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2019.10.19 Saturday

[chapter 338] ホルモン鉄道@河口湖八木崎園 / 「放浪記」(1962年)/「天皇制」という言葉の初出の瞬間 / 宇野弘蔵の「資本論」の理解について / Happy Birthday to Us!! / 電気ブラン@神谷バー/ ニヒル牛で旅本購入ほか


ホルモン鉄道@河口湖八木崎園1泊ライブ(2019年8月17日)


2019年10月9日(水) バンコク 57歳

Happy Birthday to us!

2019年9月20日(金) バンコク 56歳

「放浪記」(1962年)


[参考記事}沢木耕太郎 「一号線を北上せよ」巻末に沢木耕太郎と高峰秀子の対談
2019年10月19日(土) バンコク 57歳

〔読書メモ〕「天皇制」という言葉の初出した瞬間

網野義彦・鶴見俊輔 対談集「歴史の話 日本史を問いなおす」より
鶴見:今谷明さんの『天皇家はなぜ続いたか』(対談集)という本の233頁に「天皇制という言葉は、コミンテルンの32年テーゼが日本で翻訳されたとき、非合法下の日本共産党関係者が訳語として初めて使用したもので、本来、イデオロギー色がきわめて強い政治用語なのである」とあります。
「天皇制」というのは翻訳語なんですね。コミンテルンの政治的な脈絡から移してきたもの。しかし、これを科学だと思っちゃった。これを使えば、科学、つまり応用としての科学、応用科学なんですよね。もとの科学は純粋な科学だと思っているんだけど、これはそのときのソビエト・ロシアの政治的な配慮で中心になっている何人かの人間が・・・(後略)

「科学」という言葉で思い出したのが、経済学者の宇野弘蔵が1960年代、東京大学法学部・経済学部の授業「経済学原理」で教えていたマルクスの「資本論」に関する理解。これはマルクスの「資本論」を独自に再構成したものであった。そのころまでは官庁や企業に入る人は全員「資本論」を読まなければ卒業できなかった。宇野弘蔵の「資本論」の理解はユニークで、史的唯物論はイデオロギーであるが、「資本論」は“科学”であると認識していたこと。つまり「資本論」は、各人がどういう考えをもっていようと何をしようと貫徹される資本制経済の原理を明らかにするというのである。 詳細はこちら
2019年8月15日(木) 浅草 56歳

電気ブラン@神谷バー




「放浪記」(1962年 宝塚映画 成瀬巳喜男監督作品)

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2019.04.20 Saturday

[chapter 335] ソメイヨシノ@西荻児童館前 / 大谷氏「荒野の侍」/ ヒンジ/ 『懐かしの空き缶大図鑑』出版記念 石川浩司トーク&ミニライブ&サイン会@新宿紀伊国屋書店/ 横浜文化体育館 / 兆民の「三酔人経論問答」に見る思考実験の重要性 ほか


ソメイヨシノ@西荻窪児童館前(2019年4月12日)


2019年4月11日(木) 東京 56歳

バンド「たま」のランニングがやってくる! 『懐かしの空き缶大図鑑』出版記念 石川浩司トーク&ミニライブ&サイン会


2019年4月16日(火) バンコク 56歳

荒野の侍


2019年3月17日(日) バンコク 56歳

横浜文化体育館


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2011年4月11日(月) チェンマイ 49歳

兆民の「三酔人経論問答」に見る思考実験の重要性

それでは、問答体という点からみて『三酔人経論問答』の特にユニークな性格はどこにあるのでしょうか。こう考えて来ると、どうしても最小限度『三酔人』の内容に立ち入ることになりますが、今までの「法論」あるいはカテキズムのなかの代表的傑作を見ると、たとえば『三教指帰』にしても、一人は仏教を代表し、一人は儒教を代表し、一人は道教を代表する、という形になっています。『妙貞問答』では、一人は既成宗教――儒教であれ神道であれ――を代表し、片一方はキリスト教を代表するというふうになっています。ところが『三酔人』で登場する三人は、何かの特定の教義を代表しているのではない。(中略)
イデオロギー的にいうと、一人の発言のなかでさまざまに交錯しております。豪傑君の議論と紳士君の議論とを読みくらべてみても、まったく対立しているのでなく、非常に共通した面もある。紳士君が言っても少しもおかしくないような議論を、豪傑君が展開しているところもあります。むしろここに私は『三酔人』のユニーク性があると思うのです。この三人は、それぞれ実体的に、何かのイデオロギー的立場を代表しているのではなくて、この三人の対話を通じて複数の観点、色々な角度からのスポットライト、が投入されている――まさにそこに特色があると思います。ここで私のいう観点とは、「立場」とか、「世界観」というのとちょっとちがって、照明のあて方です。では何のために観点を複数に投入するのか、というと当時の日本が直面している問題の広さと深さ――この問題を解決するにはどれだけのことを考えなければいけないのか、あるいはこの方向に進むとこういう谷に落ちるぞ、さりとてこっちへ行くとこういう川に流されますよという、そういう問題の所在、問題のパースペクティブを読者に示すためです。そのためにどうしても問答体をとらざるをえない。そういう複数のスポットライトを示すために問答体をとっている作品が、この書のほかに日本の思想史のなかにあるかというと、あまりないのではないかと思います。

丸山真男『忠誠と反逆』所収「日本思想史における問答体の系譜――中江兆民『三酔人経論問答』の位置づけ――」(1977年)

原子力発電について複雑に絡まりあった問題点を整理し、現状分析と未来への展望を切り拓けるのは「三酔人経論問答」のような≪問答体の思考≫ではないかと思いついた。
原子力発電はもう廃止して代替エネルギーに移行するべきなのか、それとも原発は日本にとっては止む無しなのか。だとすれば今後二度と原発事故が起こらないためには何をしたらよいのか。電力会社とそのバックにある勢力がマスコミを支配し、言論の自由、報道の自由を隠蔽封殺していることを劇的に変えることは可能なのか、利権構造からの脱却は可能なのか・・・・・・、今までのイデオロギーに収束されない議論がこの問答体によって可能ではないかと思ったのである。
2019年4月20日(土) バンコク 56歳

ヒンジ

先週日本でテレビ初放映の「風立ちぬ」を鑑賞したのだが、一箇所気になるところがあった。それは航空部品について議論しているなかに出てきた「ヒンジ」という言葉のアクセント。20代の数年間、プラスチック業界にいた身として記憶している「ヒンジ」とはアクセントが違っていると思った。


2018.09.01 Saturday

[chapter 335] 小平新文化住宅/ ふと立ち寄った友人の店で中川樹海ちゃんと再会!/ ホテルから見えた富士山/ RIP Ms. Momoko Sakuraほか


小平新文化住宅(2018年8月28日)


2018年8月28日(火) 小平 55歳

小平新文化住宅

ふと立ち寄った友人の店で中川樹海ちゃんと再会!

2018年8月29日(水) 成田 55歳

6日間日本滞在で帰国の途へ

2018年8月30日(木) バンコク 55歳

雑感

というわけでタイランドに戻ってまいりました。
日本にいた6日間は特に違和感もなくスムーズに日本人に「なれた」気がしましたが、タイに戻ってみると、「ああやっぱりタイのほうが落ち着くなぁ」としみじみ実感しました。今回は2年半ぶりの帰国で、今までで日本国最長不在記録を更新しましたが、次回は早く帰国したいと思います。できれば年末には。ではまた。
2018年8月31日(金) バンコク 55歳

雑感2

仕事がたまってしまいてんてこ舞いである。なんとかこの負のスパイラルから脱出しなければ雪だるま式にさらに仕事が積み重なる。そうこう言っているうちに次の原稿の締め切りもやってくる。あぁ、どうしよう。お客さんからも上司からも怒られてしまう。
2018年9月1日(土) バンコク 55歳

雑感3

と言ってるうちに、あっという間に9月になった。さて、今月はどう過ごそうか。自転車を買ったので休日はサイクリングしたいな。ちょっと郊外の海まで自転車で行ってみたい。
年末帰国することを目標にしてやりきるぞー。



RIP Ms. Momoko Sakura
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2018.06.30 Saturday

[chapter 316] Sicario: Day of the Soldado/ 八木康夫氏(イラストレーター)と会ったときの記憶 / 宇宙戦争@有楽町日劇PLEX1(2005年6月29日)/ Max Brooks‐ WORLD WAR Z An Oral History Of The Zombie War / Agharta


「Sicario: Day of the Soldado 」鑑賞しました。(2018年6月28日)


2018年6月28日(木) バンコク 55歳

八木康夫氏(イラストレーター)と会ったときの記憶

2005年6月29日(水) 東京 42歳

宇宙戦争@有楽町日劇PLEX1




夜勤明け、公開初日の朝9時の回を観てきました。怖かったー!!!

観る前は1950年代東西冷戦下にさかんに創られたハリウッドのSFスリラー映画のテイストを想像していたけど、観てみるとそんな想像軽く吹っ飛ぶほど、凄まじい映像と音響の世界でした。スリルに次ぐスリル、サスペンスの連続で大満足でした。

宇宙戦争(2005年の映画)


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2017.12.02 Saturday

[chapter 288] Jigsaw/ 生きるべきか、死ぬべきか(1942年 エルンスト・ルビッチ)/ バンコクで老舗の日本料理レストラン 花屋/ お客様でお医者様、看護士の方は…/ Coming Soon/ ティピーテントの店ほか


(近況)
2017年公開のホラー映画「Jigsaw」を鑑賞しました。


2017年12月1日(金) バンコク 55歳

「生きるべきか、死ぬべきか」(1942年 エルンスト・ルビッチ)



2017年11月25日(土) バンコク 55歳

バンコクで老舗の日本料理レストラン、花屋

2009年12月1日(火) バンコク 47歳

ユナイテッド航空881便 成田―バンコク間での出来事

昨夜のフライト、無事バンコクに着きました。でも機内でドキッとするアナウンスが流れました。

「お客様でお医者様、看護士の方はいらっしゃいませんでしょうか?」と。

なんじゃそりゃーー??!

もう数え切れないくらい飛行機に乗っていますが、こういうアナウンスは初めてです。こういうのはドラマや映画の話だと思っていました。

まず考えたのが (1)機長が急病で倒れた。(2)お客さんの中に妊婦さんがいて産まれるーーー!!っていう非常事態になった

のどちらかだと思いました。沖縄あたりを飛んでいたのですが、これは最悪成田に引き返すか、台北に緊急着陸するか、といっしゅん覚悟しました。
結局はその後、何もアナウンスはされず、問題は無事解決したようです。

それにしても、何があったんだろう。
2006年12月1日(金) 東京 44歳

早川剛さん個展/ 幸稲荷神社/ 恵比寿「縄」

マイミクの早川剛さんの個展に行ってきました。彼の絵を観るのは3回目です。大自然のエネルギーの躍動を体感させる画業に魅了されました。ギャラリーには早川さんがいらしたので少しお話できました。

画廊を後にして並木通りを歩くとすぐに目に入ってきたのが、とてもちっさい神社。



幸稲荷神社。銀座七福神の一つだそうです。
そのまま銀座4丁目交差点まで歩き、東京メトロ銀座駅から日比谷線に乗り恵比寿へ向かいました。
友人Sさんのヨーロッパ行き壮行会。懐かしい友人たちと再会しました。



Cさんが幹事だったのですが、連れて行かれたのが縄(なわ)という店。駅から6〜7分の住宅街の中にあって民家を改造してある最近よく見かける隠れ家レストランです。ホームページもないし、ぐるなびなどグルメサイトにも情報提供してないのですが口コミからか、けっこう繁盛していました。このレストランが変わっているのは、ネイティブ・アメリカン風のティピー(テント)が中庭にあって、その中に囲炉裏があって会食できることなんです。



炭火を囲んで会食できます。定員8人ほどでしょうか。
料理はどれも美味しかったです。 このティピーの席は人気があって早めに予約しないと駄目みたい。とても気に入ったので、新年会をここでやりたいとも思います。
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2016.07.16 Saturday

[chapter 220] KAIENTAI-DOJO@Differ Ariake(2002) / バンコク旅日記2 (2001年7月)/ Night of The Living Dead (1968) / ブルーベリー収穫 / メコン川をフェリーボートで渡河(2011年7月11日)ほか


KAIENTAI-DOJO@ DIFFER 有明(2002年7月頃、団体旗揚げ直後)友人の某レスラーを応援に。



2001年7月15日(日) バンコク 38歳

2001年7月14日(土) バンコク 38歳

2回目のバンコク旅行


2001年3月に続いてわずか3ヶ月のインターバルをおいての2回目のバンコク旅行である。もともとバンコクを訪れたのは、当時よく遊んでいた友人のKさんと突然連絡がとれなくなり、しばらくして「今小学校の同級生が経営するバンコクの会社で働いています」という手紙が来たのでKさんの暮らしぶりを見に来たというのがきっかけであった。そこで私が見事にハマッてしまい、以来年3〜5度ほど訪れるようになった。2008年4月からは移住し仕事までしている次第である。

このときは羽田発台北経由のチャイナエア便でバンコクに赴いた。まだビッグバードが完成前で国際線の発着ターミナルは羽田空港の母屋から離れているおんぼろの掘っ立て小屋のような平屋の建物だったことが記憶に残っている。台北では行き帰りともに3時間以上待ち合わせに時間をとられ空港内でぶらぶら時間をつぶした。

バンコクではくだんの友人Kさんと会ったほかは王宮地区から中華街、チャオプラヤ川沿岸地区などを徘徊した。まだ2度目の訪問なのでバンコクのおおまかな地勢は把握してなかったように思う。
1985年7月13日(土) 東京 22歳

Night of The Living Dead (1968) George A. Romero


いかなる映画でもオープニングシーンからエンディングシーンに向って時間は進行する。誰もがスクリーンの前に座っていれば自動的に映画の終了を体験することができる。観客はスクリーンに映し出されている映像と音響装置の連続視聴体験により、スリルやサスペンスを味わう。それがたとえばホラー映画というジャンルだと、居心地の悪い現在の不安な状態から早く解放され、闇の中の世界から光の世界に戻って安心したいと願う。そして多くの人は、「The End」と現在との距離(時間)を、意識的に、また無意識的に計っているような気がする。それはゴールを目指して現在を走る競技ランナーに似ていると思う。また、能動的にページをめくり結末に向かって読み進めていく「読書」という行為にも似ていると思う。本の厚さから残り時間を計測して、今書かれていることを読みながら、これから本が終わるまでの間に何が起きるのか想像しながら読み進めていくこと。

モノクロームの映像が作劇上のマッチング上において素晴らしい効果を放っていると思った。


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2016.06.25 Saturday

[chapter 217] Independence Day: Resurgence/ 体調不良 / 玉川の癒し/ マイレージの事後加算申請 / 獅子舞おみくじ自動発券機@神田明神/ Nintendo 64 CMほか


「インディペンデンス・デイ: リサージェンス」を鑑賞しました。(2016年6月23日)


2016年6月23日(木) バンコク 53歳

体調不良

2005年6月29日(水) 東京 42歳

マイレージの事後加算申請

2005年6月22日(水) 東京 42歳

玉川の癒し



病気の家族のために整骨院をやっている弟が送ってきたラジウムミスト&湯の花発生装置。

「玉川の癒」とあるのは、世田谷の二子玉川のことではなく、秋田県にある玉川温泉のことを指す。ここは最近話題の岩盤浴の元祖とも言うべきスポットで、北投石というラジウムを放射する花鉱石がある温泉で、ガンや皮膚病、糖尿病、リウマチなどに効果があるらしい。
この石は日本では玉川温泉にしか存在せず、持ち出しも制限されていて大変貴重な石らしい。しかし同じ効用を人工的に作リ出したのがこの商品である。

この箱(寸法:幅115mm×長さ185mm×高さ50mm)を家庭用風呂の底面に置き、湯音はぬるめ、体温より4〜5℃くらい高い温度でお湯を入れる。そしてゆっくり時間をかけて入浴すると、箱から発生したラジウムのミストと湯の花が身体に作用する。

わたしも試してみたがとても気持ちよかったです。

「北投石」の語源は台湾の北投温泉から来ているらしい。世界でこの花鉱石があるのは玉川温泉とその北投温泉だけとのこと。

行ってみたいなー。

サイトを見たら102,900円って値段がついていた。ぎょぎょぎょ!!!
2005年6月23日(木) 東京 42歳

獅子舞おみくじ自動発券機@神田明神



お金を入れると獅子舞がダンスし、おみくじを発券してくれる有難いマシーン!出勤途中のサラリーマンがやってました。

「皆様の色々な願い事、お誓い、お礼等を、毎朝の御日供時に神様におとりつぎいたします。祈願時に二百円を添えて、納箱にお入れ下さい。」


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2016.05.21 Saturday

[chapter 212] X-MEN Apocalypse / 季節の果物 / 妄想/ 映画「天使と悪魔」/ 高畑淳子情報/ Velma@ Scooby-Doo / 日本語字幕付きの外国映画はそれだけで想像力を限定してしまう / サンタ・マリア・デル・ポポロ教会ほか


X-MEN シリーズ最新作、鑑賞しました。(2016年5月20日)


2016年5月16日(月) バンコク 53歳

季節の果物

2016年5月17日(火) バンコク 53歳

洋食レストランにて

妄想

2009年5月16日(土) チェンマイ 43歳

映画「天使と悪魔」

カードスアンケーオのシネマコンプレックスにて鑑賞。
前作の「ダ・ヴィンチ・コード」が原作を詰め込もうとしすぎて冗長散漫になったきらいがあったのですが、今回は映画化を想定したかのような原作の長さ、時間と空間を限定したサスペンスの作り方、エンディングのカタルシス、コロムビア映画=ソニーの家電コンピューター製品をこれでもかと使えたところ、……等等、まとまっていて感心しました。
まぁトム・ハンクス演じるロバート・ラングレン教授が同じだけで、違う映画と捉えていいのではないかと思います。

しかし「MI:3」など、最近バチカンが舞台になる映画って多いですねー。よくロケを許可するもんだというか、内容によっては全世界の何億人という信者に不敬と見られて告発される可能性もあるというのに。


以下、箇条書きにて気のついた点をいくつか。

・ユアン・マクレガーって芸歴15年以上あるのに、大物ぶらない小物オーラというか、根っからの子分肌の役柄というか、(くさしてゴメンナサイw)抜群でよかったです。この人を見ているといつも川平慈英さんを想起してしまいます。


・「コンクラーベ」の儀式は日本ではあまり報道されないのでピンとこないのですが、カトリック圏の国々では本当に一大セレモニーなんですね。ちょっとびっくりしました。


・「ゴルゴ13」で「コンクラーベ」が出てきた回を思い出しました。


・ポポロ広場のサンタ・マリア・デル・ポポロ教会が出てきました。2005年10月に行きました。



最近よく思うのは、日本語字幕付きの外国映画は、それだけで想像力を限定してオリジナルの魅力を損なっているのではないかということ。言葉がわからなくても、日本語訳しないで映画そのものを「ありのまま」体験することによって、初めてその映画を「観た」ということになるのではないかと思ったりしています。
日本語字幕があったり吹き替え版だったりすると、その映画に出ている人間は、字幕や吹き替えで与えられた情報から、外国人なのに日本人的発想をする同胞のように、わかりやすくキャラクターを補正して理解するために、外国人=他者=異物として見えないんです。

のちに「ヌーベルバーグ」と呼ばれるようになったフランスのシネフィルの映画作家たちはフランスのシネマティークでは字幕無しの世界中のオリジナル版の映画を浴びるように観ていたといいます。
2004年5月18日(金) 東京 41歳

高畑淳子情報

高畑淳子は大学受験のとき、御茶ノ水女子大と早稲田と慶応と津田塾と桐朋を受けてすべて合格した。結局桐朋へ行って演劇を学び女優になった。(「徹子の部屋」より)

でもって「バツ2」(笑)。(「踊るさんま御殿」より)

高畑淳子の母親は松本明子の母親と同級生らしい。(「メレンゲの気持ち」より)

[追記メモ]
塾女マニヤとしては高畑淳子からは目が離せません!こないだまでやってたNHKの深夜連続ドラマ『百年の恋』はよかったすね。



2016年5月17日(火) バンコク 53歳

Velma

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2016.03.12 Saturday

[chapter 202] 東京大空襲に罹災した母 / 遊び人のシンさん / カーティス・ルメイを恫喝するロバート・マクナマラ/ ミーティングハウス2号作戦ほか

2016年3月12日(土) バンコク 53歳

東京大空襲に罹災した母

東京大空襲(とうきょうだいくうしゅう)は、第二次世界大戦末期にアメリカ軍により行われた、東京に対する焼夷弾を用いた大規模な戦略爆撃の総称。日本各地に対する日本本土空襲、アメリカ軍による広島・長崎に対する原爆投下、沖縄戦と並んで、都市部を標的とした無差別爆撃によって民間人に大きな被害を与えた。



2016年3月12日(土) バンコク 53歳

カーティス・ルメイを恫喝するロバート・マクナマラ

*ロバート・マクナマラ元国防長官(2009年12月18日の記事)
遊び人のシンさん
(つづき)「ミーティングハウス2号作戦」と呼ばれた一九四五年三月十日の大空襲(下町大空襲)は、高度一六〇〇から二〇二〇メートル程度の超低高度・夜間・焼夷弾攻撃という新戦術が本格的に導入された初めての空襲だった。その目的は、木造家屋が多数密集する下町の市街地を、そこに散在する町工場もろとも焼き払うことにあった。この攻撃についてアメリカ軍は、日本の中小企業が軍需産業の生産拠点となっているためと理由付けしていた。 アメリカ軍がミーティングハウス2号作戦の実施を三月十日に選んだ理由は、延焼効果の高い風の強い日と気象予報されたためである。(ウィキペディアより)

*カーティス・ルメイ

2016.01.09 Saturday

[chapter 196] 記憶ビルディング(1)渋谷東急文化会館

はてさて、ここで唐突に 2016年新企画をスタートします。

今は存在しない建物を召還して、思いつくままその建物について書き出してみようという企画を思いつきました。
(思い出したら追記する「ひとりwiki」方式で書き足していきます) 「記憶の中だけで生きるビルディング」。

第1回目は
「東急文化会館」 を取り上げます。皆さん、このビルディングを覚えていますか? 私は1975〜77年の中学3年間、ここの裏の学習塾に通っていたのでよーく覚えています。また時代はくだり、1991〜95年頃は金王坂に勤め先がありましたのでこのエリア一帯は通勤途中にありました。


渋谷東急文化会館(とうきゅうぶんかかいかん)は、かつて東京都渋谷区渋谷にあった複合施設である。東急百貨店が所有・運営し、渋谷駅前(東口)を代表する文化施設として知られた。
2003年(平成15年)に閉館、建物も取り壊された。跡地には2012年(平成24年)、新たな複合ビル「渋谷ヒカリエ」が開業した。


↓外観はこのような感じ。渋谷駅東口バスターミナルの前にあり屋上のプラネタリウムのドームが目立つビルでした。




ビルディング名:東急文化会館 住所:東京都渋谷区渋谷2-21-12
開店日:1956年12月1日/ 閉店日:2003年6月30日 設計:坂倉準三 
最終更新日:2016年1月9日
8階

 
五島プラネタリウム小学校の社会見学で何度か行った。ナレーターが天球図の説明をするときに火星をより以上に赤く見せて「実際はこれほど赤くありません」とその場で色合いを補正したり、木星の大赤斑も同様に肉眼で見せたりする見せ方に子供ながら感心した。(同級生のあいだでは天体観測が流行し、天体望遠鏡を買ってもらう友人が何人もいたが、私は天文少年にはならなかった)
7階
東急ゴールデンホール結婚式場
6階
東急名画座1977年(中3)の夏休み、部活の友人10人ほどで「宇宙戦艦ヤマト」を観に行った。調べてみると幻の「スターシャ死亡編」を観たらしい。異常に混雑していてビルの非常階段の横側の戸隠そば屋の通路まで列が及んだ。普段は名画座のプログラムを上映していた。
翌1978年8月に「さらば宇宙戦艦ヤマト」を鑑賞したときには激しい怒りを呼び起こされ、以来このシリーズは2010年の木村拓哉主演の「Space Battleship Yamato」を観るまで自分の中でモチベーションが再燃することはいっさいなかった。
5階
渋谷東急/三省堂書店
三省堂書店では高校受験と大学受験の両方参考書を購入した。後者のときは赤本など。
渋谷東急では何を観たか記憶がおぼろげだ。キアヌ・リーブスの「スピード」(1994)はなんとなく観たような気がするのだが。。
4階

3階

2階
文化特選街
東急東横線渋谷駅改札口から屋内歩道橋が宮益坂に向かってあり、2階からビルに入ることができた。2階は小売店舗がたくさん軒を連ねていたが、島田結いのカツラ屋さんが印象に残っている。
1階
渋谷パンテオン/ユーハイム東急文化会館内映画館でもっとも多い席数(1101席)を誇る映画館。1970年代半ばから2000年代前半まで都内でもっとも多く劇場公開映画を鑑賞した映画館。いちばん最後に観た映画は「ハンニバル」(2001)
地下1階

東急レックス1977年4月(中学3年)、「家」というホラーサスペンス映画を観に行ったとき、入り口付近で芸能事務所の某氏にスカウトされた。某氏は「ケンちゃん」シリーズでお父さん役をやっていた前田昌明氏に容姿がそっくりだったことが印象に残っている。


(覚書き)
わたしにとって渋谷と言えば、中学時代は「東急文化会館」だった。週4日通っていた学習塾が文化会館の裏にあったのである。東急東横線渋谷駅を下りて改札口を出て右側に向かうとそこはすぐに屋内歩道橋になっている。橋を50mほど渡ると文化会館の2階の入り口にぶつかる。すぐ左側にあるエレベーターに乗って5階の三省堂書店に行くのが習慣だった。渋谷には大きな書店がいくつもあって私のホームグラウンドは東急新玉川線渋谷駅地下改札口近くの旭屋書店で、そこから大盛堂書店、東急プラザにあった紀伊国屋書店、渋谷古書センター、ヤマハ楽器横の古書店等々…、本屋さんをめぐる散歩コースができている街だったのだが、(高校、大学時代にはこれに輸入レコード、中古レコード屋さんが加わる)三省堂書店はその最初に訪れる本屋さんであった。
大岡昇平の「少年」ではないけれども、1970年代の渋谷を思い出しながら書いてみるのもよいかもしれないな、と思う。
でも、あまりにも身近にありすぎたので建物の写真は残ってないですねー。今度実家の家族のアルバムから掘り起こしてみよう。あ、そうだ、思い出した。ロバート・ロドリゲスの「フロム・ダスク・ティル・ドーン」(1996)は渋谷パンテオンで鑑賞したな。タランティーノの顔の看板の映像が想起された。
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