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2014.03.15 Saturday

[chapter 103] ハッピートイレット/ おじいさんの11ヶ月/ 風景 Now & Then/ パリの岡本太郎と藤田嗣治 / 渋谷パンテオンで最後に観た映画/ ビュイック・リビエラ/ エレキの若大将/ ソンタグの日記より / 痛みの記憶/ 日本初のポルノショップ/ 与謝野鉄幹の変態行為ほか


「ハッピートイレット」という会社のユニフォームを着ている女性を目撃。思わず撮影してしまいました。



2006年3月18日(土) 東京 43歳

風景 Now & Then



2003年3月19日(水) 東京 40歳

イタミノキオク/コロサレルシュンカン
2014年3月15日(土) バンコク 51歳

[読書メモ] お坊っちゃまのパリ遊学

浅田彰 でも、金比羅宮の高橋由一の作品の中には、左官が壁土かなんかを捏ねている脇の壁に相合傘の落書きなんかが描いてあるところまで写し取った絵がある。貧乏もあそこまでいけばすごい。他方、貧乏じゃないとどうなるかといえば、岡本太郎になるんじゃないですか。人気漫画家だった岡本一平が、息子を連れ、妻の岡本かの子とその愛人たちまで引き連れてヨーロッパへ行く。で、太郎は、抽象のグループ(アブストラクシオン・クレアシオン)から、シュルレアリスムを経て、シュルレアリスム異端のバタイユのグループまで、あるいは、コジェーブのヘーゲル哲学講義から、出来たばかりの人類学博物館での民族学講義まで、あらゆるものを横断していく。1930年代のパリの前衛の最先端をなで斬りにしたわけで、世界的に見てもあれほど短期間にあれほど横断的に動いた人はほとんどいないでしょう。そして、そこで身に着けた民族学の視線で日本の縄文を再発見することになる(実はその前に雪の科学者として有名な中谷宇吉郎の弟の中谷治宇二郎がフランスで縄文研究をしていたのを発見したようだけど)。お坊っちゃまのパリ遊学としては世界最高のレヴェルですよ。だけど、戦後「夜の会」で一緒だった花田清輝も言う通り、君は話は面白いのになんで作品はダメなんだと。 
橋本治 なで斬りに出来ちゃうということは、通り過ぎられるということでしょ。自分に引っかかるものが何もないというのは凄いっちゃ凄いんですけどね。
浅田彰 岡本太郎より前の世代の藤田嗣治だと、岡本太郎より貧乏だったということもあり、キュビズム以降の「秩序回帰」の流れの中で日本的なものをいかにうまく生かした具象画を売り出すかということを、ものすごく職人的に研究すると同時に、自らトリックスターになって広告したわけでしょう。
橋本治 それは、南蛮蒔絵と同じレベルなんでしょうね。むこうの要求にあわせて、日本的な技術を出すということになったら、南蛮蒔絵にしても、イギリスのヴィクトリア&アルバート美術館にある日本の磁器にしても、日本人の作るものは本当に優れていると思うもの。
浅田彰 乳白色の完璧なマチエールを作るとか、日本の面相筆で狂いのない極細の線を引くとか、あれは相当な修練がいりますよね。日本をいかに売り出すかという戦略を持ち、かつ職人的修練を積んだというのが、藤田嗣治のすごいところでしょう。岡本太郎の場合は、戦略しかない・・・・・・。
(日本美術史を読み直す −「ひらがな日本美術史」完結を機に− 橋本治+浅田彰)

[関連記事]
藤田嗣治「アトリエの自画像」

(関連記事)
明治日本で美術において「伝統派」がまず優位に立ったということは、多くの点で、重要な意味をはらんでいる。それは過去の問題ではありえない。東京美術学校は、設立後十年も経たうちに、岡倉(天心)を追い出した西洋派にとって換わられた。しかし、「西洋派」はそれ以後根本的な背理に苦しむことになるだろう。なぜなら、日本において先端的であり反伝統的と見える仕事は、西洋においてはたんなる模倣と見えてしまい、「伝統派」に回帰したほうがかえって先端的に見えるからである。この問題は、今日にいたるまで続いている。たとえば、日本において尊敬される「西洋派」は、西洋において何の価値も与えられていない。そして、何らかのかたちで西洋において評価されるアーティストは事実上、「伝統派」に回帰している。なぜなら、そのほうがより前衛的に見えるからである。
それは他の領域においても同じである。たとえば、文学において、美術におけると同じ意味で「伝統派」が優位を獲得するのは、1930年代においてである。たとえば、谷崎潤一郎、川端康成、三島由紀夫らは、西洋人によって「伝統派」として認知されるだろうが、彼らはもともと西洋派モダニストであった。彼らがある時期から伝統に向かったのは、伝統へのノスタルジーというよりもむしろ、そのほうがより「前衛的」に見えると考えたからだというべきである。だが、美的なものとしての「日本」は、何よりも、狭義の美術とそれに関する言説によって形成されたものである。したがって、明治日本における美術とそれにかんする言説の特異性が、他の何にもまして重要なのだ。それは、とりわけ、岡倉の言説において範例的に示されている。
柄谷行人「美術館としての日本」(批評空間第挟第1号 1994年)


岡倉天心らの「伝統派」を追い出し、東京美術学校の西洋画科の創設に尽力しのちに教授となった黒田清輝らによって始まる「西洋派」の画壇が、現在にいたるまで国内でのみ自己完結し、国際的な絵画市場においてはまったく相手にされていないという状況を端的に言い当てた文章である。
2003年3月17日(月) 東京 40歳

日本初のポルノショップ

内田百里痢崋太眩霾慎(實説艸平記)」の中に、百里森田草平と一緒に日本に初めてできたポルノショップに行くくだりがあるらしい。いつか読んでみたい。
2010年3月2日(火) チェンマイ 47歳

与謝野鉄幹の変態行為

2014年3月15日(土) バンコク 51歳

有名人 Now & Then


2009年3月14日(土) チェンマイ 46歳

[movie] ハンニバル

マンションの有線テレビチャンネルで放映していたので久々に観た。2001年の公開以来だから7〜8年ぶりになるだろうか。やはりめちゃくちゃ面白い。多くの前作ファンと同じようにジョディ・フォスターで観たかったが、でもジュリアン・ムーアも個人的には悪くなかった。

この10年くらいに観た映画の中で、劇場公開期間中、2回以上足を運んだ映画は(順不同、記憶による)


・ハンニバル(渋谷パンテオンで観た最後の映画かもしれない)
・スター・ウォーズEP1
・ノッティングヒルの恋人(あまりにもよかったので2日連続で観た)
・バブルへGO!〜タイムマシンはドラム式
・スウィングガールズ
・マトリックスリローデッド(バンコクと東京で2回観た)
・太陽


くらいかな。傾向はばらばらだけれども。
2014年3月15日(土) バンコク 51歳

スーザン・ソンタグの日記から

日記をつけることに関して。私的な秘密の思いの単なる容器―‐―‐聞こえず喋れず読み書きできない告白相手として日記を捉えるのは表層的。他の誰にたいするよりオープンに自分をさらす―‐―‐私は日記でそれだけをしているわけじゃない。自分を創造している。
日記は私の自己感覚のための乗り物。それは感情的、精神的に実生活の自分からは独立した私を表している。だから、(悲しいかな)、それは単に私の日々の実生活を記録しているのではなく、むしろ、そこには―‐――多くの場合―‐――現実への代案が書かれている。(1958年12月31日 パリにて)


私が捉えている日記というものの性格について、かなり近い見解がここに記されている。

絵画の状況は逼迫している――――科学同様に。誰も彼も「問題」、取り組むべきことを意識している。各アーティストが作品をとおして、あれこれの問題について「白書」を提出している。+批評家たちは、選ばれた問題が面白いか、取るに足らないことか、判断を下している(バーバラ・ローズ方式)。そこでロザリンド・クラウスが、ジャスパーの懐中電灯、ビール缶などについて、今日の彫刻の周縁の(些末な)問題への解答であり、かつ探究であるという判断をした――――作品を載せる台はもう不要か、どう扱ったらよいか・・・・・・。一方、フランク・ステラの作品は、中心問題への解答であり、非常に面白いものだと目されている。最近の芸術史+その「諸問題」について知識が無かったら、フランク・ステラに関心を寄せる人がいるだろうか。(1966年1月4日)

[関連記事] Jasper Johns/ Watchman
2002年3月14日(木) 東京 39歳

BUICK RIVIERA(ビュイック・リビエラ)



25歳(1987年)のとき、そのころ頻繁につるんでいた古着屋の店長から、当時彼が乗っていたGMの

BUICK RIVIERA
(ビュイック・リビエラ)


を買わないか、と持ちかけられたことがあった。試乗もしてみてけっこういい車だと思ったものの、結局その車は買わなかった。今から思えばいい買い物だったかもしれないとちょっとだけ買わなかったことを後悔した。
外車のオーナーになったことは2002年3月現在、一度もない。さっき銀座でお水のちーママみたいな女がベンツの560SELを運転しているのを見て「ケッ、ベンツか。買ってもいいな」ってふと思ったんだ。もちろん中古だよ!
その頃は二子山部屋(当時は藤島部屋といった)の3軒隣りのマンションに住んでいて、先代貴乃花一家の様子はよーく視界に入ってきた。こないだ離婚したおかみさん(藤田憲子さん)はベンツの280のディーゼルに乗っていたっけ。イエロークリーム色のベンツで超趣味が悪かったのを覚えている。藤竜也もクリーム色のベンツだった。

結局何が言いたいかというと、25歳のときはまだ外車に乗るような心境になれなかった。自分が未熟すぎて車に負けてしまうって思っていたんだ。古着屋の彼は私と同い年だったけど、そのあと→リンカーン・コンチネンタルと買い替え、王道まっしぐらだったけどね。30代後半になってベンツに乗っても面白いかも、なんて思いついたの。えらそうでごめん。ベンツ買える収入なんてもちろんもらってないんだけどさ(笑)。
2003年3月12日(水) 東京 40歳

エレキの若大将 (1965年・東宝)



テレビ東京でこのところ日中「若大将シリーズ」がやっているが、今日は『エレキの若大将』を放映していた。やっぱり面白いナ!!幼い頃から何度となく観ている映画であるが、今回観ていて思い出したことを箇条書きで。

(1)石山信次郎とヤングビーツ(青大将がスポンサーなのでリーダーは石山になっているのが笑える)が『勝ちぬきエレキ合戦』に出て、最初に演奏する曲は『BLACK SAND BEACH』だった。曲名の由来となったのはハワイ島にある有名なビーチ。

(2)『エレキ合戦』の審査員長の久慈あさみの和装は藤原あきを意識して役作りをしているのではないか?

(3)大学を停学処分になり日光の温泉ホテルで演奏する若大将とブルー・ジーンズの演奏シーン。そこにワイルド・ワンズ結成直前の加瀬邦彦が映っている。この頃は寺内タケシとブルー・ジーンズでギターを弾いていたんだよね。このとき黒沢ヒロシ(のちのヒロシ&キーボー)もメンバーにいたと思うんだが、肉眼では確認できなかった。とすると、黒沢年男(ヤングビーツのベース)と兄弟で共演しているってことか!(あまりにミクロな考察ですみません)

(4)若大将の妹役の中真千子は実は1936年生まれで加山雄三よりも年上なんだ!!「ウルトラセブン」にも出ていたな。

(5)対バンのTHE SHERKSのジェリー藤尾は素人にしてはギターのフリが上手いのが気になった。本当に弾けるのではないか、というくらい様になっている。これは調べても面白いかも。ビートルズみたいなカツラが笑える。

(6)立花ハジメは仕事に行き詰まるとこの映画を観てリフレッシュするって、昔聞いたことがある。

(7)星由里子のキャラクターは何十年経っても嫌いだなー。こんな自己中心的性格の女を好きになる奴なんていないだろ、っていうくらい酷い。しかも自分はいつも正しいと思い込んでいる。

(8)『エレキ合戦』の司会が内田裕也っていうのも笑えるでしょ。オチャラケC調野郎なの。「レディーズ・アン・ジェントルマン、マイ・ネーム・イズ・ショーン・コネリー、なーんちゃったりなんかして」なんてつかみのギャグをかましたりするのね。この映画は永久保存版だよね。

2011年3月15日(火) チェンマイ 48歳

無職状態から見た世界(心情吐露)

「空腹の科学」ダイエットの最中にいつも頭に浮ぶ言葉だ。確かにその時間を生きているときは、前向きで目標に向かって前進していて、時間が充実しで満たされていく。今俺は、自分をデュシャンピアンだな、とふと思ったのだけど、創作しない芸術家の人生を生きるなんて、なんて素敵なことだろう、と思ってみたりもした。一生をろくでもないことに使うこと。誰にも認められなくてもいい。自分さえよければいい。そんな人生。ほら、なんだか気分が少しだけ軽くなってきた。最低限の生活をするために。いいじゃないか、やりたいことをやる人生で。象使いではないと思う。トークセンのマッサージ師か。それでもなさそう。たぶん今からまた、求人サイトへの巡回が始まり、それが飽きるころにバンコクに行って、また面接も不調に終わりすごすごとチェンマイに戻ってくる、そんな駄目ループが予想されてもいるのですが。でもマイナスをその都度断ち切って、成功するのは某氏から学んでいこうと思うことではある。さて、夜間の散歩に出てみようか。そこで植物の匂いを嗅いだり、虫の音を聞いたりして、自然から刺激をうけようか。今午後9時だから2時間くらい歩けばそこそこ汗もかいていい運動になるだろう。俺は本当に淡白な人間でまったくぎらぎらしていないから、例えばワタミの社長とか目の離れたおばさんコメンテーターみたいな生き方は軽蔑するほうなんだけど、でも自分のほしいものを得る人生には、しゃにむにやらにゃ、しゃーないでしょ?そういうことだ。支離滅裂かもしれないけれど、このmixiの吐き出し日記は、自動筆記みたいな感じで、無意識層に働きかけて、自分を解放させてくれるかもしれないな。小説家にはなれないし、なろうとも思わないけれど、何かが生まれればいいな。



(今週のおまけ)
おじいさんの11ヶ月

最近ヘビーローテーションで昼夜を問わず聴いています。


[1年前の記事]
(chapter 51) 石川浩司さんから貰った松葉杖/ 町田康「ギャオスの話」/ (クイズ) 私が常に携帯しているものはなんでしょう?/ 梢ひとみがキックボクシングのレフェリーになった件/ バンコクの半端ない暑さの洗礼を受けるほか
2017.03.19 Sunday

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