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2013.01.16 Wednesday

[chapter 42] 大島渚逝去 / 脳内再生し続ける 大橋のぞみ/ 20歳の青山二郎/ 京都について私が知ってる二、三の事柄 / 馬込文士村の文人たち/ マンテーニャ「死せるキリスト」/ 石川浩司 放送禁止歌をうたう&へなちょこ小説朗読会/ 1980年1月日記ほか

2002年1月20日(日) 東京  39歳

馬込文士村の文人たち



大森駅西口にて撮影(後でフォトショップで加工)。

参考サイト
http://www.magome-bunshimura.jp/
(この画像をWEB日記にアップすると、ふだん交流のあるネット友だちが書き込みをしてきた。「このレリーフを作ったのは私の父なんです」と。超ビックリした。そういうことってあるんですね。一種のシンクロニシティーか?)


1980-1984-2001-2005-2006-2007-2009-2011-2012-2013  1月12〜29日 圧縮並行日記 *画像をクリックすると拡大表示します。
2013年1月15日(火) 東京 50歳

[訃報] 大島渚

「愛のコリーダ」「戦場のメリークリスマス」など従来の型を破る革新的な作品で知られ、海外でも高く評価された映画監督の大島渚(おおしま・なぎさ)さんが15日午後3時25分、肺炎のため神奈川県藤沢市の病院で死去した。80歳。京都市出身。葬儀・告別式の日取りは未定。喪主は妻の俳優小山明子(こやま・あきこ)さん。

京都大で学生運動に参加し、卒業後の1954年松竹入社。野村芳太郎監督らの下で助監督を務め、59年「愛と希望の街」で監督デビューした。

社会に反発する若者を描いた「青春残酷物語」などの鮮烈な映像で、日本のヌーベルバーグ(新しい波)の旗手として注目された。「日本の夜と霧」の上映中止をきっかけに松竹を61年に退社し、独立プロ「創造社」を結成。「絞死刑」「少年」「儀式」など社会派の問題作を次々発表した。

76年、戦前の猟奇事件、阿部定事件を題材に大胆な性描写で男女の情念を描いた日仏合作「愛のコリーダ」を発表。同作の脚本と写真を掲載した単行本がわいせつだとして起訴され、82年に東京高裁で無罪が確定した。

78年「愛の亡霊」でカンヌ国際映画祭の監督賞を受賞。その後も日英合作「戦場のメリークリスマス」(83年)などで国際的に活躍。テレビの討論番組「朝まで生テレビ!」などにも積極的に出演し、激しい論客ぶりが人気を集めた。

96年に脳出血で倒れ、監督復帰した時代劇「御法度」(99年)が遺作に。2001年にも十二指腸潰瘍穿孔で倒れ、小山さんによる介護でリハビリに取り組んだ。11年10月初旬に嚥下性肺炎で一時意識がなくなり入院。その後、療養していたが、昨年12月に肺炎と診断された。

00年紫綬褒章、01年にフランス芸術文化勲章「オフィシエ」を受章。



学生時代からその殆どの作品に接し、その映画から多くのことを学んだ、もっとも影響を受けた表現者の一人、大島渚さんが亡くなった。いつかこの日が来るとは思っていたが、ショックは想像していた以上に大きい。歴史に「IF(もしも)」はありえないが、もしも「ハリウッド・ゼン」が完成していたら、大島のフィルモグラフィーはもとより、世界の映画史は変わっていたはずだ。それくらい撮ってほしい作品であった。1980年代後半以降、大島に1本しか映画を撮らせなかった映画界の不毛は、世界映画史の損失とさえ私は思っている。単身で外国へ行っても「マックス・モン・アムール」が撮れたのだから、ハリウッドに行って商業映画の作品も作れたはずだ、と確信する。でも、それも時代とか、いろいろな状況があって叶わなかったのでしょうか。
合掌。

2010年1月20日(水) 東京 47歳

おしりかじり虫/GLAY

1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/01/16(土) 20:49:40.93

テル「ウォシリカジリ虫ィィ!!」

3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/01/16(土) 20:54:02.08

>>1が脳内再生されて辛い
おれGLAY好きじゃないけどこれは買うw


6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/01/16(土) 20:55:54.57

ここではないどこかへ/ 加藤清史郎


7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/01/16(土) 20:56:03.16

寿司くいねえ/サカナ君


23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/01/16(土) 21:12:01.40

キューティーハニー/泉谷しげる


29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/01/16(土) 21:15:20.18

崖の上のポニョ/筋肉少女帯


30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/01/16(土) 21:15:40.68

俺ら東京さ行ぐだ /ウィーン少年少女合唱団


42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/01/16(土) 21:21:36.65

ねぇ、…しようよ!/中尾彬


53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/01/16(土) 21:27:59.33

さくらんぼキッス〜爆発だも〜ん〜/EXILE


68 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/01/16(土) 21:40:33.71

かえして!ニーソックス/中尾彬


82 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/01/16(土) 21:48:14.78

撲殺天使ドクロちゃん/福山雅治


95 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/01/16(土) 21:52:41.98

BE TOGETHER/ルー大柴


124 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/01/16(土) 22:08:38.83

マンピーのGスポット/大橋のぞみ


130 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/01/16(土) 22:11:58.27

ふわふわ時間/押尾学


133 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/01/16(土) 22:12:59.53

3年目の浮気/大橋のぞみ&こども店長


176 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/01/16(土) 22:53:36.26

大都会/さかなクン


177 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/01/16(土) 22:56:59.27

>>176
さかなクン「ギョッギョーッ!!果てしないですねえ!!!」


195 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/01/16(土) 23:44:09.25

年下の男の子/大橋のぞみ


238 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/01/17(日) 01:29:15.03

ミニモ二じゃんけんピョン!/ エアロスミス


265 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/01/17(日) 02:44:20.53

じゃあの/竹原慎二


49. VIPPERな名無しさん 2010年01月17日 19:56

大橋のぞみにエロ歌詞ばっか歌わそうとすんなw


160. VIPPERな名無しさん 2010年01月18日 20:04

空も飛べるはず/窪塚洋介


169. VIPPERな名無しさん 2010年01月18日 23:01

夏色のナンシー/中尾彬


[追記]
さかなクン「ギョギョギョー!この女マグロです〜」
というのも好きでした。
1980年1月15日(金) 東京 17歳

成人の日で休み。午後から原宿、渋谷方面を徘徊。
表参道にバンブーというセルフサービスのサンドイッチ屋を発見。安いのでこれから使おうと思う。コーヒー200円、ツナサンド200円。民家を改造した造りがなかなか落ち着く。

1980年1月16日(水)

夜9時、TBSドラマ『家路PART2』、唐沢渚役の浅野温子(19歳)が好い。
2週間前OAされた正月ドラマ『源氏物語』(久世光彦演出、沢田研二主演)の資生堂の3分間CM、最高だった。内容はというと―――事もあろうにお姉さんのフィアンセに恋してしまい、結婚式のとき思い余って横からかっさらって逃げてしまう女性版『卒業』。これができる女優は今、温子以外にはいないんじゃないか。


1980年1月17日(木)

未明、ポール・マッカートニー大麻所持現行犯で逮捕。ショック!これで来日公演は全部キャンセルだろう。

夜、上馬ガソリンアレイにてストライク。客は女ばかり20人ほどで男は俺を含め2人だけだった。タマ(高木英一)のトーク独壇場。ポールの逮捕話をはじめ芸能界の裏情報満載で楽しかった。まるで松山千春やさだまさしのコンサートみたく、トークの比重が高く曲とトークが半々くらいの割合だった。ロックバンドなのに(笑)。そこが新しくて面白い。おまけに客が少ないのでステージの上からタマに話しかけられトークしたりした。

1980年1月24日(木)

渋谷屋根裏でプラスティックス。整理番号63番だったが、最前列に座ることができた。そのおかげで、チカのマイクスタンドをいっしょに直したり、中西と少しコミュニケートできたりしてうれしい。しかしライブはというと、練習不足でミスが目立った。ハジメちゃんが島武実のシールドコードにけつまづいて転倒、シーケンサーのロードを消してしまうというトラブルがあって、演奏がストップしてしまった。ギターのチューニングも狂ってしまったんだけど、そのとき言ったセリフが笑える。

「うちは、プロがチューニングしてくれることになっていまして」 (会場爆笑)

つまり、楽器のチューニングは佐久間正英がやるというわけなのね。きゃー、すごい。四人囃子がチューニングやるんだよ!でも、そんなアマチュアバンドでも好きだから、許しちゃう!プラスティックスはライブバンドだ。レコードで聴くとあのダンサンブルなピコピコテクノビートは絶対、伝わらない。見るのに限るのでアル。

1980年1月27日(日)

渋谷屋根裏でシーナ&ロケッツ。

1980年1月28日(月)

夕方6時、NHK『600こちら情報部』でテクノポップ特集。プラスティックス、ヒカシュー、P−モデル出演。ヒカシューの巻上公一(Vo)の狂気は凄いなー。思わず吹いてしまった、夕げの茶の間をパニックに陥れたであろう。最後番組のテーマをこの3組のバンドが演奏してフィナーレ。演出もなかなかであった。

2013年1月13日(日) バンコク 50歳

シヒン仏

モチベーションが上がったので、ちょっと水上バスに乗って、国立博物館にシヒン仏を見に行ってくる。(勉強したいお年頃) シヒン仏は普段は博物館に安置されているが、年一回、ソンクラーンのときにお出ましして、サナムルアン(王宮前広場)で拝顔することできます。(2013/01/13/09:34)




今日はお昼過ぎに、国立博物館に行ってきた。朝、ここで予告した通り(一つ前のエントリ参照)、水上バスに乗って行ったのだが、これが大失敗。国立博物館のあるサナームルアンは、82番バスに乗れば、地元のバス停から乗り換え無し、直行で着くことができたのだ。それなのに、何故か水上バスに固執した私は、わざわざクロンサンの船着場まで行き、そこから水上バス(チャオプラヤエクスプレスボート)に乗り、王宮前船着場で降りてから15分以上も歩く羽目に。バンコクのお昼の直射日光は容赦なく、体力を消耗させることは計算に入れてなかった。なので、博物館の中の国宝鑑賞も、朦朧とした意識の中、うわの空になってしまった。次回はガイド付きで気合入れて見学しようと思うしだいである。
そんな中、シヒン仏だけは、あたたかく迎えてくれた(ように感じた)。約8年ぶりの再会に心和んだ。 

[追記]
今日の掘り出し物は、博物館の並んで建っているタマサート大学。初めてキャンパス内に足を踏み入れた。チャオプラヤ川に面して敷地があるので、樹木の下のベンチなどで涼をとりやすい。学食や図書館も雰囲気は悪くなかった。近くに骨董品屋街や古書店街もあるので、休日はよい散歩コースになるような気もした。(2013/01/13/21:14)

2006年1月15日(日) クアラ・ルンプール 43歳

[animals] キリンの家族@クアラ・ルンプール動物園



はじめ赤ちゃんキリンが小屋の中に入って姿が見られなかったので、せっかく来たのに見られないのかと思い「出てこい出てこい」と念を送り続けると、3分くらいして赤ちゃんも起きて外に出てきました。めでたしめでたし。
2001年1月16日(火) 東京 38歳

午前10時のデッサン@東急東横線 渋谷→桜木町

電車の中、車両連結部の壁面をデッサンしてみた。

東急車輛 昭和63年
8874
禁煙NO SMOKING電源を必ずお切りくださいPlease switch off the cellular phone
4号車
せき・ぜんそく・たんに効く。
浅田飴せきどめ












お年寄りやからだの不自由な方に席をおゆずりくださいSILVER SEAT PLEASEVACATE THIS SEATFOR ELDERLY ANDDISEASED PERSONS.























「前立腺肥大症」の不安と悩みをわずか1日で解消!前立腺肥大症治療の常識を変える安全な「日帰り手術」の実践者が悩める男性に贈る最先端治療バイブル!前立腺肥大症の治療革命
2005年1月15日(月) 東京 42歳

[ART] マンテーニャ「死せるキリスト」



以前ミラノのブレラ美術館で見た。

野上弥生子の「欧米の旅」を読んでいたら、突然ルネッサンスづいてしまった。ネット上で名画めぐりをしてあちこちの美術工芸作品を堪能している。心洗われる感じだ。イタリアに行きたいなぁ。4月〜10月は高いから11月以降だろうな。セリエAとからめていきたいな。

たしかゴダールの「パッション」(1983年)で劇中、泰西名画を活人画に再現しようと七転八倒し苦悶する映画監督の製作している映画の中に、この「死せるキリスト」の構図を引用したショットが使われていたのを記憶している。ゴダールは天才だと思った。

[追記]
同2005年10月に念願のイタリア旅行を果たすことになる。そのときの日記はこのブログの各所に散りばめられていることでしょう。

2010年1月16日(土) 東京 47歳

[CM] 脳内再生し続ける大橋のぞみ


大橋 のぞみ(おおはし のぞみ、1999年5月9日 - )は、日本の元子役、元タレントである。2002年の3歳の時に再現ドラマの仕事で子役デビューをした。2007年(平成19年)12月5日に、映画『崖の上のポニョ』の主題歌で歌手デビューを果たす。2008年12月31日に行われた『第59回NHK紅白歌合戦』に「藤岡藤巻と大橋のぞみ」として出場、これは9歳237日で当時の史上最年少出場であり、それまでの河野ヨシユキの11歳310日という記録を54年ぶりに更新した。(中略)2012年3月31日、芸能界から引退した。
2007年1月14日(水) 東京 44歳

[公演] 石川浩司 放送禁止歌をうたう&へなちょこ小説朗読会

石川浩司さんのコンサートを観に行った。本当は3日間通して行きたかったのだが、仕事の関係で最終日のみの参加。でも行ってよかった。
石川さんの超ディーーーープな作品世界を十二分に堪能した。


〜2007正月お楽しみ企画〜
ニヒル牛プロデューサー・石川浩司と遊ぼう!


1月12日(金) 面白缶ジュース講座&なぞなぞ大会

今年ニヒル牛2での「空き缶パラダイス」展も好評だった日本一の缶コレクター石川のくだらない缶ジュース講座に、なぞなぞ本の著作もある石川なぞなぞ博士によるなぞなぞ大会。一等の方には賞品もあり!

1月13日(土) 食卓&レトロかるた大会

かつてニヒル牛で販売され、単行本「VOW王国」(宝島社)でも紹介されセンセーショナルを巻き起こした「食卓カルタ」をはじめ、昭和30年代頃に制作された抱腹絶倒なレトロカルタのかるた取り大会。一等の方にはこれまた賞品あり!

1月14日(日) 放送禁止歌をうたう&へなちょこ小説朗読会
で、石川の本業は歌なのだが、実はラジオ・テレビ等で流せないいわゆる「放送禁止歌」も多い。この日は特別そんな歌ばかりを歌うちょっとデンジャラスな夜。そしてお口直しにオリジナルな大人の童話の朗読も披露します。

会場・ニヒル牛(西荻駅南口徒歩5分・03-5346-1867)
開場開演・20時20分頃
「石川浩司のひとりでわっはっはー」インフォーメーションより

「放送禁止歌」は石川さんのレパートリーをギターの弾きがたりで熱唱するというもの。昨年8月に大谷氏と石川さんのコラボユニット、
ホルモン鉄道10周年記念ライブでも演奏した数々の(私にとっての)ヒットチューンが再演されて嬉しかったです。
休憩をはさんで後半は「へなちょこ小説」朗読会。これは石川さんが自身のサイトに発表した小説を朗読するというもの。
身振り手振りを交え、時に絶叫し、首を絞められ(?)の大熱演であった。落語とも演劇とも違う、不思議な世界が繰り広げられた。
石川さん、素敵なショーをありがとうございました。


今回のイベントのチケット。非常にシンプルであるww


(キリンの赤ちゃん@クアラ・ルンプール動物園 つづき)


1984年1月15日(日)東京 21歳
「ザ・ドロッパーズ」「アウトサイダー」(国立スカラ座)

1984年1月19日(木)
15年ぶりの大雪。「絢爛たる影絵」(高橋治)読了。

1984年1月21日(土)
仮免一発合格。
「魚河岸の女石松」(フジテレビ)
2001年1月8日(月) 東京 38歳

京都について私が知ってる二、三の事柄 (エセー)



(1)

1984年の夏、京都にバルチュス展を見に行ったとき、京都についてイメージしてみたこと。
撮影されなかった架空の映画についての妄想。
京都を舞台にした60年代・東宝の青春映画があったらよかったなあ。そう、『古都』(1963年中村登監督作品)のような松竹映画ではだめで、太秦でセット時代劇しか撮らない東映京都は論外、あくまで東宝の青春映画で、京都を活写してほしい題材があったのだ。
監督は『あこがれ』でデビューした出目昌伸。主演は内藤洋子。そこまでイメージはできていた。

(2)

196X年京都。「関西フォーク」というムーブメントが、関西の大学の自主コンサート主催サークルから出てきて、当時出始めの深夜放送の電波に乗って、関西発として日本全国に飛び火していった。
そんななか、京都のアマチュア・フォーク界で最も有名だったのが加藤和彦で、当時、CFマーチンのアコースティックギターは、京都で彼しか所有していなかったという伝説がある。
福井ミカ(のちに加藤と結婚→離婚)の自伝を読むと、そこらへんの京都を舞台にした、ごちゃごちゃした人間関係のふれあいが描かれていて、かなり映画とか小説の題材になりそうだな、と思ったことがある。
H女学院の高校生だったミカは、今の言葉で言うと「イケイケ」で、コンサートの楽屋に加藤を図々しく訪ねていって、ギターを教えてくださぁい、と無理矢理初対面の加藤を拝み倒し、そのまま彼女の座を射止めるという「荒技」エピソードを披露している。これなんかプレストン・スタージェスとか、ハワード・ホークスのスクリューボール・コメディーっぽくてかなり好きなエピソード。

(3)

アコースティック・ギターを弾く女の子というのはフォトジェニックで、映画のシーンには最適だと思うんだよね。ギターを「教える=学ぶ」という関係。それは異性であろうと同性であろうと、楽器はある性的な感興をもたらすというのが、わたしの持論なのですが。
アニエス・ヴァルダのデビュー作『5時から7時までのクレオ』(1962年)でも、売れっ子シャンソン歌手のコリンヌ・マルシャンのアパートにやってくる作曲家のミシェル・ルグラン(これがかっこいいんだ!)と即興で新曲を創って行くやりとりは、めちゃくちゃときめいてしまうシーンなんだよ!
フリッパーズ・ギターが登場したときも、中古レコード好きの高校生の男の子が、日曜日の午後、部屋で一所懸命、レコードからコードをコピーしている様子がヴィジュアライズされたものだった。「梅が丘合宿」なんて、言ってたね。

(4)

1956年、谷崎潤一郎が「週刊新潮」に連載して、未完で連載を打ちきった『鴨東綺譚』(おうとうきたん)。京都を舞台に、奔放に愛に生きた女性を描いた作だったというが、打ちきりの原因が、モデル問題ということにあった。モデルと噂される女性が訴えを起こしたというのである。それは現在までたびたび問題になる芸術とプライバシーの関係の問題を孕んでいるのだが、それは置いておいて、今日伊吹和子さんの『われよりほかに〜谷崎潤一郎 最後の十二年』を読み返すと、この件に関しての記述があり、強く興味を持った。(未完)


ラクサ@シンガポール(2006年1月17日(火))

優香の芸名は「ってゆ〜か〜」という流行り言葉から名付けられた。(「新・堂本兄弟」より本人談) 2006/01/12
2010年1月14日(木)チェンマイ 47歳

[pics & movie] チェンマイ大学人文学部日本語学科主催 「日本祭」

チェンマイ大学人文学部日本語学科主催の「日本祭」というイベントに行ってきました。


鳥居と日の丸と門松がお出迎え。


書き割りに「雪月花」とお習字(掛け軸のつもり?)が。


生徒によるスライドを使った日本の大学の留学体験スピーチタイム
(以前観た内容と重複していました)

ステージを囲んでオープンエアの場内には、お習字のデモンストレーション、日本文化を研究した様々な掲示物などがありました。

その中で、わたしの目を惹いたのが「川柳」。
五七五の日本特有の定型詩の世界の中に、「マイペンライ」なタイ人世界観が垣間見える、日本とタイの文化がごった煮な世界がたいへん興味深かったです。


なんか月に写っているのが男に見えるんですけど。ゲイか?


いちばん琴線に触れたのがこれ。

そして最後は、日本語劇。魔女に騙されて地位を追われた王子が世界中を旅して、人々に親切を受けて成長するという、世界中のいろいろな童話を混ぜ合わせた内容で、一所懸命さは伝わってきました。発音は聞きづらいのはご愛嬌ということで。


かぐや姫


白雪姫

浴衣姿の女子学生を多く見られたのは目の保養になりましたし、日本を肴にタイ人と気軽に話ができたのは、とてもよい機会でした。
機会があれば、また行ってみようと思います。
2005年1月12日(日) 東京 42歳

きらきら星



以前CHARAがラジオで言っていた。

赤ちゃんはどこの国でも例外なく「キラキラ星」のあのメロディー、「ドドソソララソ、ファファミミレレド」が好きなのだそうだ。なぜだかわからないけど、そうらしい。そう言われてみるとなんかそんなような気もする。なにかアルファ波とか「1/f ゆらぎ」とか出るような秘密でもあるのかな。

2009年1月14日(金) チェンマイ 46歳

[portrait] 青山二郎



殴りたくなる顔

白洲正子の「いまなぜ青山二郎なのか」を立ち読みしていたら、20歳のときの青山二郎の写真を見つけた。なんだ、この老成ぶりは!
世の中自分を中心に回っているかの如き、生意気そのものな不敵な面構えである。
これだけ尖んがった20歳の肖像写真はなかなか観たことはない。
「殴りたくなる顔」である(これは褒め言葉)。
爺ぃになってからの顔も出来上がっていてイイ顔だが、それはまたいつか紹介。

(チェンマイ大学人文学部日本語学科 「日本祭」つづき)


アラジンと魔法のランプ

[追記]
日本語劇ですが、昔「スターかくし芸大会」であった中国語劇、あれ中国人が見たら同じようなことを感じたんだろうな、と思いながら観ていました。

2006年1月12日(木) 東京 43歳

[東京] 砧本村





砧本村(きぬたほんむら)=東京都世田谷区。子供の頃は「きぬたもと村」という村があるのだと勘違いしていた。二子玉川園近くはそれくらいのどかでした。写真は二子玉川駅から運行しているバス。

(マイミクコメントより)
玉電が渋谷から二子玉川園まで走っていたとき、二子玉川園からさらに砧本村まで路面電車が走っていました。
その名残で、このバス路線が細々と残っているそうです。
現在の二子玉川駅から高島屋SCの方にまだ路線跡が残っています。


ボーサン・アンブレラ・フェスティバルより(2009年1月19日(土)
2010年1月16日(土) チェンマイ 47歳

[雑想] 1月前半よく考え勝ちな事

ふだん私は西暦で時間を認識することが多い。

今年は2010年。
去年は2009年。
一昨年は2008年。

でも、2010年になってからまだ16日しか時間が経ってないので、「2009年が去年である」感じ、「2008年が一昨年である」感じが、まだ自分の時間認識の中で、馴染んでいない気持ちが強い。

つまり、つい16日前までは「去年」と思い近い過去だと認識していた2008年が、急に「一昨年」になって、より遠い過去と認識しなければならなくなったものの、でも感覚としてはそんなに遠い過去とは感じないので、感覚と認識のあいだに一体感がない現象が起きてしまっているのだ。

人生振り返ると、1月前半はいつもこの時間に関する違和感があったなあ、ということに気がついた。でもだんだん、この違和感は解消されてしっくりいくのは言うまでもない。そうやって1年1年時間が過ぎていく。

なぜ、こんなことを考えて日記に書くほどの動機付けになったかというと、今年去年一昨年、この3年間のあいだに、私は人生の一大転機を自ら選択し、生まれ育った国から東南アジアの国へと移住したからである。
まだ「去年」とばかり思っていたチェンマイへの移住が、「一昨年」になっている!!という不思議感。あと3ヶ月で丸2年になるのだ!!4月からは3年目に突入。

3年目、わたしはどうなっていくのだろうか。

ちょっと話題はそれるけど、時間についてよく抱いているイメージ。(前に書いたかもしれない)
学生時代って、小中高大と、入学から卒業に向かって明確なイメージがあって時間が過ぎていく。卒業までのカウントダウン時間が実際に目で見て計測できるので、時間が現在から未来に線的に流れていくことがわかりやすい。

ところが社会人になると、確かに入社から退職(あるいは起業から廃業)まで、時間は線的に流れていくのだけれども、いつ退職するかは入社時点ではわからないので、学生時代のような明確な線的イメージはなく、かえって年末年始や年度がわりなどの節目のときに時間の経過を感じることになる。言ってみると「循環的な」時間感覚を強く持つのではないかと思う。
これは悪く言うと惰性を生みやすいし、何のために生きているのかという「生きがい」を喪失して、時間を徒に浪費することにもなりかねない。前職の最後の3年間の私がその状態だった。「仕事を辞めてタイでタイ語を勉強したい」と思いながらもふんぎりがつかず、悶々と日々を過ごし、やっと決断した。

人間は生まれたときから死へのカウントダウンが始まっている。今だかつて不老不死の薬を手に入れ、永遠に延命した人はいない(と聞いている)から、わたしも必ずいつか死ぬ。

死ぬ直前に過去を振り返ったとき、後悔しない人生にしたい。何もしないで後悔するよりも、失敗してもいいから何かしでかして死んだほうがいいな。

失敗してもいいんだよ!!失敗しよう!
失敗!!失敗は成功のもと。(>自分)


なぁんて、思わず死生観吐露の一幕でした。バンバリマシュ。
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