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2015.03.07 Saturday

[chapter 153] シロテテナガザル/ マルガリータなう/ Just A Moment/ 伊勢佐木町 1905-2005/ Friction-100Nen / 「クルパーでんぱ」と「カムイ伝」の登場人物ほか


ピンクラオのパタ動物園にて(2015年3月1日)





  二〇一五年三月三日(火) 曼谷 五二歳
  マルガリータなう

 明日はタイは仏教行事「マカブーチャ」の祝日。去年は二月一四日(金)が同祝日だったのだが、その三連休に合わせてチェンマイに行ったのであった。タイの宗教行事は太陰暦に拠っているので毎年時期が異なる。 
 それにしても土日以外に祝日で休めるのはサラリーマン最大の喜びのひとつだね。お酒がとても美味しい。ストローでチューチューしながら幸せをかみ締めて飲んでると言ったらちと大げさか。でも働いているからこそ休みがうれしいんだな。この地で労働させてもらっていることに感謝だ。




二〇一五年ニ月ニ七日(金) 曼谷 五二歳
Just A Moment




  二〇〇五年三月八日(火) 横浜 四二歳
  伊勢佐木町 一九〇五/二〇〇五

 日露戦争当時における横浜の繁華街として知られる伊勢佐木町の風景。日の丸の旗を掲げているのは、戦勝祝賀のためと思われる。印半纏(しるしばんてん)の男や黒えりの女など、通行人に当時の庶民の姿がよくうかがわれる。(図説「日本文化史体系」明治時代)
 一九九五年から二〇〇〇年まで伊勢佐木町(長者町三丁目)に住んでました。 




伊勢佐木町の名前の由来 
伊勢佐木町の名は明治七年に制定されたが、町名の由来は、神奈川奉行を勤めた依田伊勢守・佐々木信濃守の名にちなんだとも、この地域の開発に力を尽くした伊勢屋文蔵と佐々木次郎の名を採ったものともいわれている。
しかし、最近になって伊勢佐木町の町名の由来を記した文書が発見された。それによると、中村次郎衛・佐川儀衛門・佐々木新五郎三名の名だという。中村の屋号の伊勢屋から「伊勢」佐川の「佐」、佐々木の「木」を採って伊勢佐木町としたというのである。佐川儀衛門は久慈郡小中村(現里美村小中)の人である。
一〇〇年
一〇〇年。一〇〇年。一〇〇年経ったら変わるか。一〇〇年。一〇〇年。一〇〇年経ったら変わるか。頭の中 頭の中 入り込んで 新しいのと入れ替えちまおう。(Friction 「100Nen」)




二〇〇九年三月一一日(水) 清邁 四六歳
「クルパーでんぱ」と「カムイ伝」の登場人物





(1年前の記事)
[chapter 102] 2011年3月日記/ 歌うクジラ(村上龍)/ 2005年3月 黄金日記/ 吉増剛造先生の思い出/ ワシントン記念塔/ 夜のさんぽ/(裁判傍聴メモ)「振り込め」詐欺犯罪の裁判/ カラオケ同好会セットリスト/ 天皇と性(原武史)/ 菱田春草/ 鈴木大拙ほか

(2年前の記事)
[chapter 49] 霞ヶ関界隈 NOW & THEN (1850-2007)/ パスカルズ@初台DOORS/ 空也の最中/ アマリリス/ カッコいいローファー/ ムーの樹に花の咲く頃 ほか
2013.08.03 Saturday

[chapter 71] オランウータンの赤ちゃん/ 桜田門外の変人/ 超絶M男優の紅葉さん/ アラカンインタビュー by 竹中労/ パタヤビーチで夏休みを過ごす/ ミャンマーのタチレクで出会った怪しげな若者(囮捜査の警官?スパイ?)/ タイの高僧の格言 ほか

2013年7月27日(土) バンコク 50歳

Baby Orangutan @ PATA ZOO







日本から遊びに来た友人たちと、チャオプラヤ川左岸のピンクラオ地区にあるパタ動物園に行ってきました。これはオランウータンの赤ちゃん。人懐っこくて可愛いかったです。ただ、さすがに握力は強かった。飼育員の女性もキャラが立っていて不思議なコンビでした。





2011年8月1日(月) チェンマイ 48歳

はっさく
posted at 00:05:32

こしせなかいたい
posted at 00:06:52

雨で気温が下がったせいか気がつくと毛布にくるまって寝ていた。
posted at 11:43:11

24℃か。寒いと感じるわけだ。
posted at 12:25:16

頭痛。気温がちょっと下がっただけで身体がついていかない。気が滅入る。
posted at 14:03:38

非常に肌寒いのでTシャツの上にトレーナーを着、そしていつものウィンドブレーカーを羽織り外出。暑くも寒くも感じず、自分的にはベストチョイスであった。
posted at 16:47:02

ทำได้ไม่ดี กับทำดีไม่ได้ มันจะมีค่าเท่ากัน
เพราะแต่ละอย่างๆนั้น ไม่เข้าถึงขั้นดี ด้วยกันทั้งนั้น

(「悪行を行うこと」と「善行を行わないこと」は、同じことである。なぜなら、それらはどちらも善の段階に到達していないからである。)
posted at 16:54:16

観察とはすべて事後の観察である。観察によつて知る代りに、生きて知るといふ心掛けで眺めるなら、人生には在りさうもない事だけが起こつてゐる。(小林秀雄『ペスト』1950)
posted at 17:17:45
(・・・)われわれは夢を見るという。こういう表現は正しくないので、われわれは夢のなかでは何も見ていない。見るとは「距離」をおくことだが、距離がないということが「夢の世界」の特徴なのである。しかし、われわれは眼ざめたとたん距離をおいて「夢の世界」を見る、つまり外側からそれを見る。重要なことは、この見るというあり方は生きるというあり方とはまったく異なっているということである。
(柄谷行人「意味という病」夢の世界−島尾敏雄と庄野潤三)
posted at 17:40:12

ไม่อยากทำการงาน คือการไม่อยากมีชีวิต ไม่มีธรรมะ ไม่มีหน้าที่ของสิ่งที่มีชีวิต
(働こうとしないことは、それはすなわち生きようとしないことである、仏陀の教えを持たないことである、命の営みを持たないことである)
posted at 17:56:49

(・・・)美しく見せるための一行があってもならぬ。美は特に美を意識して成された所からは生れてこない。どうしても書かねばならぬこと、書く必要のあること、ただ、そのやむべからざる必要にのみ応じて、書き尽くされねばならぬ。ただ「必要」であり、一も二も百も、終始一貫ただ「必要」のみ。そうして、この「やむべからざる実質」がもとめた所の独自の形態が、美を生むのだ。
(坂口安吾『日本文化私観』1942)
posted at 18:15:10
2006年8月2日(水) 東京 43歳

桜田門外の変人はわたし





(左)夜勤の休憩時間、桜田門付近を怪しく徘徊中。(右)それから約8時間後の同場所。同アングルで写真を撮ってみました。今日はこれから東京地裁で裁判の傍聴です。
2007年8月2日(金) 東京 44歳

[トークライヴ] T-1 グランプリ@しもきた空間リバティー



昨夜はT-1グランプリ(トークナンバー1決定戦)を観に行った。
プロのピン芸人VSいろいろな業界から怪しい人間が多数登場。裏話ネタを聴かせてくれた。非常にレベルが高くてグランプリの選考も難航したが、結局視覚障害者の超絶マゾ男優、紅葉さんの頭上に栄冠は輝いた。王冠ではなくて使いまわしのトロフィーだったけれどww。それにしても昨日は笑ったなー。ほとんどのネタがテレビやラジオでは放送できない内容ばかりであったことを明記しておく。

こういうものを見ると、TVのバラエティーはまったく見る気が起きない。しかも木戸銭1000円であのディープな内容。安すぎる。


出 演
なべやかん(漫談家)
ケチャップリン(オフィス北野所属希望)
石橋春海(封印歌謡大全著者)
一宮章一(プロレスラー)
高野二郎(オペラ歌手)
紅葉(M男優)
川上史津子(えろきゅん短歌女優)
下関マグロ(エロライター)
ぜんじろう(stand up comedian)


そのあとイベント関係者に知り合いがいたので、打ち上げに顔を出し、ちょこっと演者さんと談笑して帰宅する。

--------

(一日後)
一昨日の「T-1グランプリ」で優勝した盲目のAV男優、紅葉さんのことをずっと考えている。
身体中に煙草の根性焼きをしてもらうことを熱望し実践するような真性の超絶変態マゾである。自分のM性を満足させるためAV男優になった。だが彼の経歴はそれがすべてではなかった。数学を勉強し大学院を出ているだけでなく、ピアニストでもありルーマニアに留学していたというのだ!!彼のミクシィのページを見ると、難解な高次方程式のコミュや高橋悠治など現代音楽家の名前がずらり並んでいる。
一度話してみたいです・・・。

(mixi日記コメ欄より)
・(友人のKさん)外山恒一さんなんかが出たイベントで紅葉さんのキーボード演奏を拝聴した事が御座居ます!
・(紅葉さん本人)本日記、ただいま発見!ありがとうございます。プチ修正といたしましては、ルーマニアではなくポーランドです。…さん、これはまたレアなイベントにお越し下さいましてありがとうございます。月花さんから餌食として招集されたと思っておりましたら、会場入口でキーボードの要請を告げられ・・・、でしたので準備無しのお聞き苦しい演奏で申し訳ございませんでした。
2010年8月4日(水) チェンマイ 47歳

[読書メモ] 「聞書アラカン一代 鞍馬天狗のおじさんは」嵐寛寿郎+竹中労(1976年 白川書院)

・・・・・・そこへ今村昌平監督の話がきよったんです。
『神々の深き欲望』、早川雪州はんがおりた、その後ガマやとゆうんダ。それはどうでもよろしい、オカマは困るけれど、後ガマ結構ですと。シナリオ読んだ、すぐにかやしました、これ近親相姦がテーマです。これはあきまへんな、話がちょっとバタ臭い、道徳的にどうのこうのというのやない、ワテの柄やないと思うた。(・・・・・・) 

誘拐ですわゆうたら、一時間のはずが三ヶ月、半年、一年ちかく撮影がかかりました。もうむちゃくちゃダ、暑いの何のムシ風呂でおます南大東島。サトウキビしかあらへん、海がシケよる、オカズない、乾麺食うとる、とうとうタバコまでのうなった。こら地獄や、えらいところへきてしもうた。
おまけに今村昌平、自分ばかり女抱いとる。あの沖山秀子、これが頭おかしゅうなった、ビルから跳びましたやろ。七階も上から、ほてからに生命たすかった、バケモノや。これですわなお相手が、大けな女なんダ、おまけに素裸で歩いとる、フリチンで。
いやフリマン、おっぱいも下のほうの毛もまる出し、何とズロースはいとらん。この世のこととも思えん、ワテも奇人やと自認してま、だがこれはタダゴトやない。
男優かて三国連太郎、破傷風にかかって、足一本なくすところでおましたんやで。それでも、まだこりずに、ゼニもらわんと、自費でやってきよりますのや。南大東島キチガイ部落、それで手紙が着きよる、これは冗談でおますけど、変なのばっかり。沖山秀子、監督と毎日オメコしとる、かくし立てしまへん。
そら堂々たるものです。まあゆうたら天真らんまん、先天性の露出狂ダ、ほんまに目を疑った、フリマンであらわれた時は。奄美大島の出身やそうですな、日本人離れというよりも、人間離れがしている。そこがまた、この映画では取柄やった、ちょっと今村昌平の他に、あの女優は使いこなせんのとちがいますか?

本書でいちばん好きなくだりです。
沖山秀子といえば、何年か前に渚ようこさんのインタビューで、ゴールデン街の渚さんの店に沖山秀子がやってきて、大喧嘩になった話を聞いたことがありました。

日本から船便で送った段ボールの中にこの本と「日本映画縦断2 異端の映像」が入っているのを見つけ、久しぶりにぱらぱらめくりながらいろいろ想いをたゆたわせてました。
「日本映画縦断・・・」のほうには、東映・岡田茂社長のインタビューが掲載されていました。すっかり忘れてた。数日前、wikipediaの記述を読み、岡田氏のあまりの豪傑ぶりに抱腹絶倒したのですが、何かシンクロニシティーのようなものを感じました。
印象的だったのはマキノ光雄に対する評価。マキノ光雄の部下だった岡田茂はマキノを陰日向から支え、赤字に苦しむ新興映画会社を日本一の収益率を誇る映画会社にしてくれた大恩人というふうに当然のことながら捉えていますが、兄のマキノ雅弘の「映画渡世」では、マキノ光雄を出来の悪い不憫(ふびん)な弟として、終始その評価は辛口でした。人によって人間の評価は異なるということは、誰にとっても考えなければならないことで、ひとつの評伝だけでその人物の評価を鵜呑みにはしてはいけないという教えをこのことからも学べると思います。

2011年8月3日(水)
 チェンマイ 48歳

先週メーサイ=タチレクに行ってカフェーでお茶したとき、いきなり流暢な日本語で話しかけてきたミャンマー人がいて吃驚した。旅行代理店で働いているという若者だったが少し怪しかった。タチレクに観光スポットはあったっけ、と用心しながら様子をうかがっていたのだが彼は何者だったのだろうか?
posted at 00:49:36

(続)彼はずっと話しかけてくるので一寸煩いなと思ったら、勘定を済ませて立ち去った。タチレクは物売りがしつこいので人間の見極めが難しいところがある。彼は実はいい人なのかもしれないなとも思ったが、その一方で彼は警官で囮捜査官、あるいは詐欺師でないかとの疑念は拭えなかった。根拠はないが。
posted at 01:01:01

山本陽子が出演した「ハングマン后廚むしょうに観たくなった8月3日の朝。
posted at 11:47:34

本郷三丁目西南の角店に「かねやす」と云う大きな小間物屋があった。兼康某と云う医家の後らしいが「本郷もかねやすまでは江戸のうち」赤門前は中山道で、森川町は森川宿、追分も町名に窺われ、その時から三十年も前までは、駒込村の百姓が名物の茄子を遠く下町にまで売りに来たものだそうである。
「こしかたの記」鏑木清方(1961)
posted at 19:59:38

三波伸介が「徹子の部屋」に出演したとき、「本郷生まれ、ぎりぎりの江戸っ子でして」と自嘲とも自慢ともとれる言い方をしていたことを思い出した。鏑木清方の言を借りると、江戸末期〜明治初期は本郷三丁目の角の小間物屋、かねやすのところまでが江戸市中だったということになる。
posted at 20:05:17

「風船」(1956年 川島雄三監督)大好きな映画で何回も観ている。芦川いづみが純真可憐な主人公の妹役を好演。芦川は松竹歌劇団在籍中に川島に発掘され日活に入社、大ブレイクし北原三枝とともに日活黄金時代を牽引した。のちに6歳年下の藤竜也と結婚、引退した。
posted at 21:28:05

「風船」(1956年 川島雄三監督)で、自殺未遂する新珠三千代を介抱する二本柳寛のクールな演技に強い印象を受けた。これは川島の演出というよりも原作の大佛次郎のキャラクター造型を忠実に再現しているように見えなくもない。
posted at 21:29:24

先日行ったベトナムだが、2002年に「水曜どうでしょう」一行がハノイ〜ホーチミン間を原付で走っているのだが、同じ場所を走っていないかを確認するために、あのシリーズを再度、観始めた。私はホーチミンからドンハまでをバスで北上しているのでちょうど逆コースになるわけだが。
posted at 22:25:30


2005年8月6日(土) パタヤ 42歳

[Pics] Swimming pool @ Jomtien Beach Condominium, Pattaya



夏休みでパタヤに来ました。ここはアメリカ人の友人の住むジョムティエンビーチのコンドミニアムのプールです。雲が多かったですが陽射しは強くて、真っ赤に日焼けしてしまいました。 気がついたのですが、西洋人が好きな、何ーんにもない掘っ立て小屋コテージだけのリゾートっていうのも時間をゆったり使えて贅沢だと思うのですが、貧乏性のわたしには適度にウェスタナイズされアメニティーの完備した、こういうパタヤみたいなリゾートが性に合っているような気がしました。
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