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2017.04.15 Saturday

[chapter 256] 朝焼け空 / カナの婚礼/ 浅田真央選手、現役引退/ 回転寿司@ターミナル21 / 泉鏡花のルポルタージュ / 三島由紀夫「熊野(ゆや)」/ パタヤにてソンクラン / 1963 Billboard Year-End Hot 100 Singles/ Fast & Furious 8


朝焼け空(2017年4月10日)


2017年4月12日(水) バンコク 54歳

「カナの婚礼」パオロ・ヴェロネーゼ



2017年4月11日(火) バンコク 54歳

浅田真央選手、現役引退

2017年4月10日(月) バンコク 54歳

回転寿司@ターミナル21



三島由紀夫「近代能楽集」
2017年4月12日(水) バンコク〜パタヤ 54歳

エカマイバスターミナル



今パタヤ行きのバスが発車したところ。警察が麻薬を隠してないか調べています。警察犬もいました。旧正月前日だからでしょうか。

パタヤに持ってきた本



ホテルチェックイン。ちょっとたくさん持ってき過ぎたかしらん。
夕方仕事を終えその足でバスにて来ました。テキトーに荷作りしたらこんなに本を詰め込んでしまった。アホです。読了したのも未読了のもあり。(画像クリックすると拡大します)
2017年4月13日(木) パタヤ 54歳

パタヤビーチサイドロード




Fast & Furious 8



セントラルフェスティバルなう。本日初日の fast & furious 8 鑑了。おバカ映画万歳! このシリーズはほとんど観ています。ミシェル・ロドリゲス好きだ!バジェットがまたまたでかくなってますね。それにしてもキャストにハゲ大杉。


やしの実

2017年4月14日(金) パタヤ 54歳

泉鏡花のルポルタージュ

司馬: まあ、候文がすたったとともに、文章の型も崩れましたが、それ以後、論理的表現能力のある国語文章が出てきますね。そういう意味での文章日本語は、第二次大戦後に確立したのではないでしょうか。明治時代の文章家は、それぞれが我流で書き言葉を使っておりましたでしょう。泉鏡花なら泉鏡花手製の日本語で。鏡花が大正末期だったか「東京日日新聞」に、工業地帯のルポルタージュを書いたのを古本で見たことがありますが、鏡花手製の文章では、鏡花的世界は表現できますけど、どうにも煙突やガスタンクのある街がとらえられなくて、悪戦苦闘してついに空中分解しているような格好で。
司馬遼太郎 対談集「日本人を考える」より、桑原武夫との対話(1971年)


司馬は戦後に日本人は論理的表現能力のある文章を手に入れたと主張する、この説は面白いし、くだんのルポルタージュ読んでみたいと思った。


(今週のビーチ)

パタヤ(2017年4月13日)


(今週観た映画)

Fast & Furious 8を公開初日に鑑賞しました。(2017年4月13日)
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2016.12.31 Saturday

[chapter 242] パタヤ近郊のラーン島 / 大晦日雪景色の東京(2004年12月31日)/ 声楽レッスン〜歌い納め(2006年12月28日)/ 根本敬「ミクロの精子圏」が二幕物のオペラブッファのように加速すること/ 「土曜デポルテ」の山本文郎/ カントがいう「享楽の延期」についてほか


読者の皆様
今年最後の更新になります。1年間拙ブログにアクセスいただきありがとうございました。
タイから好き勝手なことを発信し続けていますが、まだしばらく続けていきたいと存じます。
また来年もよろしくお願いいたします。
波照間エロマンガ島 拝




(近況)パタヤから船で40分ほどのラーン島にて大晦日を過ごしています。


2016年12月31日(土) ラーン島 54歳

ナウルビーチ


出航

2016年12月30日(金) パタヤ 54歳

スターバックスコーヒーにて
2016年12月29日(木) パタヤ 54歳

年末年始休暇はパタヤで過ごしています

2004年12月31日(金) 東京 42歳

大雪@銀座


2004年12月31日13時48分


2004年12月31日14時34分

わー、積もってるよ!! なんちゅー大晦日なんだー!!(年越しで仕事ですー)

(追記)
休憩時間に銀座の今春湯で地元のオジイチャンが話しているのを聞いたら大晦日に雪が降ったのって記憶にない、とのこと。そういえばそうですねぇ。
2006年12月28日(木) 東京 44歳

歌い納め〜声楽レッスン

今日は今年最後の声楽のレッスンだった。歌い納めということで、今年印象に残った好きな曲を7〜8曲選んで、歌わせてもらった。

今年レッスンで歌った曲は以下の通り―――

MON COEUR EST UN VIOLON (私の心はヴァイオリン)
DARK EYES (黒い瞳)
TOSCA (トスカ) 第三幕 星は輝きぬ
'A vucchella (かわいい口もと)
Dicitencello vuie (彼女に告げてよ)
アカシヤの花
蝶々夫人〜さらば愛の家
Amore perduto (失われた愛)
MARTHA マルタ M'appari tutt'amor 第3幕 夢のごとく
Memory〜ミュージカルCATSより
Limelight ライムライト
Serenade From "Student Prince" (学生王子のセレナード)
Piscatore 'e Pusilleco (プジレコの漁師)
Senza nisciuno (孤独)
Love Is A Many-Splendored Thing (慕情)
Auf Flugeln des Gesanges (歌のつばさに)
イヨマンテの夜
MAMMA MIA, CHE VO' SAPE?! (お母さん、何が知りたいの?)
Parlami d'amore, Mariu! (マリウ愛の言葉を)
PECHEURS DE PERLES (真珠採り)


*ジャンルはオペラのアリアからナポリ民謡、カンツォーネ、シャンソン、映画音楽、ミュージカルナンバー、日本の歌謡曲など、多岐に渡ります。

来年も楽しみながらレパートリーを増やしていこうと思います。


今年の発表会にて
2008年12月31日(水) 東京 46歳

日本帰省中、忘年会2本

28日はリアル友達としゃぶしゃぶ忘年会@ 自由ヶ丘。
29日はチェンマイつながりの友達と食事会@ 西荻窪。

どちらも久々に会う友達ばかりでとても楽しいひと時を過ごしました。
でもなんかふわふわして、まだ自分自身しっかり地に足がついてない感じがします。現実感に乏しく夢を見ているみたい。
タイに本拠地が移動しているので旅行の時間が流れているようです。1週間後にタイに戻ったとき夢が覚めて現実の続きが始まるみたいな感じなのかな。

(自分メモ)
・実家の隣がさら地になっていてびっくりした。
・電車の液晶テレビのベルリッツ学校のCMの女の先生が替わっていた。
・チェンマイには歩行者用信号がほとんどない、あるいはあっても守らない癖がついているので、赤信号でも無意識にすぐに横断しようとする自分を見た。
・自宅のテレビ画面の右上に「アナログ」表示が。初めて見た。
・石川浩司さんが痩せていてびっくり!
2010年12月29日(水) 東京 48歳

主なTweets

昭和40年代後半、「土曜デポルテ」(毎週土曜日朝7時TBSテレビ)という番組で司会の山本文郎を初めて観たとき、なんて軽薄なタレントだろう、と思った。あとからTBSのアナウンサーだと知った。

シャンプーをハーヴァルエッセンスに替えたらなんだか髪がサラサラになった気がする。ちと幸せでアル。

根本敬「ミクロの精子圏」を初めて読んだとき、第1部から第2部にかけて超高速でたたみかける構成は、2幕物のオペラ・ブッファ、たとえばロッシーニの「セヴィリアの理髪師」などを想起した。第2部のスピード感の凄さよ!漫画の中で時間の流れが加速するというのは奇跡ではないかと思ったりした。



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2016.12.10 Saturday

[chapter 239] Cats on the notebook / コームーヤーン(ブタの肩肉焼き)コーンソムタムサラダ / 支那麺はしごを想起 / 亀倉雄策 / Sailors Bar &Restaurant / 第三の新人の作品群 / Sheryl Crow - Soak Up The Sunほか


チェンマイ・シリマンカラジャーン通りソイ11からドーイステープ方面を臨む(2016年12月4日)


2016年12月5日(月) チェンマイ 54歳

Cats on the notebook

2016年12月6日(火) バンコク 54歳

コームーヤーン(ブタの肩肉焼き)コーンソムタムサラダ

2016年12月8日(木) バンコク 54歳

今日買った本

2016年12月8日(木)
バンコク 54歳

支那麺はしごを想起



ソイ23の中華めん屋で坦々麺セットなう。2008年3月まで働いていた銀座の会社の裏にあった支那麺はしごを思い出した。よく行ったなー。今もあるのかな?

(コメント欄)
高校同期Kくん
あるよ。まだ。この前の日本出張の時に行ったよ。

高校同期Fくん
酸っぱ辛いやつ(^^)
2016年12月10日(土)
バンコク 54歳

亀倉雄策





エカマイのGATEWAYなう。
パタヤ行きのバスの発車時間までのあいだ涼んでいる。先日購入した横尾さんの「死なないつもり」を読んでいたらいきなりSNSに投稿したくなるネタ発見!
亀倉雄策さんの「雄策」に紙が貼ってある!これ誤植を印刷後に気づいて紙を貼ったのかな? それともワザと?
さすが横尾さんって感じだ。
というわけで2週連続でタイでは土日月三連休です。今週は海に行きます。
2016年12月10日(土)
パタヤ 54歳

Sailors Bar & Restaurant







ABBAがガンガンにかかる熟女prostituteのいるバービヤ、パタヤビーチサイドソイ8のsailor bar & restaurant、牛フィレステーキ130バーツ、何だこの価格破壊! パタヤの新しい溜まり場見っけた。しかもここは8月に日本の友人kさんと来て宿泊したホテルの目の前ときている! なんでそのとき来なかったのだろう。こんなに美味しいのに! 残念無念。でも安いだけあってお腹いっぱいにならず、チーズバーガーを追加して満腹になった。




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2016.11.12 Saturday

[chapter 235] 香港料理の宴 / Donald Trump With Howard Stern Show / R Kelly Mannequin Challenge (In The Closet) / 「オールド・テロリスト」村上龍 / NHK西口玄関 / Mama's Cafe @Pattaya Soi6/ クリムトとシーレ/ ワイ(合掌)するドナルドほか


R Kelly Mannequin Challenge (In The Closet)


2016年11月8日(火) バンコク 54歳

Mannequin Challenge


2016年11月9日(水) バンコク 54歳

オールド・テロリスト

2016年11月6日(日) バンコク 54歳

香港料理の夕べ
2016年11月7日(月) バンコク 54歳

あかつき


TLであかつきツイートが並んだ。
2016年11月5日(土) パタヤ 54歳

Mama's Cafe @Pattaya Soi6


ハッテンバではない。いちお念のため(笑)。
2016年11月8日(火) バンコク 54歳

ワイ(合掌)するドナルド



仕事終わらないので19時半で撤収。最後の30分間外注先からのデータ待ちの間、久々に石川さんのチャット入室。チェンマイ滞在中のK嬢やフランス在住のM嬢、京都在住のM嬢、東京住みのD嬢などと談笑。何故か入室しているメンバーが皆緊縛の嗜みを持っている人ばかりで笑った。
いつものように33/1の担々麺で味噌スタミナ定食を食したあと、古書店へ。滞在時間2分足らずで「オールド・テロリスト」村上龍と「哀歌」遠藤周作を購入。いつもはもっと迷うんだけども今日は即決。で、今エムクォーティエ地下のマクドナルドでパイナップルパイとコーヒーで腹ごなし中です。
2016年11月9日(水) バンコク 54歳

Donald Trump is an American President.



Donald Trump and Biff Tannen from back to the future

だれかに似てるがずっと思いだせなかったのだが、ビフ・タネンにだったんだナ。なんか、悪夢の世界になりそうな予感もするのだが。

「ハワード・スターン・ショー」というラジオショーがあって、現役AV女優にピストン式ディルドロデオマシーンを試乗させたりとかお下劣きまわりない番組で、でも好きで動画サイトから落としてよく見ていたのだが、まさかその番組に関わっていた男がアメリカ大統領になるとは思わなかった。すごい世の中だ。
2011年11月8日(火) チェンマイ 49歳

Tweets

22℃。曇り空で涼しいチェンマイの朝です。
posted at 10:08:51

雲の切れ目から太陽が出たしゅんかん差し込む太陽光線の痛さを感じる
posted at 11:04:38

久々に「12モンキーズ」を観たが、未来社会で人類の99%を死に至らしめたウィルスを発明者から奪還を目論む老女性科学者は、エルンスト・ルビッチの「天国は待ってくれる」でコメディーリリーフとして登場する眼鏡の老看護師とイメージがダブることに気づいた(落ちでの登場の仕方とか)
posted at 12:51:20

ミラ・ジョヴォヴィッチがリュック・べッソンと結婚していた事実を前にすると、ミラが「フィフス・エレメント」のヒロイン役欲しさにリュック・べッソンに取り入って篭絡したというゴシップ誌的イメージが妄想的にわいてくる。どんだけのテク使ったんだよって。その逆が考えづらいのは何故なのか
posted at 13:14:58



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2016.08.06 Saturday

[chapter 222] A Cat walking @Pattaya Beach side Road / フランス旅行の感想(2006年7月15日〜23日)/ 犬を連れて旅行するフランス人 / ルーブル美術館のデュノン翼のトイレ / 祖母生還/ 東京都営バス(都01)新橋駅=渋谷駅車中にて / 盲目のマゾキストAV男優ほか


日本から友人が遊びに来たので久々にパタヤに命の洗濯に行ってきました。(2016年7月30日、31日)



2006年8月3日(木) 東京 43歳


フランス旅行について(2006年7月15日〜23日)


TGV発着駅のレンヌ駅ホームにて




2009年8月、シアヌークビルで2泊したマカラゲストハウス。1泊15ドル。
2006年8月3日(木) 東京 43歳

[Live] 東京都営バス(都01)新橋駅=渋谷駅





都バスで移動中。運転士は女性。海外ではよく見るが日本で女性の運転士って初めて体験したかも知らん。

(mixi コメント欄)
古くからの友人Aさん:
福岡市内では最近、女性のバスの運転手さん、多いです。女性の運転手さんの方が・・おおむね感じがいいです。
降りるときに、「いってらしゃい、お気をつけて」と声をかけてくれた運転手さん、女性ならではかしらん?と思った次第です・・。

私(応答):
発車や停車の時や、運賃支払いの時など、細やかな配慮が好感を持ちました。本来サービスとはそういうものだったはずなのに、無愛想な運ちゃんになれきった身としては新鮮でしたよ。そうか、福岡には女性運転士が多いのですね。
2007年8月3日(金) 東京 44歳

盲目のマゾキストAV男優 紅葉さん


一昨日の「T-1グランプリ」で優勝した盲目のAV男優、紅葉さんのことをずっと考えている。
身体中に煙草の根性焼きをしてもらうことを熱望し実践するような真性の超絶変態マゾである。自分のM性を満足させるためAV男優になった。だが彼の経歴はそれがすべてではなかった。数学を勉強し大学院を出ているだけでなく、ピアニストでもありルーマニアに留学していたというのだ!!彼のミクシィのページを見ると、難解な高次方程式のコミュや高橋悠治など現代音楽家の名前がずらり並んでいる。
一度話してみたいです・・・。

(mixi コメント欄)
サブカル好きの友人Iさん:
紅葉っていうから、昨日の「ダウンタウンDX」に出た山村紅葉かと思いました(笑)。
山村紅葉は子供の頃、学校から帰宅した時に母親が全裸で縛られていたことがあったそうです。なんでも、愛人の「十津川警部」の指令で、羞恥&放置プレイの最中だったとか。すごいな、サスペンスの女王は。

演芸好きの友人Kさん:
外山恒一さんなんかが出たイベントで紅葉さんのキーボード演奏を拝聴した事が御座居ます!

本人の紅葉さん:
本日記、ただいま発見!ありがとうございます。プチ修正といたしましては、ルーマニアではなくポーランドです。

近バさん、これはまたレアなイベントにお越し下さいましてありがとうございます。月花さんから餌食として招集されたと思っておりましたら、会場入口でキーボードの要請を告げられ・・・、でしたので準備無しのお聞き苦しい演奏で申し訳ございませんでした。
2009年8月5日(水) プノンペン 46歳

プノンペンにて


2年10ヶ月ぶりにカンボジアのプノンペンに来ました。

相変わらずのアジアの混沌、「るつぼ」感がたまらなくいい感じです。昨夜はホテルの近所を徘徊しました。街灯のない真っ暗な通りも多くて怖かったです。タイではあまり感じたことのない追剥ぎや強盗の危険を感じる闇がただよっています。それと夜鷹(なぜか一発変換されない)の多いこと!ただ街を歩いているだけなのに、アドレナリンがぎゅるぎゅる分泌してくるのがわかります。

昼間は昼間で雑踏のエネルギーも凄いものがあります。隣国のベトナムと似てますが、ちょっと違うのはそれがしつこくないこと。20秒に一度くらいはバイクタクシーのお兄ちゃんから「タクシー?」って声をかけられるんですが、はっきり「NO!」を言うとすぐに引き下がって行ってしまいます。これがベトナムだと、これはとくらいついたらテコでも離さないしつこさがベトナム人にはありますが、カンボジア人は割とあっさりしているんです。これは誰かが言っていましたが、ポルポト時代のトラウマが大衆に残っていて国民は妙におどおどしているのではないか、と。私はそれが100%当たっているとも思いませんが、でもカンボジア人はわりと大らかで優しい国民性なのではないかと思ってます。利害を抜きに親切にされたことが何度もあって、その優しさを触れ、癒されることが、この国をたびたび訪れる理由になっていることも事実です。

今日はこれからシアヌークビルに行きます。シアヌークビルは日帰りで行ったことはありますが宿泊はまだないので、どんなことになるか楽しみです。

ではでは、また。


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2014.09.20 Saturday

[chapter 130] 紅の拳銃 (赤木圭一郎・遺作)/ 菅木志雄 もの派の精神的支柱/ 中森明菜「少女A」/ 三原順子「だってフォーリンラブ突然」/ 中高年ニート=年金パラサイト/ Sunset in Pattaya Beach/ ヒッチコック「泥棒成金」/ You lady boy?/ 洋装光沢系緊縛ほか


(初めて来られた方へ)
「圧縮並行日記」というコンセプトで週1回記事をアップロードしています。過去35年間くらいのさまざまな時期の今日(9月20日)前後1週間くらいに書いた日記を恣意的に取り出してきて並べています。瑣末なこと、人の記憶からこぼれおちるどうでもいいことが好きです。書店で売っている「○年連用日記帳」にインスパイアされて2012年4月4日に始めました。筆者はタイのバンコク在住です。





1982年9月22日(水) 東京 19歳

「紅の拳銃」(1961年日活)

今日は京橋のフィルムセンターで「紅の拳銃」(1961年 日活 牛原陽一監督)を観た。赤木圭一郎最後の主演作。保存状態が良く、カラーが異様なまでに鮮明だった。これはつまり、現在の日活ロマンポルノと同じ撮影スタジオで撮影され、美術、照明、撮影、編集などの技術部が現在とつながる地続きであることが可視化されているわけだ。これは貴重な作品だと思う。中原弓彦は赤木を「大根役者」と痛罵していたけれど、俺はそうは思わなかった。なかなかどうして演出家の指示通りかそれ以上に画面を演技で塗りつぶすまともな演技をしていた。(好みで言うと、裕次郎の自然体っぽい演技よりも、多少芝居くさいトニーのほうが好きかもしれない)
あと相手役の笹森礼子、これがいいんだナ。浅丘ルリ子に似ているんだけど、笹森礼子のほうがよりフォトジェニックだと思う。そんな日活黄金期の代表的娯楽作品。

そのあと、かねこアートギャラリーで菅木志雄展を観た。画廊に菅さんが居たので、少し話す。(2014年メモ…当時、菅木志雄のクラスで美術を習っていた。私の人生において最も大きな影響を受けたアーチストの一人)

(参考リンク)菅木志雄インタビュー

帰り、地下鉄を明治神宮前で下車し、Nのアパートへ。今夜レッドシューズのRude Flowerのライブに誘われる。返事は後ですると答えバイバイし、渋谷から電車で帰宅。(結局行かず)

(読書)山本周五郎「正雪記」。これでもかと偶然(シンクロ)を積み重ねるプロット、作為のあざとさが気になるものの、その切れ味に「ほだされ」るように涙腺を刺激する。これは卑怯だ、でも凄みを感じる。最近、周五郎づいていて、「五瓣の椿」、「月の松山」と連続して読んでいる。

(買物)都立大学のHUNTERで中古レコード。ドリフターズ「ほんとにほんとにほんとにご苦労さん」、ずうとるび「恋のぱぴぷぺぽ」、レモンパイ「友だちブギ」、川崎麻世「青いシンボル」、異邦人「太っ腹ブギ」、カーペンターズ「ジャンバラヤ」。6枚500円
1982年9月23日(木) 東京 19歳

「ザ・ベストテン」中森明菜「少女A」初登場9位!

1位 あみん「待つわ」
2位 田原俊彦「NINJIN娘」
3位 松田聖子「小麦色のマーメード」
4位 郷ひろみ「哀愁のカサブランカ」
5位 近藤真彦「ハイティーン・ブギ」
6位 高樹澪「ダンスはうまく踊れない」
7位 しぶガキ隊「100%そうかもね」
8位 河合奈保子「けんかはやめて」
9位 中森明菜「少女A」
10位 嶋大輔「暗闇をぶっとばせ」

中森明菜、このアイドルのプロモーション、存在のあり方等々、理解に苦しむ。これからもっと売れて、大衆的な人気を得られるのだろうか。今のところ判断停止状態。
今週のスポットライト、一風堂「すみれSeptember Love」。メンバーの見岳章と藤井章司がロンドンに行って、Japanのワールドツアーのリハーサル中の土屋昌巳と合流、ロンドンで収録していた。

(2014年メモ…この日は中森明菜と「邂逅」した日でした。けっこうイムパクトはあったようです。その後30余年の活躍と衰退はご存知のとおり。しかしチャートを見るとアイドル全盛時代ということがわかりますね)
先週日曜日お昼の「NHKのど自慢」のゲスト歌手は三原順子だった。新曲「だって・フォーリンラブ突然」を歌ったのだが、これが凄かった。伴奏がのど自慢と同じくアコーディオン、ピアノ、ベースギター、エレキギター、ドラムスの編成でこれがチープ極まりない音色、三原順子のボーカルとのミスマッチぶりはひっくりかえるほど可笑しくて笑った。この曲は今までのツッパリヤンキー路線から突如プッシーキャット路線に変わった意味のある曲であるが、猫の鳴き声「ミャーオ」と言ってマイクのコードを首に巻きつける仕草はアナクロだったねぇ。ビデオに録画しなかったことが悔やまれる。



Pattya Beach sunset (September 13,2014)


2014年9月13日(土)パタヤ 51歳

Sunset in Pattaya Beach




















先週の週末は2泊3日でパタヤに遊びに行ってきました。すっかり「命の洗濯」ができました。海があって、食事が美味くて、女性(時に男性)が綺麗で最高です。リタイヤしたらパタヤにコンドミニアムを買って住みたいです。

2014年9月20日(土)バンコク 51歳

[WEB] 40歳ニート!中高年引きこもりニートの悲惨な状況が笑えない〜年金パラサイト(NAVERまとめ)

こちらから。

(リードより)
40歳になっても家の中で1日を過ごす「ひきこもり」が増加しています。日本国内には、30歳以上のひきこもりが少なくとも80万人以上いるとされていて、表面化しない社会問題になってきています。多くが親と同居して、親の年金などで暮らしています。年金パラサイトなどと呼ばれて社会問題化しています。

「高齢ニート」とは、親の年金や財産を頼りに働けるのに働かない40代以上の中高年ニートのこと。





(コメント)自分も「高齢無職」状態が長かったので、この手の話題には敏感に反応してしまいます。「年金パラサイト」という言葉は初めて知りました。しかし、社会復帰できてよかった…。(いつ解雇されて無職になるかわからないけど)
1982年9月18日(土) 東京 19歳

午後から原宿、青山、六本木、京橋方面の画廊まわり。基本歩いて移動。
オンサンデーズから赤坂高校の裏を通り、乃木坂から六本木へ。青画廊で矢吹申彦展。芳名帳に鮎川誠の名前発見。京橋イナギャラリーで湯村輝彦、安西水丸、河村要助三人展。かねこアートG1で山田恵子展「立体と平面の接点」など。夕方新橋から銀座線で帰宅。
19時、第7回「欽ちゃんの仮装大賞」。21時、ゴールデン洋画劇場「ヒッチコックの泥棒成金」。殺人事件のないヒッチコックスリラー。軽い感じが良いな。ラストの落ちははぐらかされた感じがしてちょっとガッカリ。グレース・ケリーよりもブリジット・オーヴェールのほうに惹かれるよ。正統派美人よりもニンフェット系が好き。

1982年9月19日(日)

夜外出。玉川高島屋紀伊国屋書店にて高橋留美子「うる星やつら」(13)、広告批評、ユリイカ購入。帰宅後、テレビ朝日「こちらデスク」に本多勝一が出演していた。初めて実物を見た。

1982年9月20日(日)

ananに矢野顕子登場。ボブカットに髪型変えて可愛い。


1982年9月21日(火)

S図書館。借りたレコードと本。(1)Grace Jones (2)Miles Davis「キリマンジェロの娘」(3)Leon Russel「カーニー」(4)Bob Marley & The Wailers「Catch A Fire」(5)ATG映画の全貌(6)大島渚「同時代作家の発見」(7)北村由雄「現代画壇・美術記者の眼(8)蓮實重彦・山田宏一「トリュフォーそして映画」
2004年9月20日(月) 成田〜シンガポール〜バンコク 41歳

シンガポールを経由し20時すぎにバンコク・ドンムアン空港到着。
入国審査、税関等々終え、空港出口。銀行の出張両替窓口で円をバーツに両替し、タクシーでいつものホテルに向かう。

[初日の収穫]

◆パッポンのバービヤの馴染みの女の子が先週、ナンバーズ・ロトくじで8万バーツ(日本円で約24万円)当てたという!4桁の番号をあてたんだって。すげぇ強運。OLの平均月収の6〜8倍くらいかな。

◆ホテルへタクシーで戻る途中、交通規制をしていて、プミポン国王の車列の通過に出くわした!タイは20回目だけど、国王を間近に見た(実際は見えなかったけど)のは初めてだ。でもこんな夜中にどこへ?お忍びか?王宮から反対方面に向かっていたもんな。

◆ホテルのとなりのセブンイレブンでオカマ3人組にナンパされる。3人ともまだ20歳前の初々しい子たちだった。
「You Lady Boy?」
と聞かれ、にやにやしながら否定した。予定があったので携帯の番号を交換して別れた。(波照間エロマンガ島はタイ仕様の携帯を所持してたのでした)バンコクはシーメール天国だなぁ。だから大好きなのー。

・・・・・・以上、初日の収穫でした。国王の話以外は次元が低い話ばかりですみません。
2005年9月20日(火) 東京 42歳

[TV] 学校へ行こう!MAX 秋の2時間スペシャル

日本全国の中学生にマイクを向けて今の悩みを聞いていた。

ある男子「ガレッジセールのゴリさんがやっている"ゴリエ"っているじゃないですか。最近"ゴリエ"が気になって気になって仕方ないんです。好きになっちゃったみたいなんです」
番組スタッフ「もし近くにいたらどうする?」
男子「えぇ、かならず告白します、はい」

素質十分である。

2007年9月20日(金) 東京 44歳

[event] サロン有末「洋装光沢系緊縛ナイト」





毎週金曜夜開催のサロン有末、21日も最高に濃密な内容であった。今回はさくら☆まび女王様とコラボレートの洋装光沢系フェティッシュナイト。ラバー好き美女を囲んで楽しい宴であった。

たくさんのサプライズがあったが、中でも出色ネタは有末さんが福富太郎先生からお預かりした
伊藤晴雨の画集を皆で鑑賞したこと。実はこの画集、新潮社から限定300部で発刊、即日完売したという超レアなシロモノ。値段はなんと15万円もするらしい!!こんな貴重なものを観られるのは滅多にない。

緊縛ショーも普段とは趣向を変え、ラバー美女を緊縛、皆でその様子を撮りまくり、さながら撮影会のようになってしまった。

夜が更けてもフェティッシュ談義に花が咲き、大いに盛り上がった。緊縛タイムも第2部、第3部・・・と明け方近くまで続き、めくるめく時が過ぎていった。

生きててよかったと思った瞬間でした。
2014年9月20日(土) バンコク 51歳

ゴーギャンと「プリンプリン物語」

いつか低緯度熱帯気候の南の国に住みたいと初めて思ったのは、1981年頃ポール・ゴーギャンの「ノアノア」を読んでから、ということを突然思い出した。あと「最早なし(Nevermore)」などのタヒチ絵画も相当影響を受けた。そういえばNHKで夕方やっていた人形劇「プリンプリン物語」の初期のシリーズ「オサラムームー」編が南の島の話だった。あのあたりに自分に南洋嗜好が植えつけられたのかもしれないな。でも、現在こうやって南の国に住んでいるというのは、1981年当時から考えると、本当に信じられない気がするのだ。
2013.08.31 Saturday

[chapter 75] 映画「赤線地帯」での川上康子/ 気温と物の動きの関係/ トリストラム・シャンディ/ 「俘虜記」大岡昇平/ 日本の南洋史観(矢野暢)/ 丸の内 カウ・パレード2003ほか 


先週の週末はパタヤに羽を伸ばしに行ってきました。このところ、週末は無性にどこか行きたくなります。仕事でストレスを抱えているからでしょうか。おかげでストレス発散できました。




 映画「赤線地帯」での川上康子
 溝口健二の遺作となった『赤線地帯』(一九五六年大映)のラストシーン。
 それまで置屋の下働きだったしず子(川上康子)が初めて店に出るも、柱の影に隠れるようにしょんぼり立っている。そして消え入るようなささやき声で「ちょっとお兄さん、遊んでかない?」と流し目で客を惹こうと手招きしている。=エンドマーク=
 溝口の作品の中でもっとも衝撃的なシーンのひとつである。どうして溝口はこれほど業の深い、因果の苛烈さを描くことができるのか驚愕した。そして、川上康子演じるしず子がまだ10代のロリとしか見えないんだ、これが。







気温と物の動きの関係

  -3℃      水道凍結事故等   
0℃   バターの保存適温
3℃   降霜、氷結、オーバー着始め
6℃   日中暖房ほしくなる
8℃   暖房開始
9℃   冬…冬装開始、春…かなり暖かくなった、長袖薄手
10℃  桜開花、花見前線、穀類播種
13℃    潮干狩り、レクリエーションシーズン
15℃    穀類発芽
18℃    室内適温・初夏…快適な気温、五分袖。秋…涼しくなった、長袖
20℃    ビール売れ出す、穀類開花、ポカポカ陽気
21℃    山火事多くなる・残暑…凌ぎやすくなった、五分袖
23℃    海水浴開始、クーラー等売れ出す
24℃    冷房開始、夏服着始める、ノースリーブ
26℃    夏商売開始、清涼飲料水爆発的に売れる
30℃    真夏日、扇風機、クーラー需要急増





  トリストラム・シャンディー
 「無始無終なり、尾か頭か心元なき事海鼠(なまこ)の如し」(
 漱石は「トリストラム・シャンディー」()を評してこう述べている。写生文は筋がない。趣向がない。「無始無終」つまり始めも無ければ終わりも無い、それが写生文の本質であると書いている。そしてそれがその他の「普通の小説」と別つ要素である、と。
 ある座談会で後藤明生が述べていたが、漱石は即天去私=写生文ということで写生文論者と言われ、写生文を推奨しているように「誤読」され続けてきたが、実は写生文とは「いかに読み、いかに書くか」の分析であることを説いていたというのだ。




  「俘虜記」大岡昇平
 その美しい緑が担架が進むにつれ後へ後へと流れるのを見ながら、私ははじめて私が『助かった』こと、私の命がずっと不定の未来まで延ばされたことを感じる余裕を持った。と同じに、いつも死を控えて生きて来たそれまでの毎日が、いかに奇怪なものであったかを思い当った (『俘虜記 (捉まるまで)』大岡昇平)
 五感が変化する瞬間。当たり前のように現前に横たわっていた「死」というものがとつぜん後方に遠退き、今ちょっと前までここにあった感覚を奇怪に思うこと。殺す。殺される。死ぬ。死に至らしむる。死。死を全景に置く世界からそうではない世界に瞬間的に移動し感覚が変化した瞬間の人間の意識というものを感じた。





  日本の南洋史観(矢野暢)
 読書メモより。現在の日本人の視線、ありかたにも通じる卓越した考察。地政学的な偶然から19世紀の欧米の植民地化をまぬかれ、開国し50年のうちに変化した「外部」への視線である。
 ・・・その性癖が日本人の、しかも庶民レベルに定着するようになったのは、かれらが「一等国民」意識をもちはじめた大正期の現象だった。つまり、大正期の前半は、日本の国際的なステータスがかわり、「脱亜入欧」の伝統が定着をみせ、そして南洋に進出した日本人の質が急速に変わる時期にあった。
ちょうどその頃から、日本人庶民の「南洋」観はいびつなものに変わり、そしてかたよった表現を与えられ、ある種のステレオタイプができあがったのだった。
(・・・)いずれにしても、「未開」「下等」「怠惰」「愚鈍」「不潔」などの特徴でとらえられる南洋の「土人」観は、どうしようもない固定観念となって抜きがたくその後の日本人の抱くイメージに定着するのである。
(・・・)大正期日本人一般の意識に定着し、昭和期に単純化された、わたしのいう「冒険ダン吉シンドローム」を基礎として、昭和の日本人の「南進」カルチャーは形成されることになった。東南アジアは、ふつうの日本人にとっては場末とみなされる。場末である以上は、洗練されたマナーや古来の儒教的なエトスで対応する必要はさらさらない。つまり、むきだしの原始人格でつきあえばいいと考えるカルチャーである。それがいまの日本にもちこまれていることはいうまでもないことである。(一九七九年、中公新書)






丸の内 カウ・パレード2003

東京・丸の内のビジネス街に出現した牛たちを撮影しました。(2003年8月終わり〜9月初旬)



つづきはこちら↓↓↓
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2012.06.27 Wednesday

[chapter 13] 1997年の感熱紙/ タークシン(犬)が消えた Taksin Vanished


パタヤビーチ(2012年6月3日)



唐突ですが。15年ほど前(1996〜7年頃)にワードプロセッサーから感熱紙に打ち出したメモが褪色して、文字が消えかかっていることに気づきました。
貴重な記録が永遠に失われてしまう!まずい!!・・・というわけで、それらをタイプし直す作業から今週は始めていきます。メモの内容はテレビやラジオ、雑誌などから拾った、私がそのとき面白いと感じた瑣末なネタがほとんどです。(インターネット時代の直前の1990年代、私はメモをワープロで印刷して保存していました、フロッピーディスクにも保存していたのですが大部分が散逸してしまいました)
いつも「チャオプラヤ左岸」とはまったく関係のない内容ばかり書いて申しわけありませんが、斟酌(しんしゃく)いただければ幸いです。

では、どうぞ。


逆に考えると15年間、よく持ち堪えたものだとも思います。


「三度の奇跡」・・・・・・ヘドロ・ガイガン氏(コロムビア人)は、今までの人生で3度も九死に一生を得る体験をしている。最初は1985年、仕事で故郷の村を離れた翌日、リネパド・デル・ルイス火山が大噴火し溶岩流で村が全滅(村民22800人死亡)。2度目は1995年8月、乗っていたバスが崖から転落、かなりの死傷者が出た中、生き残った。そして3度目は、それから1ヶ月も経たない9月9日、乗っていた小型旅客機が墜落し、ただ一人の生存者として救助された。(乗客乗員20名死亡)。


1980年のある日、歌手の森進一は空き地に立っていた。すると、近所に住む初老の男性が通りかかり、森にこう言った。「6月6日から習いごとをするといいですよ」と。森は男性の勧めにしたがって、6月6日からゴルフを習い始めたという。


ジュディ・オングの座右の銘は「悦己悦人」。人を悦ばせるには、まず自分が悦ぶことが肝要、という意味。(1997年9月5日)


ジュディ・オングと言えば「台湾華僑三宝」の一人。残りの二人とは言わずもがな、王貞治(プロ野球)と、林海峰(囲碁棋士)である。


光化学スモッグ第1号は、1970年7月18日。東京・杉並の立正高校ソフトボール部の女子生徒が練習中に目や喉に痛みを訴えて、病院で手当てを受けたのがきっかけ。


ピルツ工法・・・高速道路の橋脚の工法のひとつ。Y字の橋脚の上に鉄枠の道路板を載せる。1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災の時に、このピルツ工法で建設された高速道路の橋脚が数キロに渡って、ねじれるようになぎ倒されたのは記憶に新しい。


「同じネタをとにかくやりつづけること。そうすると、忘れたり、つまったりする時にアドリブが出てきて、流れを止めずに対応できるようになる」(1994年 テレビ朝日「ガハハ・キング」審査員の島田洋七の若手の漫才コンビへのコメント)


岡本綺堂氏の1924年の作に「新宿夜話」という戯曲がある。その当時としては新しい作劇作法が用いてある。第1場と第3場が同じ明和初年の安泊り、第2場がそれより40年前になっていて、先代左団次と猿之助でわたしも観ている。内藤新宿の遊び場で地廻りの男たちと喧嘩した旗本の次男が、叩きのめされて傷を受ける。その兄の旗本に腹を切らす代りに、先祖代々の四百石を投げ出し、新宿の遊所を取り潰してくれるよう、公儀に願いでる。その旗本の願いは達せられるが、雲水の身になった元の旗本が、内藤新宿を通りかかると、弟の切腹したところと同様、内藤新宿は昔の遊所の賑わいを取り戻しているという筋で、先代左団次のうまさが今でも眼に残っている。
(村上元三「六本木随筆」〜「内藤新宿」より 1967年)


東京都大田区田園調布にある「東調布警察署」が何故「田園調布警察署」という名称でないかというと、「田園」の文字がつくと田舎っぽい野暮なイメージがつくので、取り外してしまった、というまことしやかな話を誰かから聞いたことがある。真偽の程は確かではない。(2012年メモ・・・ネットで検索すると、1987年に東調布警察署から田園調布警察署に名称変更していた)


「調布」と「田園調布」を勘違いして待ちぼうけしたエピソードというと、すぐに安岡章太郎の「良友・悪友」に出てくる「有牛麦子」のことを思い出す。当時、知的美人で売っていた松竹の若手女優の有馬稲子のスノッブを揶揄した話だったが。


アラスカのノーム。北緯65度に位置する地球最北端の村。村に一軒、明かりが暗いバーがあった。店に入りテキーラを注文すると、裏からおばちゃんが出てきて、おもむろに上着を脱ぎ捨て、上半身裸になる。ものすごい巨乳で、片手で胸を押さえて、胸の谷間にテキーラをたらし、その合間にレモンを絞り、「You, Try!」と大声で言われる。おっぱい越しにそのテキーラを飲むと、店にいた荒くれ男たちから「ブラボー!」と叫んで祝福された。
(芦原伸 釣り人 1997年9月30日「吉田照美のやる気MANMAN」より)


標高500m以上の山がない唯一の都道府県は千葉県。


浅香光代の芸談より。芸の真髄とは・・・(1)日常生活を磨くこと。(2)くりかえしくりかえしの反復稽古。何事もいきなりやろうったって、できるもんじゃないから。


TAKE2の東貴博は、自宅に7つ鏡がある。(1997年12月16日「ボキャブラ天国」より)


キャロル久末の好きなトイレは、六本木ロアビル10階のタイ料理レストランのトイレ。窓から東京の夜景が見えるから。


今さっき、西荻窪のミスタードーナッツで友人を待っていたら、石原伸晃衆議院議員を目撃。秘書風の男と一緒にドーナツを食べていた。(1997年9月3日)(2012年メモ・・・検索すると、2004年2月29日に閉店との由)


辞書で見つけた素敵な言葉シリーズ。「シャルマン」(フランス語 charmant)・・・可愛い様子。魅惑的。チャーミング。


春日三球の最初の相方は、三河島事故で亡くなったとのこと。(「徹子の部屋」にて)


ガブは有森を男と思って接近?(内外タイムス 1997年2月26日 見出しより)


小津安二郎が「東京物語」で、荒川の土手沿いをロケハンしたのは、荷風の「断腸亭日乗」にインスパイアされたから、ということを川本三郎が雑誌「東京人」で書いていた。たまたまそのとき仕事で荒川の近くにいたので、四つ木から堀切菖蒲園まで歩いてみることにした。ささやかなシンクロニシティーであった。


The Real McCoy (本物のマッコイ)。1920年代に活躍したプロボクサーの Kid McCoy のことをそう呼んだらしい。マッコイ・タイナーの同名のアルバムタイトルの意味が今初めてわかったよ!!このボクサーのかっこいいところは、試合の前に具合悪そうに見せるため、青白い色のメイクをして、相手を油断させておいて勝ったり、面白いエピソードに事欠かない人物だったらしい。(1997年10月12日)(2012年メモ・・・「あしたのジョー」に出てくるコーク・スクリュー・パンチの考案者でもあったらしい)


僕は今週刊誌に連載しているんですけど、その審級(スタンス)は、自分がもし日本人じゃなくて、在日外国人だったらどんなふうに考えるかというふうなことです。フィクショナルな自分をつくって、その場で発言する。ノン・ジャパニーズのところに置くということで、何が言えるだろうかという。だから、批評家は、たとえ日本の国内に住んでいても、日本人じゃない目を持たなければいけないのではないのじゃないか。それは中上の考えです。(四方田犬彦 「中上文学の可能性」新潮1996年10月号)


1996年9月3日(火)
夕刻、山の上ホテルで第33回「文藝賞」選考会。金井美恵子、島田雅彦、橋本治の各氏らと延々3時間半。優秀作品2遍を選ぶ。海の物とも山の物とも未だ判別付かぬ代物ながらも粗削りの可能性をいくばくかでも秘めた作品と作者を取り敢えずは出来得る限り数多く送り出して上げることが新人賞の使命なのではあるまいか。思えば叙勲の等級に一喜一憂する財界人も高名な文学賞の獲得に汲々とする小説家も、同じ俗世間の人々だ。にも拘らず、古今東西の名作を通読した経験の有さざる気配の文章だから ×、と真顔で主張する向きもいるから頭が痛い。だったら、銀座の和光が発行する「チャイム」なる雑誌で貴女が連載する由無し事は、文学の素養とやらを有してもなお、駄文・悪文を認め得ると凡百の人々に勇気を与えんが為の身過ぎ世過ぎなのか。
(田中康夫「東京ぺログリ日記」より)


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以上、です。
内容については、そんなことをメモしていたことはまったく忘れていました。34〜5歳の自分の興味は現在とほとんど変わってないことに驚き呆れます。が、それも当然で、人間そんなに急激に変わるわけありません。

いつかブログをやるときは戸板康二さんの筆法に倣い、メモ断片のような短文を積み重ねて、作品や役者の印象を書いていきたいと思ってました。
そんなわけで、インターネット時代になった西暦2000年前後から、こういうスタイルでWEB空間上に稚拙な駄文を書き散らかしています。
今回、ニヒル牛マガジンで書かせてもらえることになって、外国生活のことを中心に書くつもりでしたが、出てくるのは、こういうどうでもいい小ネタばかりです。


ところで、残念なお知らせをひとつ。
以前紹介した、自宅近所の交差点に住んでいる野良犬のタークシンがいなくなりました。
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これはタークシンを最後に撮影したときの画像です。(たぶん2012年5月下旬) 野犬狩りに遭ったのか、それともさすらいの旅に出たのか・・・。野良犬に名前をつけたばっかりに彼の不在がとても気になります。







最後に、タイのマクドナルドでプロモーション発売された、「スパイシー・チキン・テリヤキ・ライス(Spicy Chicken Teriyaki Rice)」をご紹介。この内容で69バーツは安いかな。コーラ(10B)付きセットで79バーツ。
美味しかったです。タイのファーストフードチェーンではChester's Grill が同じようにライス付きのメニューが充実しているので、ライス付きだからといって、それほど物珍しくは感じません。

では、また来週お会いしましょう。もう7月かー。










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