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2014.11.29 Saturday

[chapter 139] アプノルム万歳!/ 非常階段のJunkoさんについて/ サンシャイン60のエレベーターにて/ タイ人日本語カラオケ大会/ The Wonder Who? - "Don't Think Twice" ほか


実は手前のぽっちゃり女性のほうがメインの被写体なのである(サメット島にて)


2007年11月29日(木) 東京 45歳

高校同期の悪友たちと新宿で飲む



海外赴任中のHくんが一時帰国しているというので、高校の同期で集まることになった。ちょっと早めの忘年会。
一次会会場の歌舞伎町の奄美料理の店に行くとHくんがすでに到着していた。聞くと東京2泊で明日の朝の飛行機で次の国へ行くとのこと。どひゃぁ、トランジットなみだな。某国を拠点にアジアを忙しく飛び回っているらしい。私が来年からタイに語学留学すると言うと、バンコクで飲もうという話をした。
三々五々メンバーが集まってくる。始めは3人の予定が結局6人になった。

飲んで食べて大いに歓談した。あっというまに閉店の時刻。終電が間近なのに誰も帰らず、次の店に行くことになった。折角新宿に来ているのだからと、まびさんの店「MADDER」に連れて行った。

私以外はみなノーマルな人たちなのでとてもびっくりしていたみたい(笑)。アプノルム万歳!

というわけで楽しい一夜でした。
それにしても一瞬にして時は超えてしまうものだなー。高校の頃にタイムスリップしたかのようだった。


2014年11月22日(土) バンコク 52歳

非常階段のJUNKOさん


2004年11月29日(月) 東京 42歳

サンシャイン60のエレベーターにて

年上の友人Yさんが池袋のサンシャイン60にある会社で働いていたころの話。
まだサンシャインはオープンしたてで、テナントがほとんど入っていなかったそうだ。
外資系の会社ばかりで1フロアに1、2社しか入居してない階も多かったという。

ある日Yさんがエレベーターホール付近を歩いていると、エレベーターのドアが開きっぱなしになっていて、そこに2〜3人の外国人(アングロサクソン系)がいて、何やら騒いでいたらしい。
何かなあと思って近づいてみると、なんと・・・


エレベーターの中に異様に長い一本グソが放置されていたんだって!!


そのクソを見て、外人たちが笑って嬌声を上げてたの。
「オマイガー!」とか言っていたそうだ。Yさんは急に笑いがこみ上げてきて、つられてげらげら笑った。
するとその外人たちに話しかけられたんだって。

「オマエタチ日本人ハ、コンナニ長イ1本グソヲスルノカ?スゴイナァ!!オレタチハ、ボソボソノ小サナ固マリノヨウナウンコシカ出ナイゾ」
っていうようなこと言われたんだって(笑)!!


……この情景、想像するだけで可笑しすぎる。

しかしなぜエレベーターに1本グソがあったのだろうか。
実にミステリアスである。
2008年11月29日(土) チェンマイ 46歳

タイ人日本語カラオケ大会

今日は友人に誘われて、ファーイースタン大学にて開催された「タイ人による日本語カラオケ大会」というのに行ってきた。
大学の講堂で、タイ人の若者が浴衣やコスチュームを着て、日本の演歌やポップスを歌い、それを日本人が審査して優勝者を決める、という催しであった。主催はチェンマイの日本人ロングステイヤーのための支援団体。なぜタイ人が歌って日本人が審査するのか今ひとつ意味不明なのだが、若い女の子が多いので目の保養にもなり、まぁまぁ楽しめた(完全におじさんの感想だねw)。お客さんは日本人のロングステイヤーの方がほぼ6〜7割を占めていた。出場したタイ人は大学で日本語を習っている人とか、日本語を使ってチェンマイで仕事をしている人とか、さまざまだった。
2005年11月29日(火) 東京 43歳

風の強い日


風が強い一日だった。エクステがとれそうになり難儀した(嘘)。

2009年11月30日(月) 成田 47歳

成田なう



というわけで3週間の日本滞在を終え、これからタイに帰ります。
今回お会いした皆さん、お世話になりました。
今回お会いできなかった皆さん、次回はよろしくお願いします。というか、ぜひタイに遊びにおいでくださいませー。

ではではー。



(1年前の記事)
[chapter 88] キンタマーニ/ 栗コーダーカルテット ライブレポ/ バリ島にて/ チェンマイ動物園のジャイアントパンダ/ 日本テレビ汐留ビル/ DANCING IN FRONT OF THE CAMERA/ フランシス・ベーコン/ タイのオーディション番組で聴いた日本語の歌ほか

(2年前の記事)
[chapter 35] 迎賓館で火事! / メーホンソンでカレン族の村を訪ねる / ジャン=ピエール・ゴランがジガ・ヴェルトフ集団で作ろうとした映画 / 空想地下鉄路線 駒沢公園線 / 「大竹伸朗 全景 1955-2006 展覧会図録」/ 1981年8月15日の今井次郎ほか


(今週のおまけ)

フォーシーズンズの曲ではこの曲と「カモンマリアンヌ」がいちばん好きです。

(関連記事)


Philips 40324, released October 1965. "Don't Think Twice" was originally recorded by composer Bob Dylan (as "Don't Think Twice, It's All Right") on his 1963 album, The Freewheelin' Bob Dylan. Peter, Paul, and Mary released the most commercially successful version of the song in September 1963. It reached #9 on the Hot 100 singles chart. The "Wonder Who?" version peaked at #12 three months later.
2014.08.03 Sunday

[chapter 123] サメット島のネコ  





























2014年8月2〜3日、タイ東部のサメット島にて。

[関連記事]
[chapter 6] 猫をならべて in チェンマイ
2014.04.19 Saturday

[chapter 108] サメット島にてソンクラン休暇を過ごす/ 港雄一インタビューより/ 米田寅美 79歳/ 檀香山/ THE BEACH BOYS PARTY/ 1999年&2012年4月中旬日記/ 仙草蜜ジュースほか


タイの旧正月(ソンクラン)休暇でバンコク南東にあるサメット島に行ってきました。


2010年4月18日(日) チェンマイ 47歳

[Neta] 米田寅美 79歳
2003年4月19日(土) 東京 40歳

THE BEACH BOYS' PARTY

1965年というと思い出すのが、その年リリースされた『THE BEACH BOYS PARTY』。このアルバムは、ホームパーティーをしているような雰囲気で録音されているアルバムである。曲間にメンバーの恋人や家族のしゃべり声がマイクに拾われたり、イントロをとちって演奏をやり直したりしている。昔から思っていたのは、このときみんなキメテイタのではないかということ。なんかそういうリラックスした雰囲気が漂っていると感じたのだが。しかしアマゾンのレビューを読むと、ブライアンがそれらしく曲間のノイズとかをパッチワークしたとあるんだけれども。

レコード会社を説得し、次作『Pet Sounds』を手がける一方で、ビーチ・ボーイズのリーダー、ブライアン・ウィルソンは『Party!』では奇抜なアイデアを取り入れた。バンドメンバーがスタジオに友人を大勢呼び、その様子をそのまま録音したのだ。そしてにぎやかな騒ぎ声や、パーティーの雰囲気を後から多重録音として重ねたのだった。だから楽器演奏にまとまりがないように感じられるが、間違いなくメンバーが演奏している。自作のメドレー『I Get Around』と『Little Deuce Coupe』を除いて、すべての曲がカバー曲である。Jan And DeanのDean Torrenceのヒット曲『Barbara Ann』や、ジョン・レノンがボブ・ディランの影響を受けて作った『You've Got To Hide Your Love Away』をデニス・ウィルソンがカバーしているのがいい。
2014年4月19日(土) バンコク 51歳

雑記

6日間休んで1日働いてまた2日間の休暇。年齢のせいか、疲れがとれない。ストレスが溜まっている感じだ。
2002年4月18日(木) 成田〜ホノルル 39歳

檀香山(歐胡島・夏威夷群島)

15時20分出宅。今回はチャイナエアで38000円の格安チケットを入手してのハワイ旅行。
夕方便だとどうしても愚図愚図して、時間ギリギリまで支度に手間取る傾向がある。そんなわけで今日もタイムリミット近くになりようやく出発した。
成田に行くのにはJRよりも京成のほうが安いので日暮里に向かう。新橋まで地下鉄で行きJR線に乗り換え。で、16時50分発のスカイライナー。

駅の待合室で電池など備品を買う段になって、忘れ物をしてきたことに気づいた。デジカメのスマートメディア(メモリーカード)をPCに挿しっ放しにしてきてしまったみたいなのだ。すぐに会社の同僚にテレすると、はたしてその通りであった。とりあえずそのスマートメディアをPCからはずして保管してもらうよう頼んだ。
さてどうしよう。空港に売っているかな。なかったらハワイ島だよな。売ってない場合、最悪カメラ買わなくちゃ、かなぁ。
幸先悪いスタート、おのれのドジ加減に凹んだ。

空港第2ビル着。団体旅行カウンターで搭乗券の受け渡し後、中華航空チェックイン。まだ羽田から移ってきて2日目なのでJALのカウンターを間借りしていた。ハワイ便なので予想とおり、若者でうじゃうじゃ。めっさうざったい。一秒も早くこの人ごみから離れたいが、並んだ列はなかなか進まず。ようやくチェックイン。
すぐに出国ゲートを通過し、免税店に急いだ。もう空港施設内に店をさがす猶予はなかったのである。

そして…。

あーっというまに、ホノルルに着きました!19時間の時差があるので、日付は同じ4月18日午前6時過ぎ。

スマートメディアは成田で無事、手に入れることができました。ラッキーでした。(来週につづく)
2005年4月19日(火) 曼谷〜成田 42歳

バンコクから帰国

日曜の午後着だったので、高速はすいてて成田の駐車場から家まで1時間40分で着きました。でも冷静に考えるとやっぱ遠いですよね。100km以上ありますもん。早く羽田で国際線の離発着できないかなぁ。。
車内ではバンコクで買ったカラバオのCDを大音量で聴いてました。





60年代ロックのDJやるんだったら1曲目はこの曲かけたいですネ。



ハワイのThe Breakersというホテルにて。
ここはワイキキの端のほう(アラモアナより)にあるブティックホテルです。日本の裏千家が経営していて、和風テイストが妙に和みました。よく行くパールシティーのレコード屋さんへ行き、たくさん買ったレコードの中にこの三波春夫のものもあったわけです。コロムビアのレコードプレイヤーはこの頃よく旅行に持っていきました。(2002年4月)


1999年4月中旬日記 東京 36歳
2000年4月19日(水) 東京 37歳

港雄一(ピンク男優・監督)インタビューより


港雄一さんは1980年代初頭、西船橋のストリップ劇場で実演ショーを観たことがあって、その頃から「もう女には飽きた」なんて言っていたので、男色歴ももう30年以上になると思うんですけどねー。
2012年4月中旬のつぶやき バンコク 49歳

2012年4月14日(土)

午前中の外出より帰宅。ものっそい暑いので昼ビールで水分補給してしまった。ごめんなさお
posted at 13:30:06

昼ビール至福なり。
posted at 13:50:55

「7割ムチで3割アメでいいと思うんですよ」(杉本彩「ダウンタウンDX」にて。旦那が自分のことをぜんぜん褒めてくれないと愚痴っていたのを目撃されたときに言った言葉)
posted at 17:36:50


2012年4月15日(日)

自転車のタイヤの空気が減っていたので今日はバスで外出。バンコクのバス路線だいぶん覚えたよ。
posted at 14:19:54

37℃まで気温が上昇した。
posted at 17:17:55

今日は1日中陽光が照り付けていたなー。室内にいてもじりじり暑かった。もうちょっとしたら日没だから出かけることにしよう。
posted at 19:02:24 


2012年4月17日(火)

ソンクラーン休暇明けの出社だったが、行きたくない気持ちいっぱいだった。
posted at 14:49:29

4日間休んだ気がしなかったな。
posted at 14:51:30

でも給料もらうためにしがみついて仕事する
posted at 14:52:49


2012年4月18日(水)

寝汗かいた。寝苦しかった
posted at 06:09:07

キタクアセダクダクダク
posted at 22:49:15

仕事忙し余裕なしでも充実してる(青臭いつぶやきやなw
posted at 22:50:12

いきなりセミが鳴き始めたよ。今は何の季節なのだろうか
posted at 23:16:11


2012年4月19日(木)

なんかお尻のあたりがヒリヒリするな。いや、そういう意味ではなく・・・。
posted at 00:26:37

言いたいことも言えない世の中じゃ、ではなく、言いたいことは特にないのだ。
posted at 00:31:43

"Do not let me hear/ Of the wisdom of old men, but rather of their folly" (もう老人の知恵などは聞きたくない、むしろ老人の愚行が聞きたい―T.S. エリオット 西脇順三郎訳)
posted at 00:47:50

ネビル・シュートの「渚にて」読みたい。映画は子供の頃観て多少記憶に残っている。
posted at 09:30:05

朝であろうが昼であろうか夜であろうが、一歩部屋の外へ出たならば、汗が止まらないのである。というわけで、今日も汗だくで帰宅つゆだく。
posted at 22:34:38

暑いので髪の毛を切った。染毛してから2ヶ月以上経つのでまた白髪頭だ。
posted at 22:36:35

しかし2ヶ月前までチェンマイでぐーたらしていたのが夢のようだ。もうあんな日々は来ないのかもしれないな
posted at 22:37:58

仙草蜜ジュース美味い
posted at 22:41:18





(1年前の記事)
[chapter 55]プーケットのパトンビーチにて
(2年前の記事)
[chapter 3]男の子の名前はみんなエロマンガっていうのね Tous les garçons s'appellent Erromango
2014.04.19 Saturday

[chapter 108] サメット島で休暇を過ごす/ THE TRAIN KEPT A-ROLLIN / 港雄一インタビューより/ 檀香山へ/ The Beach Boys' Partyほか


タイの旧正月(ソンクラン)休暇でバンコク南東にあるサメット島に行ってきました。

2014年4月19日(土) バンコク 51歳

The train kept a-rollin


Johnny Burnette - The train kept a-rollin 1956


TINY BRADSHAW ~ THE TRAIN KEPT A-ROLLIN ~ 1951


The Yardbirds (with Jeff Beck)- Train Kept A Rollin' 1966


Aerosmith - Train Kept a Rollin' 1974
こちらから文字起こしばっすい)

大瀧詠一:ロックンロール(の話に)行きますか。エルビス登場後に、いろんな白人がロックンロールをやり始めるわけですよ。ジーン・ヴィンセントの「ビーバップ・ア・ルーラ」なんかとてもセクシャルな歌い方だったんだけれども。それで、ジョニー・バーネットという人がいまして、名曲の誉れの高い「Train Kept A Rollin」を聴いてみましょう。(曲)
坂本龍一:この低音はベースですか?ギターですか?
大瀧:ギターですね。この頃(1956年)レオ・フェンダーという人がいろいろなギターを作り始めまして、またその前に1940年代後半にはレス・ポールが自分でギターを作ってそれで多重録音とか始めたんですが、いろいろこういうファズトーン的な音というのは1956年以降顕著になっていくわけです。われわれは高校生の頃、ローリング・ストーンズの「サティスファクション」でファズギターを初めて聴くわけですけれども、もともとこういうディストーションのかかったギターサウンドというのは50年代中期からあったんです。
坂本:エフェクトボックスとかあったんですかね
大瀧:それもありましたし、力量の足りない分それをやらせた側面もあるし、そういうギターもあったんです。で、この頃オリジナルを作らなかった人は、カヴァー曲を演奏していたんですよ。この「Train Kept A Rollin」も40年代のジャンプとかコンボバンドのオリジナルをカヴァーしているわけです。では、そのオリジナルを聴いてください。ティニー・ブラッドショーの「The Train Kept A-Rollin」(曲)
大瀧:この曲にギターリフを入れて、「Train Kept a rollin all night long」というボーカルを入れればロックンロールの作り方のひとつの見本になるわけです。この曲はイギリスの連中が多くカヴァーしていて、1960年代にはヤードバーズ時代のジェフ・べックがとりあげたりして、イギリス的なハードロックの源流というのはこの辺にあるんじゃないかと僕は感じるんですけどね。
坂本:そのことを考えていたんですけど、イギリスの彼ら、クラプトンやべック、ビートルズなどは、短期間にアメリカの黒人音楽を吸収して自分のものにしていったじゃないですか、ギターのリフとか、10代から20代の少年がすごく深く理解してね、そういう下地はどういうところにあったんでしょうね。
大瀧:ロニー・ドネガンの「Rock Island Line」(イギリスの音楽で初めてアメリカのヒットチャートにチャートインした曲)やエルヴィスの「ハートブレイク・ホテル」のヒットが1956年で、ジョン・レノンは当時16歳でそれを聴いているわけですからね、いちばん影響を受けたのもわかる、と。そのルーツにあるB・Bキングやマディ・ウォータースなど昔のブルースの人を聴いていても不思議ではない。ブリティッシュグループを聴いてブリティシュグループのようになろうとした日本の状況と、アメリカのロックンロールのオリジナルを聴いてブリティッシュロックを作ったイギリスの違い、という風に感じました。それは、アメリカンロックの源流を探らなければ日本のロックはできないというのが1970年のわれわれ(はっぴいえんど)の課題だったわけです。まぁ、力及ばず花開かなかったわけですけれども。


Special Musician Series 坂本龍一の師走大学(ゲスト・大瀧詠一)
NHK-FM 2003年12月29日OA



檀香山(ホノルル)

2000年4月19日(水) 東京 37歳

港雄一(ピンク男優、監督)


港雄一さんは1980年代初頭、西船橋のストリップ劇場で実演ショーを観たことがあって、その頃から「もう女には飽きた」なんて言っていたので、男色歴ももう30年以上になると思うんですけどねー。

2003年4月19日(土) 東京 40歳

THE BEACH BOYS' PARTY

1965年というと思い出すのが、その年リリースされた『THE BEACH BOYS PARTY』。このアルバムは、ホームパーティーをしているような雰囲気で録音されているアルバムである。曲間にメンバーの恋人や家族のしゃべり声がマイクに拾われたり、イントロをとちって演奏をやり直したりしている。昔から思っていたのは、このときみんなキメテイタのではないかということ。なんかそういうリラックスした雰囲気が漂っていると感じたのだが。しかしアマゾンのレビューを読むと、ブライアンがそれらしく曲間のノイズとかをパッチワークしたとあるんだけれども。

レコード会社を説得し、次作『Pet Sounds』を手がける一方で、ビーチ・ボーイズのリーダー、ブライアン・ウィルソンは『Party!』では奇抜なアイデアを取り入れた。バンドメンバーがスタジオに友人を大勢呼び、その様子をそのまま録音したのだ。そしてにぎやかな騒ぎ声や、パーティーの雰囲気を後から多重録音として重ねたのだった。だから楽器演奏にまとまりがないように感じられるが、間違いなくメンバーが演奏している。自作のメドレー『I Get Around』と『Little Deuce Coupe』を除いて、すべての曲がカバー曲である。Jan And DeanのDean Torrenceのヒット曲『Barbara Ann』や、ジョン・レノンがボブ・ディランの影響を受けて作った『You've Got To Hide Your Love Away』をデニス・ウィルソンがカバーしているのがいい。

2002年4月19日(金) 成田〜ホノルル 39歳

檀香山(歐胡島・夏威夷群島)

15時20分出宅。今回はチャイナエアで38000円の格安チケットを入手してのハワイ旅行。
夕方便だとどうしても愚図愚図して、時間ギリギリまで支度に手間取る傾向がある。そんなわけで今日もタイムリミット近くになりようやく出発した。
成田に行くのにはJRよりも京成のほうが安いので日暮里に向かう。新橋まで地下鉄で行きJR線に乗り換え。で、16時50分発のスカイライナー。

駅の待合室で電池など備品を買う段になって、忘れ物をしてきたことに気づいた。デジカメのスマートメディア(メモリーカード)をPCに挿しっ放しにしてきてしまったみたいなのだ。すぐに会社の同僚にテレすると、はたしてその通りであった。とりあえずそのスマートメディアをPCからはずして保管してもらうよう頼んだ。
さてどうしよう。空港に売っているかな。なかったらハワイ島だよな。売ってない場合、最悪カメラ買わなくちゃ、かなぁ。
幸先悪いスタート、おのれのドジ加減に凹んだ。

空港第2ビル着。団体旅行カウンターで搭乗券の受け渡し後、中華航空チェックイン。まだ羽田から移ってきて2日目なのでJALのカウンターを間借りしていた。ハワイ便なので予想とおり、若者でうじゃうじゃ。めっさうざったい。一秒も早くこの人ごみから離れたいが、並んだ列はなかなか進まず。ようやくチェックイン。
すぐに出国ゲートを通過し、免税店に急いだ。もう空港施設内に店をさがす猶予はなかったのである。

そして…。

あーっというまに、ホノルルに着きました!19時間の時差があるので、日付は同じ4月20日午前6時過ぎ。

スマートメディアは成田で無事、手に入れることができました。ラッキーでした。
2005年4月19日(火) 曼谷〜成田 42歳

バンコクから帰国

日曜の午後着だったので、高速はすいてて成田の駐車場から家まで1時間40分で着きました。でも冷静に考えるとやっぱ遠いですよね。100km以上ありますもん。早く羽田で国際線の離発着できないかなぁ。。
車内ではバンコクで買ったカラバオのCDを大音量で聴いてました。



(今週のおまけ)


60年代ロックのDJやるんだったら1曲目はこの曲かけたいですネ。



ハワイのThe Breakersというホテルにて。
ここはワイキキの端のほう(アラモアナより)にあるブティックホテルです。日本の裏千家が経営していて、和風テイストが妙に和みました。よく行くパールシティーのレコード屋さんへ行き、たくさん買ったレコードの中にこの三波晴夫のものもあったわけです。コロムビアのレコードプレイヤーはこの頃よく旅行に持っていきました。(2002年4月)




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