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2013.03.13 Wednesday

[chapter 50] ジェリー・ルイスの足技研究(2)/ 幸福とは楽しき予想なり/ ジョン・ポール・ジョーンズ/ 尿管結石/ m-flo の新曲/ 「生きている小説」長谷川伸/ チェンマイでの音楽の楽しみ方 ほか  


ジェリ−・ルイスの足技研究(2)

「底抜け楽じゃないデス」(一九五八年)より。足技、相変わらず凄すぎ。

 細野晴臣さんがラジオで言っていたが、「ろっかばいまいべいびい」は、ジェリー・ルイスのこの曲()にインスパイアされて作ったらしい。






  「縁談窶(えんだんやつれ)」里見
 「いゝよ、わかつているよ。・・・ところでさ、西洋の諺に、・・・小父さんだつて、かう見えて、洋書の一冊や二冊は読んでいるんだからね、そのつもりでお聞きよ、ハツピイネス・イズ・ハツピイ・エキスペクテイシヨン、―幸福とは、楽しき予想なり、かね、さう云つた意味のことがあつたつけが、全くその通りだね。嫁入り前の人を捕へて云ふのは少し残酷かもしれないけれど、お前さんなんぞ、せめては今のうちに、うんとその『楽しき予想』をやつとくこつたね。どうもさう、いつもくよくよしてちやア仕様がないぢアないか」(一九二五年)
 里見というと「縁談窶」の同時期に上梓した「多情仏心」が好きで、よく読んでいた。小津安二郎の「晩春」以降の父娘ものの原典のような調子があり平明で読みやすい。
 さて、このくだりをおそらく踏襲しているシーンが小津安二郎の「麦秋」(一九五一年)に出てくる。原節子と淡島千景とのやりとりだったか。
「幸せなんて何さ!単なる楽しい予想じゃないの」
この台詞、今は失われた昭和二十年代のセンスを感じるのは私だけだろうか。(未完)





John Paul Jones

 ジョン・ポール・ジョーンズが「フィジカル・グラフィティー」から「プレゼンス」前後の時代、それまでの長髪を切ってステージに立った時の髪型が、かっこよくて好きだった。このジャズベースを弾く写真は、雑誌「ミュージックライフ」で観た記憶がある。もちろん当時はインターネットも動画サイトもないので、ラジオのロック番組か、ロック雑誌のレポートか、レコードのライナーノウツくらいしか、情報を得る機会がなかった。それらを貪るように吸収して、想像を膨らませたものだった。それはある意味、なんでも資料がすぐに手に入る現在よりも、幸せな時代だったのかもしれないと思う。とにかく、本物にたどりつくまでに多くの困難があったので、体験の濃さは他に較べることができないほど強かったのだ。1970年代にロックに夢中になった少年少女は何かはわからないが、ある共同幻想の中にあったのではないか、というのが最近よく考えることである。

 私が生のLed Zeppelin を体験するのは、時代がだいぶん下って、1996年のペイジ&プラント日本武道館公演まで観る機会はなかった。そのツアーにはジョン・ポール・ジョーンズは参加してないので、完全版ではないのが悲しいのだが。もちろん、すでに鬼籍に入っていたジョン・ボーナムもそこにはいなかった。(2013/03/10)





  尿管結石で聖路加病院へ
 それは唐突にやってきた。
昨日の朝、夜勤の仮眠から起きてしばらくすると、突然下腹部が痛み出し、立っていられないほどになり、もんどりうつほど悶え苦しんでしまったのだ。胃痛や腹下し痛とは違う初めて体験する痛さに、こりゃいかんと判断し、すぐに近くの中央区の休日診療所に行った。
そこで経過を話すと近くの聖路加病院を紹介され、救急の外来で診療してもらうことになった。
とにかく激痛が止まらなくてまっすぐ立っていられない状態。タクシーの運転手も気の毒そうに私の方をちらちらっと見ていた。
聖路加病院に着く。
休日の新患受付に人がいず手間取ったものの、なんとか診療してくれた。レントゲンを撮りその写真を手に持って先生の問診。レントゲンには写っていなかったが、血尿が出たという証言が決定打となって「それは尿管結石ですなぁ」と診断される。すぐにベッドに横になり、血圧を計り体温を計ると、いきなり女性の看護士さんに「それではずぼんをおろしてくださーい」と言われる。言われるままにずぼんをおろすやいなや、肛門に座薬を入れられた。何故だかすぽっと入ったね(笑)。
意識朦朧の中で小一時間程まどろむと、いつしか激痛が和らいでいった。その代り背中に鈍痛が広がっていった。先生に「どうですか、お気





持ちは」と訊かれると「背中が心なしか痛いです」と答えた。やはり腎臓と膀胱の間のどこかに石があることは確からしい。 結局、そこでは応急の処置にとどまり、数日以内に泌尿器科での精密検査を強く勧められた。 
 薬を処方され会社に戻る。その日は一時間早く退社し、夕方帰宅。すぐに横になる。朝まで12時間以上睡眠をとった。ほんとに久々にぐっすり眠った。
 今日は朝一番で近所の総合病院の泌尿器科に行った。
 医師の先生に昨日からの経緯を説明する。するとすぐに検査するのかと思ったら、二週間後に造影剤を使ってのX線撮影をしましょうと言われ、ちょっとがっくりした。親戚も会社の同僚も病院に行ったその日に検査をしてほとんど二、三日中に石を出しているのだ。二週間も待つの?だいじょうぶか?心の中で思わず叫んだ。
「そのかわり高熱が出たらすぐに連絡してください。石が熱を持って凝固したりすると大変なことになりますから」とかそんなことを先生はおっしゃった。つまりしばらくは薬で石を泳がせておこうというわけである。再び言われなき不安に陥る。
 診察はそれで終わり。昨日もらった飲み薬と同じ種類の薬を処方され家路についた。「だいじょうぶかなぁ」独り言をつぶやく私であった。(二〇〇二年三月一一日)






オアフ島のワイマナロビーチ


[review] 「生きている小説」 長谷川伸(中央公論社)

私はハワイが好きで今まで10回ほど訪れている。

東オアフのワイマナロはオアフ島でも有数のヒーリングスポットと言われていて、私も気に入っている。大相撲の元横綱でプロレスラーの曙太郎の出身地としても有名な場所である。長谷川伸の『生きている小説』(1958年)には、19世紀のワイマナロが登場する。

この本は長谷川が見聞きした膨大なメモ類(ネタ帳)からピックアップした、古今数多くの日本人の群像を紹介しているエッセイである。

その中で明治期、福沢諭吉の海外雄飛論に鼓舞され、裸一貫で海外に渡って半生を過ごした山崎寧(やすし)という男について章がさかれている。
1890(明治23)年、山崎は米国軍艦モヒケン号に水兵として乗艦、太平洋航路上で働いていた。当時よくありがちなことだったらしいが、アジア人に対する人種差別がひどく数々の迫害やいじめを受けていた。それに対し山崎はひるむことなく艦内のすべての人間を敵にまわしてまで闘い続けた。そしてついには艦長によって山崎はモヒケン号を追い出される。その地がオアフ島のワイマナロだったというのだ。

山崎はワイマナロで出会った先住民族のカナカ人に助けられ、苦労してサンフランシスコに渡り、現地で成功を収める。まさに立志伝中の人物であった。エピソードの最後にそのカナカ人の日本人観が紹介されていてとても考えさせられた。「日本人はバケツの中の蟹だな。一つの蟹がバケツの内側をヤットコサとはいあがりかけていると、ほかの蟹がそいつをすぐ引きづりおろしてしまうからな。日本人は本当にバケツの中の蟹だな」・・・・・・そう、114年経った現在も日本人は「バケツの中の蟹」なんだよ!海外旅行に行くとそういう日本人気質を目の当たりにする。文明批評としても一級品の長谷川伸の珠玉のエッセイ。21世紀の今こそ、読むべきかも。(2006/02/28)





  ほら貝の音から始まるm-floの新曲
 ほら貝の「んもー、もぁもー」という音が曲の冒頭にサンプリングされたm-floの新曲を夢で確かに聴いた。その曲はなぜかキダタローの作曲で、女の子のウィスパーボイスの「スチャ!パヤパヤ」という合いの手だとか、ARPオデッセイなどのビンテージシンセサイザーがオハイオ・プレイヤーズばりの旋律を奏でたりとか、一九七〇年代の関西発の素人参加の公開番組の音楽のテイストを持っていたり、した。
 たぶんm-floが和田アキ子と組んで出した新曲と、「ラブアタック」や「三枝の国盗りゲーム」などの印象が混ぜ合わさった曲だと思う。けっこう渋くていい出来だった。(二〇〇五年三月一二日)
[追記] 検索キーワードは、山伏、修験道、天狗、馬子唄、大日如来、霊気、鞍馬山、金星人、みうらじゅん、天狗の葉っぱ、石(いわ)笛 でお願いします(嘘)。
[追記2] 「ウゴウゴルーガ2号 かがやけ!ウゴウゴヤングかようさい」でのキダタローとコーネリアスとのやりとりは、面白くも可笑しくもなかったが、何故か記憶に残っている。

 



チェンマイでの音楽の楽しみ方(2009年春頃)


近くのショッピングコンプレックスでラジカセを買って、ラジオを聴いたり、


日本から持ってきたレコードプレーヤーでアナログレコードを聴いたりしていました。

 



[あとがき]
この連載も50回を迎えました!もうすぐ1年になります。いつもアクセスいただき、ありがとうございます。
最近バンコクは朝夕は涼しい風が吹いて気持ちよいですが、日中の気温は日を追うごとに上昇しているようです。今日も昼ごはんを食べに外出したら、10分間歩いただけで、汗だくになってしまいました。デオドラントに気をつかう季節です。汗の臭いは気になりますねー。
ではそんな感じでまた来週です〜。サワディークラップ(左様なら)。

2017.06.26 Monday

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