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2013.05.15 Wednesday

[chapter 59]  トンブリの運河にて/ 五・一五事件の檄文を読む/ ヒュンダイのショベルカー/ 仏教寺院の補修工事/ ヴィエンチャンへの旅の思い出/ ある思考実験/ 姉妹デュオ Fiomilyほか







[近況] 12日の日曜日はアパートから5kmほど離れたところにあるバーンシラピンを訪ねてきました。ここはバンコクヤイ運河沿いの昔の水上家屋を現代に再現した施設で、タイの伝統舞踊のショーとその説明があったり、仮面に色づけするワークショップがあったりして、けっこう楽しめました。
トンブリ王朝時代はこの付近は、運河が多く張り巡らされ、水運都市だったことが実感できました。しかし、チャオプラヤ川を渡ってそれほど離れていないのに、ローカル情緒があるのが不思議でした。ここで買い求めた絵葉書をニヒル牛マガジン箱宛に送りましたので、お近くの方は(そうでない方も)観に来てください。(WEBから現実にはみ出すブログです)








 五・一五事件
一九三二年五月一五日、橘孝三郎をリーダーとする海軍青年将校ら18人が首相官邸に乱入し、犬養首相を射殺した。また、少し遅れて、別部隊が内大臣邸、政友会本部、警視庁などを襲撃した。地方でも呼応する暴動があった。事件はまもなく鎮圧された。来日していたチャールズ・チャップリンも巻き添えになりかけた。
この事件により内閣は倒れ、海軍の斉藤実を首班とする軍閥色の強い内閣が組閣され、政党政治は終焉を告げた。
五・一五事件「檄文」
日本国民に檄す
日本国民よ!
刻下の祖国日本を直視せよ、政治、外




交、経済、教育、思想、軍事、何処に皇国日本の姿ありや。 政権党利に盲ひたる政党と之に結托して民衆の膏血を搾る財閥と更に之を擁護して圧政日に長ずる官憲と軟弱外交と堕落せる教育と腐敗せる軍部と悪化せる思想と塗炭に苦しむ農民、労働者階級と而して群拠する口舌の徒と…日本は今や斯くの如き錯騒[綜]せる堕落の淵に死なんとしてゐる。革新の時機!今にして立たずんば日本は滅亡せんのみ。
 国民よ!武器を執つて立て、今や邦家救済の道は唯一つ「直接行動」以外に何者もない、国民諸君よ!
 天皇の御名に於て君側の奸を屠れ!
国民の敵たる既成政党と財閥を殺せ!
横暴極まる官憲を膺懲せよ!
 奸賊、特権階級を抹殺せよ!
 農民よ、労働者よ、全国民よ祖国日本を守れ!
而して、下の聖明の下、建国の精神に皈り国民自治の大精神に徹して人材を登用し朗らかな維新日本を建設せよ。
民衆よ!
この建設を念願しつゝ先づ破壊だ!
凡ての現存する醜悪なる制度をぶち




壊せ!
偉大なる建設の前には徹底的な破壊を要す。
吾等は日本の現状を哭して赤手に魁けて諸君と共に昭和維新の炬火を点ぜんとするもの。
 素より現存する左傾、右傾の何れの団体にも属せぬ、日本の興亡は吾等「国民前衛隊」決行の成否に非ずして吾等の精神を持して続起[蹶]する国民諸君の実行力如何に懸る起て!起つて真の日本を建設せよ!
   昭和七年五月 海軍青年将校
 不況による失業者急増、政財界の腐敗、国際情勢不安、外圧、エネルギー危機、食糧危機、等々、当時青年将校が檄文を発する背景には想像を絶する絶望と困難があったのだと推測される。この檄文を今日読むとき、軍部暴走の恐怖と嫌悪の感はあるものの、大震災と原子力発電所からの放射能漏れという未来の見えない現在の閉塞状況と重なる理由から心情を察することはできなくはない。しかし武力による暴力革命は到底容認できることではないが。





  「断腸亭日乗」 永井荷風
五月十五日。晴れていよいよ暑くなりぬ。晴下銀座に往きて夕飯を食す。日曜日なれば街上の賑ひ一層盛なる折から号外売の声俄に聞出しぬ。五時半頃陸海軍の士官五六名首相官邸に乱入し犬養を射殺せしと云ふ。警視庁及政友会本部にも同刻に軍人乱入したる由。……然れども兇漢は大抵政党の壮士又は血気の書生等にして、今回の如く軍人の共謀によりしものは、明治十二年竹橋騒動以後骨て見ざりし珍事なり。或人日く今回軍人の兇行は伊太利亜国に行はるゝフワシズムの摸倣なり。我国現代の社会的事件は大小となく西洋模倣に因らざるはなし。伊国ファシズムの真似事の如き竜も怪しむに足らずと。或人又日く。暗殺は我国民古来の特技にして模倣にあらず。往古日本武尊の女子に扮して敵軍の猛将クマソを刺したる事を見れば、暗殺は支那思想侵入に先立ちて既に行はれたるを知るべしと。この説或は正しかるべし。
 荷風の日記を読むと、犬飼首相の暗





殺は意外にもそれほど衝撃をもって受け止められていないことがわかる。前年の橋本欣五郎のクーデター未遂(十月事件)、そしてこの直前に血盟団事件があったので、軍部による政財界の要人を狙った五月一五日の暗殺テロは驚きに値しなかったのだろうか。





 ヒュンダイのショベルカー
ラオス・ヴィエンチャンのメコン川河岸の緑地公園にて。
男の子は誰でもそうだと思うが、私も子供の頃から工事車両が大好きで、ダンプカーやパワーショベルが土木工事していると、目が釘付けになったものだった。大人になり、一時期、高所作業車やダンプカー、ユニック車、アルミバンなどをリース会社から工事現場まで陸送するアルバイトをしたことがあるのだが、毎日いろいろな種類の工事車両を運転できて天国だった。その頃デジカメがあれば、撮りまくっていたんだろうな。








 仏教寺院の補修工事
ラオス・ヴィエンチャンの仏教寺院にて。補修工事で屋根瓦を下から投げて渡す映像。
 ヴィエンチャンへは十回近く行っている。主にタイのツーリストビザ取得のためのビザランであった。チェンマイからウドンターニー行きの夜行バスに乗ると早朝到着する(所要時間十二時間)。バスを乗り換え、そこから国境の町ノンカイまで向う。そこまで約一時間。そして陸路で国境を越え、ヴィエンチャンへ行く。しかし、タイ大使館のビザ申請受付が午前中で締切りなので、いつもぎりぎり間に合うかどうかというスリルとサスペンスフルな旅だったことが思い出される。






 ある思考実験(二〇〇四年五月一五日)
不図、思いついたこと。
戦争のニュースをコピぺして、固有名詞の部分に自分の身近な地名や有名人の名前、物の名前に入れ替えてしまう。その時に何を感じるか、何に直面するか。たとえば―――
聖地で戦闘続く=民兵と米軍、廟挟み対峙−イラク
 【カイロ13日時事】イスラム教シーア派強硬派の民兵組織「マハディ軍」と米軍との戦闘が続く中部の聖地カルバラでは13日も交戦があった。死傷者の有無は不明。
 カルバラやその南方にある聖地ナジャフなどではこの数日、断続的に激しい戦闘が発生。カルバラでは12日朝にかけての戦闘で、民兵側が少なくとも20人を殺害されるなど、劣勢に立たされている。
 ただ、民兵を率いるサドル師は抵抗をやめる意思を見せておらず、民兵と米軍は依然として、市内にある2つの廟(びょう)を挟む形で対峙(たいじ)している。 (時事通信)

この記事の固有名詞を適当に入れ替えてみる。









 聖地で戦闘続く=民兵と米軍、廟挟み対峙−日本
【東京13日時事】国粋右翼強硬派の民兵組織「国龍武烈軍」と米軍との戦闘が続く京都では13日も交戦があった。死傷者の有無は不明。
 京都やその南方にある聖地奈良などではこの数日、断続的に激しい戦闘が発生。京都では12日朝にかけての戦闘で、民兵側が少なくとも20人を殺害されるなど、劣勢に立たされている。
 ただ、民兵を率いる鈴木邦男氏は抵抗をやめる意思を見せておらず、民兵と米軍は依然として、市内にある2つの廟(びょう)を挟む形で対峙(たいじ)している。 (時事通信)
 村上龍の「五分後の世界」みたいだ。息がつまりそうになる位の恐ろしい世界。戦争が続き、本土決戦が行われた、という可能世界の側から物を考えてみるという事。そう、日本の国土が攻撃されることはありえない話ではないのだ。








YouTubeでいっぱいカバー曲をアップしているドイツのアマチュア姉妹デュオ、Fiomily。時間の経過が映像に定着されている。

2017.06.26 Monday

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