギター、ドラムスの編成でこれがチープ極まりない音色、三原順子のボーカルとのミスマッチぶりはひっくりかえるほど可笑しくて笑った。この曲は今までのツッパリヤンキー路線から突如プッシーキャット路線に変わった意味のある曲であるが、猫の鳴き声「ミャーオ」と言ってマイクのコードを首に巻きつける仕草はアナクロだったねぇ。ビデオに録画しなかったことが悔やまれる。



Pattya Beach sunset (September 13,2014)


2014年9月13日(土)パタヤ 51歳

Sunset in Pattaya Beach




















先週の週末は2泊3日でパタヤに遊びに行ってきました。すっかり「命の洗濯」ができました。海があって、食事が美味くて、女性(時に男性)が綺麗で最高です。リタイヤしたらパタヤにコンドミニアムを買って住みたいです。

2014年9月20日(土)バンコク 51歳

[WEB] 40歳ニート!中高年引きこもりニートの悲惨な状況が笑えない〜年金パラサイト(NAVERまとめ)

こちらから。

(リードより)
40歳になっても家の中で1日を過ごす「ひきこもり」が増加しています。日本国内には、30歳以上のひきこもりが少なくとも80万人以上いるとされていて、表面化しない社会問題になってきています。多くが親と同居して、親の年金などで暮らしています。年金パラサイトなどと呼ばれて社会問題化しています。

「高齢ニート」とは、親の年金や財産を頼りに働けるのに働かない40代以上の中高年ニートのこと。





(コメント)自分も「高齢無職」状態が長かったので、この手の話題には敏感に反応してしまいます。「年金パラサイト」という言葉は初めて知りました。しかし、社会復帰できてよかった…。(いつ解雇されて無職になるかわからないけど)
1982年9月18日(土) 東京 19歳

午後から原宿、青山、六本木、京橋方面の画廊まわり。基本歩いて移動。
オンサンデーズから赤坂高校の裏を通り、乃木坂から六本木へ。青画廊で矢吹申彦展。芳名帳に鮎川誠の名前発見。京橋イナギャラリーで湯村輝彦、安西水丸、河村要助三人展。かねこアートG1で山田恵子展「立体と平面の接点」など。夕方新橋から銀座線で帰宅。
19時、第7回「欽ちゃんの仮装大賞」。21時、ゴールデン洋画劇場「ヒッチコックの泥棒成金」。殺人事件のないヒッチコックスリラー。軽い感じが良いな。ラストの落ちははぐらかされた感じがしてちょっとガッカリ。グレース・ケリーよりもブリジット・オーヴェールのほうに惹かれるよ。正統派美人よりもニンフェット系が好き。

1982年9月19日(日)

夜外出。玉川高島屋紀伊国屋書店にて高橋留美子「うる星やつら」(13)、広告批評、ユリイカ購入。帰宅後、テレビ朝日「こちらデスク」に本多勝一が出演していた。初めて実物を見た。

1982年9月20日(日)

ananに矢野顕子登場。ボブカットに髪型変えて可愛い。


1982年9月21日(火)

S図書館。借りたレコードと本。(1)Grace Jones (2)Miles Davis「キリマンジェロの娘」(3)Leon Russel「カーニー」(4)Bob Marley & The Wailers「Catch A Fire」(5)ATG映画の全貌(6)大島渚「同時代作家の発見」(7)北村由雄「現代画壇・美術記者の眼(8)蓮實重彦・山田宏一「トリュフォーそして映画」
2004年9月20日(月) 成田〜シンガポール〜バンコク 41歳

シンガポールを経由し20時すぎにバンコク・ドンムアン空港到着。
入国審査、税関等々終え、空港出口。銀行の出張両替窓口で円をバーツに両替し、タクシーでいつものホテルに向かう。

[初日の収穫]

◆パッポンのバービヤの馴染みの女の子が先週、ナンバーズ・ロトくじで8万バーツ(日本円で約24万円)当てたという!4桁の番号をあてたんだって。すげぇ強運。OLの平均月収の6〜8倍くらいかな。

◆ホテルへタクシーで戻る途中、交通規制をしていて、プミポン国王の車列の通過に出くわした!タイは20回目だけど、国王を間近に見た(実際は見えなかったけど)のは初めてだ。でもこんな夜中にどこへ?お忍びか?王宮から反対方面に向かっていたもんな。

◆ホテルのとなりのセブンイレブンでオカマ3人組にナンパされる。3人ともまだ20歳前の初々しい子たちだった。
「You Lady Boy?」
と聞かれ、にやにやしながら否定した。予定があったので携帯の番号を交換して別れた。(波照間エロマンガ島はタイ仕様の携帯を所持してたのでした)バンコクはシーメール天国だなぁ。だから大好きなのー。

・・・・・・以上、初日の収穫でした。国王の話以外は次元が低い話ばかりですみません。
2005年9月20日(火) 東京 42歳

[TV] 学校へ行こう!MAX 秋の2時間スペシャル

日本全国の中学生にマイクを向けて今の悩みを聞いていた。

ある男子「ガレッジセールのゴリさんがやっている"ゴリエ"っているじゃないですか。最近"ゴリエ"が気になって気になって仕方ないんです。好きになっちゃったみたいなんです」
番組スタッフ「もし近くにいたらどうする?」
男子「えぇ、かならず告白します、はい」

素質十分である。

2007年9月20日(金) 東京 44歳

[event] サロン有末「洋装光沢系緊縛ナイト」





毎週金曜夜開催のサロン有末、21日も最高に濃密な内容であった。今回はさくら☆まび女王様とコラボレートの洋装光沢系フェティッシュナイト。ラバー好き美女を囲んで楽しい宴であった。

たくさんのサプライズがあったが、中でも出色ネタは有末さんが福富太郎先生からお預かりした
伊藤晴雨の画集を皆で鑑賞したこと。実はこの画集、新潮社から限定300部で発刊、即日完売したという超レアなシロモノ。値段はなんと15万円もするらしい!!こんな貴重なものを観られるのは滅多にない。

緊縛ショーも普段とは趣向を変え、ラバー美女を緊縛、皆でその様子を撮りまくり、さながら撮影会のようになってしまった。

夜が更けてもフェティッシュ談義に花が咲き、大いに盛り上がった。緊縛タイムも第2部、第3部・・・と明け方近くまで続き、めくるめく時が過ぎていった。

生きててよかったと思った瞬間でした。
2014年9月20日(土) バンコク 51歳

ゴーギャンと「プリンプリン物語」

いつか低緯度熱帯気候の南の国に住みたいと初めて思ったのは、1981年頃ポール・ゴーギャンの「ノアノア」を読んでから、ということを突然思い出した。あと「最早なし(Nevermore)」などのタヒチ絵画も相当影響を受けた。そういえばNHKで夕方やっていた人形劇「プリンプリン物語」の初期のシリーズ「オサラムームー」編が南の島の話だった。あのあたりに自分に南洋嗜好が植えつけられたのかもしれないな。でも、現在こうやって南の国に住んでいるというのは、1981年当時から考えると、本当に信じられない気がするのだ。
2017.08.19 Saturday

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