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2014.05.24 Saturday

[chapter 113] タイで軍事クーデター/ 銀座医院の整形外科で治療〜頚椎牽引後、放心状態に/ 肋骨マニア/ 鈴弁事件の被害者の末裔/ タイ深南部、国境の町べトンにて/ ジャン・リュック・ゴダール作品『映画史』第1部(1A1B2A2B)@渋谷ユーロスペースほか


一見平穏に見えるスクムビット・ソイ39の高級住宅地


タイの地上波テレビジョン。クーデターによって放送が中止し、静止画面の状態になっている。(2014年5月24日)



2014年5月24日(土) バンコク 51歳

軍事クーデターなう

皆さんニュース等でご存知の通り、タイの国軍が行政権力を掌握したと発表し、クーデターが起こりました。

22日夕方にこの発表があり、夜10時から外出禁止となったので、その夜は帰宅の足が乱れ、各公共交通機関が大混雑しましたが、翌23日と本日24日は、官公庁や学校は臨時の休日の措置がとられたので、目立った混乱はありません。バンコクは表面上は平穏を保っています。タイ在住歴の長い同僚社員は、2006年のクーデターの時のほうが戦車や大砲を伴った多くの兵士が都心部に入ってきて物騒だった、今回は静かだ、と感想を述べています。タイ国民は長引く政治対立にうんざりし、冷静というよりも思考停止状態になっているような気もします。
今後どうなるかについてはまったく予想がつきませんが、内外からの批判をかわすために民政への権限委譲の措置がとられることが予想されます。おそらくは2006年同様、タクシン一派を排除した新秩序が構築されるのでしょう。しかし、その手続きにおいてグランディングに失敗すると、さらに深刻な対立を生み、王室の尊厳が傷つき、国が分裂してしまう危機すら起こりうる可能性も感じます。
これが杞憂に終わり、平和な国になることを希望します。
2011年5月24日(金) チェンマイ 48歳

ヒルサイドコンド4のプールで泳ぐ







日中35℃近くまで気温が上昇したので近くのコンドミニアムのスポーツクラブのプールに行って「熱さまし」しました。

この日のつぶやき(Twitterより)

・アマリ・リンカム・ホテルは敷地入り口に立入禁止の柵が設けてあってどうやらもう休業に入ったっぽい。(改装工事をしてショッピングコムプレックス付きホテルになるのだとか。スイミングプールはのんびりできたのに残念なり) 
posted at 00:07:24

鈴弁殺し事件(日本で記録に残っている初めてのバラバラ殺人事件)から始まって、ひかりごけ事件ウルグアイ空軍機571便遭難事故などのサイトをたてづづけに閲覧する。2007年にルーブルで観た中で最も印象に残った絵が「メデューズ号の筏」なのだが、同趣の野上弥生子「海神丸」、武田泰淳「ひかりごけ」にはとても興味があり、いつか読みたいと思う
posted at 05:15:50

・評論「ひかりごけの秘密」川西政明(「群像」2005年1月号)読了。鈴弁事件の被害者の孫娘が武田百合子だったことを知る。(ただし血のつながりはない由)
posted at 05:27:03

・めちゃくちゃ暑かったので昼食のあとプールに行って泳いできた。クロール、平泳ぎ、立ち泳ぎ、立ちバック、古式泳法など泳ぎまくり、ずーっと水につかっていた。雨雲が張り出してきたので1時間半ほどして出てきた。
posted at 18:41:54
2003年5月24日(日) べトン 40歳
 
[Deep South of Thailand] Betong

タイ深南部、マレーシアと国境を接するべトンに来ています。ひなびた山間の町といった風情がとっても和みました。



とにかくカラオケ屋が多い。(もちろん単にカラオケ目的で入店する輩は皆無で、お気に入りのオネエサンを連れ出すための場所であることは言うまでもない)



町全体を見渡せる丘。のんびりした時間が流れていた。



国境行きタクシー乗り場。



屋台食堂



世界最大のポストらしい。



昔の共産ゲリラの秘密基地、べトントンネル。
2000年5月24日(水) 東京 37歳
 
ジャン・リュック・ゴダール作品『映画史』第1部(1A1B2A2B)@渋谷ユーロスペース
2014年5月24日(土) バンコク 51歳


 
クーデターなう(2)

地元の高架鉄道駅には、兵士が数人配置されています。表情にまだあどけなさの残る20歳そこそこの若い兵士を見ました。手にはライフル銃を持って警戒にあたっています。突然銃口を向けてくるのではないかという不安を持ちながらその若い兵士の前を通り過ぎ、改札口からプラットホームに上がります。
タクシン派には複数の武装勢力がいると言われています。その勢力が地下に潜り反政府活動をすることが懸念されます。イラクのように爆発テロが頻発するようになったら、タイへの外国からの投資は大幅に減ってしまうでしょうね。私もこの国に住み続けることができなくなるかもしれません。常に最悪の事態が起こることを想定して生きることを模索する日々が続きそうです。


政治的な混乱が続いていたタイで
22日夕、国軍幹部がクーデターを決行したと発表した。20日に戒厳令を発令して以降、軍主導で対立する政治勢力間の対話を促していたが、不調に終わりクーデターに踏み切った模様だ。タイには約3900社の日系企業が進出しており、影響が懸念される。

タイでの軍事クーデターはタクシン元首相が失脚した2006年9月以来。

クーデターの声明はプラユット陸軍司令官がテレビに出演して発表。「バンコクや郊外で起きている暴力のために無実の市民が死亡し、傷ついている。この状況が続けば国の安全と国民の生命と財産に深刻な影響を及ぼす恐れがある」と状況を説明したうえで「陸海空軍、国家警察からなる国家平和秩序評議会が午後4時半をもって行政権限を掌握した」と宣言した。

国王に関する条項を除き現行の憲法を一時停止し、夜間の外出禁止令も発令した。時間帯は午後10時から午前5時。出歩いている人に対しては兵士や警官は必要な措置を取ることができると警告した。

一方、国民は落ち着いて普段通りの生活をし、政府機関の職員は通常通りの業務に戻ってほしいとも述べた。大使、領事、国際機関、外国人については安全を保証し、諸外国との関係もこれまでと同様であるとした。

タクシン元首相派と反タクシン派の長引く政治対立を受け、軍は20日に全土に戒厳令を発令。21日に双方の指導者や政府・与野党関係者らをバンコクの陸軍施設に集め、昨年11月の大規模デモ以来初めてとなる代表者会議を開き、対話を促していた。

22日にも関係者を集めたが、妥協点を見つけられず、軍はクーデターに踏み切った。集められた与野党関係者らは軟禁されている模様だ。

陸軍部隊は政府を支持するタクシン元首相派がバンコク郊外で開いていた集会の排除を始めた。数十発の銃声が聞こえたとの情報もある。負傷者が出たかどうかは不明だ。

2010年5月24日(月) チェンマイ 47歳
 
猫カフェにて


(画像クリックすると拡大表示します)
吹き抜けの窓の桟を余裕で歩いています。
2006年5月24日(木) 東京 43歳


 
銀座医院の整形外科で治療/ 頚椎牽引後、放心状態に

首筋の痛みがますます酷くなったので近くの病院にかかる。エックス線写真を撮って診察、それほど深刻ではない様子。リハビリセンターでけん引した。

というわけで「首吊り」2日目終了しました。昨日は8kg、今日は9kgで引っ張りました。今カフェパウリスタでまったりしています。急に雷が鳴り、強い雨が降ってきました。暫く休んでまた仕事に戻ります。
2005年5月24日(水) 東京 42歳
 
[人体] 肋骨(ろっこつ・あばらぼね)

あばら‐ぼね

《疎(あばら)なる骨の意》胸の左右に胸郭をつくる骨。ろっこつ。

ろっ‐こつ
脊柱の胸椎と結合し、腹方に湾曲して、胸部の内臓を保護する弓形の骨。人間では左右一二対あり、上方の七対は前端が胸骨に連絡する。あばらぼね。


さて、ここで問題です。
人間の肋骨の数は何本あるでしょう。
答えは↓↓↓


12本

驚きました。
子供の頃、骸骨の絵をよく描いたものですが、肋骨の数はテキトーに描いていました。



なんですね。一生忘れないと思います。
昨日の昼間テレビ東京で『ダーティーファイター』(1978年)がOAしていて、クリント・イーストウッドが

「オランウータンの肋骨の数は、人間と同じ12本だ」

と言う台詞があって、急に肋骨について知りたくなったのでした。

調べたところによると、
肋骨は全部で12本。一番上から7番目までが真肋(しんろく:"True"ribs)、8番目から10番目までが仮肋(かろく:"False"ribs)、最後の11番目と12番目が文字通りの浮遊肋(ふゆうろく:"Floating ribs")。しかし、こうやって見ると、人間てお腹がガラ空きじゃん。熊がこの辺から食べるのがよく解かる。いや、食べられたくはないが(笑)。

とあります。
上から数えて1〜7番目が「真肋」、8〜10番目が「仮肋」、11〜12番目が「浮遊肋」、勉強になりますね。
ついでの豆知識として、

熊は人間を襲ったとき、骨の少ない腹から食べる
ということまで教わりました。へぇ〜、そうだったんだ。
2004年5月24日(火) 東京 41歳
 
ファミレスで隣りの席から聞こえてきた会話の内容

(1)綾瀬の三井住友銀行はいつ行ってもATMが長蛇の列でどうしようもない。なんとかならないか。
(2)綾瀬のXXX銀行は支店の統廃合か何かで潰れてその店舗がドンキホーテになるらしい。今、黄色い壁を塗っている。近々開店か。OL風4人組。ジャニーズおっかけ話をしていたところから見て世代的には20代後半のSMAPファンみたいだった。なんとなくタッキーや嵐のファンではないと思った。
(昭和通り、銀座6丁目のデニーズにて)
2008年5月24日(土) チェンマイ 45歳
 
[TV]土曜ドラマ「トップセールス」

タイに来てから規則正しい生活を送るようになり、夜出歩くことも少なくなったので、土曜日放送のNHKドラマ「トップセールス」を毎週観るようになりました。(NHK WORLD プレミアム)

昭和50年代前半から現在に至るまでの日本と日本人が生きてきた軌跡をたっぷりと描きこんだ良質のドラマだと思います。ドラマのメインとなる登場人物たちはいわゆる「団塊の世代」(昭和24年生まれくらい)で、私は一回り下(昭和37年生まれ)なのですが、毎回毎回の時代考証、その時代に起こった事件や風俗を織り込んでいて懐かしさでいっぱいになっています。「あぁ、こんな時代だったなー」とさまざまな記憶がよみがえってきます。番組のBBSを読むと、私と同じ想いをもつ同時代を生きてきた人の書き込みも多く、ドラマ制作者たちの意図は的中したといってよいでしょう。

今回(第7回)は「バブル」というサブタイトルがつけられていました。1987〜1990年ころバブル期の日本を描いています。私が大学を卒業して就職した時期と重なり、とても懐かしかったです。
私も物語の舞台である自動車業界の周辺にいたこともあり、その時代の空気は覚えています。


ドラマの内容ではないのですが、そのころのことで思い出したのは

・勤めていた会社に金融機関から毎日のように「金を借りてくれ」という電話や営業があったこと。そんな時代は後にも先にもこのころだけではないでしょうか。

・投機目的で絵画を買う人が取引先にいて、美術大学でいちおうは美術を勉強していた私にとっては「こんな絵のどこに価値があるのか」と苦々しく思いながらその人の話を聞いていたこと。

・銀座8丁目にあったヨットハーバーの「銀座ヨットクラブ」(船上レストラン)のこと。浜離宮の対岸にヨットハーバーを作り、そこの住所が銀座だったので「銀座ヨットクラブ」という名前だったのです。友人のお姉さんがそこで結婚式の2次会のパーティーをあげたのですが、ずいぶんちゃらちゃらしてバブリーだった記憶があります。新郎新婦はリクルートコスモスの社員で20代後半なのに外車を乗り回し、未公開株を売って億ションを購入してました。バブルがはじけたころ、銀座ヨットクラブは建築基準法違反とかで当局に摘発され消えてなくなりました。

・通っていた大学の教授のMさん(美術評論家)がSグループの忘年会か何かの福引きで、スウェーデン製の外車を特賞で当ててもらっていたこと。それでそれまで乗っていたカローラを同級生の友人がただで譲りうけたのですが、そのカローラがボロかったのなんのって(爆笑)。よくこんなポンコツに乗っていたなぁ、って思ったものです。日本の社会構造の中ではまだろくろく認知されてない現代美術の世界にも、バブルの波は確実に押し寄せていたんだな、と今となっては思います。

しかしながら、あと1回で終わってしまうんですねー。
残念でなりません。

最後に、主演の夏川結衣さんは大ファンです。熟女好
きとしてはたまらない魅力を持っていますね(そういうオチかよ)。
2002年5月24日(土) 東京 39歳
 
パニック・ルーム(丸ノ内ルーブル)


夜勤明け銀座で初回の映画鑑賞というのが最近の定番です。今日は『パニックルーム』を観ました。いやぁ怖かったぁ〜。いま昼食後のコーヒーを飲みながら携帯電話からカキコ(*某レンタル日記サイト)しているんだけど、震えがまだ止まらない!身体がずっと微震動しているんだー。これはよかったです。古くから連綿と流れるハリウッドスリラーの系譜上にある定石な作品ですね。オープニングタイトルからびっくり仰天なんだけど、これはヒッチコックのタイトルデザインを担当していたソウル・バスへのオマージュだなぁってピンときた!これから何が起きるのか不安をかきたてる。
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