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2012.06.27 Wednesday

[chapter 13] 1997年の感熱紙/ タークシン(犬)が消えた Taksin Vanished


パタヤビーチ(2012年6月3日)



唐突ですが。15年ほど前(1996〜7年頃)にワードプロセッサーから感熱紙に打ち出したメモが褪色して、文字が消えかかっていることに気づきました。
貴重な記録が永遠に失われてしまう!まずい!!・・・というわけで、それらをタイプし直す作業から今週は始めていきます。メモの内容はテレビやラジオ、雑誌などから拾った、私がそのとき面白いと感じた瑣末なネタがほとんどです。(インターネット時代の直前の1990年代、私はメモをワープロで印刷して保存していました、フロッピーディスクにも保存していたのですが大部分が散逸してしまいました)
いつも「チャオプラヤ左岸」とはまったく関係のない内容ばかり書いて申しわけありませんが、斟酌(しんしゃく)いただければ幸いです。

では、どうぞ。


逆に考えると15年間、よく持ち堪えたものだとも思います。


「三度の奇跡」・・・・・・ヘドロ・ガイガン氏(コロムビア人)は、今までの人生で3度も九死に一生を得る体験をしている。最初は1985年、仕事で故郷の村を離れた翌日、リネパド・デル・ルイス火山が大噴火し溶岩流で村が全滅(村民22800人死亡)。2度目は1995年8月、乗っていたバスが崖から転落、かなりの死傷者が出た中、生き残った。そして3度目は、それから1ヶ月も経たない9月9日、乗っていた小型旅客機が墜落し、ただ一人の生存者として救助された。(乗客乗員20名死亡)。


1980年のある日、歌手の森進一は空き地に立っていた。すると、近所に住む初老の男性が通りかかり、森にこう言った。「6月6日から習いごとをするといいですよ」と。森は男性の勧めにしたがって、6月6日からゴルフを習い始めたという。


ジュディ・オングの座右の銘は「悦己悦人」。人を悦ばせるには、まず自分が悦ぶことが肝要、という意味。(1997年9月5日)


ジュディ・オングと言えば「台湾華僑三宝」の一人。残りの二人とは言わずもがな、王貞治(プロ野球)と、林海峰(囲碁棋士)である。


光化学スモッグ第1号は、1970年7月18日。東京・杉並の立正高校ソフトボール部の女子生徒が練習中に目や喉に痛みを訴えて、病院で手当てを受けたのがきっかけ。


ピルツ工法・・・高速道路の橋脚の工法のひとつ。Y字の橋脚の上に鉄枠の道路板を載せる。1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災の時に、このピルツ工法で建設された高速道路の橋脚が数キロに渡って、ねじれるようになぎ倒されたのは記憶に新しい。


「同じネタをとにかくやりつづけること。そうすると、忘れたり、つまったりする時にアドリブが出てきて、流れを止めずに対応できるようになる」(1994年 テレビ朝日「ガハハ・キング」審査員の島田洋七の若手の漫才コンビへのコメント)


岡本綺堂氏の1924年の作に「新宿夜話」という戯曲がある。その当時としては新しい作劇作法が用いてある。第1場と第3場が同じ明和初年の安泊り、第2場がそれより40年前になっていて、先代左団次と猿之助でわたしも観ている。内藤新宿の遊び場で地廻りの男たちと喧嘩した旗本の次男が、叩きのめされて傷を受ける。その兄の旗本に腹を切らす代りに、先祖代々の四百石を投げ出し、新宿の遊所を取り潰してくれるよう、公儀に願いでる。その旗本の願いは達せられるが、雲水の身になった元の旗本が、内藤新宿を通りかかると、弟の切腹したところと同様、内藤新宿は昔の遊所の賑わいを取り戻しているという筋で、先代左団次のうまさが今でも眼に残っている。
(村上元三「六本木随筆」〜「内藤新宿」より 1967年)


東京都大田区田園調布にある「東調布警察署」が何故「田園調布警察署」という名称でないかというと、「田園」の文字がつくと田舎っぽい野暮なイメージがつくので、取り外してしまった、というまことしやかな話を誰かから聞いたことがある。真偽の程は確かではない。(2012年メモ・・・ネットで検索すると、1987年に東調布警察署から田園調布警察署に名称変更していた)


「調布」と「田園調布」を勘違いして待ちぼうけしたエピソードというと、すぐに安岡章太郎の「良友・悪友」に出てくる「有牛麦子」のことを思い出す。当時、知的美人で売っていた松竹の若手女優の有馬稲子のスノッブを揶揄した話だったが。


アラスカのノーム。北緯65度に位置する地球最北端の村。村に一軒、明かりが暗いバーがあった。店に入りテキーラを注文すると、裏からおばちゃんが出てきて、おもむろに上着を脱ぎ捨て、上半身裸になる。ものすごい巨乳で、片手で胸を押さえて、胸の谷間にテキーラをたらし、その合間にレモンを絞り、「You, Try!」と大声で言われる。おっぱい越しにそのテキーラを飲むと、店にいた荒くれ男たちから「ブラボー!」と叫んで祝福された。
(芦原伸 釣り人 1997年9月30日「吉田照美のやる気MANMAN」より)


標高500m以上の山がない唯一の都道府県は千葉県。


浅香光代の芸談より。芸の真髄とは・・・(1)日常生活を磨くこと。(2)くりかえしくりかえしの反復稽古。何事もいきなりやろうったって、できるもんじゃないから。


TAKE2の東貴博は、自宅に7つ鏡がある。(1997年12月16日「ボキャブラ天国」より)


キャロル久末の好きなトイレは、六本木ロアビル10階のタイ料理レストランのトイレ。窓から東京の夜景が見えるから。


今さっき、西荻窪のミスタードーナッツで友人を待っていたら、石原伸晃衆議院議員を目撃。秘書風の男と一緒にドーナツを食べていた。(1997年9月3日)(2012年メモ・・・検索すると、2004年2月29日に閉店との由)


辞書で見つけた素敵な言葉シリーズ。「シャルマン」(フランス語 charmant)・・・可愛い様子。魅惑的。チャーミング。


春日三球の最初の相方は、三河島事故で亡くなったとのこと。(「徹子の部屋」にて)


ガブは有森を男と思って接近?(内外タイムス 1997年2月26日 見出しより)


小津安二郎が「東京物語」で、荒川の土手沿いをロケハンしたのは、荷風の「断腸亭日乗」にインスパイアされたから、ということを川本三郎が雑誌「東京人」で書いていた。たまたまそのとき仕事で荒川の近くにいたので、四つ木から堀切菖蒲園まで歩いてみることにした。ささやかなシンクロニシティーであった。


The Real McCoy (本物のマッコイ)。1920年代に活躍したプロボクサーの Kid McCoy のことをそう呼んだらしい。マッコイ・タイナーの同名のアルバムタイトルの意味が今初めてわかったよ!!このボクサーのかっこいいところは、試合の前に具合悪そうに見せるため、青白い色のメイクをして、相手を油断させておいて勝ったり、面白いエピソードに事欠かない人物だったらしい。(1997年10月12日)(2012年メモ・・・「あしたのジョー」に出てくるコーク・スクリュー・パンチの考案者でもあったらしい)


僕は今週刊誌に連載しているんですけど、その審級(スタンス)は、自分がもし日本人じゃなくて、在日外国人だったらどんなふうに考えるかというふうなことです。フィクショナルな自分をつくって、その場で発言する。ノン・ジャパニーズのところに置くということで、何が言えるだろうかという。だから、批評家は、たとえ日本の国内に住んでいても、日本人じゃない目を持たなければいけないのではないのじゃないか。それは中上の考えです。(四方田犬彦 「中上文学の可能性」新潮1996年10月号)


1996年9月3日(火)
夕刻、山の上ホテルで第33回「文藝賞」選考会。金井美恵子、島田雅彦、橋本治の各氏らと延々3時間半。優秀作品2遍を選ぶ。海の物とも山の物とも未だ判別付かぬ代物ながらも粗削りの可能性をいくばくかでも秘めた作品と作者を取り敢えずは出来得る限り数多く送り出して上げることが新人賞の使命なのではあるまいか。思えば叙勲の等級に一喜一憂する財界人も高名な文学賞の獲得に汲々とする小説家も、同じ俗世間の人々だ。にも拘らず、古今東西の名作を通読した経験の有さざる気配の文章だから ×、と真顔で主張する向きもいるから頭が痛い。だったら、銀座の和光が発行する「チャイム」なる雑誌で貴女が連載する由無し事は、文学の素養とやらを有してもなお、駄文・悪文を認め得ると凡百の人々に勇気を与えんが為の身過ぎ世過ぎなのか。
(田中康夫「東京ぺログリ日記」より)


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以上、です。
内容については、そんなことをメモしていたことはまったく忘れていました。34〜5歳の自分の興味は現在とほとんど変わってないことに驚き呆れます。が、それも当然で、人間そんなに急激に変わるわけありません。

いつかブログをやるときは戸板康二さんの筆法に倣い、メモ断片のような短文を積み重ねて、作品や役者の印象を書いていきたいと思ってました。
そんなわけで、インターネット時代になった西暦2000年前後から、こういうスタイルでWEB空間上に稚拙な駄文を書き散らかしています。
今回、ニヒル牛マガジンで書かせてもらえることになって、外国生活のことを中心に書くつもりでしたが、出てくるのは、こういうどうでもいい小ネタばかりです。


ところで、残念なお知らせをひとつ。
以前紹介した、自宅近所の交差点に住んでいる野良犬のタークシンがいなくなりました。
(関連記事はこちら






これはタークシンを最後に撮影したときの画像です。(たぶん2012年5月下旬) 野犬狩りに遭ったのか、それともさすらいの旅に出たのか・・・。野良犬に名前をつけたばっかりに彼の不在がとても気になります。







最後に、タイのマクドナルドでプロモーション発売された、「スパイシー・チキン・テリヤキ・ライス(Spicy Chicken Teriyaki Rice)」をご紹介。この内容で69バーツは安いかな。コーラ(10B)付きセットで79バーツ。
美味しかったです。タイのファーストフードチェーンではChester's Grill が同じようにライス付きのメニューが充実しているので、ライス付きだからといって、それほど物珍しくは感じません。

では、また来週お会いしましょう。もう7月かー。










2017.10.21 Saturday

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