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2013.05.22 Wednesday

[chapter 60] カンパニー松尾を評価する長瀬智也/ 雨に悩める海棠(かいどう)/ 多田野数人のピッチングフォーム/ 仏誕節前夜のクン・ドーイ(ドイステープ寺院参拝)/ パスカルズ@藤沢遊行寺/ 生きている彫刻(リビングスカルプチャー)としての天使/ 鬼バックほか


今までタイで見た中でもっともセクシィと感じた涅槃仏@ワットパクナム パーシーチャロン。
トンブリーのタラートプルー駅周辺を散歩したら出くわした。アユタヤ朝時代以来の古刹らしい。(2013年5月12日)



2005年5月 / 2007年5月 / 2011年5月 / 2012年5月 / 2013年5月   5年圧縮並列日記 (16〜22日)
2011年5月16日(月) チェンマイ 48歳


パレットに水彩絵の具を溶いたような濃いねずみ色の雲。雨が降りそう。で、はたしてこの15分後にスコールが降った。

起床。よく寝た。
posted at 07:22:48

朝から雨か。ちょっと憂うつなり。
posted at 07:23:17

完全に雨季だ。
posted at 07:26:33

降って止んで降って病んで
posted at 15:33:49

自転車の空気がすぐになくなるせいか、昨日はパンクの夢を観た(セクース・ピストルズやクラッシュのほうではなく)。
posted at 15:54:52


2011年5月17日(火)

地震の夢にうなされて目がさめた。正夢になりませんように・・・。
posted at 01:30:56

某女史が言う「鎖系」(チェーン店形式の居酒屋を指す)を聞いて想起したのが、「鎖帷子(くさりかたびら)」。いつか機会があったら着てみたい。。。
posted at 01:33:47


鎖帷子

まだ完全に目が覚めてない。半分夢の世界にいます。
posted at 01:34:31

ガレージ食堂でもらってその場で肌につけた虫除けクリームの匂いがほんのりまだ残っていて気持ちいい。
posted at 01:44:11

「帰る」「帰るなよ、まだいなよ」「だって怖いんだもん」「じゃあ気をつけてな(頬にキスされた)」・・・そんな夢だった。あたしはそっちの気はぜんぜんないのに〜(泣)。怖い夢だった
posted at 01:58:16

甘くない日本のマヨネーズほしい
posted at 02:01:47

ヨダレぞ常ならむ
posted at 03:26:37

5月17日は仏誕節。タイでは仏教行事の中でとても重要な日で酒類の販売が制限される。店ではアルコールは出ないし、そもそも飲食店は休業するところが多い。静かな街になりそう。
posted at 04:09:46


2011年5月18日(水)



タイ仏教の重要な宗教行事である仏誕節が行なわれた17日は酒類の販売が制限された。セブンイレブンやスーパーマーケットでは販売中止の張り紙があったが、外国人が来るレストランなどではお酒を出す店も散見された。・・・というわけで17日は中近東料理の店でシシカバブーとビールをいただいた。
posted at 03:23:50

めがねがね、あわなくなってきたみたいなんだがね。
posted at 04:53:03




「・・・あんなのを言うんだね、雨に悩める海棠(かいどう)って」
小津安二郎「秋日和」の劇中、 田口(中村伸郎)が酒席で旧友の未亡人秋子(原節子)のことを「海棠」と言うくだり。綺麗な響きの言葉だ。・・・「秋日和」久々に観たけどいいな。1960年はもっと政治の季節だったはずだけども暢気な感じで。

*海棠(カイドウ)とは、中国原産の落葉樹で、庭木や鉢花として親しまれています。リンゴの仲間で日本には江戸時代に入って来ました。漢字で書くと『海棠』です。棠は梨のことで、海棠とは海外から来た梨という意味です。中国では古く牡丹と並び称されて人気の高い花で美人を表す言葉でもありました。

posted at 08:30:15

桑野みゆきって「日本の夜と霧」のあとに「秋日和」に出演したんだね。すごいフィルモグラフィーだ。 大島作品から小津作品へ出演。http://bit.ly/kfjhOr
posted at 15:41:48

そういえばタイではだいたいアイスコーヒーのガムシロップははじめから問答無用で入っていて甘さをコントロールすることができない。日本から初めて旅行に来た友だちの女性が呆れていた。・・・ということを今注文したあっま〜いアイスコーヒーを飲みながら思い出した。
posted at 17:25:09

先月ソンテオの中でいきなり日本語で話しかけてきた、ファランの若ハゲ男(たぶんゲイ)を近所の屋台食堂で遠巻きに目撃した(声はかけず)。どうやら近くに住んでいるらしい。メールしてみるか。
posted at 17:37:32

今日の夕食は普段あまり行かないチェンマイ門界隈で食べようということになりチェンマイ門市場前でソンテオを下り付近を歩いたのだがなかなかレストランが見つからず、ふっと気がつくとターペー門そばまで来てしまい、結局いつものイサーン料理の店で食べたという一幕でございました。
posted at 23:33:04

降ってきたー
posted at 23:36:14


2011年5月19日(木)

日本のカレーが食べたいヨ・・・。
posted at 00:03:21

世の中には面白い人はたくさんいる。でも自分がその人たちを面白がらない限り、その人たちは私に気づかれることはない。つまり面白いか面白くないかは私しだいなのだ。いつまでも面白い人に興味を持って生きたい。加齢すると肉体も精神も柔軟でなくなり新しい発見をするのが億劫になりがちなのだけど。
posted at 04:36:32

(つづき)そのからだもこころも柔軟になる第一歩として明日はマッサージに行こう。
posted at 04:38:26

今年は天使イベント行けそうにないな。残念だけど。
posted at 19:25:44

左目の目尻が痛い。ものもらいかな。
posted at 19:31:16

「小早川家の秋」(1961年) 藤本真澄が三顧の礼をもって東宝に迎え入れたという小津晩年の作品だが、確かに小津がひとり宝塚映画に出向して東宝のスタッフ・俳優を相手に演出しているので、画面に緊張感が漂っている感じがする。松竹だったらもっとゆるい感じになるのだろうけど。でも悪くはない。
posted at 19:41:30

森繁久弥は、小津に対して対抗心むき出しで、「小津に船場が撮れるわけがない」と陰口を叩くほどだったらしい。
posted at 19:46:30


2011年5月20日(金)


日本のカレーが食べたかったので日本料理のある屋台食堂へ行った。

「天使」イベントはliving scalpture (リビング・スカルプチャー・・・生きる彫刻)のインスタレーションの一形態だと思うのです。昼寝している天使はそのままで作品であり、それを眺める観衆がいて、時に天使は起きて歌を歌ったり土下座をしたり気狂い踊りをしたりする。
posted at 05:05:45

秋山駿(1930年生まれ)の「砂粒の私記」に、秋山より一歳年上の東京芸大在学の女子画学生の実際のエピソードが出てくる。挙動不審ストーカー気質の精神病の人で、小林秀雄の「モーツァルト」を読んで小林に熱を入れあげ、自宅に突撃するような女性だったのだが、彼女の素行を通し、女性をかくも魅惑する小林秀雄について論を進めていた。
posted at 05:22:39

左目目尻の痛み、まだ続いている。明日起きて酷いようなら薬を買いに行こう。できるだけ病院には行かずに治す積り。以前もこういう症状になったことがあるが酷くならないうちに治ったので。
posted at 05:27:10

NHK「ネットワークで作る放射能汚染地図 福島原発事故から2か月」を視聴。美しい日本の国土が放射能に汚染されるのは本当に許せないしやりきれない気持ちだ。番組中福島訛りの被災地の人たちの言葉を聞くたび、1月に母の葬儀で会った郡山に住む母方の親戚のことが思い出され、心配でならなかった。
posted at 06:29:45

ドラマ「デカワンコ」の中で、主演の多部ちゃんがホンジャマカ石塚扮する刑事のニックネーム「チャンコさん」を呼ぶとき、滑舌の悪さのせいか、
「ジャン子さん」に聞こえてしまうときがある。
posted at 16:53:14

で、その「デカワンコ」の第何話かで、殺される被害者の名前が毎年2月にチェンマイに遊びに来る、ある友人の本名であることに気がついたときにはドキッとした。
posted at 18:49:19

今日の夕食は久しぶりのムゥガタ。気合入れて食べにいこう。
posted at 18:50:18



ムーガタレストラン。焼肉食べ放題。まるで体育館のような巨大なスペース。チェンマイにお越しの際は一度はどうぞ。


蚊が増えた。
posted at 18:57:58

帰宅後、暑いので水シャワーを浴びた。
posted at 23:34:05

暑いし痒いし眠いし
posted at 23:35:07 

一万慈多鶴恵ってイムパクトのある芸名だな。。。 http://www.jmdb.ne.jp/person/p0037100.htm
posted at 23:51:51


2011年5月21日(土)


ガレージ食堂にて


最近よく耳にする略語の中でもっともドキっとするのが「スマホ」である。いっしゅんどういう意味だっけ?と立ち止まり、もしかしてあれのこと?と勘違いし、いやいや違う、あっちのことではなく、そっちのことだよ、・・・と認識しえるまでの間に1秒近いタイムラグが発生する。罪な略語である。
posted at 01:27:48

川口松太郎「鶴八鶴次郎」は1935年 第1回直木賞を獲り、3年後成瀬巳喜男で映画化されたが、ウェズリー・ラグルス監督の「ボレロ」(1934年)とそっくりで、あまりに似ていてよく出来ているので当時のインテリ観衆はそれを分かった上で楽しんでいた云々、という言説を聞いたことがある。
posted at 05:04:52

(続き)生憎二つの映画の比較はまだしていないのでそれは死ぬまでの楽しみにしておこうと思う。
posted at 05:06:01

さっき電話のベルで目が覚めたのだが、夢の話なのか現実だったのかわからない。今とつぜんひらめいたのだが、半醒半睡の比率がちょうど50:50のときにこの現象が起きると人間は狂い死ぬということを宇宙の真理として認識してしまった。49:51や51:49では死なないのだ。(なぜ断言?w)
posted at 05:14:35

大友良英さんとダム・タイプの高谷史郎さんとの対談中、柄谷行人の最新評論「震災と日本」(現代思想5月号)について言及していたので内容を調べる。「地震がもたらしたのは、日本の破滅ではなく、新生である。おそらく、人は廃墟の上でしか、新たな道に踏み込む勇気を得られないのだ。」至言なり。
posted at 08:24:08

川口松太郎の創作原理は「換骨奪胎」であることを蓮實重彦の文章で読んだことがある。辞書を引くと「《骨を取り換え、胎(こぶくろ)を取ってわが物として使う意》先人の詩や文章などの着想・形式などを借用し、新味を加えて独自の作品にすること」とある。今の言葉で言うと「パクリ」「剽窃」か(笑)
posted at 09:06:52

(つづき)それを1935年当時の京都・鳴滝に集い「梶原金八」名義で映画脚本を執筆した脚本家グループ(通称・鳴滝組)では「心ある踏襲」と言っていたそうだが。
posted at 09:11:35

昨夜のムーガタのタレのニンニク成分がまだ口の中に残っていて洗口液でゆすいだり歯磨きしてもとれないのである。
posted at 16:47:35


2011年5月22日(日)

「接吻泥棒」(1960年東宝 川島雄三)にほとんど台詞のないチョイ役で児玉清さんが出ていたことを思い出した。wikipediaのフィルモグラフィーには書いてないな。。。
posted at 02:45:41

暑いので水シャワーしてべビーパウダー。タイ人化しているわたし。
posted at 03:33:27

女は俺の成熟する場所だった。書物に傍点ををほどこしてはこの世を理解して行こうとした俺の小癪な夢を一挙に破ってくれた。(小林秀雄「Xへの手紙」 1932年)
posted at 03:45:32

蚊取り線香の煙が目に沁みる。。
posted at 04:27:25

「接吻泥棒」(1960年)は原作が石原慎太郎で、映画には一場面カメオ出演している。石原は1932年生まれだから当時28歳か。23歳で芥川賞受賞しているからもうそのころはいっぱしの作家先生になっていたのだろうか。
posted at 04:49:04

このところ近所の民家のガレージにテーブルと椅子を置いただけの食堂に足繁く通っているのだが、ここは敷居が高く初めて行ったときには「何しに来た?日本人」みたいな白い目で見られ早々に退散したのであるが、懲りずに何度も通う内にすっかり居心地のよい酒場となったのであった。昨夜も痛飲した次第
posted at 05:25:10

「トッケイトッケイ」とトッケイヤモリが鳴いているよ。
posted at 05:28:09



昨日、川口松太郎のことをtweetしたのは溝口健二の「近松物語」を久々に観て川口のことを想起したから。元々近松門左衛門の「大経師昔暦」を川口が「おさん茂兵衛」という作品に戯曲化し、さらに映画化した作品である。近松→川口→溝口・宮川一夫・水谷浩・早坂文雄ほかという日本の古今の凄い才能が結集している。
posted at 06:01:49


この続き、2011年5月23日以降のつぶやきはこちらの「今週のおまけ(2)」でご覧になれます。よかったらクリックどうぞ。
2013年5月17日(金) バンコク 50歳

昼休み、いつも行くタニヤプラザの古書店で、白洲正子「名人は危うきに遊ぶ」を購入(40B)。最近はなんとなく自分の中で白洲正子ブームで、手にとる機会が多い。日本から離れた所に住んでいるので、日本の古典芸能や伝統工芸などに関して記された文章は、渇望している心を潤してくれ、とても心地よい。
posted at 15:02:31

読売新聞政治部記者だった戸川猪佐武の「小説吉田学校」では、白洲次郎は取るに足らない小人物として描かれていて、毀誉褒貶(きよほうへん)の激しい人物であることが想起される。数年前のブームの端緒となった北康利さんの著書やNHK特集などで名誉は回復したのであろうか。事実、政治家でもない40過ぎの男がGHQと渡り合う図は同世代の人からは激しい嫉妬と嫌悪を呼んだことは容易に想像される。内外に敵は多かったのか、と。しかし、風雲児は古今東西、得てしてそういうところはあると思うが。
posted at 15:12:56

その白洲次郎の妻だった正子の随筆を最近は好んで読んでいるというわけである。
posted at 15:17:21

黒田勇樹と黒田博樹の違いがわからぬ。どっちかがホームレス俳優で、どっちかがメジャーリーガーだったか。あれ、ホームレス俳優ではなく、DV男優でしたっけ?AV男優でないことはかろうじてわかるが。別にどうでもいいことだが。
posted at 15:41:13

AVで思い出したが、矢作兼(おぎやはぎ)によると、TOKIO の長瀬智也はAVを熱く語る、ナイスガイなのだそうだ(クドカン脚本のドラマ「うぬぼれ刑事」の出演者つながり)。長瀬は、矢作にカンパニー松尾の凄さを切々と述べ伝えたという。そうか、長瀬智也は、カンパニー松尾を評価しているのか、さすがだな(笑)。
posted at 15:55:27

ん、今日はそれほど消耗しなかった。日によってへとへとに疲れる日とそうでない日と両方あるのが不思議だ。
posted at 20:02:37

不思議なことに仕事量が多いと疲れるというわけではなく、仕事量が大してなくても、異常に消耗することもある。総じて、他の人に仕事をフッたりすると、ストレスが増す。(タイ人に仕事を依頼するのは予測困難で大変なのです)私は、人を使って結果を作るよりも、一人でこつこつ積み上げていくことが好きなタイプです。
posted at 20:04:02

というわけでいちお給料分は仕事したと思うので、ビール飲んで帰ります。
posted at 20:11:19


2013年5月18日(土)

「あれ、今日土曜だっけ、日曜だっけ、あ、土曜日か」程度に寝ぼけていた、夢の世界から帰還した土曜日朝6時。なんか一雨きそうな空の暗さ。
posted at 08:09:49

1980年5月18日光州事件のニュース画像で、車の上でゲバ棒のようなものを振りかざしている男を遠景から撮影した画像が記憶に残っているのだが、検索しても見つからない。あるいは記憶の中で異化しているのかもしれない。正視するのも憚られる悲惨な画像ばかりが出てきて心が痛い。
posted at 12:48:03

今日は雨が降ったのでおもてはいくぶんか涼しく感じるかな。(Googleの温度計を見ると、32℃だが)
posted at 14:29:49

トンブリのタイマッサージ屋に行ってきた。2時間250バーツはチェンマイの数年前の価格水準。安い!腕も良い!これはお得だ!
posted at 18:38:43


2013年5月19日(日)

トンブリーにある香港点心の店









ウォンウィアンヤイロータリーからラートヤー通りを200mほど入った左側にある、本格的香港点心の店、「ヌンソットディムサム」。美味しゅうございました。点心1セイロ24バーツです。店主は香港のホテルで修業し帰国してこの店を始めたとか(バンコクの情報誌より)。
*画像クリックすると拡大表示します。
posted at 22:48:03


2013年5月20日(月)

仕事してると、「エロさん」と呼ぶ声がしたので顔を上げると、隣の席のタイ人女性が「写真撮って」とアイフォーンを差し出すので、ケーキをもった写真を激写。今日が24回目の誕生日だそうだ。おめでとう。ついでに私がバッグからマイデジカメのRX100を出すと、近くの席から「私も撮ってー」とぞろぞろ出てきた。
しかしながら、彼女も他のタイ人社員も誰ひとりとして私との2ショット写真は撮ろうとしなかった。完全にカメラマンとしか認識されてないらしい、とほほ。


2013年5月21日(火)

タイで生活していると、日本とタイの習慣や考え方の違い、カルチャーギャップにぶちあたることは、ままある。それらをいちいち追求しないで受け流していると、だんだんタイという国に染まっていく。たとえば卑近な例をあげると、ファストフード店で食べ終わったトレイや食器をゴミ箱に捨てに行かないで、そのまま席を立って帰ってしまうのはその最たるものだろう。こちらの人は誰でもそうするのだが、最近は私も食べ終わると何も考えずに席を立って帰ってしまうことが多くなったのだ。(これを日本でやってしまいそうで怖いのである)


2012年5月16日(水) バンコク 49歳

今日は曇っている。気温が上がらなければいいな(早く雨季になってくれ
posted at 08:53:05

1日150バーツ以内に出費をおさえたいのだがビールを止めない限り絶対無理。
posted at 09:10:56

食後いつも立ち寄るフルーツ屋台。おばちゃんは私の顔を見るなり「パイナップル売り切れだよー(サパロットモットレーウ)」と言う。私の嗜好を数回行っただけで記憶したらしい。それよりもパイナップルもっとたくさん入荷してほしいのだが。お昼前になくなるのはサビシイ。
posted at 14:32:37


2012年5月17日(木) 

ダルビッシュ 6勝 ベイスターズ 10勝
posted at 12:04:20

雨季に入ったっぽい
posted at 14:35:31 削除

やや、降ってきた
posted at 23:32:51


2012年5月18日(金)

昨夜かなり強い降りだったが、今日はからっといい天気。それでも陽光が射すような痛さはもうない。
posted at 14:43:43 

死んでから勝手に自分の名前を冠した賞をつけられたくないという理由で生前に自分の名前を冠した文学賞を始めた大江健三郎
posted at 14:53:24 

まゆげぴくぴく
posted at 18:20:10

一週間長かった。年寄りになると時間の流れが速くなるというのは嘘だと思った。
posted at 23:00:15

そういえば私の初海外はギリシャだったんだ。
posted at 23:01:34

アクロポリス神殿を見た帰り、歩いて山道を下りていると、突然藪の中から「日本人ですか」と作業員風おっさんが出てきて話しかけられたことを突然思い出した。あれはびっくりした。
posted at 23:05:15

そのおっさんは私のイメージとしては洞穴から出てきたようなイメージなのであった。
posted at 23:06:21

確かに徒歩5分のところにシネマコンプレックスがある環境では、映画を観まくっていたのも頷けるのだ、暇だったし。今はいちばん近い映画館は徒歩15分くらいだものなー。億劫にもなる。でも、だんだん映画を観る生活を復活させようとも考えている。
posted at 23:20:50 


2012年5月19日(土)

ジェシカ・アルバも「マチェーテ」の続編に出るんだな。楽しみだな。
posted at 01:03:18

先日、某所でとんでもない日本人に会ったのだが、私も多少は経験値が上がってきたせいか、その日本人のペースにはならずに、私の思うような着地点にグランディングして別れることができた。でも一昔前なら後味の悪い、ひょっとしたら餌食になっていた展開がありえたかもしれない。注意注意
posted at 01:26:02

誰に言われるまでもなく心は狭いです。
posted at 07:50:02

昨夜は古山高麗雄の「戦友」を読んだ(「プレオー8の夜明け」所収)。
posted at 07:52:44

タイには、なるみに似たコメディエンヌが多い
posted at 10:44:22 

ラープムー、ソムタムカイケム、カオニャオ、LEO
posted at 21:28:49


2012年5月22日(火)

最近疲れすぎていて、長文がほとんど書けない。
posted at 20:59:00

人生忙しすぎてもいけないし、暇すぎてもいけない。でも中くらいって自分でマネージしてもなかなかできないものだ。
posted at 23:16:59 

投げやりな人と槍投げな人。
posted at 23:25:38

とんかつ屋でNHKを観ていたら、スポーツコーナーで多田野が3勝目を上げた試合を紹介していて、妙に気分がハイになる。多田野の投球フォームはセクシィだと思う。さすが2chome 出身の「アス」リートだけある。。
posted at 23:30:06



今日は猫スポットを発見してひとつの達成感を感じた
posted at 23:44:44

2010年5月20日(木) プーケット 47歳
 
プーケットの夕焼け


プーケットに来ています。


2008年5月20日(火) チェンマイ 45歳
 
仏誕節前夜のクン・ドーイ(ドイステープ寺院参拝)


5月19日月曜日はタイの祝日でした。こちらタイでは旧暦6月の満月の日を
「仏誕節(ワン・ウィサーカブーチャー)」として祝う習慣があり、19日がその日だったのです。お釈迦様が生誕し、成道(悟りを開くこと)し、入滅した日として、この日はタイ上座部仏教でもっとも大切な日とされています。そしてチェンマイではその前夜、近郊のドイステープ山の頂上にあるドイステープ寺院に歩いて登ってお参りする「クン・ドーイ」という行事があってこれに参加してきました。長い距離を長時間かけて歩いて参拝することによって徳を積むという意味があるようです。



登る途中の動画映像です。暗くて見難いのはご容赦を。
ドイステープ寺院はチェンマイ市西方のドイステープ山に位置し、標高が1676m。仏舎利を収めた仏塔は金色に光り輝き、天気のよいときは、チェンマイ市内からもくっきり見えるほどです。寺院までは麓のチェンマイ動物園から約11kmの道のりで、道路は舗装されています。私はドイステープ寺院には今まで3度お参りしていますが、交通手段はいずれも自動車かバイクでした。今回、初めて歩いて登ったのでした。


アパートからファイケーオ通りを20分ほど歩いて午後8時過ぎにチェンマイ大学に到着すると、すでに大勢のチェンマイ市民が山のほうに向かって歩き始めていました。タイ人が長い距離を歩いているのを見たことがなかった私は、この光景には強いカルチャーショックを受けました。なにしろ沿道は道の幅すべて、人ひとひとで埋め尽くされているのです!信仰の力をまざまざと感じました。そして老若男女という表現がこれほどふさわしいと思ったことはないほどいろいろな階層の人がいました。子どもから若者からお父さんお母さんから壮年層まで。また制服や体操着を着て学校行事で来たとおぼしき高校生、大学生もたくさん見ました。もちろん修行中のお坊さんも。


象さんの模型やら山車(だし)やらにのせて歌舞音曲の類もにぎやかでした。スピーカーからは大音量でお坊さんの説法も聞こえてきました。これがタイなのか、と感心しました。


私は、はじめのうちは物見遊山な気持ちであちこちきょろきょろ見ながら歩いていたのですが、なにしろ人が多いので途中で止まることすらままならないのと、地面のアスファルトの硬さで、たちまち余裕がなくなり、疲労が蓄積してきました。何しろ11kmもあるのです。歩き始めからの距離も合わせると13kmくらいになり、これは渋谷から多摩川近くの私の実家までと同じくらいの距離なのです!はじめの5kmくらい(1時間ほど)で早くも気持ちはめげてきました。


ところがタイの人たちはぜんぜん普通に歩いています。途中休む人はもちろんいますが、みんな歌を歌ったり笑ったりしながら楽しそうに歩いていました。途中マラソンの給水ポイントみたいに水や軽食を無料で出してくれる場所があるのですが、皆わいわいやりながら、そのポイントで休息しながら、各々のペースで寺院を目指しているようでした。

そして登ること、なんと4時間半!!


ついにドイステープ寺院に到着しました。
時間はすでに深夜0時をまわっていました。とにかく人の数は尋常ではありません。実は寺院の入り口でタイ語学校の同級生の女性と待ち合わせしていたのですが、あまりの人の多さに会えずじまいでした。迷子も続出していたんだろうな、と思うほどでした。










おしあいへしあい、まるで正月の明治神宮のような人ごみの中、寺院の階段を登り、参拝しました。
仏塔のまわりを3周すると功徳があるというので、3周回っていちばんフロントにある仏像に拝みました。
そして帰りました。


さすがに疲労こんぱいだったのでソンテウに乗りました。登りは4時間半かかりましたが、下りは20分で降りてきましたとさ(笑)。

大変疲れましたが、本当に貴重な経験をさせていただきました。


でもあれだけ人がいたのに(おそらく十万人近い人出だったでしょう)、観光客にはほとんど会わなかったことを最後に書いておきます。ファラン(白人)に何人か会っただけでした。日本人には会わなかったです。


2007年5月20日(日) 東京 44歳

The Rock のフィギュア



先日バンコクのチャイナタウンのサンペンレーンのフィギュア専門店にて、The Rockのフィギュアを購入しました。別にマニアというわけではないのですが、プロレスラーものがたくさんあり、見た目が好かったので思わず5体ほど買ってしまったというわけです。これから折りを見て買い足していく積もりです。


2005年5月20日(金) 東京 42歳

[新・日本語] 鬼バック

真夜中、キャバクラ嬢の送りの仕事で、本鵠沼の住宅街の奥のほうのくねくねした路地を走っていた。
すると道に迷ってしまった。しかも行きたい方角は進入禁止の逆一方通行だ。わたしはUターンすると見せかけて50メートルほどその道路をバックで逆走し、違う路地に曲がり前進した。
「うそー、鬼バックじゃん、超ウケルんだけど」同乗していた19歳の女の子が言った。

鬼バックってなに?!そゆ日本語あるんだー。。。


2005年5月21日(土) 藤沢 42歳

どんとこい 遊行寺春の音祭りでパスカルズ初体験!


藤沢の遊行寺でパスカルズを見ています。石川浩司さん、ノリノリで最高ですー!

時宗総本山遊行寺。

正式名を「藤沢山無量光院清浄光寺」という。時宗の開祖一遍上人から数え、四代目の呑海上人が1325年、建立した。
一遍上人というと「踊り念仏」。700年近い時宗の歴史を経て、現代に「踊り念仏」が復活したのか。

どんとこい 遊行寺春の音祭り

2000年1月にハワイで亡くなったミュージシャンのどんとの魂を偲びトリビュートするライブイベント。今年で5回目の開催になるらしい。
フラダンスがあったり、元たまの石川浩司さんの超絶ダンスがあったり(笑)、いいもの見せてもらいましたー、って感じかな。どんとって生前ほとんど縁のなかった人だけど、こんな風に一遍上人ともつながって魂を感じることができてうれしいな。ここへ来たのも何かの縁なんだろうな。

(mixi日記の石川浩司さんのコメント)
どんとの魂が僕を踊らせました。変な動きをさせやがって〜(笑)。



(今週のおまけ)
これを書いている2013年5月21日夕方。毎週火曜日更新のニヒル牛石川ある「紹介日記ディープ」がアップされてました。「くだらない話をしてもいいだろうか?」というお題で、シャネルについて書かれています。あるさんの「シャネルってどう思う?」と読者の皆さんに問いかけの言葉があります。「エロさんや石川浩司やデニスは解答しないでいいや」と、はなからニヒル牛マガジン界隈の男性陣は解答不要を宣告されてました。

あれ、この5〜6年で、シャネルについて、なんか書いたことあるかなー?、と自分のブログやmixi 日記のログを振り返ってみました。すると、いくつか、HIT してきたので、それをここに紹介します。


2007年11月1日(木) 東京 45歳



夜、神田の居酒屋で飲み食いしてから某変態ハプニングバーへ。
今夜はお客さんも少なく静かな夜だった。最近急速に親しくなったSさんと映画談義、演芸談義で盛り上がる。原正孝と森田芳光が実験映画時代いかに斬新で天才的な作品を撮っていたかをSさんに熱く語られる。産地直送のサザエとイカなど食す。美味なり。

ママにシャネルの口紅を貰った。いつか女装するときに試してみよう。

常連客のBさん(男性)に凌辱されそうになった(苦笑)。4時32分発の山手線始発電車で帰る。


2007年5月15日(火) 東京 44歳



祖母から形見分けしてもらった母のシャネルバッグ。かなりなオールドモデルと思われます。
ほとんど使っていないので金具の繋ぎ目の状態も良好。
形見分け、と言っても祖母はまだ生きてますがww。だから単に「もらった」と言うのが日本語として正解なのでしょうけど。

いつかパーティーで女装するときに持っていこう。


以上、2件ヒットしました。シャネルのルージュ、もしかしたらメイク道具の中に紛れ込んでいるかもしれません(爆)。シャネル、好きですー。あるさん、お食事レポ、楽しみにしています。






《1年前の今頃の記事》
[chapter 8] ディスアポイントメント - ハテルマ イロマンゴ DISAPPOINTMENT-HATERUMA ERROMANGO
http://rive-gauche.jugem.jp/?eid=10
2017.04.27 Thursday

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