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2017.07.29 Saturday

[chapter 271] 旅する本(YKK)が船便でタイにやってきた/ チェンマイのラープ屋で鶏肉生ラープを食す/ ヤムゴップ(カエルの和え物サラダ)/ バンコククリスチャン病院にて診察、検査/ ミャンマー・シャン州料理レストランにて昼食ほか


旅する本(YKK)が船便でタイにやってきた(2017年7月24日)


2017年7月24日(月) バンコク 54歳

旅本が船便で届きました

2017年7月28日(金) チェンマイ 54歳

チェンマイのラープ屋さんに3週間ぶりに訪れる

左上の写真の上から二段目、「ヤムゴップ」と書いてあるのだが、意味は「カエルの和え物サラダ」。どんな食べ物なのだろうか。この日は挑戦しなかった。
3週間前の記事はこちら
2017年7月25日(火) バンコク 54歳

バンコククリスチャン病院にて診察、検査



体調不良でバンコククリスチャン病院なう。今診察終わり、薬局へ移動。
2017年7月26日(水) バンコク 54歳

イサーン料理@Suda Restaurant



会社帰り、いつものソイ14のイサーン料理屋。いつものように肉、肉サラダ(ラープムー)、キャベツスープ、美味。
昨日病院で体重量ったら3キロくらいウエイトダウンしていたのが驚き。
明日一日仕事が終わればチェンマイだ。宿の近くに日帰り温泉ができたそうなのでそれだけを楽しみに生きる。あと2日は死なないで生きる。生きるのだ。
2017年7月28日(金) バンコク 54歳

航空会社のラウンジ@スワンナプーム空港



朝3時半起きでスワンナプーム空港へ。チェックイン後、航空会社のラウンジ。さすがに眠い。濃い目のコーヒーを飲む。

ミャンマー・シャン州料理レストランにて昼食



チェンマイ着。友人と待ちあわせしてシャン州料理レストランへ。お茶の葉のサラダ、タマリンドサラダ、カレーなどいただく(左につづく)
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2017.07.08 Saturday

[chapter 268] 生鶏肉ラープ@チェンマイ / イザベラ・ロッセリーニ/ ナマズラープ@Hai /今週愛でたネコ ほか


(近況)チェンマイのラープ屋さんにて生鶏肉ラープを食す(2017年7月8日)


2002年7月4日(火) バンコク 54歳

ナマズラープ@Hai 
2017年7月6日(木) バンコク 54歳

イザベラ・ロッセリーニ
2002年7月3日(月) バンコク 54歳

イサーン料理@Suda Restaurant


ムーヤーン(豚肉炭火焼肉)


キャベツムーサップスープ


スチームライス


デザートはカオニャオマムアン(マンゴースティッキーライス)
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2017.02.04 Saturday

[chapter 247] チェンマイなう!/ 天国前 / 社内メール / ギヨーム・アポリネール/ 朝丘雪路トリヴィア/ サヴィンコフ「テロリスト群像」/ インディー・ティー・マイ・ルーチャック / ミュンヘン(2005年 スティーブン・スピルバーグ)/ 萩本欽一 VS 清水ミチコほか


2ヶ月ぶりのチェンマイなう!(2017年2月4日)


2017年2月2日(木) バンコク 54歳

今日買った本

2006年2月6日(月) 東京 43歳

ミュンへン


2006年2月4日(土) 東京 43歳

天国前



天国前ハイヤーのりば。

いちおう念のため解説しますとこれは「てんごく」ではなく「てんくに」と読みます。銀座8丁目にある有名な天ぷらやさんです。このビルの上の階にある会社で働いています。
2002年2月1日(金) 東京 39歳

社内メール

お疲れ様でございます。
現在使用している刃物(カッター・ナイフ・包丁等)の刃を2月4日より新しいものに変更してください。宜しくお願い致します。


・・・変な会社でしょ?どうやら2月4日に刃物の刃を換えると、運気が上がるらしい。
2010年2月19日(金) チェンマイ 47歳

今日のTweets



●ダブルエントリーのタイ観光ビザ取得。
●よっこらしょ。さてちょっと外出。今日もチェンマイ市内は、天気がよくて気温もそこそこ高いのだけれど、排気ガスが大気を汚染し、視界が悪くきたのがちょっと悲しい。
●沢木耕太郎の「深夜特急」のシンガポール編の最後は、無理矢理なこじつけっぽくて個人的にはどうもいただけない。
●サヴィンコフ「テロリスト群像」に出てくるセルゲイ大公暗殺シーンで、夫人と子供がいて爆弾を投げるのを躊躇したエピソードは、スピルバーグが「ミュンヘン」で使っていることに気がついた。
●ギヨーム・アポリネールについて日記を書こうと思ったら疲れて眠ってしまった。
2004年2月3日(火) 東京 41歳

朝丘雪路トリヴィア

『踊る!さんま御殿』にて。山田まりやがホテルの一室で後輩のYELLOW CAB軍団のブラをはずしおっぱい較べをしたという話をしたときに、朝丘雪路がもらした一言がとても気になった。

「YELLOW CABの社長ってわたしのマネージャーだったの」

そうか、野田社長は朝丘雪路のマネージャーだったんだ。もしかしたら朝丘と仕事をして“巨乳”で商売することを思いついたのかもしれないな。いや絶対そうだ(なぜか根拠のない確信!)。



最近好きでよくカラオケで歌っているタイのポップロック。ยินดีที่ไม่รู้จัก (インディー・ティー・マイ・ルーチャック)25Hours

2016.12.17 Saturday

[chapter 240] ROGUE ONE: Star Wars Story / 2003年12月第3週日記 / 高田延彦 / 山田優の身体計測 / ジャワ島 / 現在位置確認 / 師走の銀座点描 / キャパ「崩れ落ちる兵士」/ 鎌倉河岸から神田駅にかけての界隈 ほか


(近況)「ROGUE ONE: Star Wars Story」鑑賞しました。(2016年12月16日)


2003年12月16日(火) 東京 41歳

プロレス入門当時の高田延彦エピソード

2003年12月17日(水) 東京 41歳

山田優の身体計測

2003年12月18日(木) 東京 41歳

ジャワ島について

2003年12月18日(木) 東京 41歳

現在位置確認

2003年12月19日(金) 東京 41歳

師走の銀座点描



2011年12月第3週のつぶやき
チェンマイ 49歳

2011年12月17日(土)

午前中は曇っていたので気温23℃だったが、お昼過ぎようやく陽が差してきたので26℃くらいまで上昇した。でもまだ寒いのでヨットパーカーのフードをかぶりマフラーをして外出。異常なまでの寒がりな自分。
posted at 15:17:03

そんなに熱心に読んでいたわけではないが漫画「ナニワ金融道」で主人公灰原の先輩の桑田がよく言う「どうやってうまいこと金返すか、いい絵描かんかいボケ!」という台詞から「絵を描く」という表現が自分の中に妙に入ってしまい、物事を行うのにどれくらい具体的にイメージできるか腐心する癖がついた
posted at 15:45:29

2011年12月18日(日)

朝。日の出とともに目覚めよい気分。気温19℃。
posted at 09:16:12


ニマンへミン・ソイ17の「OISHIらーめん」、つぶれてた。2年くらいか。
posted at 09:17:42

「元気ラーメン」に行ったら、客としてきていた妙齢の婦人に挨拶された。「はて、誰だろう」とポカンとしていると、よく行くタイマッサージ屋の施術師の女性ということを思い出した。いつもと違う場所だと知ってる人でも思い出すのに時間がかかることがわかった。老化現象だろうか
posted at 09:18:43

「元気いいぞう」ラーメンではない。
posted at 09:20:24

プーカム交差点の近くに「つなみ」という日本料理屋がある。強烈なネーミングだ。人気のある店で夜行くと行列ができていたりする。
posted at 09:26:08


スペイン内戦時撮影したロバート・キャパの「崩れ落ちる兵士」。あの史上名高い写真はロバートの弟のコーネル・キャパがプリントしたという説を発見。コーネルはファインプリント志向が強く実際より綺麗に印画したお陰で歴史に残ったのではないか、と。http://t.co/FJ0Iskm
posted at 13:12:16

手元に本がないのでうろ覚えなのだが山田宏一の「友よ映画よ わがヌーヴェル・ヴァーグ誌」だったか、当時パリ留学中の山田がゴダールの「アルファヴィル」(1965)の室内撮影を現場のホテルに見学に行くくだりがあって、ジャン=ピエール・レオがサード助監督で現場にいたという記述を思い出した
posted at 13:22:30

洗いたての香料入り洗剤の匂いでいっぱいのタオルケットにくるまって、胸焼けが通り過ぎるのをやり過ごす
posted at 17:54:35

調子わる
posted at 18:04:17

2011年12月19日(月)

体調不良で休んでいたらそのまま夕方から午後11時近くまで眠ってしまった。夕食をとるタイミングを逸してしまう。具合のほうはだいぶんよくなった。あ、「俺の日常クイズ」解答し忘れた。
posted at 01:12:19

North Korea state TV says Kim Jong il has died 金正日死去の第一報が入る
http://t.co/qjlaytH via @reuters
posted at 12:17:59

食欲も性欲も物欲も少なくなってきた。年相応なのかどうかはよくわからない。
posted at 19:22:34

私が初めてプロ野球を意識して観だした昭和40年代半ばころ(1970年前後)は読売巨人軍が連覇の記録を塗り替えていた時期と重なるが、最初に気になったのはホームのユニフォームの「GIANTS」の「S」の文字がタイポグラフィーの装飾文字の見栄えで「8」に見えて仕方なかったことだった。
posted at 19:24:15

2011年12月20日(火)

夕食後、志ん生の「粗忽長屋」を聴きながら眠りに落ちてしまった。さっき目が覚めた。落語の夢は見なかったようだが何の夢を見たかは忘れてしまった。
posted at 01:56:17

増田みず子「手術」(「群像」2005年1月号)読了。家族の病気・介護・葬儀などがテーマの小説は我が身に起こった出来事だったのでここ数年読める心理状態ではなかったが、何故か読めた。やはり時間はもろもろのことを忘れさせてくれたり結論の出ない感情を整理してくれたりするのだなと実感した
posted at 05:16:02

耳鳴りが
posted at 07:40:52

シャンプーを変えたら髪の毛がさらさらになりちょっと気分がいい。思えばタイに移り住んでから水とシャンプーの相性が悪いせいで前にも増してくせっ毛がひどくなり、髪の毛を短くしブローもしなくなった。ドライヤーは買ったけどほとんど使ってないです。
posted at 15:28:15

美術館は近代の制度である。それは第一に、それまで特権階級によって独占されてきた「知」を公共化する。第二に、それは時間的な順序を空間的に提示する、逆に言えば、空間的な排列が時間的な発展を示すことになる。この意味で、ヘーゲルの哲学=世界史の体系とは一種の美術館である(柄谷行人「美術館としての日本」 批評空間1994年)
posted at 15:40:46

楳図かずお「14歳」で、22世紀の世界のすべての経済界のトップに君臨するグランドマスターのローズ氏が不老不死の薬を手に入れたいという設定は幾度となく見聞きしたことのある話だが、超国籍企業が国民国家の依存によらず国家の存在を超えた力をもち国家と対峙する日ははたしてくるのだろうか
posted at 16:03:33

日野啓三は読売新聞社外報部の記者時代、仕事が終わると大手町の会社を出てそのまま地下鉄には乗らずにふらふらと神田方面によく歩いていき徘徊していたという。鎌倉河岸から神田駅にかけての界隈はなぜか方向感覚が微妙に狂い、迷路に迷い込むような錯覚を覚えるので好きだったという記述を読んだことがあり共感した
posted at 22:46:01

夕食を終え部屋に戻ってきたらすぐに眠くなり、ベッドに倒れこむように寝てしまった。4時間くらい睡眠し目が覚めた。最近多いパターン。
posted at 04:06:48



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2016.12.03 Saturday

[chapter 238] 夜行バスにてチェンマイへ/ クンタン峠にて/ チェンマイ到着 / ゲストハウスにチェックイン / 昼ごはんは生ラープ / Sista Golden Hair / ドーイサケット温泉 / 「道に迷う」ことも旅の醍醐味ほか


タイは12月3〜5日まで3連休なのでチェンマイに静養に来ました。


2016年12月2日(金) バンコク〜チェンマイ 54歳

夜行バスにてチェンマイへ

2016年12月3日(土) チェンマイ 54歳

クンタン峠にて


チェンマイ到着


ゲストハウスにチェックイン


昼ごはんは生ラープ

2016年12月4日(日) チェンマイ 54歳

ドイサケット温泉にて



2016年12月4日(日)
チェンマイ 54歳

Sista Golden Hair







ゲストハウスの犬と遊んでいたら宿泊客の女の子が走って犬を触りにきた。子供は無邪気でいいな。
バイクに乗りながら心に去来した想い(覚え書き)

朝食後シャワーを浴びて部屋でごろごろしているとあっという間に9時半近くなったので「やべっ」と焦り、出かけることにした。本当は終日ごろごろしてもいいのだが、バイクもあることだし久々にチェンマイ郊外でも行ってみるかと思ったしだい。先月1ヶ月間友人がチェンマイに長逗留していてFBに情報をアップデートしてくれていたので、気になったところに行ってみよう、と。まずはドーイサケット温泉に行くことにした。国道11号線をセントラルフェスティバルのところを左折、国道118号線に入りチェンライ方面へ向かう。

ドーイサケット交差点まで約15キロ、快調に進む。ここで以前行ったことのあるメークワーンダムに寄っていこうと思いついた。確かドーイサケットを左折していけば着くはずだ。そう思い、適当にそこらのソイを左折した。

ところが、いくら走ってもメークワーンダムには着かなかった。念のためGP機能付きの地図を出したのだがそれでも地図上に見えるダム湖には近づくことができなかった。結局まぁ行かなくてもいいか、と目的地へ行くのをあきらめ、温泉にストレートに行くことにした。

「道に迷う」ことも旅の醍醐味ではないか、ということを思いついた。そうだ、私の旅はいつも行き当たりばったりで、何処かへ行こうと思いついたり、何かをしようと思いついたりしても、準備はまったくしていないのでうまく行かないことが多かったのだ。タイ人はホテルも決めずに旅行をするが、一時期、旅行者時分の私も、往復航空券だけを買うだけでホテルは予約しないでタイに来ていたものだ。運を天に任せるというか、トラブルを期待するというか、まぁなんとかなるでしょう、そんなところがあったと思う。面倒くさがりということもあるのだけれども。1年前にスマートフォンを買うまではそんな旅を続けていた。

スマフォを買ってアプリをあれこれインストールするようになってから変わった。現代の最先端のツールをもつと、それに依存してしまう自分がいる、それは間違いなく。というわけでホテルは予約サイトで予約するようになった。

便利になると、こういったやりたいことが手軽に実現してしまい、「ものごとがうまく成就しない」というある意味、もうひとつの旅の醍醐味が失われるということに思い当たったのだ!ちょっと前までは個人旅行なんてトラブルが当たり前で、1回海外旅行するだけでその体験は一冊本が書けるほどだったよね、というのはちと大げさだけど。

2泊3日などの短いスパンの旅行だと失敗したくない思いがあるじゃん。以前は下調べをよくしたけれども、最近はまったくしなくなったなー。時間を失う恐怖があっても、その反応を手放すことで面白い旅ができる気がするんだけれども。でも先月行ったルアンパバーンではあまり下調べしなかったから動きづらかったかな。まだウォーミングアップの段階で終わってしまった。月曜日の奥山商店のルアンパバーン旅行記なんて、よく動いているって感心した。OQ山さんのブログは面白いよ。

あと、旅の時間って過去のいろいろな体験を思い出す、それも大事な要素だと思った。
最初にサンカンペーン温泉に行ったとき、当時もっていたガラケーのメールに、日本でよく遊んでいた女性が急死したという訃報がとどいて呆然としたことがあったんだけど、そのとき雨も降ってないのに、虹が見えたことがあったの。あの虹は彼女が見せてくれたんじゃないか、って確信したことを今日思い出した。

サンカンペーン温泉へはたいていレンタルバイクで行くんだけども、最初の頃はよく道に迷っていたなー。そしてあちこちでタイ人に道を尋ねてやっと着いたときのヨロコビ。あるいは帰りにスコールに遭って、ふだんはバナナとか売るあずまやに雨宿りに入ったら先客のタイ人のおばちゃんたちがいて、お菓子もらって雨が止むまで馬鹿話したりとか、懐かしい思い出がいろいろ出てくるもんだ。わずか8年ほどのあいだの出来事なんだけども。
ウィチアンブリー・ガイヤーン


シリマンカラジャーン通りソイ11にある。


天下一品のガイヤーンとカオニャオ


ソムタムタイ


「ここいいですか」と若い女性が合い席を求めてきた。断る理由はまったくない。

温泉で足湯に浸ったあとはバイクで小一時間かけチェンマイ市街へ戻る。元住んでいたアパートのすぐ裏にある、チェンマイでいちばん美味しいと個人的に思うガイヤーン屋「ウィチアンブリー・ガイヤーン」(シリマンカラジャーン通りソイ11)で焼き鶏ハーフ、ソムタムタイ、カオニャオ。これも食べたかった!4ヶ月ぶりに食べられてシアワセ(安上がりな男ですw)。

ニマンへミン通りのソイの中は中国人観光客でごった返していた。これはもうちょっと行く気にはならんなぁ。。。
Starbucks Coffee にて



食後は御堀通り沿いに新しくできたスターバックスコーヒーへ来てコーヒーとココナッツケーキをいただきながら、PCとアイフォンの充電がてらこれを書いています。




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2016.09.24 Saturday

[chapter 228] ハドソン川の奇跡 / 渥美清@紫電改/ ホットペッパーCM / 名菓 博多の女(ひと) / モーセが「十戒」を書いた板をもってシナイ山を下りてくると・・・ / モンスターVSエイリアン / 山田花子「嘆きの天使」を読み黒歴史を召還 /知久さん@ドブロギター


(近況)クリント・イーストウッド監督、トム・ハンクス主演「ハドソン川の奇跡」を鑑賞しました(2016年9月21日)


2016年9月21日(水) バンコク 53歳

ハドソン川の奇跡


2016年9月20日(火) バンコク 53歳

渥美清@紫電改



(参考記事)渥美清を目撃(1985年8月21日)
2016年9月19日(月) バンコク 53歳

名菓 博多の女(ひと)

2010年9月の主なTweets チェンマイ 47歳

2010年9月1日(水)

突然の停電で書きかけの書類のデータが消失してしまった。mixi日記やブログを書くときはアップロード前のテキストを失わないようにマメに保存してしているのだが、どうでもいいテキストはちゃんと保存できるのに、肝心な大切なテキストは消えてなくなる。詰めが甘いわたしの人生そのものだナ。

年末や月末は時間の流れがちょっと遅く感じるのに、日付が替わって新しい年や月になったしゅんかん、時間が加速してだだーっと流れていくように感じるのは私だけだろうか?2010年9月1日の今日、久々にそんなことを実感しました。

村井紀「南島イデオロギーの発生〜柳田国男と植民地主義」を読み返していると、関東大震災の朝鮮人虐殺の項が出てきて、そういえば今日は9月1日だったことを思い出しシンクロニシティーに驚愕。芥川龍之介が日本人「自警団」に加わっていた件は調べてみたいと思った。

「ベン・ハー」(1959)。4頭立て馬車レースのシーンを久々に観たけど、実写の迫力はやはり凄いなと思った。スクリーンプロセスの合成はわからなかった。後退移動する車にカメラを据えて撮ったのかな。それに較べると「スター・ウォーズep1」のポッドレースのシーンが逆に陳腐に見えること。


2010年9月4日(土)

寝つけないので山田花子の「嘆きの天使」を読み返していたら、記憶の奥底に沈殿していたカサブタ状のイボを痛く刺激してしまい、のたうちまわっています。俺の黒歴史よ、消えておくれー。(一生つきあっていくしかないんでしょうけどね・・・)

「モンスターVSエイリアン」想像してた以上に好かった。エンディングロールでB-52'sの「惑星クレア」〜シェブ・ウーリーの「ロックを踊る宇宙人」がメドレーでかかるセンスなんていいなぁ。ヒロインのスーザンがチャーミングなの(はぁと)。

夢。パスカルズライブで休憩のあと第2部の頭でバンジョーの原さとしさんの弾き語りのコーナーがあった。寺山修司作詞のなんとかという曲を歌うのだが途中歌詞を間違える。すると石川さんが寺山さんの遺族から送られた抗議文をポケットから出して「俺も昔歌詞を間違えて訴えられかけたんだ」と言った。


2010年9月5日(日)

タイマッサージ学校に通っているとき、爪を伸ばしている女性生徒がいて、爪が当たって痛かった。抗議しようと思っていたら、私よりも先に別の年輩の男性がその女性に注意したのだが、女性は「そんなことはわかってます!」と開き直って自分の非を認めようとしない。教室は一時険悪なムードになった。

友人が3泊4日のチェンマイ滞在を終え、鉄道でバンコクに旅立っていきました。お気をつけてー。

「海底軍艦」(1963)を観ていたら、若かりし頃の高島忠夫の目が鋭く切れ上がっていてちょっと気になった。次男の政宏に似ていると感じた。


2010年9月6日(月)

日差しが強くて日除けの帽子とウインドブレイカーと手袋は必携。手袋を忘れると手の甲が赤く日焼けしてしまうのだ。

昨日夢で知久さんが銀色に光るドブロギターを弾いていた。かっこよかった。


2010年9月7日(火)

袋小路って最初、「袋浩司」って変換された。どんだけ愛してるんだよ、ってことですねww。

こちらのバーではカシューナッツを注文すると、炒ったカシューナッツと刻みネギに赤唐辛子が皿に盛られて出てきます。一緒に食べるとこれが強烈に辛いんダ。ビールのつまみに最適です。

@ky00950 STUFF 時代のスティーヴ・ガッド。1979年高校2年の夏、五十嵐公太くん(のちにジュディ&マリー)や山下規介くん(のちに俳優)など、高校の音楽仲間のあいだでStuffは話題騒然でした。めちゃ懐かしいっす。


2010年9月9日(木)

「私立探偵松尾」はつい最近の蛭子さんの作品という認識があったのだが、「ガロ」に連載されてからもう20年以上経っているんだな。

小学校の国語の教科書に載っていた「ゼッケン67」という文章をとつぜん思い出した。東京オリンピック男子10000m決勝の実話を基にした短篇。概要が載っているブログを発見。 http://bit.ly/aVNRCI

「ジュマンジ」(1995)久しぶりに観ている。子役の女の子、キルスティン・ダンストだな。このあとマリー・アントワネットを演じることになるとは、このとき思いも寄らなかっただろうな。。

2010年9月12日(日)

酒場でメコンウィスキーを注文しようとしたら店の人に「不味いからやめたほうがいい」と言われた。タイなのに(笑)。注文しましたけどね。



2010年9月25日(日) チェンマイ 47歳






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2016.08.15 Monday

[chapter 223] ポケモン GO/ チェンマイに遊ぶ / Train to Busan/ 人の顔に見えるマンホール / スイミングプール@ロータスパンスアンゲーウ/ 進駐軍/ 夜行性ランナーほか


チェンマイに遊びに来ました。ここはリバーサイドのレジーナコーヒーハウス(2016年8月13日)。



2016年8月9日(火) バンコク 53歳


2016年8月12日(金) チェンマイ 53歳


2016年8月13日(土) チェンマイ 53歳


2016年8月14日(日) チェンマイ 53歳

TG111便 ビジネスクラスでバンコクへ
2016年8月9日(火) バンコク 53歳

ポケモン GO @プロンポン駅スカイウォーク


渋滞の多いバンコクとこのゲームは親和性は高いと思った。暇潰しに丁度良い。


プロンポン駅スカイウォークなう。


皆んなやってるっぽい。


ソイ33/1 の洋食屋。食事中開いたら近くにいた。
2016年8月12日(金) チェンマイ 53歳

人の顔に見えるマンホール




夏休みで長期滞在している友人母子と待ちあわせして夕食へ。いつも行くゲイレストランまで行くと、店のドアは開いていたが店員に「今日まで休みで営業は明日から」と言われ入店を断られる。仕方なく今来た道をとぼとぼ戻り、違う店を探す。結局紆余曲折あり、こちらもよく行くごはん亭に行った。石川浩司さんが好きなサーモン寿司は注文せず、幕の内弁当セットと冷奴を食す。途中人の顔にみえるマンホールをS子さんに教えてもらい撮影。サンティタム五差路は想像していた通り、ポケスポットであった。
2016年8月12日(金) バンコク 53歳

進駐軍


(読書メモ)
東京の街にはアメリカ兵が氾濫している。どこへ行っても見かける。そして、アメリカ兵が日本人を殴っているというような、もしくは日本人に対して優越的な威嚇的な態度を取っているというような場面は、どこへ行っても見かけなかった。
支那では、どこへ行っても必ず、日本人が支那人に威張っている場面を見かけたものだ。日本人が支那人を殴っている場面は、どこかに必ずあったものだ。
アメリカ兵は日本人を人間として尊重している。彼等がすなわち人間として尊重されているからであろう。日本人が他民族を苛めたのは、日本人自身が日本人によって苛められていたからである。人間としての権利、自由を全く認められていなかったからである。人間の尊重ということが、日本においてはなかったからである。
(高見順 1945年9月21日の日記より)
2003年8月12日(火) 東京 40歳

夜行性ランナー




皇居ランニングを始めて2週間が経った。すっかり習慣になってきた感じ。
8月に入り暑くなってきたので、夜走ることにしている。蛍光オレンジのNIKEのアップシューズにタイで買った派手なプリントのTシャツでたいてい走っている。
会社から10Km弱の距離を1時間ちょっとかけゆっくりまわる。同じコースを走ると筋力と持久力の向上が確かめられるのでうれしい。前回は平川門まで走ったから今日は乾門まで走ろう、とか目標設定を上げることもできるし。
そして前回、皇居1周5Kmをノンストップで回ることができた。うれしかった。ただ時間は35分もかかっているけど。まぁこれから徐々に上げていこう。でも今はタイムよりも距離だな。何Km連続して走れるかにポイントをしぼっていこう。

面白いのは霞ヶ関付近を走っていると永田町の丘の上から吹きおろす風を感じるんだよ。それと虫の声が聴こえる。あれは不思議な感覚だった。官庁街にはもう自然などかけらも残ってないという先入観を覆されたの。まだ霞ヶ関にも自然があるってことに気がついた。こういう感受性を鈍らせてはいけないと思う。五感を研ぎ澄ませて感じること。耳を澄ますこと。目を凝らすこと。そうやって楽しんで走ろうっと。







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2016.06.18 Saturday

[chapter 216] 筏くだりトリップ/ 武田泰淳「目まいのする散歩」/ 立原正秋「恋人たち」 / ラムレザンアイス@奥沢LA RUCHE / 2009年6月中旬の精神的営みほか






筏くだりトリップ@チェンマイ県メータマン(2009年6月)


2016年6月11日(土) バンコク 53歳

武田泰淳「目まいのする散歩」



http://rive-gauche.jugem.jp/?eid=173#suzuben
2016年6月14日(火) バンコク 53歳

立原正秋「恋人たち」ほか

2016年6月16日(木) バンコク 53歳

1リットルピッチャー
2007年6月16日(土) 東京 44歳

ラムレザンアイス@奥沢LA RUCHE



今年初めて来ました。いよいよアイスクリームの美味しい季節到来ですね!!
2009年6月18日(木) 東京 46歳

どーでもよい精神的営みの近況をアットランダムに

・筒井康隆のWEB日記を久々に読む。心が洗われる印象を受けた。やはり縦書き用原稿用紙(ワープロソフト)で思考され推敲されたプロフェッショナルの文章は、ネットに氾濫しているひどい日本語とは格調が違う。すばらしい。筒井の文章を読んで、自分の日本語は荒んでいるのではないかと危惧した。読むのも書くのも。1日の大半をネットで過ごしている自分への戒めとなった。
http://shokenro.jp/shokenro/book-cover/

・人間は加齢して中年から壮年、老年になっていくにしたがって意識中に「自分の死に方」への心の準備がだんだんなされていくのではないか、と思い始めた。中年になった私が最近、自分はどうやって死ぬのだろうかを考え始めたのである。

・やっぱ「マイミク」って変なシステムだと疑い始めた。マイミクについては、実は1年に数度「これってなんなんだろう?」と存在そのものを疑うことがある。
飲み会やイベントで一度会って、マイミクシィ登録したはいいけれど、それからまったく没交渉で2〜5年経つ人が多い。日記を公開しているのに読んでもくれないし、足あとも返ってこない。公開範囲を制限できるようなシステムになってからは、そういう人たちは通称「故障者リスト」入りさせて、何の情報も与えないことにした。マイミクをはずしてもいいのだが、また何かのきっかけで縁が復活するかもしれないのでそれはせずにしてある。
逆に、まったく会ったことがない人で何らかのコンタクトを取り合っている人のほうが、長く親密な関係が続いていたりする。
あと、あまりにも身近な人(たとえば家族とか、同級生とか……)は、双方ともミクシィをやっていることをお互いに知っていても、マイミク申請する気にもならない。直接会ったり、電話をしたり、メールをしたりするほうが意思の疎通はずっとスピーディーに行なわれるからだ。かえってハンドルネームを知られるのが恥ずかしいのでマイミク申請はしなかったりする。
「マイミク」についての疑問だけで日記が書けるほどだなー。

・チェンマイに住んでいて個人情報が漏洩することの不安を感じ始めている。まだ住み始めて1年ちょっとなのに、この外国の都市に住む日本人社会についての個人のうわさ話、ゴシップ的情報などが、聞くとはなしに聞こえてくるのである。これは相当にいやな感じ、だ。わたしは「○○県人会」「○○大学OB会」的なコミュニティーにはできる限りコミットしないで生きているのだが、それでも私の情報は第三者にどう伝わっているのか、わかったもんじゃない。
やっぱり日本人は集団行動に居心地のよさを感じ群れたがる民族なんだ。その精神的鎖国状態の中で、同調圧力をもって異分子やいけにえを排除しそのカタルシス(ガス抜き)でシステムの安定を維持するという何百年営々と続いてきた精神的構造は、ここチェンマイでも何も変わらない。
人との距離の計測を見誤ると人間関係に齟齬ができるぞ。気をつけよう(自分へ)。


・はじめはタイ人はエイリアンのようなまったく違う習性をもつ異物ではないかと思っていたのだが、それほど自分とは変わらない習性であることが1年生活して見えてきた。だが、まだ言語化はできないけれど不思議に思うことはたくさんある。もっともっと彼らの懐に入っていきたい。
まわりを陸地で国境を接しているタイは、さまざまな人間や文化、言語などの流入をして国の造形をしてきた国の歴史がある。それらに関心がある。
勉強していきたいです。
2016.06.04 Saturday

[chapter 214] タロイモ入りココナツミルクスープ/ 角川春樹自伝/ きみはペット/ 柄谷行人「憲法の無意識」/ THE WOUNDED GENERATIONS / 卍 / AI - Thank U / WILLIAM HUNG/ NIKE の社販バーゲン@天王洲アイルほか


タロイモ入りココナッツミルクスープ@S&P、チェンマイ(2009年6月2日)


2005年6月2日(水) 東京 42歳

角川春樹自伝

2003年6月4日(火) 東京 40歳

きみはペット

*大森美香さん脚本の傑作ドラマだったなぁ。
2001年6月2日(土) 東京 38歳

(DATA MEMO) "THE WOUNDED GENERATIONS"

アメリカ合州国で、1946年から53年までに生まれたいわゆるヴェトナム・ジェネレーションは、男女合わせて5310万人。
そのうちほば半数を占める男のうちで徴兵された者は221万5000人。自発的入隊者は872万人。最終的にヴェトナムに送られた者は215万人だから、軍に属したこの世代全体のほぼ20%にあたる。死者は5万1000人、負傷者は27万人、うち身体障害に陥った者が2万1000人、腕や脚のいずれかを失った者は5000人・・・・・・。
(1981年、『ワシントン・ポスト』が編集したヴェトナム帰還兵の回想録『傷ついた世代』より)
2004年6月4日(金) 東京 41歳

卍(機種依存文字)

さっき原宿のロッテリアでコーヒーを飲んでいたら明治通りの交差点を柔道着の一団が走って横断しているのを目撃した。よーく目を凝らしてみると胸元に「卍」のマークと小さく「青山学院大学」と刺繍があるのが見えた。青学の少林寺拳法部か。どうやら原宿界隈がランニングコースらしい。原宿で武道着はちょっと奇異に感じた。女の子もいたよ。
(画像なし)
(2004/06/04/18:34)
2003年6月3日(火) 東京 40歳

AI / Thank U

「TR2」月曜日のナビゲーター、AIの2nd.シングルがOAされた。"THANK U" これは好い!心にめっさ響いた!久々に日本語の曲でお気に入りを見つけたって感じ!早く発売にならないかなぁ。
(2003/06/03/14:41)

[追記]
ちなみにAIとコンビを組んでいるRIKOはユニバーサル系のレコード会社DEF JAM JAPANの社長だったんだね!初めて知った!すげぇ!しょっちゅう仕事でニューヨークに行っているからフリーではなくて会社員というカンがしていたのだが、まさか社長さんだったとは。で、AIはDEF JAM JAPAN所属のアーチストだったわけだ。昨夜の放送は心地よいショックの連続でした。先週はDMCが生登場かぁ。べトンに行っていて聴けなかったなぁ。ちょっぴり悔しい。
(2003/06/03/14:46)

[追記2]
久々にJ-WAVEの『SOUL TRAIN』に登場。最近彼氏ができたみたい。新曲の歌詞にもラブラブ度が反映されている由。以前彼氏がいないときは「身体が疼く」とか「悶々としている」とか欲求不満トークしていたの覚えている。(2004/03/03/22:06)




ウィリアム・ハンの"She Bangs"の動画 (2004年)


2016年6月1日(水) バンコク 53歳

柄谷行人「憲法の無意識」


2016年6月1日(水) バンコク 53歳

雨のバンコク、通勤風景

2004年6月2日(火) 東京 41歳

ウィリアム・ハン

デビューアルバムが30万枚のヒットで社会現象になりCNNにまで出演してしまった!!そのインタビューを見て抱いた第一印象。ハン君ってえびすさんに似ている(笑)!!たぶんアメリカ人の女の子たちがキャーキャー言うのは“珍獣目線”なんだと思う。あとスターダムへののしあがり方が谷啓主演の映画『クレージーだよ・奇想天外』(1965年 東宝 坪島孝)に似ていると思ったのは私だけだろうか?人気ロカビリー歌手内田裕也の付き人をしていた谷啓が、ふとしたきっかけで大スターになるという話。そのきっかけがあまりにもくだらなくて笑えるんだけど。なんか共通点を感じたの。キャラは天然系を作っていると睨んでいるんだけど。

ウィリアム・ハンという中国系アメリカ人のことを知ってから5時間あまり経ち、おおげさに言うと自分の頭の中がぐちゃぐちゃにシャッフルされ混沌としている。なぜこれが2004年のアメリカで売れているのか。性質の悪いジョーク、悪趣味の極みではないかとか、いや逆に21世紀最初のトリックスターが登場したんだ、この時代だからこそウィリアム・ハンなのかとか、いろいろなことを考えている。"SHE BANGS"のプロモの調子っぱずれぶりって、ものすごい。ジャイアンが空き地でリサイタル開くのと同じレベルでの歌唱が成立しているというすごさ。出てきた当初の三瓶にも似ているのかな。わからない、わからない、わからない。
2003年5月31日(土) 東京 40歳

NIKE EMPLOYEE STORE @ 天王洲アイル

またしてもNIKEの社販バーゲンに行ってしまった!あれやこれや大量に購入した。荷物が多いので大きな肩掛けナイロンバッグを買って、GETしたもの全部詰めて銀座の会社に戻ったの。おサボだったのでちと良心が咎めたよ。
2011年5月31日(火) チェンマイ 48歳

TIPCOのキウイジュース(本当はキウイ80%+グレープ20%のミックスジュース)にハマッテイル。
posted at 11:40:01

「ワイルド・アット・ハート」(1990年)でニコラス・ケイジが人を殺めて刑務所に入り、「22カ月と18日後」という字幕が出て出所してくるシーンに流れていた音楽がさっきからずっと脳内再生されている。
posted at 13:51:45

うれしいことがあったので調子にのっていろんなコンテンツに投稿しすぎた。
posted at 20:37:46


2016.05.14 Saturday

[chapter 211] 眠る狛犬/ 切符をしまう場所/ 国立東京第二病院の旧名/ 10年カレンダー/ 「ハリー・ポッターと謎のプリンス」発売初日に銀座福家書店にて購入(2006年5月17日)/ 今日買った本ほか


眠るコマイヌ番犬(チェンマイ、サタデーマーケット通り沿いの店 2008年5月14日)


2005年5月16日(月) 東京 42歳

切符をしまう場所
2006年5月17日(水) 東京 43歳

「ハリー・ポッターと謎のプリンス」本日発売!


カフェパウリスタにてハリポタ読書中
2006年5月14日(日) 東京 43歳

国立東京第二病院の旧名

最近、ごくごく近しい間柄の人が入院した。病名はここには書かないが、なんとか快復に向かっている、とだけ言っておく。本題は病気のことではなくて以下のこと。

母から電話が架かってきてその人が入院した事実を伝えられた。
「で、どこの病院に入院してるの?」と聞くと、母は
「駒沢にある大きな病院。ほら、昔
海軍病院だったとこ」と言った。
「はぁ??海軍病院ってどこ?!もしかして何年か前まで国立東京第二病院と言っていて、最近、東京医療センターって名前が変わったところ?」
と訊くと、「そうそう、それ」と母は答えたのだった。

正式には明治17年から昭和20年までのあいだ
海軍軍医学校第二付属病院・海軍第一療品廠並びに財団法人東京海神会病院
という名称だったらしい(長ったらしいなww)。

ふとした会話の中に昔の東京の記憶が現れ出てきたことがとても印象的だった。海軍とか陸軍とか、先の戦争を連想させる言葉なんて今残ってないから。

私はここは国立東京第二病院という名前が馴染み深かったが、母はそうではなく海軍病院として記憶していたことが面白かった。

(コメント欄より)
国立病院機構の病院は、陸軍、海軍系の病院だったことが多いようですね。勉強になります。


Aha,国立第二病院は私のお抱え『病院』だった。入院病棟がず〜っと奥の方にあり、古臭い昔のドアーがあった。 そうなんだ、、、「海軍病院」だったのかあ。


ここはねえ‥ハコは立派ダケレド‥
2007年5月11日(金) 東京 44歳

10年カレンダー


*年号の隣の数字は
わたし、父(2015年没)、母(2010年没)の年齢。これを書いた2007年はこんな10年になるとは想像もつかなかった…。「親孝行したい時には親はなし」



2011年5月13日(金) チェンマイ 48歳


カード・スアン・ゲーオで行なわれていた子どもたちの北部タイ伝統舞踊。そのあと散歩していたら突然降ってきたスコールで雨宿り。
*2016年は大干ばつでまったく雨が降らず、ピン川も干上がっているらしい。例年だとこの動画のように日に一度はスコールが降るものなのだが…。



2016年5月10日(火) バンコク 53歳

今日買った本


2016年5月7日(土) バンコク 53歳

今日買った本


宇野浩二〔集英社日本文学全集〕
マレー半島すちゃらか紀行 /若竹七海、加門七海、高野宣李〔1996年〕
2016年5月4日(水) バンコク 53歳

今日買った本


敗走記/ 水木しげる
今日も猫背で考え中/ 太田光
2016年5月1日(日) バンコク 53歳

今日読んだ雑誌

何故か大法輪 平成19年1月号
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