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2017.04.01 Saturday

[chapter 254] 連載スタート5周年 / Ghost in the Shell / おいしいプロポーズ/ 「黒難解」について/ 1975 Billboard Year-End Hot 100 Singles

そんなわけでニヒル牛マガジンで連載を始めて丸5年経ちました。
今後ともタイ発信のへなちょこ情報ブログをよろしくお願いいたしますー。

波照間エロマンガ島 拝




(近況)スカーレット・ヨハンソン主演「Ghost in the Shell」鑑賞しました。(2017年3月30日)



2017年3月30日(木) バンコク 54歳

Ghost in the Shell



2017年3月28日(火) バンコク 54歳

今日買った本

2006年3月31日(金) 東京 43歳

「おいしいプロポーズ」のロケに遭遇



夕食を買いに会社の裏のコンビニに行こうと信楽通りを歩いていると、道をふさいでドラマのロケをやっていた。通行の迷惑じゃあねえか、このアホどもが、と激昂しつつ、交通整理をしている下っ端ADに道を空けてもらう。

すると、なんと

長谷川京子とすれ違った!!

あとで調べると日曜劇場の「おいしいプロポーズ」のロケだということがわかった。

銀座が舞台なのか?

気になる気になる。

急に態度が豹変して顔がにやけモードになってしまった。

いい年こいてミーハーな私でした。(<知ってるってww)

『おいしいプロポーズ』は、2006年4月23日より6月25日まで毎週日曜日21:00 - 21:54に、TBS系列の「日曜劇場」枠で放送されていた日本のテレビドラマ。主演は長谷川京子。長谷川は今作がテレビドラマ初主演となった。

(mixiコメント欄より)
「ドラゴン桜」の制作発表記者会見で、
彼女を囲み取材したことあります。
彼女のオッパイばっか、ずっと見てたなぁ。
快活なタイプじゃなくて、割と冷血というか
ローテンションな感じなんですよね。
生で見るより、テレビとか雑誌で見た方が
カワイイな…というのが僕の感想です。 でも、好き(笑)
2011年4月4日(月) 東京 48歳

「黒難解」について

禁忌の存在だからこそ価値があるもの、そのフィルターが取り払われ一般化した瞬間にありふれたつまらないものになってしまうこと。

赤瀬川原平:前に、亡くなった渡辺和博君と、なんと『世界』で対談したことがあるんです。「満足」という問題についてかな。色々と話したんです。そのときに話が出たんですけど、彼のいう「黒難解」ってありましたよね、澁澤龍彥とか、マルキ・ド・サドとかね。60年代のある時期、サドなんて、なにか悪いものを読んでるっていうようなスリリングな感じがすごくあった。それは、プルトニウムみたいなもので、漏れちゃいけないものだったんだよね。密室のなかにあるからものすごい圧縮されたパワーがあったわけなんだけど、それが民主化というヒビ割れから外に染み出し、結局その後は市民化されちゃった。それからのものは嫌ですね。

赤瀬川原平「来た球だから打つの構え」(聞き手・坪内祐三)en-taxi 2007年夏号
2017年4月1日(土) バンコク 54歳

5周年の雑感

あっという間の5年だった。5年前と同じ都市に住み、同じアパートに住み、同じ仕事をしている。5年前の今頃はまだ40代だった。あと半年経つと四捨五入して60歳。還暦が見えてきた。そんな今日この頃。5年前のわたし

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2017.03.18 Saturday

[chapter 252] 「妖怪博士」こと井上円了/圭子の夢は夜開く(1970年) / Teddy & Nanci (1978) / Y字路/ エムクォーティエに出現したピカチュウ / セクシーチャーハン/ Steve Reich- Come outほか


エムクォーティエに出現したピカチュウ(2017年3月14日)

2017年3月14日(火) バンコク 54歳

今日買った本・雑誌


2003年3月15日(土) 東京 40歳

藤圭子/圭子の夢は夜開く(1970年)

NHKの「ラジオ深夜便」で藤圭子を久々に聴いた。
1970年、藤圭子19歳のときの作品。今の宇多田ヒカルと同じ年代だ。底抜けに暗く独特の世界をかもし出している。有名なフレーズ「15 16 17と 私の人生暗かった」という歌詞から、未成年者の深夜就労や歌舞伎町の売春ビジネスを想起するのはわたしだけだろうか。気に入ったのはエレキベースのリフ。トーンコントロールの高音を効かせてピッキングのアタック音を響かせて旋律を奏でているところ。このころの若手演歌の曲に多く見られる傾向だ。矢吹健の『あなたのブルース』など。
ティーンエージャーから20代前半の歌手が、こういう怨念系、情欲系の演歌を歌っていた1970年代の楽曲って、今面白いかもな。ちょっとチェックしようっと。
ノート

井上 円了(いのうえ えんりょう 井上圓了、1858年3月18日(安政5年2月4日) - 1919年(大正8年)6月6日)は、仏教哲学者、教育者。多様な視点を育てる学問としての哲学に着目し、哲学館(現:東洋大学)を設立した。また迷信を打破する立場から妖怪を研究し『妖怪学講義』などを著し、一方で「お化け博士」、「妖怪博士」などと呼ばれた。
2005年3月18日(土) 東京 42歳

週刊新潮 中吊り広告メモ

中西ワイセツ代議士が犯行直前に食べた「セクシーチャーハン」を作ったのは山田まりやの父親だった!

こんな事件でした。すっかり忘れています



(日記作業用BGM)

Teddy & Nanci
1990年代、会社の社員旅行で毎年ハワイに行っていた頃、よく通ったパールシティーにある中古レコード屋で発見し買い求めた、70年代ハワイ産AORデュオコンビ。このレコードは大好きで、友人が集まるホームパーティーではよくかけたものです。



(10年前の今日)

東京都目黒区中目黒3-20 聖ミカエル修道院前のY字路 (2007年3月18日日曜日 撮影)
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2017.02.25 Saturday

[chapter 249] 「暗夜行路」の冒頭シーンの想い出/ 岡本かの子「鮨」/ ヴェネチア映画祭の塚本晋也/ 天国/ 梅開花(2006年2月24日)/ 訃報 鈴木清順93歳/ 御徒町うざぎやのどら焼きほか


チェンマイのナイトバザールにて(2009年2月)


2017年2月23日(木) バンコク 54歳

今日買った本



のどと咳の風邪


2006年2月21日(火) 東京 43歳

有名人 NOW and THEN




鈴木清順、61歳と82歳で同じ顔してるー!!
2017年2月13日逝去(満93歳)。日活時代の出鱈目なアクションつなぎが最高に好きだった。「殺しの烙印」また観たいなー。合掌。
2017年2月11日(土) チェンマイ 54歳

天国



(参考記事)「天国前」 「天国まで4km」
2006年2月24日(金) 東京 43歳

[時候雑記] 梅開花



昨日くらい自宅の梅が開花した。例年に較べかなり遅いです。
梅は咲いたか、桃屋はまだかいな by のり平 ってCMを思い出しちゃいました。
2002年2月21日(木) バンコク〜成田 39歳

バンコクから帰国。成田空港にて旅行最大の事件発生!!

夜中にバンコクを離陸したTG642便は、朝7時過ぎ無事成田に着陸した。
想いとしてはさんざんな旅であった。発熱でダウンしたのはバンコクの暑さに油断していたからかもしれない。でも多くのことを学ばせてもらった。健康がいかに大切か、ふだんの生活がいかに身体に負荷をかけているか思い知らされた。なんとか変えていかなくちゃね。そんなことを反芻しながら通路を歩き、入国審査に向かった。

入国審査を問題なく通過すると、エスカレーターを下り、預けた手荷物(スーツケース、リュックサック)の引き取りへ向かう。帰りは荷物が増えてスーツケースのほかにもう1個リュックサックも買って荷物を詰めこんだのである。買い物をし過ぎたためである。体調が超バッドでも物欲だけは変わらないことが判明した。ベルトコンベアで荷物が流れてきてそれらを受け取る。
税関もノーチェックで通過。法律に触れるものは持ちこんでないので当然鼻高だかである。しかし何故税関吏っていけすかない奴が多いのかね。人を疑う仕事だから心が荒むのかな。

ゲートを出る。次に荷物の詰め替えをしようとロビーの端のデッドスペースへ行った。荷物が多いので半分は宅急便で送ろうと思ったのだ。そして荷解きをした。リュックサックの中身を取り出す。そのとき予想もしなかったことが起こった。

なんじゃー、こりゃぁ!?

リュックサックの中が水浸しで激しく濡れていたのだ!!それからプーンと甘い匂いがする!!なんだ、この匂いは??
ひとつひとつリュックから出してみた。トムヤンクンラーメン、タイ版カップヌードル、ミロ、シャンプー、ボディーソープ、中国式足ツボ刺激健康サンダル、小物雑貨、袋に入った衣類などなど。


思わぬ展開にあぜん。



タオルで拭いても拭いても水分は取れずぐちゃぐちゃになるほど悲惨なありさまだった。

そしてついに原因がわかった。
原因はこれだ↓



甘だれの瓶が割れていたのであった。タイではフライにつけて美味しいたれなの。家族に食べさせてあげようと思ってお土産に買ったのに。
あー、どうしてワレモノなのに機内に持ち込まなかったんだろう!!タオルをぐるぐるまきにしただけでは駄目だったんだ。後悔先に立たず。

・・・しばし呆然としていると、なんか可笑しくなってきた。今回の旅のエピローグにふさわしい落ちだなぁ、と思ったらへらへら笑いがこみ上げてきた。
2005年2月26日(土) 東京 42歳

うざぎやのどら焼き



社長からの指示で御徒町のうさぎやにどら焼きを買いにきた。その数40個。紙袋に入れてもらったが、重たくて手がちぎれそう〜(泣)。
2017年2月25日(土) バンコク 54歳

無題

ちょっと空きスペースができたので何か書いてみる。今年4月のタイ旧正月休暇は今のところ積極的理由がないので帰国はしないと思われる。今年も友人とどこかリゾート旅行するか。それとも今年はひとり旅してもいいか。こないだチェンライで目撃した国際バスでラオスに行きたい気持ちがむくむく。

2016.11.05 Saturday

[chapter 234] Ron Clark Academy / 庄野潤三の終の棲家 / Japan Vintage Village / タークシン橋を横断する76番バス / タイ語上級講座 読解と作文 / ひふみん/ トム・クルーズが自分の出演作を一気に9分間で再演!ほか


Ron Clark Academy Students Perform Viral Dance Moves


2016年10月30日(日) バンコク 54歳

Ron Clark Academy

2016年10月31日(月) バンコク 54歳

庄野潤三の「終(つい)の棲家」

2016年11月3日(木) バンコク 54歳

Japan Vintage Village
2016年10月30日(日) バンコク 54歳

タークシン橋を横断する76番バス


バスでシーロムからチャオプラヤ左岸のアパートに帰るところ。前方右側に見えるのはBTSタークシン橋駅。
2016年11月1日(火) バンコク 54歳

Japan Vintage Village



エムクォーティエ紀伊国屋書店にて購入。平積みになっていて話題の本みたいです。手に取ってパラパラめくるとなんか日本の地方の変なもの、レトロなものが写真入りで多く紹介されていて面白そうなので買うことにしました。都築響一さんっぽい予感がします。
2016年11月4日(金) バンコク 54歳

タイ語上級講座 読解と作文



こんな本を買ってしまった。
「タイ語上級講座 読解と作文」
新聞や雑誌の記事をばっすい、タイ人の国民性や文化などを紹介しつつタイ語の真髄をあれやこれや探究している構成。そして構文を反復練習し、最後に章ごとにタイ語の作文の設問がある。
こういう「お勉強モード」からはついぞ離れてしまっていたのでとても新鮮である。文章の最後に単語の意味が載っているので辞書は要らず。意味がわからずつっかえたとしても、あとで参照すればよいのがとても読みやすい。自分ってけっこうタイ語読めるようになってたんだな、と実感。まぁ8年も住んでいて毎日仕事で使っているから当然といえば当然なのかもしれないけれども。。
今回読んで気づいたのはタイ語を習い始めた1〜2年目に集中して身につけたタイ語の「勘どころ」みたいなものがどんどんよみがえってきたこと。やっぱり叩き込まれるほど勉強したことが忘れてなかったのがうれしい。タイ語学校のN先生からはわからないところがあったらすぐに辞書は引かずに前後の文脈から「ダウ」(想像しなさい)と教えられたのが本当に役立っている。なぁんて、えらそうに書いてゴメンナサイ。自分では上級ではなく、ヘッポコタイ語を話すインチキ外国人だと思うのですがね。あ、タイ文字は皆さん難しいというのですが、私はタイ語のタイポグラフィーの美しさに魅せられた口で、覚えるのに全く苦労しなかったんですね。仏教語に関してよく使うタイ文字、王室語に関してよく使うタイ文字があって、そういう単語を見ると文字の美しさにうっとりするところがあるの。




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2016.01.16 Saturday

[chapter 197] 2991219/ 沖縄料理金城で酩酊/ 石川浩司のひとりでアッハッハー/ 空中遊園からの眺望/ 日常の時間と旅の時間とのあいだ/ ねじまき鳥クロニクル(村上春樹)/ 赤っ恥電話/ ペストコントロールほか


スクムビットの某新築コンドミニアム屋上プールからの眺望(2016年1月12日)



2016年1月4日(月) バンコク 53歳

沖縄料理金城





2016年1月6日(水) バンコク 53歳

石川浩司のひとりでアッハッハー


こちら→http://ukyup.sr44.info/
2016年1月8日(金) バンコク 53歳

2991219

2016年1月12日(火) バンコク 53歳

空中遊園からの眺望


2016年1月15日(金) バンコク 53歳

ペストコントロール

2009年1月6日(火) チェンマイ 46歳

日常の時間と旅の時間とのあいだ

日常の時間と旅の時間とのあいだには、計量できない「重さ」の違いが確かにあるような気がする。

タイで8ヶ月生活して、この年末年始に1週間だけ、生まれ故郷の日本に帰国した。
帰国した12月27日から29日ころまでは、自分の心と身体がふわふわしていて、「日本」という国への無意識的帰属に対してどこか違和感を覚えていたが、30日に自動車を運転して親戚宅を訪ねたあたりから「日本」との一体感覚を心身が思い出し、31日にはほぼ渡航以前のメンタリティーが復活したように思った(あくまで個人的感覚であるが)。

そんな状態で新年を迎えた。新しい年になって、昨年までのもろもろな懸案や心配事がすべてリセットされて、あらためて新たに計をたてられてよかった。この独特な「日本の新春の気分」 を味わった。元日の日本の雰囲気は、初詣などの正月的儀礼と同じく、日本的な気持ちの切り替えのできる機会として、とても重要な事柄であると思った。この雰囲気を体験するために毎年帰国してもよいとさえ、思った。

さて、1月3日にはもうタイへの帰国の途についたのだが、とても不思議に感じたことがある。

1月4日、チェンマイの自宅に帰宅したときに、まったく違和感なく、日常時間から日常時間への接続ができたと感じたのだ。つまり日本での日常生活時間での心持ちを保ったまま、タイでの日常生活時間への心持ちへスムーズに移行できた。これが以前のように日本からタイに旅をして日本に戻ってきたときは、これほど感覚の移行はスムーズではなく、深いため息と疲労とともに、旅の時間の終わりを認識したのだが、今回は本当に不思議に、それはまったくなかった。日本とタイの2つの日常生活が、50%50%で均等なバランスで並行して存在していて、自分はただ物理的に移動しただけだったので疲労が少なくて済んだのかもしれない。

部屋に着いて10分後くらいに日本の友人から電話があって会話したのもそう感じた理由だ。日本から何千キロも移動しているのに、まったくギャップを感じずに会話できた。まるで国境などないかのように、くだらない話題を話せたことが、私に何かを気づかせてくれた気がする。
(以上、メモ)

2006年1月7日(水) チェンマイ 46歳

ねじまき鳥クロニクル(村上春樹)


「ねじまき鳥クロニクル」読了。

今までこの小説は読んだことがなかった。実家の書棚に誰かが買った(たぶん末弟かな)文庫本があって、タイにもってきたというわけである。ところが、どういうわけか「第1部 泥棒かささぎ編」しか持ってこなかった。「第2部 予言する鳥編」と「第3部 鳥刺し男」は日本に置き忘れてきたのであった。
第1部を読んだのが去年の9月頃。読み終わるとつづきがただちに読みたくなった。ところがタイでこの本を見つけることは難しかった。チェンマイ中の書店をまわったが見つからなかった。

実は年末年始に日本に帰国した真の動機は、

この本のつづきを読むため

というと大げさに過ぎようか。はたして、日本に帰国して、第2部と第3部を無事入手した。

そして寝る間を惜しんで、読書に没頭、夕べ読了したというわけである。
2006年1月8日(木) チェンマイ 46歳

赤っ恥電話


実家から携帯に電話があった。かかってきたときはわからなかったのだが、実家の固定電話の番号の着信履歴が残っていて気がついた。

日本から電話がかかってくることは滅多にないので、もしかして緊急事態かもしらんと思い、日本時間で夜10時を過ぎていたが、母の携帯に電話をかけてみた。留守電になっていた。

メッセージを入れた。

「もしもし、○○(私のファーストネーム)ですが。昼間電話があったみたいで電話しました。また電話しまーす」

15分後、念のためもう一度、電話をかけてみた。今度は電話に出た。

「もしもし」と私。
「もしもし?」
「あれ、母さん?」
「えっ??」

なにやらおかしい。間違えてダイヤルしたか?

「もしもし。すいませんが、××の携帯ではないですか?」
「違います」
「あ、すいません」
「○○さん?(私の名字を呼ばれた)」
「あれ、どちら様でしょうか?」
「Sです!」
「おーーー、すいませーん!!間違えてSさんに電話しちゃいましたー!!お久しぶりですー!!」

電話の相手は、以前勤めていた会社の同僚で、カラオケなど遊びに行っていた女ともだちSさんだったのだ!!
その人の番号は母の番号と酷似していて、間違えて登録してしまっていたのだとわかった。

「もしかして、さっき入れた留守電も聞きましたか?」
「はい、だれかと思いましたよ。○○さんだったんですねー」

そうとうに恥ずかしかった。

久々だったのでお互いに近況を話しあって電話を終えたが、留守電に残したメッセージがまぁまぁ無難だったのが救われた。これが普段の親子の会話、言葉遣いだったらと思うと、恥ずかしくて、穴があったら入りたいくらいの心境だっただろう。

翌朝、あらためて実家に電話をした。要件はさして重要なことではなかったのでがっかりした。

というわけで、赤っ恥電話の一幕でした〜♪
2016年1月13日(水) バンコク 53歳

在タイ国日本大使館



所用で日本大使館に行ってきました。
2015.10.17 Saturday

[chapter 185] 社長外遊記/ ガチョウのダンス/ Dさんが舌鼓打ったナマズラープ、ふたたび/ リアルのだめ/ ソイ33のイタめし屋で食事会/ 熊倉一雄さんほか


スクムビットソイ33のイタリアンレストランにて飲み会。(ワインたらふくいただきました。5人で6本くらいあけたかな)


2015年10月10日(土) バンコク 53歳

「社長外遊記」


2015年10月12日(月) タイ某所 53歳

ナマズラープ、ふたたび


2006年10月17日(火) 東京 44歳

リアルのだめ

ドラマ「のだめカンタービレ」第1話を見終わって、ネットであれこれ検索して余韻に浸っていたら
Wikipediaにビックリする記述を発見!

・・・実在する同姓同名の人物がモデルとされている。モデルとなった人物は元々作者の二ノ宮のファンであり、ウェブサイトに「のだめ」というハンドルネームで書き込みを行っていたことから二ノ宮が興味を持ったと言われる。コミックスではその人物を「リアルのだめ」と呼んで紹介している。また、リアルのだめはコミックス巻末の取材協力者の常連となっている。

なんだ「リアルのだめ」ってあの「のだめ」だったんだ!!

私がmixi以前、2000年から2004年まで住人だった、某コミュニティーサイトでやりとりのあった人だったのだ(確証はないけど、ほぼ100%本人だと思う)。
つまり漫画の連載が始まる前から「のだめ」という名前は知っていたということになる。まさかその「のだめ」がモデルになっているなんて、今の今まで知らなかった!!しかも上野樹里が演じているなんて!!

ネット時代って、こういうことがあるんですね。

というわけで、あんまり期待してなかったのに予想以上に面白かったので、第2話以降も観ることにします。
第1話のビデオとコミックス1〜16巻読み返して作品世界に耽溺しています。




(2015年メモ)
「のだめカンタービレ」は好きな作品で、講談社の雑誌「KISS」連載中からずっと読んでいました。



(今週の訃報)



(今週のおまけ)


物件調査をしていたら彼方からガーガーという鳴き声が聞こえそれがだんだん大きくなってきたので音のする方向へ行くとたくさんのガチョウが散歩していた。近くに飼い主のオッサン(タイの地元民)がいたので世間話した。


(1年前の記事)
[chapter 133] 24時間の憂鬱@チェンマイ/ よしもとばなな「まぼろしハワイ」/ キャンディー・ミルキー/ My Favorite Things (2)/ 化粧バッグ/ 大谷氏と2ショットほか 
(2年前の記事)
[chapter 82] チャアムの海岸にて
(3年前の記事)
[chapter 29] トゥールスレーン刑務所博物館 (旧クメール・ルージュS-21収容所)
2014.11.08 Saturday

[chapter 136] ベンシャシリ公園/ 7ヶ月ぶりのジャパン/ 朝焼けの銀座8丁目/ ビューネエンジェル/「タモリの週刊ダイナマイク」と堂尾弘子/ 遺書としてのブログ/ トゥナイトしずか/ ベイブルース河本ほか


ベンシャシリ公園(バンコク)。後ろの建物は現在改装工事中のエンポリアム。


2009年11月9日(月) 成田→東京 47歳

7ヶ月ぶりのジャパン

2004年11月8日(月) 東京 42歳

ビューネエンジェル

(2014年メモ)10年前も「疲れたー」って言っているよ、自分。
2005年11月10日(木) 東京 43歳

朝焼けの銀座8丁目


今朝の銀座は空気が澄んで静かでした。
2014年11月7日(金) バンコク 52歳

へろへろらりぱっぱ

もう52歳なので朝8時から仕事して夜7時過ぎるとへろへろになってしまうのです。そこんとこひとつよろしくお見知りおき願いやす。(ローイクラトン渋滞&人出によりヘキエキ)

かつてニッポン放送のラジオ番組「タモリの週刊ダイナマイク」に「52歳、自由業」というコーナー名があって、あのときのタモリと同じ歳になってしまったのか、としみじみしてしまうのであった。検索すると「1997年」とヒット。

1997年、52歳のタモリはそれから17年間、「いいとも」「タモリ倶楽部」「Mステ」他の番組をずっと続けていたって信じられないな。52歳の私はもうすでにほんとシンドイのにさ。

しかし「週刊ダイナマイク」というとアシスタントの堂尾弘子アナとの掛け合いトークが懐かしいな。ラジオであれほど癒されたこともないというくらいの堂尾さんのおっとりした上品な笑い声は、タモリのトークを引き立てていた。

*始業は朝9時からなのだが、常に仕事が山積しているので早出の習慣ができてしまった。


遺書としてのブログ

以前は「80歳までは生きられる」って根拠もなく思っていたけれど、今はあと10年も生きられそうにないなー、と感じています。でもどうやって朽ち果てていくのか自分で観察できるのがすごく楽しみでもあります。このブログに洗いざらい書いて死にたいです。遺書にしようと考えています。


(今週のおまけ)

しずか可愛い。口跡が良い。惹かれる。

トゥナイト関連の動画を探していたら、こんなものも発見↓


オールザッツ漫才1991

0:00:12 ベイブルース
0:03:17 未来世紀 02・01
0:06:36 平川 タロー・ジロー
0:09:15 ぴのっきを
0:11:29 トゥナイト
0:14:21 FUJIWARA
0:17:57 雨上がり決死隊
0:21:08 羽田 昇平・昇司
0:24:10 しましまんず
0:27:01 バッファロー吾郎
0:30:07 ティーアップ
0:34:09 ナインティーナイン(岡村、矢部)
0:35:10 チュパチャップス(ほっしゃん、宮川大輔)
0:36:06 矢野・兵藤
0:37:17 中筋・中下
0:38:12 へびいちご
0:39:05 DIGRIP
0:40:14 宇野・遠藤
0:41:22 山下・渡辺(ジャリズム: 山下しげのり&世界のナベアツ)
0:42:34 角田・松本
0:43:39 スミス夫人(なだぎ)
0:44:52 電光石火
0:45:34 千原兄弟
0:47:45 ミッキー・気合
0:48;39 TAKE-OFF
0:49:32 宮川ゆき・さき
0:50:48 WITRAP
0:51:50 エルヴィス
0:52:56 スーパードラゴンズ
0:53:54 山本・椿森
0:54:55 メッセンジャー
0:56:00 SNOB
0:56:52 チェイサーズ
0:57:32 ラッキースター(中田はじめ)
0:59:42 130R
1:05:12 圭修

(芸能人って、売れると佇まいやら何から何まで変わってしまうものなのだな。売れて現在も活躍している人、売れずに消えた人、様々だが、1991年のこの時点では玉石混淆で、その差はほとんど無いような気がする)
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