ARCHIVE  ENTRY  COMMENT  TRACKBACK  CATEGORY  RECOMMEND  LINK  PROFILE  OTHERS
<< April 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>
<< [chapter 53] 香りの記憶/ 「細雪」の列車シーン/ 新橋第一ホテル/ シンクロニシティー/ 「攝州合邦辻」に登場する俊徳丸について / タイの水道水/ 新藤兼人「愛妻記」/ どうでもいい疑問 / 自由業・引きこもり・高等遊民ほか  | main | [chapter 55] プーケットのパトンビーチにて >>
2013.04.10 Wednesday

[chapter 54] ひよこ八羽半/ 全裸と超全裸について/ モネ「庭の女たち」 について/ 花島優子/ 天使と鼻キッス/ L.H.O.O.Q./ ハナレイ・ベイ( 村上春樹)/ 私に何か用?/ 兆民の「三酔人経論問答」に見る思考実験の重要性ほか


songkran at Khaosan road, Bangkok Thailand (April 13, 2006)

もうすぐ、タイの旧正月、ソンクラン(水掛け祭り)です。(4月13〜15日)


1980-1999-2001-2005-2008--2009-2010-2011-2012-2013  4月1〜28日 圧縮並行日記 *画像をクリックすると拡大表示します。
1980年4月1日(火) 東京 17歳

渋谷屋根裏でシーナ&ザ・ロケッツ 3DAYS、1日目。屋根裏初のオール・スタンディング・ギグらしい。縦ゆれヘッドバンギングで2時間。浅田孟の目の前50cmのところで彼のピッキングを研究。やはりダウンアップだった。もりあがりすぎてしまいにはベースの1弦(1番太い弦)を切っちゃうほど。ベースの弦が切れるなんて初めて見たよ。
鮎川さんの名言集("Hot Line"を演奏する前の曲紹介のところで)「こないだロスに行ってきたけどほんなこつ、たいしたこたぁなかった。馬が車に代わったくらいで・・・」会場大ウケ。


1980年4月10日(木)

今日から授業。休み時間にアホ仲間とダベリング。「スネークマンショー」(TBSラジオ)で前日かかったセレクターについての談義。2トーンレーベル(UKスカ)って、N彦やK保はインチキだというけど、俺はポーリン・ブラックって、なかなか可愛いと思った。N彦が「NO NEW YORK」を買って、坂本龍一イチオシのDNAが救いがたくノイジィでいたたまれなくなるって。どれもこれもアヴァンギャルドしていて、いちばんまともなのが、ジェームス・チャンスとコントーションズだって!ゲッ!!だよね。
(メモ…なつかしい名前が出てきました。このアルバムは今も愛聴しています。DNAのアート・リンゼイは後年、坂本龍一とコラボレートしていることはご存知のとおり)

1980年4月13日(日)

朝10時フジテレビ「HOT TV」を観る。勝ちぬきバンド合戦、SKIN。POPな8ビートニューウエーブ、期待できる。ベースはダウンピッキング。マイルス・デイビスみたいに腰ぐらいの高さにスタンドマイク立てて、下を向いてシャウトするボーカルのタコ踊り。いいよぅ。曲のタイトルは『満足できない!』。

午後、歌舞伎町ACBに、無理心中、NOISE、S−KEN、突然段ボールを見に行く。
無理心中は全員女でジャンプスーツにサングラスのいでたち。演奏はまだまだ下手だけど、曲はとても面白い。「♪よだれを垂らして女を見つめる、よっぱらいはみんな死ね!」かっちょいい!!
NOISEは「音の壁」。フィル・スペクターが楽音のウォール・オブ・サウンドならば、このバンドは雑音のウォール・オブ・サウンドなのではないかっていうような。なんか、心がどよーんと重くなっていくのでした。男女2人組(男性は工藤冬里か?)。女性のレザーのミニスカートが目を惹いた。
S−KENは2回目だけど、東京ロッカーズ系のバンドの中では最高の洗練がある。ダブルキーボードの右側のほう、ディップで髪をツンツンにかためたパンクヘアの女の子はいつもプラスチックスのコンサートに来ている子じゃないか?(のちに、坂本みつわだと判明)左側のキーボードの女の人は、あと1年でおばさんになってしまいそうな中年増だけど、ルイーズ・ブルックスみたいなボブカットが可愛いんだよ。年増のボブってそそるねー。コルグのエレピの音が、エコーかけてスコーンとぬけてて気持ちいい。S−KENこと、田中唯士の着ているズートスーツは、救世軍で1000円で買ったものらしい、ってN彦が解説していたが、どうしてそんなこと知ってるんだ!!
そしてトリは突然段ボール。これぞ俺の求めていた音楽であった!冗談、ユーモア、おふざけ、ニヒリズム、奇をてらう、・・…それらすべてを内包しMIXしたような音像。ニューウエーブとビージー4の中間地帯を行くような。演奏の下手さは学ぶべきものがある。アマチュアでもコンセプトがかっこいければ、いいものができるんだ、と目からウロコ状態だった。これからも追っかけていきたい。

1980年4月28日(月)

ラフォーレ・ミュージアム原宿で、ロンドン、NYのニューウエーブのビデオクリップ集を昼から7時間くらいぶっとおしで見る。あまりに良いので途中S田に電話して呼び出すほどだった。島武実目撃。YMO(第1回目のLAライブ'78)、ブロンディー、ブームタウン・ラッツ、999(ストラップの長さサイコー)、ストラングラーズ、デッド・ボーイズ、ジョニー・サンダーズ、ニック・ロウ、エルビス・コステロ、イアン・デューリー、リーナ・ラヴィッチ、ニナ・ハーゲン、B−52's、スペシャルズ、クラッシュ、ザ・ポップ・グループ、…とにかく凄い!!今見たいバンドがすべて出ている。その中で今日の収穫が2つあって、その1つ目は、モデル・シチズンズ。なにしろ、編成が変わっていてラテン・ビッグバンドっぽいんだよね。マリンバ叩きながら、女の子が歌うの、キューンとなったよ。新しもの好きのアンテナがピピピと動いた。もう1つは言うまでもなくスリッツ。これはもうただただ最高。どろどろ溶けて3人のグルーピーになりたいよ〜ん!もう凄いんだから。マイケル・アルバートとドン・レッツが制作していると思うんだけど、あの「CUT」のジャケットのまんま、泥だらけのトップレスのネイティブ・アフリカンみたいなスタイルで、ピカデリー・サーカスに登場しちゃうの。もう半裸なんてもんじゃないよ。で、次にそこで衆人環視の中、洋服を着替えたりする。と思ったら、レッドライトで、マリファナの匂いと煙りが目に痛そうな、レゲエディスコでダブで踊る3人、に場面が切り替わり。最後は真っ昼間のハイドパークでカラオケに合わせて楽器を弾き、口パクで踊りまくる。これがもうサイッコーにばかカッコ良い!!!
2010年4月6日(火) 東京 47歳


今年3回目の「天使」イベント。鼻キッスを注文。引き攣っている私(笑)。

2005年4月6日(水) 東京 42歳

[読書] 東京奇譚集2 ハナレイ・ベイ/ 村上春樹(新潮2005年4月号)

印象的なカウアイ島と東京のカットバック。
短い小説の中で場面が数回、東京とカウアイ島の間を往復する。そのときに感じたもの。

ハワイと東京のあいだの気圧の差、気温差、湿り気の差、発語した言葉が地上に落ちていく速度(空気に吸い込まれる速度というか?)の差、聞こえてくるノイズとそれを意図的にカットするカクテルパーティー効果を持つ耳の機能、等等。ハナレイベイの風の音が聞こえたような気がした。描写のどこかに五感を刺激する言葉が潜んでいるのだろう。

小説をあまり主体的に読まないので読んだ先から忘れるんだけど、数年前に読んだ同作者の幽霊が出る短編、なんていったっけ?あ「レキシントンの幽霊」か。ちょっとだけあの作品を想起した。

謎のセンテンスがひとつだけあったので書くね(ネタばれゴメンナサイ)。

アメリカ人のボーイフレンドもできた。俳優志望のハンサムな黒人だった(後日『ダイバード2』に彼が脇役で出演しているのをサチは目撃した)。

これがだれかを想像するのも小説の楽しみかもしれない。後世の研究者はこの一文から時代設定など細かい内容を算定するのだろうか。まぁどうでもいいんだけどね。

2012年4月11日(水) バンコク 49歳

「波照間エロマンガ島のチャオプラヤ左岸派」[chapter 2] エロマンガ島から遠く離れて
Loin du Erromango http://t.co/gRgKbRv 更新しました。
posted at 01:13:54

朝起きたときから疲れている
posted at 08:51:55

今日明日なんとかしのいで大型連休で羽根をのばしたい
posted at 08:53:06

水シャワーで気分がしゃきーんとなる
posted at 09:04:50

「en-taxi」の「三島由紀夫没後35年実感特集」をぱらぱらとめくっていたらあるコラムに渡辺和博のイラストが添えられていた。あれ、あの人いつ亡くなったんだっけ?と思い検索すると2007年2月6日だった。この号が発行されたのが2006年12月。死ぬ間際まで仕事していたのだな、と。
posted at 09:43:16

あ、もう行かなきゃ
posted at 09:43:56

L.H.O.O.Q.
posted at 19:32:01

けっこう涼しい夜風が吹いているのに、帰宅して部屋に入った途端、汗だくになるのは、チェンマイではなかったこと、それだけがバンコクに住んでいての不満である。(いや、不満はもっとあると思うけど、とりあえず言葉の勢いでそう書いてみた)
posted at 21:49:17

某国境のイミグレーションにて。初老の男性が自転車用ヘルメットにゴーグルをして並んでいた。ご存知のようにイミグレでは本人確認のため、カメラに向かって脱帽でポーズをとらなければならないのだが、その男性はヘルメットもゴーグルも一切とらずにパスしていた。国家の要人なのか? 謎の男だった
posted at 21:55:27

100パイパーウィスキーのペプシ割りをいただいております。
posted at 21:56:17

お金を貯めてヤマハのFINO(バイク)を買おうと思っていたのだが、カブもいいなと思い始めている。以前、FINOをレンタルして、チェンマイから200km離れたパヤオ県にツーリングに行ったとき、尻が痛くなったことを思い出したのだ。
posted at 22:03:51

猫欠乏症、映画欠乏症、人肌欠乏症、B級日本料理欠乏症・・・、
posted at 23:09:57

洗濯物干し完了。寝てるあいだに雨降りませんように。。。
posted at 23:10:53

スギちゃんって今さっきまで知らなかった(相変わらず、浦島太郎状態)
posted at 23:43:23

2012年4月12日(木) バンコク 49歳

BTSの運賃が高いのでせめて帰りだけはバスに乗って帰ってくるようにしている。
posted at 09:35:02

今日一日働いたらいよいよソンクラン連休。
posted at 09:37:20

駅で知り合いにばったり会った。チェンマイではそういうことは日常茶飯事であったが、引っ越してきてまもないバンコクでそういうことはまだあまりない。これから増えていくのだろうな。
posted at 11:22:59

チェンマイのゆるい時間を思い出したら、懐かしくなって帰りたくなった(「行きたくなった」ではないところ、重要)。
posted at 11:26:31

夕方までに報告書2つ、提案書1つ仕上げなくてはならず、なにげにプレッシャーを感じている。ツイッターして気を紛らせている
posted at 11:45:46

小林幸子(58)の夫の林明男氏は49歳か。ほぼ同年輩なり。いくら熟女好きの私でも小林幸子を選ぶことは考えにくい。(でも、ひとの好悪の感情は奥深いなァ
posted at 12:11:31

嬌声が聞こえる。始まったか、ソンクラン。(まだ仕事中)
posted at 19:36:53

ホルモン鉄道の某メンバーの人とマイミクになった。
posted at 19:47:22

ま、まずい。またしても鼻歌で「包茎ジョナサン」が自然に口をついて出てくる。
posted at 21:27:28
1999年4月15日(木) 東京 36歳

モネ「庭の女たち」について

オルセイ印象派展(日経・文化欄)より〜



オルセイ美術館最上階に印象派の作品が並ぶコーナーがある。モネの初期(27歳)の野心作「庭の女たち」はそれらとは別格の扱いで1階の一番奥の壁面に飾られている。

壮大な画面



あまりに大きなキャンバスのため、モネは作品の上の部分を仕上げるのに庭に大きな穴を掘り、滑車とロープで吊り下げて絵を描いたという。
3人の女性はみな一人の女性がモデルと言われている。後に妻となるカミーユである。いくつか不思議な時間の層が宿っている。
モネはそのころ、パリ西部の閑静な住宅地、ヴィル・ダブレイに住んでいた。この絵はその家の庭で描かれたが、モネに無関心でおられなかった写実主義の巨匠、クールベが興味津々の面持ちで仕事を時々のぞきに来た。クールベはモネの戸外での制作に反対していたがモネはまったく言うことをきかなかった。しかしモネは陽光の射さない間は決して画面の木の葉に絵筆をつけないことにクールべは驚きを隠さなかったという。



1860年代、モネといっしょに活動したフレデリック・バジール
(1840−70)の大作「家族の集まり」。

「庭の女たち」があまりにもざん新すぎて国家主催展覧会(サロン)に落選し、バジールがこの絵を買い取った。バジールの死後、父がマネの持つ息子の肖像画と交換した。
さらに月日が経ち、モネがマネと絶縁すると、モネはこの作品を取り戻した。1921年、モネはこの絵を20万フランという高値でフランス国家に買い取らせ、大いに溜飲を下げたという。

------

この記事には大いに知的刺激を受けた。
想像力を働かせてモネの制作の現場、制作態度に近づいていけたらいいな。将来、原書の資料に当たり、研究してみたいテーマでもある。
それは推理小説の≪謎解き≫のようにカタルシスを伴う「俗っぽさ」がいい。NHKの「歴史への招待」や「堂々日本史」や司馬遼太郎のような了見で十分だと思う。
それと、庭に穴を掘って作品を制作する
というのはビジュアル的にもとても面白い。


2001年4月9日(日) 東京 38歳

[形而下的] 全裸と超全裸 (XとYの会話)

(普段考えていることを問答体で書いてみました)

X「全裸っていうのは、すっぱだかのことを言うんだけど、『超全裸』って知ってる?」
Y「知らない。何それ?」
X「『超全裸』っていうのはね、ふつうすっぱだかになっただけでは見えないところを、手で広げて見えるようにすることを言うんだ」
Y「それは女のこと?」
X「いやぁ、女も男も『超全裸』はありえるよ」
Y「???」

おそまつさまでした。くだらなすぎる……(笑)。


2002年4月11日(木) 東京 39歳

私になんか用?

机に向かって仕事をしていた。
集中して疲れたので、ちょいと顔をあげてあーっと伸びをうった。
すると視線の先に斜め前の席の女性社員が見えた。
2秒も見てなかった。
目をそらす0.01秒くらい寸前に彼女と目が合ってしまった。
すかさず彼女の突っ込みが入った。
「なに?文句ある?私になんか用?」
「・・・・・・」(絶句)
(見てないって!たまたま目に入っただけっつーの!)
でも、その会話を楽しんだ。わたし強気な女に弱いの。マゾキストだから(爆)。
ちなみに彼女は21歳です(笑)。

2001年4月10日(火) 東京 38歳

[芸能] ひよこ八羽半

さて、ここで唐突ですが、クイズです。「ひよこ八羽半」。これはなんのことでしょう?

答えは、

故・ディック・ミネのおちんちんの大きさを形容する
表現だって(笑)。
(ソース・浅草キッド「お笑い 男の星座」)

つまり、ひよこが八羽と半分乗っかるほど、巨根だったということだ。
おちんちんにひよこをのっけるという比喩が可愛らしいじゃないですか!(下品スマソ)


ディック・ミネ……昭和期の流行歌手。芸能界髄一の巨根の持ち主として「3ドブン」という隠語の創始者の伝説がある。
温泉を巡業中、ディックが風呂に入るところ、脱衣所で同僚が「ドブン」という音を3回聞いたという。つまり湯船に入るとき、右足、左足、そしておちんちんが、湯につかるとき音がでたというのだ!以来、巨根の人を「三ドブン」と呼ぶようになったとか。
わたし的には日本最古のオペレッタ映画『鴛鴦(おしどり)歌合戦』(1939年マキノ正博監督作品)でのバカ殿役がめっちゃ好きである。



かつて「美少女仮面ポワトリン」で全俺をトリコにした、花島優子のもうひとつの代表作といえば「日清食品 中華らうめん」のCM。これが「鴛鴦歌合戦」のパロディーとなっている。
こちらからどうぞ。
2009年4月12日(水) 東京 46歳

[公演] 天使〜石川浩司ボツ曲祭〜緊縛師匠BDパーティー

あと2日でタイに戻りますー。

ここのところ連日の午前様です。またまた「天使」に行ってきました。今日もたくさんリクエストしました。印象に残ったのは20時の終了ぎりぎりにやった指相撲。見事天使に勝ちました!!(だから?は?という読者の声が聞こえてくるようですがw)

それから場所を移動して石川浩司ボツ曲復活祭。存分に石川浩司の世界を堪能してきましたよ!

ライブが終わりお友達の皆さんと談笑したあとは、その場を辞去し新宿のフェティッシュバーMADDERで行われた緊縛師有末剛さんの誕生日パーティーに行きました。約1年ぶりに先生とお会いし、いろいろ話しました。有末さんはますます男の色気が増してカッコよかッたです。旧知の知人友人たちとも再会して楽しい宴でした。しかし、石川浩司ワールドと有末剛ワールドのなんと異質なこと。構成成分は水と油以上に異なります。でも、どちらも超素晴らしい芸術家の個性だと確信します。


鈴木さつき氏による渾身の芸術作品。(以上、帰宅途中の丸ノ内線にて記す)

2008年4月24日(木)
成田 45歳

今成田空港です。これから1年間の語学留学に行ってまいります。mixiは続けますんでこれから先の更新は留学日記と相成ります。

それにしてもここまでたどり着くのに尋常でないエネルギーを使いました。残務処理ほかもろもろで。ワクワクドキドキというよりも疲労こんぱい、へとへとに疲れきっています。何十回と乗ったバンコク便ですが今回は感慨が違うだろうなと予想していたのですが、さにあらず、今はすぐに眠りたいだけです。

まずは学校が始まる5月6日まではゆっくり英気を養い休息したいとぞんじます。では次はバンコクからお送りいたしますね。行ってきまーす。
2008年4月2日(木)東京 45歳

[雑記] 規則正しい生活をする身体的幸福感

私、波照間エロマンガ島は3月15日に14年3ヶ月勤めた会社を退職いたしました。それからあっという間に半月が経ってしまいました。

まず気づいたことはというと、

夜勤の仕事がいかに肉体と精神を蝕んでいたかということ。

私は夕方5時に出社して朝9時に退社する1日16時間勤務のシフトでした。これを1日おきのサイクルで14年間働き続けてきたのです。お正月、お盆、大型連休はいっさい関係なし。世間が休みのとき(土日祝祭日)には昼間も仕事していました。交代制で誰かしら会社にいなければならない仕事だったのです。1年の半分は銀座の会社に寝泊り(仮眠は数時間できる)し、休暇は同僚とシフトをチェンジしていただいておりました。つまり、自分が休んだ分は、別の機会に連続勤務して埋め合わせるというかたちだったのです。

しかもこの夜勤の仕事が非番のときには、深夜横浜のキャバクラのホステスさんを自宅に送る運転手の仕事や、日中大人のおもちゃをラブホテルに補充しに行く仕事をしていた時期もあり、正直言って身体はぼろぼろでした。
ただ夜中起きて昼間寝るというのだったらふつうの昼夜逆転の生活ですが、私は昼間も何かやっていたので不規則極まりなかったのです。

実感するのは、夜寝て朝起きるという天体の運行に従った生活がいかに身体と心にやさしく、幸せかということです。
最後の2〜3年は惰性だったという反省もあります。貴重な一度きりの人生なのに辞める決心がつかなかったこともありました。

今、海外への引越しの準備をしていて、いろいろなものを捨てることをしてとても調子がよいです。引越しって健康を快復するのには最高の機会だなぁとしみじみ思うしだいです。

それにしてもあの仕事を辞めて、本当によかった。それが本心です。定年までやっていたらきっと病気になっていたでしょう。
お金にも何よりも換えがたいのは健康だと痛感しています。
(NEWS) ニヒル牛マガジン箱にスクラップノートを置きます。4月9日に発送したので1週間くらいで着くでしょう。お楽しみに♪
2011年4月6日(木)チェンマイ 48歳

[雑記] 兆民の「三酔人経論問答」に見る思考実験の重要性

丸山眞男を読んでいて刺激を受けた箇所をノート。
それでは、問答体という点からみて『三酔人経論問答』の特にユニークな性格はどこにあるのでしょうか。こう考えて来ると、どうしても最小限度『三酔人』の内容に立ち入ることになりますが、今までの「法論」あるいはカテキズムのなかの代表的傑作を見ると、たとえば『三教指帰』にしても、一人は仏教を代表し、一人は儒教を代表し、一人は道教を代表する、という形になっています。『妙貞問答』では、一人は既成宗教――儒教であれ神道であれ――を代表し、片一方はキリスト教を代表するというふうになっています。ところが『三酔人』で登場する三人は、何かの特定の教義を代表しているのではない。(中略)
イデオロギー的にいうと、一人の発言のなかでさまざまに交錯しております。豪傑君の議論と紳士君の議論とを読みくらべてみても、まったく対立しているのでなく、非常に共通した面もある。紳士君が言っても少しもおかしくないような議論を、豪傑君が展開しているところもあります。むしろここに私は『三酔人』のユニーク性があると思うのです。この三人は、それぞれ実体的に、何かのイデオロギー的立場を代表しているのではなくて、この三人の対話を通じて複数の観点、色々な角度からのスポットライト、が投入されている――まさにそこに特色があると思います。ここで私のいう観点とは、「立場」とか、「世界観」というのとちょっとちがって、照明のあて方です。では何のために観点を複数に投入するのか、というと当時の日本が直面している問題の広さと深さ――この問題を解決するにはどれだけのことを考えなければいけないのか、あるいはこの方向に進むとこういう
谷に落ちるぞ、さりとてこっちへ行くとこういう川に流されますよという、そういう問題の所在、問題のパースペクティブを読者に示すためです。そのためにどうしても問答体をとらざるをえない。そういう複数のスポットライトを示すために問答体をとっている作品が、この書のほかに日本の思想史のなかにあるかというと、あまりないのではないかと思います。

丸山真男『忠誠と反逆』所収「日本思想史における問答体の系譜――中江兆民『三酔人経論問答』の位置づけ――」(1977年)
昨今の原子力発電について複雑に絡まりあった問題点を整理し、現状分析と未来への展望を切り拓けるのは「三酔人経論問答」のような≪問答体の思考≫ではないかと思いついた。
原子力発電はもう廃止して代替エネルギーに移行するべきなのか、それとも原発は日本にとっては止む無しなのか。
だとすれば今後二度と原発事故が起こらないためには何をしたらよいのか。電力会社とそのバックにある勢力がマスコミを支配し、言論の自由、報道の自由を隠蔽封殺していることを劇的に変えることは可能なのか、利権構造からの脱却は可能なのか・・・・・・、今までのイデオロギーに収束されない議論がこの問答体によって可能ではないかと思ったのである。(この項、未完)


2013年4月9日(火)バンコク 50歳

(すごく馬鹿なつぶやき) タイも北朝鮮もフランスもロシアも中国もインドも陸続きというのが信じられない。ということはつまり、行こうと思えば歩いてでもそれらの国に行けるということだ。

石川さんのHPの「ザ・レポート」に、ニヒル牛マガジン連載陣の講評が出ていた。ありがたいことです。 http://ukyup.sitemix.jp/re19.html

円安バーツ高加速! 10,000円=2,883バーツ↓2011年10月くらいは10000円=4000バーツくらいだったのにね。(1バーツ=2.5円) 隔世の感があります。




(今週のおまけ)
2013年4月9日(火)の出来事
2017.04.27 Thursday

スポンサーサイト

Powered by
30days Album
PR