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2013.11.30 Saturday

[chapter 88] キンタマーニ/ 栗コーダーカルテット ライブレポ/ バリ島にて/ チェンマイ動物園のジャイアントパンダ/ 日本テレビ汐留ビル/ DANCING IN FRONT OF THE CAMERA/ フランシス・ベーコン/ タイのオーディション番組で聴いた日本語の歌ほか








  二〇〇三年一一月三〇日(日)清邁 四一歳
 三度目のチェンマイ。気温は三〇度近くあるようだが、湿度がことのほか低く、風もかろやかでとってもすごし易い。六月、九月と較べるといちばん気持ちよい。
 だんだんこの都市の肝(きも)がわかってきたような気がする。もちろん自分にとっていちばん気持ちよい居場所という意味だが。バンコクの無国籍感も好きだが、チェンマイのアンティークさも心癒される。
 今日はこの一〇月にタイにお目見えしたジャイアントパンダを見に、チェンマイ動物園に行ってきた。
 中国から一〇年間のレンタル契約で来タイした二頭のジャイアントパンダ。三歳オスのほうが「カムアイ」(タイ北部の方言で長男の意味)、二歳メスのほうが「カムウアイ」(同様に長女の意味)と命名された。一一月二〇日より一般公開されている。タイ中この「平和の大使」の話題で盛り上がっている、と思ったら、案外知らないタイ人もいたりした。とにかくその姿は愛くるしく、笹を一心に食べる様子は愛嬌があり可愛かった。










  二〇〇三年一二月二日(火)バリ 四一歳
 朝六時、ホテルをチェックアウト。ホテルが手配してくれたタクシーでドンムアン空港へ。六時半、タイ航空チェックイン。ところが機材延着のため、離陸が三時間遅れることを知らされショックを受ける。午前一一時半過ぎ、遅れてバンコクを離陸。バリ島へ向う。生まれて初めて赤道を越え、南半球入り。
 午後四時、バリ島着。空港建物から外に出た途端、むっとする湿気と暑さが身体を襲った。なんだ、これは?ミストサウナみたいだと感じた。あっというまに汗が身体全体から噴き出してきた。この湿気がバリの第一印象。






タクシーでレギャンビーチのホテルまでの道中の動画(左)レギャンビーチの夕焼け(右)






バリ島レギャンビーチ近くのホテル



ウブドのモンキーフォレスト(サルが多い)



ヒンズー寺院での祈り(許可を得て撮影しました)



キンタマー二高原




  二〇〇二年一二月三日(火)東京 四〇歳
 新橋汐留地区に建設中の日本テレビ放送網新社屋ビル(来年夏完成予定)。この写真を撮った新橋駅烏森口SL広場は一九五三年頃、力道山のプロレス中継で有名な街頭テレビの設置してあった場所である。当時一〇〇〇人以上の人間が集まるイベントは、彼らを煽動して破壊活動に及ぶ輩が出ることも憂慮され、なかなか許可が下りなかったが、警視庁OBの正力松太郎は当局に特別なコネがあり、街頭テレビの許可もなんなく取ったという伝説がある。大衆を熱狂させる天才興行師の名をほしいままにしていた。





DANCING IN FRONT OF THE CAMERA

明け方か夕方の光量の足りない時分、セルフタイマーのカメラの前で踊ってみた写真。


2001年、横浜市 みなとみらい21地区にて。バックはクィーンズスクエア横浜。


2002年、第三京浜国道都筑PAにて


激し〜くヘッドバンギングしています(フランシス・ベーコン風)


明け方の横浜市都筑区の緑をバックに・・・。





  二〇〇三年一一月一一日(月)曼谷 五一歳
 栗コーダーカルテットのライブを観に行きました。バンコク滞在わずか二日の間に二ヶ所でライブをし、翌日はミャンマーのヤンゴンに向うという超ハードスケジュールだそうです。ですが、そんなことは微塵も感じさせない、独特の脱力モードが楽しいライブでした。本当に癒されました。
 最初のイメージとしてはリコーダー四本で有名な曲をアレンジしていくだけのライブを想像していたのですが、それだけではなく、曲ごとに楽器をあれこれ持ち替え、アレンジも凝り、世界中の音楽を貪欲に吸収した上で再構成するという、バラエティーと実験精神に富み、かつ非常に高度なことをやっていることに感心しました。






たちまちファンになりました。オリジナル曲を聴いていると、パスカルズに似てる部分もあるかな、と感じました。
 コンサートはMCを担当する川口さんがちょっと話すと、舞台の端に座っているタイ人女性がタイ語に翻訳するというスタイルをとっていました。曲順と話す内容が大体決まっているからでしょうか、川口さんが1〜2センテンスしゃべると、それをそのタイ人女性は流暢に翻訳していました。が、曲情報の他に話す、ミクロなネタは訳しきれてない部分もあるな、と感じました。しかし、概ねタイ人のお客さんには伝わっているようでした。
 あと、ジャパンファウンデーション(国際交流基金)の後援だったので、タイの日本人社会のVIPのお歴々風の人がお客さんとして多く招かれていました。これは、「ピタゴラスイッチ」等、NHKにも多く出ていて、政府系、外務省系の団体に心象が良いから実現できたことなのかな、と邪推したりしました。
 会場の雰囲気は日本の政府系機関がタイのハイソー向けに発信している文化事業っぽいと、多分に感じたしだいです。
 映像記録係としてツアーに帯同していたニヒル牛マガジン金曜日担当()のデニス・イワノフさんも元気そうでした。八月に会ったばかりですが、最近はタイでよく会っているという印象があって、とても不思議な感じです。






(今週のおまけ)




先々月くらいか、日曜の夕方放送しているオーディション番組「The Voice」にて偶然耳にした日本語の曲。「君がいればそれでいい」。検索してみると、松崎しげるの1987年の曲(作詞 秋元康 作曲 見岳章)らしい。けっこうタイで話題になってるみたいです。それにしても歌っているトゥカター・ジャマーポンさん、可愛いですね。日本語の歌詞の発音は正直難はありますが、歌のあとの審査員とのやり取りは魅力いっぱいで、ぐいぐい惹きこまれてしまいました。未来のスター誕生かも、と思った瞬間でした。(参考リンク



[1年前の記事] [chapter 35] 迎賓館で火事! / メーホンソンでカレン族の村を訪ねる / ジャン=ピエール・ゴランがジガ・ヴェルトフ集団で作ろうとした映画 / 空想地下鉄路線 駒沢公園線 / 「大竹伸朗 全景 1955-2006 展覧会図録」/ 1981年8月15日の今井次郎ほか
2017.04.27 Thursday

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