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2015.11.07 Saturday

[chapter 188] 後味の悪い話/ 007 Spectre/ Pablo Ferro/ イサーン料理ランチ/ ryuichi sakamoto + alva noto "insen" @ auditorium, Romeほか



最近よくイサーン料理を食す(2015/11/07)


2015年11月7日(土) タイ某所 53歳

タイ人スタッフとイサーン料理ランチ

2015年11月8日(日) バンコク 53歳

Pablo Ferro



「博士の異常な愛情または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか」オープニングタイトル


Talking Heads Stop Making Sense オープニングタイトル

Ferro worked on films as diverse as Stanley Kubrick’s Dr. Strangelove to the split-screen montage of the original The Thomas Crown Affair. He was a pioneer of quick-cut editing, multiple screen images (the first in film and television in 1963)[citation needed] animation, Ferro’s visual style has influenced many in film, television, animation, commercials, novels and children’s books.

A self-taught filmmaker, Ferro first rose to prominence with animations such as the first color NBC Peacock and the Burlington Mills “stitching” logo, as well as technologically novel visual presentations, including the Singer Pavilion’s film at the 1964 New York World's Fair – the first time film projectors were used to create multiple-screen images.
2015年11月6日(金) バンコク 53歳

007 SPECTRE



「007 Spectre」鑑賞しました。Q役のベン・ウィショーが「下町ロケット」の山崎技術部長(安田顕)に見えて仕方がありませんでした…。2015年の秋らしい印象だ。
2008年11月7日(金) チェンマイ 46歳

後味の悪い話


昨日、チェンマイに住み始めてから知り合った女性から電話があった。困ったことが起こったのでお金を貸してほしいと言う。その女性は悪い人ではないとは思うが、まだ2回しか会ったことがないし、その内容がどうしても信じられず、もしかしたら嘘ではないかという疑念も払いきれなかったので、「申し訳ないけれども、わたしは貧しい留学生なのでお金を貸すことはできない」と伝えた。その女性はすまなそうに「わかりました、ごめんなさいね」と答えて、電話を切った。ちょっと後味が悪いコミュニケーションであった。

タイ人と知り合い、少し親密になってお金を貸してほしいという申し出があったのは、これで2回目だ。ちょっとブルーになった木曜日でした。
2005年10月22日(土) ローマ 43歳

ryuichi sakamoto + alva noto "insen" @ auditorium, Rome





インターネットで予約した席は左サイド11列目。ステージからそれほど遠くなくまぁまぁよい席だった。三々五々席は埋まり、開演時間にはほぼ満員になった。

ここ数年の坂本龍一はピアノ音楽の新たな可能性を模索しているように思える。2004年春発表の"CHASM"など聴くとピアノはこんな響き方をするのか!と驚いたものだった。今回のコンサートは、坂本の弾くピアノとドイツ人のアーチスト、アルバ・ノト(エレクトロニック・ノイズ+映像)とのコラボレーション・ライブ。2人名義で"INSEN"というアルバムを発表しているようだが、前もって聴いてはいなかった。

開演時間を5分過ぎた頃会場は暗くなり、坂本とアルバ・ノト登場。会場からはさかんな拍手が起こる。

1曲目。坂本が椅子から立ち上がって中腰でピアノの最低音部のキーを右手でがーんがーんと叩いて、マイクでひろった音をその場で左手でエフェクトをかけ加工しながら曲が始まった。そこにうすーくアルバ・ノトのラップトップコンピュータから出る電子ノイズ音がからんでいく。打楽器としてのピアノの可能性を聞かせてくれるのだが、観客の戸惑いは予想以上で、曲が終わっても拍手するタイミングがつかめないほどだった。ワンテンポ遅れてまばらに拍手が起きそれが全体に派生していくような様子で、これはアバンギャルドなミュージックコンクレートのコンサートになるのか、観客は置いてきぼりを食うのか、そんな観客の不安と戸惑いが1曲目の拍手から見てとれたのだった。
2曲目、3曲目と同じようなパフォーマンスが続いた。坂本が簡単なフレーズの繰り返しを弾き、そこにアルバ・ノトのノイズ音がからむというスタイルは変わらない。ステージ後方に5枚ほど並んだスクリーンにはノイズ音と同期したさまざまなパターンの明滅するコンピュータビデオ映像が流れていく。20世紀音楽史については詳しく知らないが、1970年代のミニマル・ミュージックの趣きを感じた。単純な音階と映像の繰り返しは眠気を誘うこと十分で、近くの席からは3曲目くらいから早くも、いびきが聞こえるほどであった。曲が終わるたびに、困惑とため息の混じった拍手が聞こえてくるかのようだった。

しかし、わたしはパフォーマンスとして非常に面白いと思った。
想像したよりかは観客は置いてきぼりは食ってないし、確かに現代音楽の理論を踏襲した音楽世界がそこにはあるのかもしれないけれど、案外ポップでユーモアもある。自分が似ていると思ったのは、1980年代前半にコンテンポラリー・アートとポピュラー・ミュージックの世界が接近した時期の代表的アーチスト、ローリー・アンダーソンを想起した。どちらのジャンルにもカテゴライズ可能な雰囲気を感じたのだった。

アンコールに演奏した「戦場のメリークリスマス」は、徹底的にアレンジがなされていて、はじめそのメロディーを解体して何のフレーズなのか観衆にはわからないが、じょじょにメロディーが立ち現れてきて、観衆もだんだんその曲が何なのかわかってきて、わたしと同じく興奮しているのが手にとるようにわかった。最後にすべてのメロディーが演奏されて曲が終わると、満場に大歓声が起こった。この曲がその夜のベストパフォーマンスだと信じて疑わない。

やはりライブはいいものだ、と遠い異国の地でしみじみ思ったのだった。
2015.10.24 Saturday

[chapter 186] ローマのミニスカポリス/ ヴィットリオ・エマヌーレ2世記念堂/ トレビの泉/ 松坂とベケット/ They All Laughed/ Fetish Bondage Night@Madder/ 投稿王1周年ほか



2007年10月27日(土) 東京 45歳

Fetish Bondage Night




(2015年メモ)わたしも当然吊ってもらいました。
2005年10月23日(日) ローマ 43歳

ローマのミニスカポリス


2005年10月22日(土) ローマ 43歳

トレビの泉


2007年10月25日(木) 東京 45歳

松坂とベケット



先日いつもの変態居酒屋で飲んだとき、ボストン・レッドソックスの松坂大輔のインタビューをテレビのスポーツ番組で見た。
ひとしきり今年1年の振り返りとワールドシリーズへの展望を語ったあとこんなことを言った。

ベケットの言葉に「流れはこっちにきている」というのがあって・・・

と。びっくりした。

「すげぇ、松坂ってベケットの言葉を引用しているよー!」
私は叫んだ。
松坂はサミュエル・ベケットを引用しているのかと思ったのだ。

サミュエル・ベケット(Samuel Beckett, 1906年4月13日 - 1989年12月22日)は、アイルランド出身のフランスの劇作家、小説家、詩人。不条理演劇を代表する作家の一人。また、ウジェーヌ・イヨネスコと同様に、20世紀フランスを代表する劇作家としても知られている。1969年にはノーベル文学賞を受賞している。

すると隣の席にいた友人があっさりと

「それってジョシュ・ベケット投手のことでしょ」と言った。


ジョシュ・ベケット(Josh Beckett , 1980年5月15日 -)は、アメリカ合衆国テキサス州スプリング出身の野球選手。フルネームはジョシュア・パトリック・ベケット(Joshua Patrick Beckett )。投手、右投右打。現在はMLBボストン・レッドソックスに所属している。

うーん、無知とは恐ろしい。
松坂大輔はサミュエル・ベケット好きなインテリ演劇ファンかーと一瞬思ってしまった!!

とほほな勘違いでした。
ジョシュ・ベケット投手は今年20勝をあげたレッド・ソックスのエースなんですね。自分の不明を恥じました。
2005年10月21日(金) ローマ 43歳

ヴィットリオ・エマヌーレ2世記念堂

すっかり夜になりコロッセオをあとにして歩き始めた。フォーリ・インペリアル通りをヴェネチア広場の方向に歩いていった。通りは自動車の交通量が多く非常にかまびすしいのに、左手方向を見ると2000年前の古代遺跡、フォロ・ロマーノの静かな闇が広がっている。このコントラストが不思議な感興を生み出していた。
10分ほど歩くとヴィットリオ・エマヌーレ2世記念堂に着いた。ここは20年前に訪れたときにも印象的だったのでよく憶えている。黄と赤茶色を基調とするローマの建物の色彩の調和をぶち壊すような真っ白な外観。広場を見下ろすちょっと高台にそびえる偉容、ファシズムの匂いがぷんぷん感じられる。1930年代のカリスマ独裁者に熱狂する民衆のエネルギー状態を想起した。
ガイドブックを読むと「1870年代のイタリア統一の立役者、初代国王ヴィットリオ・エマヌエーレ2世の偉業を称え、市民からデザインを募り、1885年に施工開始、1911年に完成した記念塔」とある。中央のエマヌエーレ2世の騎馬像の下には「祖国の祭壇」が設けられ、第1次世界大戦で命を落とした無名戦士が祀られているという。イタリアの靖国神社みたいな存在か。
そしてヴェネチア広場はほとんど立ち止まって考え事をするスペースもなく、次にどこへ行くかの判断を早急に迫られることになる。まったくノープランのまま、適当に通りを決めて歩き始めた(後でその通りがコルン通りということを知る)。
どこをどう歩いたかあまり憶えていないのだが、コルン通りをいいかげんに右折し狭い路地に入っていった。歩行者がだんだん増えてきてレストランやお店が並ぶ街区に入ってきたことを感じる。すると突然、トレヴィの泉の前に出てしまった。これにはびっくりした!!夜7時を過ぎていたのに人だかりが多く盛況だった。ここも20年前に訪れている。歩きつかれたのでしばし休憩をした。

さて、ベンチで休みながらまたmixi-mobileで実況LIVE日記を書いた。その文面が(←)これ。なかなか写メも綺麗に写っていて、旅の臨場感が出た日記だったと思う。時差7時間日本は深夜2時過ぎだった。



(今週のおまけ)

"They All Laughed" from "The Whole Nine Yards "
大好きな映画のエンディングタイトル。眺望がすっごい良い。ガーシュウィンの曲とのマッチング最高。(2009/10/22)


(今週のおまけ2)
投稿王1周年


去年の10月20日、投稿王になりました。あれから1年。(こちらからどうぞ)

*私は1年で2775ポイント獲得。現在猛追してきている2位の某氏は1年で5182ポイント獲得。驚異的だね(笑)。遠からず私を抜き去っていくことでしょう。


(1年前の記事)
[chapter 134] John Wick / 有栖川宮公園/ 投稿王/ タイの僧院にて / The Dragon Lady/ フェノミナ/ ホワイト餃子/ 目には目を/ 1985年10月最終週日記/ 崇高において、不快を通して或る種の快が得られることについてほか 
(2年前の記事)
[chapter 83] マチェーテ・キルズ/ クープランの墓/ 横浜・根岸森林公園/ 平沢進の伝説的 Tweet /「フーコン戦記」 古山高麗雄/ パッポン通りの名前の由来 / 働くことによって得られるもの/
(3年前の記事)
[chapter 30] 坂本龍一+ALVA NOTO@ローマ・オーディトリアム / サン・ピエトロ大聖堂 / チェンマイのゴミ屋敷 / ばさら/ ホルバインのアナモルフォーシスほか
2012.10.24 Wednesday

[chapter 30] 坂本龍一+ALVA NOTO@ローマ・オーディトリアム / サン・ピエトロ大聖堂 / チェンマイのゴミ屋敷 / ばさら/ ホルバインのアナモルフォーシスほか


ローマのサンピエトロ大聖堂(2005年10月22日)。訪れた日は、翌日朝10時からの宗教行事「列聖式」のために広場には舞台と客席が設けられ、通行は制限されていた。


2005〜2011年10月下旬 並行圧縮日記 *画像をクリックすると拡大表示します
2011年10月21日(金) チェンマイ 49歳


爆睡中のねこ@猫カフェ
posted at 19:25:24

独裁者の最期
posted at 06:29:55

アルジャジーラもCNNも中国のTVニュースも皆カダフィーと見られる男の顔にボカシはかけず"BODY"を映していた。朝からとても気分が悪くなった。日本のTVはどうなのかな(映さないだろうな)
posted at 06:40:59

「ウルトラセブン」の「第四惑星の悪夢」をゴダールの「アルファヴィル」より先に観たことが決定的なトラウマとなっている。幼児にとってウルトラセブンが都市を破壊する衝撃は強かった。
posted at 18:44:02


ムージュム&ビヤー(最後の晩餐)


2011年10月22日(土)

30分に1回くらい、クイーンのメンバーの名前を叫んでいる変な人がいるよ(笑)。
posted at 04:07:37

「やっしょうまかしょ」って「田圃に水を撒きましょう」の意味だという説があるんだ。合いの手だとばかり思っていた。。
posted at 08:08:28

11月初旬にバンコクに行こうと思っているのだが洪水のほうは大丈夫か心配だ。今の状況ではなんとも判断がつかない。っていうか各地のローイクラトン祭りはやるんだろうか。
posted at 08:41:11

爪切りが見つかったので爪を切っていたらまた左足の親指を深爪してしまった。ちょうど1年前に巻き爪でばい菌が入り、病院で爪を1/3剥がしたときの悪夢がよみがえる。
posted at 11:53:26

爪を切ったばかりのところ自転車で転倒してしまった。運悪く素足にサンダル履きで防御するものが何もなかったせいで左足の人差し指を打撲した。めちゃ痛かった。歩行時バランスがとりづらく足を引きずって歩いていた。
posted at 18:30:54

2011年10月23日(日)

11時間くらい経ったがまだ足指痛む。タイガーバームを塗ってしのいでいる。腫れている。
posted at 00:07:07

洪水の影響かコンビニエンスストアの品揃えが少なくなっているような気がする。
posted at 01:21:05

チャーンビアが売り切れていて仕方ないのでLEOを買った。
posted at 01:58:36

震災後、7ヶ月間チェンマイに避難していた友達母子が日本に帰国するので空港に見送った。そのあと、その足でエアポートプラザへ行き、パソコンを診てもらう。そこでは埒が明かないのでハンドンのソニーのカスタマーセンターに持っていってくれとのこと。休み明けに行くことに。
posted at 02:08:26

疲れているからかLEO大瓶1本でほろ酔い気分。安上がりな身体でうれしいよ。
posted at 02:19:19

寒かったり暑かったりここ数日のチェンマイの陽気はいろいろで体調管理がたいへん。勘だけどもう大きな雨は降らないような気がする。このまま乾季へ突入か。
posted at 02:40:34

自分がなぜ今ここにいるか急にわからなくなっている件について
posted at 02:41:38

ドンムアン空港が洪水で閉鎖。その近くにタイ人の友人が住んでいる。洪水大丈夫かな。平屋建ての一軒家だったからな。心配だ。。。
posted at 02:43:48

動物解体、もとい動物飼いたい(意味がぜんぜん違うなぁ
posted at 02:56:15

日の出前に目が覚めた。昨日まで日の出後に眠っていたのだが。これを機に朝型に変えていきたい。
posted at 07:52:55

左足人差し指の痛みと腫れはだいぶん引いてきた。でもまだ自分の意志で指を曲げることが困難だ。
posted at 07:56:57

インラック首相は被災地の大部分から水が引くまで今後4〜6週間かかるとの見通しを示した、と。こりゃ下手するとなんやかやで事態の完全収拾が12月までずれ込むかもしれないですね。
posted at 07:59:37

西内まりやを個体識別
posted at 08:29:11

近所の居酒屋でよく会うオカマのおじさん、S病院の看護師だという。でも今そこにいたと思ったらすぐいなくなってまた現れる。もしかしたら勤務の途中で酒を飲みに来ているのではないかと思い、もしそうだとしたら怖ろしい〜!と畏怖した。
posted at 08:39:13

足の指が痛むので靴が履けず、ビーチサンダルで自転車に乗り、界隈を1時間ほど走ってきた。帰りに1階のレストランで雑炊とコーヒー。
posted at 09:53:28

マンションの近くで電気工事をしているのか、あるいはどこかで放電加工をしているのか、テレビの画面に定期的にプツプツとノイズが入る。憤るほどではないが少し気になる。幼い頃、放電加工機のせいで出たテレビやラジオのノイズに悩まされてきた身としては気分はいいものではない、そんな日曜の朝。
posted at 11:09:55

รู้สึกเหงามาก
posted at 12:36:20

日本にいたら成田も羽田も遠いから見送りに行くことなんてまずありえないけれど、今いる都市は家から10分くらいで空港に着いてしまうので、見送りも出迎えもたやすくできる。荷物も持たずに空港の中に入って気軽に旅気分を味わえるのは格別な気分である。
posted at 12:42:03

怪我から約24時間経ったが、まだ足指は自分の意志では曲がらない。引き続き様子を見る。
posted at 13:26:08

朝晩冷えて日中暑くなる、北部の乾季特有の気候になってきたなぁ
posted at 13:36:57

ガースー附属黒光り記念病院へ行ってくるか
posted at 13:40:45

帰宅。
posted at 19:21:50


猫カフェのオネエサンからバナナをもらう。
posted at 19:23:01

友人から教えてもらったゴミ屋敷に行ってみたけど、確かに尋常ではない光景だった。そこに住んでいる人が病んでいることはわかった。話が出たときに、あ、あの家だな、とピンときたのだが、いつも視線の隅にあり通過するだけで正面から正視したことはなかった。タイにもあるんだな、と。
posted at 23:07:26

2011年10月24日(月)

シャワーから出てきたら寒かったのでジャージを穿いてパーカーを羽織っています。
posted at 04:16:26

普段は部屋でPCを使っているのでtwitterやFacebookなどいちいちログアウトしないでブラウザを閉じるだけなのだが、昨日ネットカフェでFacebookをやっていたらログアウトのボタンが見つからず往生した。5分くらい格闘してようやく見つけられた。以上、どうでもいい話でした。
posted at 05:19:55

振替え休日の朝
posted at 10:00:25

昨夜は作業に熱中していたら気がつくと足の指の痛みは消えてなくなっていた
posted at 10:02:16

清邁是一個風景優美的城市
posted at 11:03:56

マンチェスターユナイテッドがマンチェスターシティーに1対6でボロ負けしたニュースはタイのスポーツニュースでも大きくとりあげていた。ノエル・ギャラガーは大喜びだろう。
posted at 11:09:29

360度どの方向にも走り出すことができるのに、怖くてそれをしない愚かさ
posted at 11:11:13

幼児の頃よく観ていた「キャプテン・スカーレット」を先日観る機会があったのだが、前作「サンダーバード」に較べてスーパーマリオネーションの人形の造型が人間により近くなったため、観ていて「これは人形である必要があるのか、実写にすればいいのに」ということが気になって仕方なかった(続)
posted at 13:24:34

主役のキャプテン・スカーレットが表情に乏しく生気に欠けた魅力のないキャラクターであることが致命的だった。フルCGアニメーション版「バイオ・ハザード」を初めて観たときの印象にも似ていた。これは根本敬の死体漫画にも通じる世界だと思った。今の技術だったら、死体写真をCGで3次元加工してピクサーアニメにすることなど、たやすくできるだろうにな。やはり、倫理的問題が表現者の前に立ちはだかるのかな。誰か、作ってくれ!!
posted at 13:37:02

窓と玄関を開放して風を通し扇風機をつけているが、ちょっと暑いなと思ったら33℃。どおりで蒸すわけだ。でも冷房なしで大丈夫。
posted at 17:39:17

ひと段落したら水シャワー浴びて休憩しよう。夕方涼しくなったら外出する。今出ると死ぬ。
posted at 17:41:10

今日は暑かった。
posted at 19:34:22

私が日本の歴史上もっとも好きな語感をもつ言葉は「ばさら」。婆娑羅という字をあてると珍走団みたいな現代的DQNセンスが視覚的に出てくるので好きではないが、それでも「ばさら」の音が空気を振動し聴覚に響くさまは素敵このうえないと思う。http://t.co/rAFPwDh
posted at 20:12:26
2010年10月19日(火) チェンマイ 48歳

ここ数日のtweets(抄)

大竹伸朗さんのエセイを読むと、デヴィッド・ホックニーはピカソが好きで寝るときも枕元にピカソの80年のNYの大回顧展のカタログを置いてしげしげと眺めていたらしい。それって横尾さんが画家転向のきっかけとなった展覧会か。大竹さんとホックニーの親交も凄いといえば凄いと思うが。
(2010/10/17/22:21)

ウィル・スミス主演「エネミー・オブ・アメリカ」でラストのマフィアの銃撃戦のシーンは観ていて唐突な展開と感じ、「おいおい」とツッコミたくなるのだが、しかしこういう「とってつけた」というか、明らかにバランスを欠く作り物を意識させるプロットというのは好みかもしれない。谷崎の小説世界然り。
(2010/10/17/ 22:31)

今ユニバーサルチャンネルで映画監督、マイク・ニコルズのトリビュート番組が放送されている。「卒業」に主演したダスティン・ホフマンのスピーチが。老けたなー。 マイク・ニコルズ wikipedia http://bit.ly/dnTmVf
(2010/10/18/00:06)


実在のポーランドのユダヤ系パルチザンの武装闘争を描いた映画「ディファイアンス」をサムイ島に行く夜行バスの中で観たのだが、ナチスのユダヤ人殺戮シーンが延々描かれていて、隣の席のイスラエル人の若者の反応が気になって、観察してみると普通に映画を楽しんでいたので拍子抜けしたことがあった。ダニエル・クレイグ主演。
(2010/10/18/11:35)



ハンス・ホルバインの「大使たち」(1533)アナモルフォーシスの技法を使い、斜め前から見ると髑髏が浮かび上がってくる。死ぬまでに一度生で観たい。
(2010/10/18/14:14)


ブリューゲル「雪の中の狩人」(1565)。この絵を最初に観たのは中学の美術の教科書だと記憶しているが、なぜか「ルパン三世」(TV第1シリーズ)的世界観を想起した。今から思えば「ルパン」の製作に参画していた宮崎駿と通底する世界があるのかなとも思うのだが。
(2010/10/18/14:47)

昨夜のマイク・ニコルズ・トリビュート番組にサイモンとガーファンクルが出てきて「ミセス・ロビンソン」を歌ったのはプチ感動したなー。客席全員スタンディングオべーション。「天使の歌声」アート・ガーファンクルはすっかりガラガラ声になってて残念だったけど。。ガーファンクルが出演した戦争映画があったな。
(2010/10/18/15:15)

前回帰国時、実家から大量の画集や写真集をスーツケースに詰め込んで飛行機に乗ろうとしたら制限重量20kgをおもいっきり超過し追加料金を払わされた苦い経験がある。本は重たい。なんたって隙間がない。固体である。容器のように中が空洞だったら軽いのに。そんな杞憂も電子図書時代到来で解決か。
(2010/10/18/19:31)

季節関係なく暑いと感じるのはインターネットのやり過ぎでコンピュータの熱が身体に伝わるからではないか、とふと気づいた。パソコン=暖房、って何かカメラ=万年筆みたいだ
(2010/10/18/20:13)

気がつくと傘差して自転車乗るの上手くなっていた<チェンマイでは当たり前の光景
(2010/10/18/21:46)

「The Office」は、ドラマの進行上に擬似インタビュー風の独白ショットと隠し撮りショットを挿入させ、カメラの位置と存在を視聴者に否応なく意識させるのでとても斬新に感じる。主演のスティーブ・カレルは一瞬だけカメラに視線を合わす「素人っぽさ」をあえて演技としてやっているのは、驚愕した。森繁久弥や石立鉄男を彷彿としたよ!!
(2010/10/18/22:01)

前にも書いたが家の近くの某店の女の子、髪をおろしていた時はアン・ハサウェイ似のカワイ子ちゃん(死語w)なのに、髪をアップにした途端に泉ピン子そっくりになる!どうなっとんじゃー!ということは、アン・ハサウェイは、泉ピン子に似てるのか!それより私の審美眼っていったい。。。
(2010/10/18/23:09)

チェンマイイミグレーションの帰り、エアポートプラザなう。2〜3ヶ月に1度イミグレに出頭しているが、来るたびに内装が変わっていて驚く。2年前最初に訪れたときは屋根のあるだけのあずまやだったのに、壁ができ、エアコンが入り、壁掛けテレビがついた。今回はカウンターが豪華になっていた。
(2010/10/19/14:18)

「ニューヨーク1997」を久々に観ているがとても面白い。製作年の1981年から見た1997年の世界。スネーク・フリスキンが本部ととる通信手段はトランシーバーだった。1981年当時は携帯電話はまだ発明されてなかったのか。アーネスト・ボーグナインのタクシーのカーステレオはカセットテープ。このカセットというメディアが映画のオチに使われる
(2010/10/19/23:24)

「ロスト・イン・トランスレーション」。映画館で観たときソフィア・コッポラに罵倒の言葉を投げつけたいほど不愉快な感想をもった記憶があるのだが、先ほど観たら特に酷いとも思わなかった。コミュニケーション不全のテーマもよくわかるし外国人が東京に行ったときはこんな感じで景色が見えるんだろうな、というのも共感した。それは今私が外国に住んで同じ問題を共有して持っているからかもしれない。
(2010/10/19/23:59)

2009年10月19日(月) チェンマイ 47歳

[pics] 石 stone หิน



石(1) 友人が「東京でいちばん波動がいいパワースポット」と教えてくれた、某所で拾った石。2004年1月以来、気がつくといつも手元にあった。
極端に依存する気持ちはよくないと思うが、気持ちを通わすことはしばらく続けそうだ。



石(2) パスポートの更新で通った某県某ビルの中に置かれた大きな石。
(2003年6月撮影)

タイでパスポートを紛失し、渡航証明書を発行してもらってやっと帰国。再度日本でパスポートを作ったときに撮った写真だった。

2006年10月19日(火) 成田〜バンコク 44歳

RED CARPET CLUB @ NARITA AIRPORT



タイ&カンボジア旅行へ向けて空港に滞在中。ユナイテッド航空のエグゼクティブラウンジでまったりしていました。(バックにある化粧室のお相撲さんの写真は、レトロなジャポネスクを意識した調度となっている)


2005年10月19日(火) ローマ〜ミュンヘン〜ミラノ 43歳

イタリア旅行中

バンコクで6時間のトランジットのあと、タイ航空でローマ。ローマから同じスターアライアンスのルフトハンザでミュンヘン経由でミラノに行きました。


11時間かけてバンコクからローマへ。もうすぐ着陸。


イタリア時刻午前7時30分、ローマ・レオナルド・ダビンチ空港着陸。予定時刻を30分遅れていたので非常に焦る。というのは午前8時30分発の乗り継ぎ便の時間が迫っていたからだ。空港職員に航空会社のターミナルを聞くや否や、必死こいて走った。なんとか間に合った。汗だくのわたし。上っ張りは脱いで半袖シャツのままである。まわりを見回すと、みなコートやジャケットなど厚着なのに、自分一人だけ半袖で、見事に浮いてしまった。


ルフトハンザ機。


ミュンヘン〜ミラノはアルプス越え。


ミラノのサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会(ダヴィンチの「最後の晩餐」がある)近くのホテルにチェックイン。
ミラノ市内に住んでいる母の友人の某氏と会い、市内を案内してもらい食事をご馳走になる。
2010年10月22日(金) バンコク〜成田〜東京 48歳

日本帰国

約半年ぶりの日本。暑くもなく寒くもなくよい陽気でした。これから寒さが厳しくなっていくのでしょう。ちょうどいいときに帰ってきました。

(以下、目下抱えている問題についてのつぶやき)
・今はまだ親が健在で「実家」というものがあり自分の荷物も少しは置かせてもらっているけれど、親はもう70歳を過ぎているからいついなくなるかわからない。そうなるともう私には帰る場所がなくなる。今は各種税金や保険や年金も日本国に払っているが(自分名義で他人に貸している土地建物があり、そこから発生する収入で、確定申告もしている)その辺のこともそろそろ整理していかなければならない。自分の居場所=根はもう日本にはないということを自覚し、次のステップに移行する時期が来ていると思われる。

・さりとて東京にホテルを宿泊するとなると安いビジネスホテルなどでも1泊1万円近く平気でかかるからな。カプセルホテルやネットカフェはさすがにこの歳になると泊るのはしんどい。。。

・チェンマイはやっぱり好きだし、そちらのほうがホームグラウンド的な感覚になっている。

・一生迷い続け、自分の人生「これではない」と満足しない人生かも、と想像する。48年間生きてきた自分の過去から類推するとなんとなくそんな気がする。自分は達観できないタイプだと思うが諦めは悪いほうだと思う。その諦めの悪さ、ぐずぐずしたところが欠点でもあり長所でもあるのかな。でもよくわかンない。

・すぐに駆けつけられないこと。物理的に遠い。でもどうしようもない。

・横尾さんは旅行するとき、画集を持っていくと言っていた。今回の旅は大竹伸朗の「既にそこにあるもの」(文庫版)をもってきている。(以下、略)

2009年10月22日(木) チェンマイ 47歳


チェンマイの夕景。



2008年10月22日(水) チェンマイ 46歳

[映画] ウドムさんの新作を観る



10月9日から公開されているウドム・テーパーニット主演の「อีติ๋มตายแน่」をやっと観ました。ルーティンな恋愛コメディー映画でしたが、まぁまぁ面白かったです。相手役にアスカという日本人女優が出ていたのがタイでは話題になってました。



カメラ映りは好いです。ナーラックです。
ただひとつだけ気になったのが役名がITEMI(イテミ)w。
そんな日本人の名前ないっしょ!!

2006年10月22日(日) プノンペン 44歳

カンボジア旅行中。


プノンペン郊外の遺跡


典型的なカンボジアの風景


カンボジアは赤土の大地です。1日外で活動するとシャツが砂埃で相当に汚れます。


2005年10月22日(土) ローマ 43歳

イタリア旅行中

(DAY5-1)[LIVE] アテネの学堂/ ラファエロ(バチカン美術館)


20年ぶりにバチカン美術館に来ています。これはラファエロの「アテネの学堂」。世界でもっとも有名なフレスコ画のひとつです。いやぁ素晴らしい。

(DAY5-2)[Vatican] サンピエトロ寺院(世界遺産)



世界遺産に登録されているローマ・カトリックの聖地。

訪れた日は、翌日朝10時からの宗教行事「列聖式」のために広場には舞台と客席が設けられ、通行は制限されていた。

広場のはずれで寺院を見ながらぼーっとして時を過ごす。ひっきりなしに観光客の団体が目の前を通過していった。とても印象的だったのは国旗柄のTシャツを着て国旗をかざして記念写真を撮るグループが多かったこと。彼らは例外なく最後に円陣を組んで全員で自国の掛け声を発する。イメージとしてはバレーボールの試合で「日本!チャチャチャ、日本!」みたいな応援の掛け声、あるでしょう。あんな感じ。リーダーらしき人が、「なんとかかんとかー!」って叫ぶとほかの人が合いの手を入れてシャウトするのね。国旗柄からわかったのはチリのグループが叫んでいた「C・H・I・L・E!!」という掛け声。そして掛け声が終わると広場のあちこちから拍手が起こる。それはチリから来た同胞たちの拍手なのだろう。
ミラノでも同じような光景を目撃したが、信仰のもつ力というか、彼らが信じる神様と現前に存在する世界認識いうものに対して、不思議な気持ちにさせられた。私は信仰を持っていたとしても、日の丸のTシャツは着ることはないし、国の名前を声高に叫ぶこともしないだろう。
そんなことを思うと、ここは世界有数の観光名所であると同時に、何億人もの信者をもつ宗教の聖地でもあることが急に実感されてきたのであった。

(DAY5-3)[LIVE] Piazza di Spagna


スペイン広場にやって来ました。ベタな観光名所ばっかりまわっています。それにしても人大杉。

(NIGHT5-1) 坂本龍一+アルバ・ノトのコンサート

というわけでこれから坂本龍一のコンサートを観ます。教授のライブは1999年のオペラ
「LIFE」以来です。非常に楽しみ♪

(NIGHT5-2) ryuichi sakamoto + alva noto "insen" @ auditorium, Rome



インターネットで予約した席は左サイド11列目。ステージからそれほど遠くなくまぁまぁよい席だった。三々五々席は埋まり、開演時間にはほぼ満員になった。

ここ数年の坂本龍一はピアノ音楽の新たな可能性を模索しているように思える。2004年春発表の"CHASM"など聴くとピアノはこんな響き方をするのか!と驚いたものだった。今回のコンサートは、坂本の弾くピアノとドイツ人のアーチスト、アルバ・ノト(エレクトロニック・ノイズ+映像)とのコラボレーション・ライブ。2人名義で"INSEN"というアルバムを発表しているようだが、前もって聴いてはいなかった。

開演時間を5分過ぎた頃会場は暗くなり、坂本とアルバ・ノト登場。会場からはさかんな拍手が起こる。

1曲目。坂本が椅子から立ち上がって中腰でピアノの最低音部のキーを右手でがーんがーんと叩いて、マイクでひろった音をその場で左手でエフェクトをかけ加工しながら曲が始まった。そこにうすーくアルバ・ノトのラップトップコンピュータから出る電子ノイズ音がからんでいく。打楽器としてのピアノの可能性を聞かせてくれるのだが、観客の戸惑いは予想以上で、曲が終わっても拍手するタイミングがつかめないほどだった。ワンテンポ遅れてまばらに拍手が起きそれが全体に派生していくような様子で、これはアバンギャルドなミュージックコンクレートのコンサートになるのか、観客は置いてきぼりを食うのか、そんな観客の不安と戸惑いが1曲目の拍手から見てとれたのだった。
2曲目、3曲目と同じようなパフォーマンスが続いた。坂本が簡単なフレーズの繰り返しを弾き、そこにアルバ・ノトのノイズ音がからむというスタイルは変わらない。ステージ後方に5枚ほど並んだスクリーンにはノイズ音と同期したさまざまなパターンの明滅するコンピュータビデオ映像が流れていく。20世紀音楽史については詳しく知らないが、1970年代のミニマル・ミュージックの趣きを感じた。単純な音階と映像の繰り返しは眠気を誘うこと十分で、近くの席からは3曲目くらいから早くも、いびきが聞こえるほどであった。曲が終わるたびに、困惑とため息の混じった拍手が聞こえてくるかのようだった。

しかし、わたしはパフォーマンスとして非常に面白いと思った。
想像したよりかは観客は置いてきぼりは食ってないし、確かに現代音楽の理論を踏襲した音楽世界がそこにはあるのかもしれないけれど、案外ポップでユーモアもある。自分が似ていると思ったのは、1980年代前半にコンテンポラリー・アートとポピュラー・ミュージックの世界が接近した時期の代表的アーチスト、ローリー・アンダーソンを想起した。どちらのジャンルにもカテゴライズ可能な雰囲気を感じたのだった。
観客も演奏を受け止めて、この独特なグルーヴを徐々に楽しみ始めている、そんな印象であった。あっという間にコンサートの時間は終わった。

アンコールに演奏した「戦場のメリークリスマス」は、徹底的にアレンジがなされていて、はじめそのメロディーを解体して何のフレーズなのか観衆にはわからないが、じょじょにメロディーが立ち現れてきて、観衆もだんだんその曲が何なのかわかってきて、わたしと同じく興奮しているのが手にとるようにわかった。最後にすべてのメロディーが演奏されて曲が終わると、満場に大歓声が起こった。この曲がその夜のベストパフォーマンスだと信じて疑わない。

やはりライブはいいものだ、と遠い異国の地でしみじみ思ったのであった。
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