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2013.11.02 Saturday

[chapter 84] ゼロ・グラビティ/ 愛撫と触診の違い/ RIP Lou Reed / さらぶりさんから怪しい誘いの電話/ じみへん/ アブドーラ・ザ・ブッチャー・モデル/ 1999年11月前半日記/ 「私を脱がせて」 カルーセル麻紀/ 三菱デリカ購入 ほか



(近況)「トゥモロー・ワールド」(2006)のアルフォンソ・キュアロン監督の新作「Gravity(邦題「ゼロ・グラビティ」)」を鑑賞しました。




 二〇〇三年一一月二日(日) 東京  四一歳 
  最近履いている靴
 タイで購入した靴。先端が反り上がっているのです。個人的には「アブドーラ・ザ・ブッチャー・モデル」と名付けています。
 二〇〇六年一一月二日(木) 東京 四四歳 
  (読書メモ)「私を脱がせて」カルーセル麻紀
 カルーセル麻紀が還暦の記念に自叙伝を出すというのは前々から聞いていて、早く読みたいと思っていた。が、麻薬取締法違反の容疑で逮捕拘留されて(結局、不起訴)出版が大きく遅れてしまったのは御存知の通り。発売後すぐ手に入れた。予想通りすこぶる面白く感動的な書物に仕上がっていた。もっとも感動したのはモロッコで性転換をして初めて本物の「女」に目覚めるくだり。これほどピュアに性的快感に打ち震えている文章を、ちょっとほかに知らない。ちなみにカルーセル麻紀、本名を平原徹男(ひらはらてつお)という。あと二〇年早く生まれて出会いたかったよ。





二〇〇七年一一月二日(金)東京  四五歳 
  愛撫と触診の違い
 ・・・どうして、<顔>は画かれることにおいて消えていくのか?<顔>を現前させる作業が、<顔>を消す作業になってしまうのは、なぜなのか?ここにおいて、<顔>の哲学者エマニュエル・レヴィナスの考察が、助けになる。ジャコメッティの肖像画は、レヴィナスの哲学の美術的表現とも呼ぶものになっているのだ。
レヴィナスは、『存在するとは別の仕方で』において、<顔>(<私>が眼差しているとき<私>を眼差す対象)について、あるいは<顔>の延長とも呼ぶべき<皮膚>(<私>が触れているとき<私>に触れる対象)について、次のように書いている。それらに関しては、「そこにあるもの」、つまり「現前」が、「そこにはないものであるかのように」求められるのだ、と。ここでは、「現前」と「現前からの退却」とが同じことになってしまうのである。どういうことか?
 まず触覚に即して考えてみよう。レヴィナスは、愛撫について述べている。たとえば「触診であることに不意に気づいてしまう愛撫」について。人は、愛する他者の身体を愛撫する。だが、皮膚に触れている最中にそのことを意識してしまうと、たちどころに愛撫は愛撫でないものに変わってしまう。「滑らかだな」とか「凹凸があるな」と意識したとたんに、それは愛撫でなく触診である。愛撫と触診はどう違うのか。愛撫とは、<私>が触れる皮膚が、<私>へと触れ返すものとして、それ自体、反応するものとしてあるということである。だが、<私>が、触れているそれを、何ものかとして把持し、同定したとたんに、「それ」は専ら<私>に触れられるだけの対象へと転じてしまう。だからレヴィナスは、、「愛撫とはなにも把持しないこと」だと述べるのである。それゆえこうなる。<私>へと触れている「それ」を、<私>が何ものかと





して同定し、現前させようとしたときには、「それ」は、もはやそこにはないものとして、つまり退却してしまったものとして現れるほかない。
(大澤真幸「量子力学の隔時性」より)
 長文を引いたが、かなり難解で形而上的な命題がここには記されている。太字した箇所は自分がすとんと腑に落ちた点だ。愛撫とはそれを客観的に見る視座をもたない。ミハイ・チクセントミハイのいう「フロー()」のように今愛撫している自分を意識せずに集中して行為に入り込んでいる状態にあると思った。
 つまりありていに言うと、この日記のトップに貼り付けた豊満系の女性を仮に愛撫するとすると、肌のきめの粗さや脂肪のつき方に意識が向く時はすでに愛撫ではなく触診に陥っているが、ただただこの女性のすべてのありのままを受け入れ、全体重を私にのしかかられ、四肢を圧迫されつつも、可愛い、いとおしい、という気持ちになって女性の皮膚を撫でまわしているときは、絶対に触診ではなく、愛撫状態に入っているのだと思う。(かなりお下品な喩えですみません。プランパーマニアの私でした)





  二〇〇一年一一月六日(火) 東京 三九歳  
  さらぶりさんから突然の電話
 前日から何度も公衆電話から電話が入っていて着信履歴を見て「だれだろう」と訝しんだ私です。そしてさっきまた電話があり、思いきって電話に出てみました。
「もしもし、マンガちゃんですか?」「はい、そうですけど」「さらぶりです(仮名、女性の声)」「あー、ひさしぶり!何回か電話しました?」「しました。実は困ったことがありまして」「はぁ?」(まさか、お金貸してくれとか言うんじゃないだろな)「唐突なお願いなんですが、マンガちゃん、いっしょに北朝鮮に行きませんか?」「はぁ?」
 彼女は続けた。「あのですね、期間は一二月一二日から一五日までの四日間、費用は二五万円なんです。実はツアーで参加したかったのですが、催行人数が満たなくて個人手配になってしまうの。で、最低限の人数を集めなくてはならなくて、マンガちゃんもどうかなぁと思い電話しました。どうですか?」「えー? どうですかって言われても、その・・・。ちょっとスケジュールがきついですねぇ、あとお金も」「そうですよねぇ!おほほほほ。いきなり言われてもねぇ。マンガちゃん、聞いたけど、タイの南の島から帰ってきたばかりでしょ。皆と行ったんでしょ。だから今回は私と北の方へどうかな、って。でも無理だったらいいんです。すいません、ほかをあたりますねえ」と、電話を切られた。世間話もほとんどないままに通話は終わった。しかし今の電話、いったいなんだったんだろう。
 さらぶりさんはここ一〇年ほどのお友達で、かなりぶっ飛んでいる面白い女性だ。家は大金持ちで、





家族でQE2(クイーンエリザベス2世号)で世界旅行するようなハイソな家柄なのだが。しかし、いきなり北朝鮮とは! テリー伊藤の『お笑い北朝鮮』を読んで以来、北朝鮮にはぜったい何かわたし好みの世界があるとは思っているが、しかし今は無理だなぁ。二五万円は高いよ。そんな今日この頃・・・。
(二〇一三年メモ)結局、さらぶりさんはその年北朝鮮に旅行しました。その翌年より拉致問題が取り沙汰されたので、友達内ではさらぶりさんの安否を心配する声が上がったのですが、別に拉致も洗脳もされたということもなく、数か月に一回の食事会などには出席しておりました。今思えば、多少無理してでも北朝鮮に行っておけばよかったかもしれないな、と少し後悔している次第です。こんな機会でもない限り、なかなか行ける場所ではないので。





  二〇〇二年一一月二日(土) 東京  四〇歳  
  じみへん
 そう、ジミは最高だった。彼とは知り合いだったし、大好きだった。最初に彼を見たのはたしかバック・オ・ネイルズというクラブで、完璧にブッ飛ばされた。あんなにアンプの音量を上げた人物は見たことがなかった。ジミは一〇〇ワットのマーシャルをめいっぱい鳴らして、ギターを叩きつけて、こうビュイーン!とやるわけだ!お見事! タウンゼンドとエリック・クラプトンも客席にいて、僕を含めてみんなジミを見に来てたんだけど、全員アゴが外れそうになったさ。彼は達人だった。ギターの使い方を誰よりも心得てた。それにジミはすごいスウィートで、物静かに話す。すごく熱意のある男だった。彼が僕にくれた最高の賛辞は、ビートルズが「サージェント・ペパーズ」をやった時だった。そのアルバムが金曜日にリリースされて、日曜日にジミがブライアン・ヱプスタインが経営してたサヴィル・シアターでやった時、「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」をオープニングで演奏してくれたんだ。ブイーンブイーンババン!って。いやあ、最高だったね。なんたってリリースして二日しか経ってなかったんだよ!
(ポール・マッカートニー 「ローリング・ストーン」誌インタビュー 一九八六)





[過去月毎日記] 1999年11月(前半)☆三菱デリカ(中古車)購入/ スノボデビュー@西武園ゆうえんち/ 笠取山登山/ シックス・センス@日劇ほか



*今から14年前、1999年11月初旬の日記です。年齢37歳、横浜の伊勢佐木町の歓楽街のど真ん中に住んでいました。
昼はサラリーマン、夜中はキャバクラ嬢の送りの仕事を副業でやっていました。その他、焼き物教室を主宰したり、イベント企画を友人と主催したり、多忙な日々を過ごしていました。私の駄文日記から1999年の「空気」を思い出していただけたら幸いです。




1999年11月1日(月) 横浜  37歳

横浜・都岡の中古自動車屋で日産バネットセレナ(平成6年式 4.8万km 92万円)を見る。かなり気に入る。ギヤボックスがデリカみたいに左腕に近いのが気に入った。

NHK教育「イタリア語会話」アシスタントの山口もえ可愛い!


1999年11月2日(火)

弟を伴い、また都岡の中古車屋に行ってバネットセレナを見るが、細かい傷・サビ等、難点を指摘され、購入を中止する。帰りに寄った横浜線某駅そばの中古車屋で三菱デリカ(平成5年式 2.4万km 78万円)を見つけ、一目惚れ。即決で購入。6年落ちで2万kmは掘り出し物かも。


1999年11月3日(水)

Oさんから借りた井上三太の「Tokyo Tribes 2」という漫画、面白い。かなり刺激を受けた。ただ残酷・暴力表現が多いのは残念。
東京駅八重洲口地下の東京温泉に久々に行く。マッサージ下手すぎ!2度と行かないと誓う。


1999年11月4日(木)

夜勤明け、その足で有楽町日劇。「シックス・センス」を観る。
プロデューサーのフランク・マーシャルとキャスリーン・ケネディーはスピルバーグチームだったか?最後の落ちは「おぃおぃ!」と突っ込みたくなるほど笑った。


1999年11月5日(金)

神保町スキーショップめぐり。今年のスキーウェアは3万円台から5万円台くらい。高いのは買えないので裏道にあったリバティーというショップでスキーパンツとブルゾンを購入。上下で5000円也!


1999年11月6日(土)

朝、福生のSくんちに行き、車を置いて西武園へ。西武球場となりの人工スキー場でスノーボードデビュー!!はじめは左足を前にして滑っていたがどうも違和感があるので反対(グーフィー)にするとしっくりきた。それにしても転びまくり。ショックだったのは一人で立てなかったこと。一人でビンディングをかませられなかったこと。お腹の脂肪で前屈ができなかったのだ!(自虐笑)なんとかしなければ。。。


1999年11月7日(日)

休日出勤。身体中筋肉痛。事務員のKが休日出勤していたのでエレベーターホールで世間話をする。
江頭2:50「裸のサンタクロース」チケット予約。

夜、TBS日曜劇場「ヤマダ一家の辛抱」 これは久々のコメディードラマの傑作ではないか、と思った。(演出・久世光彦)


1999年11月8日(月)

夜勤明け、午前中は銀座のインターネット屋でメールマガジン発行作業等して過ごす。
帰りに蒲田のユザワヤへ寄り、釉薬、こてなど陶芸材料購入。紙袋が破けそうになるくらい重くて、持ち帰るのに手が千切れそうになった。
夜、本郷のYさん宅で陶芸教室。


1999年11月9日(火)

表参道のP美容院でヘヤーカット。担当のOさんは売れっ子なのでカットの合間にあちこち飛び回っているあいだ、インターンの女性がマッサージしてくれる。その感触が気持ちよかった。

「さんま御殿」に山口もえ出演。


1999年11月10日(水)

地元警察に車庫証明を取りにいく。その後、車屋へ。納車は早くて土曜日くらい。今まで乗っていたホーミーバンはこのまま車屋にただで下取りしてもらうことになりそう。車を見て、これならフィリピンやタイに輸出できますわ、と言っていた。

身体的エクスキューズ。朝右手にかすかな「しびれ」を感じた。こんなことは初めてだ。少し不安になる。




NiNaのCDを購入。想像していた以上によい!
M-7の「Hashiyasume」という曲はマーちゃん(佐久間正英)がオルガンでイムプロビゼーション演奏する曲だが、往年の渋谷屋根裏でのプラスチックスのライブで、第1部と第2部のブレイクに弾いていた曲を思い出した。フロントの3人(トシ、チカ、ハジメ)がお色直しで楽屋に戻っているあいだにムーディーなオルガンソロを弾くという趣きね。
しかしケイトは恰幅のいい美熟女になったなぁー。


1999年11月11日(木)

横浜キャバ送り仕事。一人みんなから浮き上がってしまっているAという女の子がいる。見ていて痛々しい。水商売の仕事向いてないと思う。


1999年11月12日(金)

地元警察で免許証更新(講習&発行)。


1999年11月13日(土)

デリカ納車。さっそくあたりを試し運転。


1999年11月14日(日)

狭山のYさん宅へ。そこで車を置き、Yさんの車で笠取山登山。途中入間市駅でSさんをピックアップ。

奥多摩湖を過ぎしばらく青梅街道を入っていくと、一ノ瀬の進入口があって、そこから2kmほど入っていく。途中猿を目撃した。
今日は多摩川の源流を訪ねる旅である。天気快晴、風は少なく紅葉満開、山歩きに最適な1日だった。見晴らしも超抜群。富士山、南アルプス・・・名前の知らない山も綺麗だった。

最後の心臓破りの登りは死にそうにきつかったが。
毎回山登りでの懸念のひとつ、膝を酷使して関節が痛くなるということも今回はなかった。下りでの重心移動の仕方、何か勘を掴んだような気がした。心身ともにリフレッシュした1日であった。

帰りは紅葉見物帰りの渋滞に巻き込まれ、奥多摩湖から青梅まで2時間以上かかり、げんなりした。


1999年11月15日(月)

駒沢診療所で健康診断2次検査。胃カメラを飲んだ。
夜は本郷Yさん宅で陶芸教室。






[1年前の記事]
(chapter 32) サボテン「ヘビ使いのうた」/ 横尾忠則展 (then) and now @ 南天子画廊/ 日本全国の「あれ」の呼称/ Radio Sakamoto ヨーロッパツアー2005を振り返るほか


(今週のおまけ)

R.I.P. Lou Reed (March 2, 1942 – October 27, 2013)
2017.04.27 Thursday

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